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風の前兆と溶けゆく仮面 1

 ザレムの夜は、雨の前触れのような重たい空気を纏っていた。


 窓の外では風が、街灯の明かりを揺らしている。


 


 そんな夜、ギルド裏手にある小さな庭で、フィリアはリリィと向かい合っていた。


 


「で、何? わざわざ呼び出して」


 


 リリィが腕を組みながら立つ。その横顔は相変わらず読みにくい。


 


「⋯⋯ちょっと、話したくなっただけ」


「ふぅん?」


 


 フィリアは、低く茂った木の根元に腰を下ろす。

 紫の瞳が夜に滲んでいた。


 


「ねえ、リリィ。⋯⋯“仮面”って、どうしたら捨てられると思う?」


 


 リリィの眉が、ほんの少しだけ動いた。


 


「自覚してるんだ、つけてるって」


「まあね。⋯⋯ずっと、そうやって生きてきたから」


 


 葉の擦れる音が、会話を埋める。


 


 フィリアは自分の手を見つめながら、ぽつりと語った。


 


「あたし、昔⋯⋯ギルドでパーティ組んでたんだ。リールたちと一緒に。笑って、気を使って、場を丸くして⋯でも、それが“うざい”って言われた」


 


 声に棘はない。ただ、少し寂しげな温度があった。


 


「言葉にしなくても、目とか、声の抑揚とかでわかっちゃうんだよ。“あ、今この人、無理してる”とか、“この空気、最悪”って」


「⋯⋯それ、呪いね」


 


 リリィの口から、断言するような声が落ちる。


 


「感情が読める力って便利そうに見えるけど。気付かなきゃ良かったことまで、背負う羽目になる。――あなた、ずっと“自分の仮面”よりも、“他人の顔色”に囚われてきたんでしょ?」


 


 フィリアは、ふっと笑う。


 


「ね、やっぱり鋭いね、リリィって」


「当然でしょ。私、観察は得意なの」


 


 二人の間に、風が通り過ぎる。

 その風が、どこか“季節の変わり目”を告げるようだった。


 


 沈黙のあと、リリィは静かに言った。


 


「エリオン、あなたの仮面に気付いてる」


 


 フィリアの肩がわずかに揺れた。


 


「でも――彼は、剥がさせようとしてない。“待ってる”。それって、多分⋯⋯今まであなたが一番されなかったことじゃない?」


 


 フィリアは、目を閉じて頷いた。


 


「うん。⋯あの人、巻き付いてきたのに、無理やりはしてこない。距離の取り方、絶妙っていうか、ずるいよね」


「本能を抑えてるくせに、“寄り添う”ことは忘れてない。――変なラミア」


 


 リリィがぼそっと呟いて、ため息をついた。


 


「⋯⋯まあ、あなたが“その仮面を捨てる”って決めたら、その時はちゃんと支えてあげなさいよ。巻き付きでも、手でも、なんでも使って」


「⋯⋯うん」


 


 頷いたフィリアの瞳に、ほんの少しの“素の光”が宿った。


 


 仮面の下の、弱さも痛みも、きっといつか――


 







 


 その頃、ギルドの掲示板には、新たな依頼が静かに張り出されていた。


 


 《エラン山脈の遺跡にて、不可解な魔力干渉あり。調査任務、募集中》


 


 それを見たレイが、目を細める。


 


「さて⋯⋯風が、吹いてきやがったな」


 




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