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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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50話 心の声

一方、その頃。


 亜里沙は瑠華の家に泊まっていた。


 昨日は。


 泣いて。


 泣いて。


 泣き疲れて、そのまま眠ってしまった。


 朝、目を覚ます。


 鏡に映った自分の顔は最悪だった。


 腫れた目。


 少し赤い鼻。


 「……ひど。」


 思わず苦笑いする。


 それでも。


 一日は始まる。


 瑠華は昨日、遅くまでずっと話を聞いてくれた。


 何も否定せず。


 何も急かさず。


 ただ隣にいてくれた。


 (……疲れてるの、瑠華の方かも。)


 そんなことを思いながら学校へ向かう。


 まだ。


 蒼真に会うのは少し気まずかった。


 だから。


 自然と友達の輪の中にいる。


 意識しているわけじゃない。


 でも。


 一人になる勇気もなかった。


 教室の扉が開く。


 蒼真が登校してきた。


 その瞬間。


 亜里沙の目は、真っ先に蒼真へ向いていた。


 「……え。」


 髪型が違う。


 前髪を上げている。


 学校では一度も見たことのない姿。


 その顔を見た瞬間。


 胸が少しだけ苦しくなる。


 (なんで……。)


 (その髪型……。)


 知っている。


 あの姿は。


 サロンで働いている時の蒼真だ。


 あたししか知らない蒼真が。


 今、教室にいる。


 本当は。


 蒼真が登校してきたら、一番に話しかけるつもりだった。


 「昨日はごめんね。」


 「ちゃんと帰れた?」


 そう聞くだけでもよかった。


 でも。


 足は動かなかった。


 ただ。


 友達の輪の中から、蒼真を見つめることしかできなかった。


 その時だった。


 輪の中にいた瑠華が、一人抜け出して蒼真の方へ歩いていく。


 亜里沙はその背中を目で追った。


 昨日。


 ちゃんと帰れたのかな。


 一人で大丈夫だったのかな。


 本当は。


 あたしが一番聞きたかった。


 でも。


 その役目は、もう瑠華が代わりにしてくれていた。


 二人が何を話しているのかまでは聞こえない。


 それでも。


 少しずつ表情が和らいでいくのが分かった。


 そして。


 瑠華が笑いながら何かを言う。


 「髪、そっちの方がいいね。」


 その一言だけが、亜里沙の耳に届いた。


 その瞬間。


 胸の奥が、少しだけ苦しくなる。


 (……違う。)


 (それ、あたしが言いたかったのに。)


 気付けば。


 「……似合ってる。」


 心の中で思ったはずの言葉が、小さく口から漏れていた。


 「え?」


 隣にいた友達が振り向く。


 「何が?」


 「あっ……。」


 亜里沙は一瞬だけ焦る。


 「ううん、何でもない。」


 慌てて笑ってごまかす。


 友達も深く気にすることなく、また別の話を始めた。


 ほっと胸をなで下ろす。


 でも。


 心の中は、少しも落ち着かなかった。


 言いたかったこと。


 聞きたかったこと。


 伝えたかったこと。


 その全部を。


 瑠華が代わりに届けてくれた。


 ありがたいはずなのに。


 何故か少しだけ、不安になった。


 自分にしか言えない言葉が。


 少しずつ減っていくような気がして。


 そして。


 瑠華と蒼真。


 その二人に七宮も加わり、三人が笑いながら話している。


 その光景が、どうしても気になった。


 (何の話……?)


 その答えが知りたかった。


 ホームルームが終わり、授業が始まる。


 亜里沙は机の下でそっとスマホを開いた。


 『さっき、何話してたの?』


 瑠華へLINEを送る。


 しばらくして返信が来た。


 『米倉くん、七宮に相談してたよ。』


 『何の相談かまでは聞いてないけど。』


 その一文を見て。


 亜里沙はますます気になってしまう。


 (相談……?)


 (七宮に?)


 その答えが、頭から離れなかった。


 *


 昼休み。


 いつもなら机に突っ伏して寝ているはずの蒼真がいない。


 亜里沙は昼食を急いで食べ終えると、何となく席を立った。


 廊下へ出る。


 ふと中庭を見る。


 「あっ……。」


 いた。


 中庭のベンチ。


 蒼真と七宮が並んで座り、何やら真剣に話している。


 七宮が大きく笑う。


 蒼真も少しだけ笑っている。


 (何の話してるんだろ……。)


 気になる。


 気になって仕方がない。


 気付けば、その場に立ち止まっていた。


 「亜里沙?」


 後ろから友達に声を掛けられる。


 「何してんの?」


 「えっ?」


 我に返る。


 「あ、ううん。」


 「何でもない。」


 慌てて笑ってごまかし、そのまま教室へ戻った。


 午後の授業。


 先生の話は耳に入ってくる。


 でも。


 頭の中に浮かぶのは、昼休みに見た二人の姿だけだった。


 (何を相談してたんだろ……。)


 そのことばかり考えていた。


 *


 放課後。


 ホームルームが終わる。


 専門学校へ向かおうとする蒼真へ、女子が話しかける。


 「あっ……。」


 亜里沙はすぐに気付いた。


 髪のことで話しかけていた、あの子たちだ。


 「今日の髪型、似合ってるね。」


 その言葉に。


 蒼真は少し照れながら笑う。


 「ありがとう。」


 そして女子が続ける。


 「やっぱり、その髪型の方が似合ってるよ。」


 その瞬間。


 亜里沙の胸がぎゅっと締め付けられた。


 (……それ。)


 (あたしが一番言いたかったのに。)


 気付けば。


 また心の声が漏れていた。


 「……取っちゃ駄目。」


 誰にも聞こえないくらい、小さな声。


 その言葉は。


 誰にも届かないまま、夕方の教室へ静かに消えていった。

読んでいただいてありがとうございます。

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