感情と仮面の綻び 5
任務地は、ザレム北東の廃墟遺跡。
最近出入りした冒険者が行方不明となり、調査のため《銀月の帳》から一隊が派遣された。
依頼ランクはB。だが、不穏な気配が付きまとう場所だった。
「気を抜くな。ここ⋯⋯“何か”がいるぞ」
ジークの声に、全員が頷いた。
空気が湿っている。視界は悪くないが、静かすぎる。
先頭を歩くのはジーク。その後ろにフィリア、リリィ、そしてエリオン。
レイは後方支援ポジションで、詠唱の準備をしていた。
途中、倒壊しかけた階段の下に、小さな空間を見つける。
「⋯⋯降りるよ」
フィリアが先に飛び降りた瞬間――
「フィリアッ!」
足元が崩れ、彼女の身体が傾いた。
だが次の瞬間、エリオンの尾が鋭く飛び、彼女の腰をしっかりと――巻きついた。
ずる、と巻き付く感触。ぴたり、とフィリアの体が空中で固定される。
「っ⋯⋯ありがとう、エリオン⋯⋯!」
けれど――
(⋯⋯やばい、これ⋯⋯)
巻き付いたエリオンの尾が、わずかに震えていた。
体の鱗が、首筋から覗いている。
その瞳は、金色の光を放ち、縦の黒瞳孔が細く尖っていた。
「離れろ、エリオン」
リリィの声が鋭く響いた。
「今のあなた、限界近い。本能が優位になりかけてる」
だがエリオンは、尾を解かなかった。
むしろ、より深く、しっかりと――フィリアの体を支えるように、巻いた。
「⋯⋯今、離したら⋯⋯落ちる」
「クッション作るわ。リリィ、魔法で」
「任せて」
その間にも、エリオンの呼吸は浅く、速くなっていた。
フィリアがそっと、尾に手を添える。
「ねぇ、エリオン。大丈夫」
「⋯⋯っ、フィリア、俺は⋯⋯!」
「大丈夫って言ってるの。怖くないよ」
その言葉に、エリオンの瞳が揺れた。
呼吸が少しずつ落ち着いていく。
尾が、ゆっくりと解かれ、彼女をそっと地面に降ろす。
その瞬間、フィリアはエリオンに抱きついた。
「ありがとう。ほんとに、ありがとう」
「⋯⋯怖く、ないのか?」
「怖くない。⋯⋯だってあたし、“読める”んだよ? エリオンの気持ちも、苦しさも」
彼女の声は震えていたけれど、強かった。
「本当は触れたいけど、怖くて我慢してる。⋯⋯そんなの、苦しいに決まってるじゃん」
エリオンの手が、そっとフィリアの背に添えられる。
その瞬間、彼の体から鱗模様がすっと引いていく。
ようやく、本能と理性の境界が収まった――その時だった。
「っおい、上から何か来る!」
レイの声と同時に、遺跡の天井が崩れた。
巨大な異形の影が、落ちてくる。
「っ⋯⋯でけぇッ!」
「ジーク、盾!」
「いける、間に合う!」
光と爆音。レイの魔法、リリィの結界、ジークの盾が瞬時に重なる。
その中で、フィリアが囁いた。
「エリオン」
「⋯⋯ああ」
「さっきの、もう1回言わせて。⋯⋯あたし、本気で言ったから」
「⋯⋯なんだ?」
フィリアは微笑んだ。
「“怖くない”。エリオンが、本気で触れてきても」
――その言葉は、静かに、しかし確実に。
エリオンの中にあった最後の壁を――揺らした。




