銀月の帳と噂の影 1
「⋯⋯あの2人さ、最近ちょっと、距離近くない?」
「うん⋯⋯ていうか、エリオンって危険指定だったよね?」
「それでいてあの女、フィリアだっけ? “普通”に話してるとか、ちょっと信じられない」
「ほら、あの時もあいつ、尾で人を巻いて⋯⋯」
「見た見た! あれ本能なんでしょ? 怖くないのかな、マジで」
ザレムのギルド《銀月の帳》の片隅――
エリオンとフィリアに対する「噂話」が、静かに、けれど確実に広がっていた。
その震源地となったのは⋯⋯リールとヴァルだった。
すでに“登録不可”としてギルドからの追放を告げられていたものの、残されたコネや口の軽い腰巾着たちに、根気強く毒を撒いていた。
「フィリアって、過去にも問題起こしたって噂じゃん?」
「しかも前のギルドでも、男関係で――」
「うわ、やっぱああいうタイプってさぁ⋯⋯」
「⋯⋯チッ。くだらねぇ噂流してんじゃねぇよ」
レイが書類を投げつけ、ギルドの壁に寄りかかった。
その目は笑っていなかった。
今まで女たらしの軽薄な振る舞いばかりしていた彼が、本気で怒っているのは珍しい。
「なぁ、ジーク。お前も“見た”だろ? エリオンがフィリアに巻き付いた時の目」
「⋯⋯ああ。抑えてたな、本能」
「そう。あれ、我慢してた。フィリアを傷つけないように、必死に理性で耐えてた。あれ見て“危険”って言うヤツ、マジで腐ってる」
レイが、ぎゅっと拳を握った。
そこに、静かな声が差し込む。
「レイ。⋯⋯あなた、初めて“人間らしい”顔してるわね」
「っ⋯⋯リリィ」
リリィは彼の横に立つと、ため息まじりに呟いた。
「噂は、真実の代用品。言った者にとって都合のいい正義でしかないわ」
「⋯⋯皮肉、ありがとさん」
「事実を見なさい。フィリアは“仮面を外し始めてる”。それを見た周囲がざわつくのは、当然」
レイは、じっとリリィを見た。
「仮面、ね⋯⋯」
「ええ。あなたも“からかい”という仮面をそろそろ捨てたら?」
「それは無理だな。⋯⋯俺、生きてたいし」
そう言って、レイは笑った。
けれどその瞳には、エリオンとフィリアの関係を、静かに見守る覚悟が宿っていた。
一方その頃、エリオンとフィリアは、人気のない湖のほとりにいた。
空は薄曇り。風が湖面を優しく揺らしている。
「⋯⋯ねぇ、エリオン」
「⋯⋯なんだ」
「最近、ギルドの空気⋯⋯ちょっと変だよね」
「⋯⋯気づいてたか」
「そりゃ、気づくよ。あたし、鈍いフリしてるだけだもん」
フィリアは水面に小石を投げた。ぽちゃん、と音がして波紋が広がる。
「正直に言うとさ、あたし⋯⋯怖くなってた」
「⋯⋯俺が?」
「ううん。周りが、あたしたちをどう見るか、が」
その言葉に、エリオンはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯俺は、お前を巻き込むつもりはなかった」
「⋯⋯巻き込んでるよ。だってあたし、勝手に“近づいた”もん」
「それでも――」
「エリオン」
フィリアが、彼の手をそっと握る。
「“本気で触れてきても、怖くない”って言ったの、嘘じゃないよ」
「⋯⋯」
「でも、怖いの。周りの目が。⋯⋯あたし、また嫌われるのかなって」
エリオンは、その手を強く握り返す。
「なら、俺が守る」
「⋯⋯ふふっ、ほんとに巻き付いてくるじゃん」
「⋯⋯“離さない”って、言ったからな」
一方、ギルドの裏路地。リールとヴァルの前に、黒いフードの男が立っていた。
「“例の薬”の効果はどうだった?」
「上々よ。あの蛇男、少し刺激すればすぐ理性失いそうだったわ」
「⋯⋯ふん。あとはギルドの中で暴れさせれば、自然と“排除”されるだろうさ」
「“銀月の帳”から“毒”を駆逐する。それが俺たちの正義だ」
――不穏な計画が、静かに進行していた。




