感情と仮面の綻び 3
ギルドの空気が、ひんやりと冷えた。
扉の前に立つ二人。
ヴァルとリール。
その姿に、フィリアの心臓はぎゅうっと強く握られたように痛んだ。
(嘘⋯⋯なんであいつらがここに⋯⋯)
足が竦む。心がざわめく。
それでも、フィリアは仮面を崩さず立ち上がった。
「久しぶりね、フィリア?」
赤い口紅が妙に艶やかに映えるリールの唇が、冷笑を描く。
「⋯⋯久しぶり、リール。ヴァル」
フィリアは微笑んだ。“何もなかった顔”で。
その表情に、レイが眉をひそめ、ジークが腕を組む。
一方、リリィはカップを置いて立ち上がり、カルドへと視線を送った。
「彼女たちの“所属”は? このギルドに認可されたのかしら」
「⋯⋯正規登録ではない。だが、昨日“異動願”が受理されたばかりだ」
カルドが重たく言葉を吐く。
「正式な調査前に、ひとまず顔を出しに来たってわけか」
ヴァルが傲慢な笑みを浮かべて、フィリアに近づく。
「久しぶりだな。相変わらずお前は可愛いよ。俺に夢中だった頃と変わらない」
「は?」
レイの眉が跳ねた。
だがそれ以上に、静かに空気が冷えた。
視線の先。
エリオンが、まるで影のようにフィリアの隣に立っていた。
「下がれ」
その声は低く、冷たい――蛇のように。
「⋯⋯あ? なんだお前、誰に向かって――」
その瞬間、ヴァルの足元に、何かがスッと滑った。
細く、しなやかな尾。
それは、エリオンのものだった。
「危害は加えない。だが二度と、“その口”でフィリアの名を呼ぶな」
ピリ、と空気が裂ける。
誰もが感じた。エリオンの“理性”が、ほんの一歩、限界に近づいていたことを。
フィリアは一歩、エリオンの前へ出た。
「⋯⋯平気。ありがとう、でも。ここは、あたしが話す」
彼を見上げる目に、微かな微笑みと、痛みが混じっていた。
エリオンは、尾を静かに引き戻す。
「⋯⋯わかった。けれど、何かあれば、すぐ呼べ」
フィリアはうなずいて、深呼吸をした。
「⋯⋯で? 何しに来たの。ここに」
リールが、唇を吊り上げる。
「もちろん、謝罪に来たのよ。ほら、“昔のこと”ってやつ。許してくれる?」
「“川に突き落とされたこと”も、“変な噂を流されたこと”も、“他の仲間に見放されたこと”も?」
「昔は未熟だったのよ。ねぇ、ヴァル?」
「あぁ。まあ⋯⋯でもお前も、ちょっと調子乗ってたところあるだろ?」
フィリアの仮面が、微かに軋む音を立てた気がした。
後ろで、リリィがささやく。
「フィリア。あなた、今のままじゃまた“飲まれる”わ」
けれどそのとき。
「いい加減にしろ」
響いた声は、深緑の短髪後ろ刈り上げてる。青緑色の目をリールとヴァルを睨みつけているライザのものだった。
リールたちの後ろから現れたその男は、やや乱れた呼吸のまま、ギルドに足を踏み入れる。
「お前ら、また同じこと繰り返す気か? ここは“あの頃”とは違うぞ」
フィリアが小さく息を呑む。
「ライザ⋯⋯」
「よぉ、元気そうだな。⋯⋯変わったな。顔が、前よりずっと、柔らかい」
リールとヴァルは、やや不機嫌に舌打ちをしてからカルドに頭を下げた。
「じゃ、今日はこの辺で。ご挨拶、以上。お邪魔しましたぁ」
ギルドの扉が再び閉まったとき、ようやく空気が戻る。
フィリアは俯いたまま、小さく震える肩を隠していた。
「⋯⋯あたし、まだダメかも。怖いんだ」
その声に、エリオンはそっと近づき、ただ一言だけ呟いた。
「⋯⋯怖がっていい。だけど、もう一人じゃない」




