絵本の魔女
朝、部屋で支度を整えながら思う。
昨夜も10冊しか本を読めなかった。〈速読48〉有るのに。
本はとても興味深かった。特にMP量制御と距離制御だけ仕込んだ魔道具による複数スキル複合魔法について。自分は〈魔力操作〉が100を超えて普通に出来るようになったが、そこまで〈魔力操作〉が高くない人に複数のスキルを使った魔法は難しい。最も単純な[ファイヤーボール]でも〈魔力操作〉と〈火属性〉の二つ。[氷]で、〈魔力操作〉と〈水属性〉と〈熱属性〉。増えれば増える程操作は難しい。それが……
「ヤウ嬢?起きていますか?」
「はい。先輩」
「そう。今日は子爵令嬢としてお茶会に出席する為、午前の予定が前倒しになります」
「分かりましたわ」
そうだった。
と言うか、これだ。もっと本が読みたいのに魔道具について考察したいのに邪魔される。やりたい事をやる時間が極端に短い。常にスケジュールは他人に管理され、監視される。
貴族について知るのは重要だとは分かって居るが、もう2年になるのにずいぶんと時間が長く感じる。もう2年になるのに全然調べものが捗らない。……はあ。
「今日は時間が短いという事なので、魔女のお話をしましょう」
「魔女?孤児院の頃、絵本で読んだわ?」
「……」
「ええ。絵本にもなっていますが、実在する人物でもあります」
「ええ?実在って。本当に不老不死の人が居るの?」
「ごほん。お嬢様、口調が……。はい。不死なのかは確認されて居ませんが、恐らく固有能力によって長く生きて居るのだろうとされています。最も古い記録が約600年前の物でです。ですが、魔物であれば1000年生きたとされるものもいますので年齢だけでみるならあり得ないという事はありません」
「では、魔女は魔物だという事ですか?」
「いいえ。魔物だという説も有ったそうですが、とある商人の手記より否定されました。魔女は自ら人であると名乗り、商人は嘘発見器にて本当であると確認されたそうです」
ああ。魔物だというよりは、危険視されないと思ってそう答えた事も有ったか?
「手記は一部改変され絵本になっているはずですよ。"空の魔女"と言う名で」
「私読んだ事ありますわ!」
「淑女が大声を上げません。ヤウ嬢は知っていますか?」
「え。……ええと。覚えて居ませんわ?」
本当に覚えてない。
「ああ。イー君が壊したからしばらく無かったのよ。ちょうどその頃にはヤウも絵本は読まなくなったから」
「では、簡単に説明しますと、
有るところに、周りから優秀だと言われた商人が居たそうです。その優秀さから開拓村の商人として高Lvの素材を扱いますますレベルを上げました。
しかし、運悪くLvの高い魔物に襲われ護衛ともはぐれてしまいました。上手く魔物の気を反らしたり、時には誘導して同士討ちさせたりして逃げるが、優秀でも商人。場の空気を読んだり誘導したりはできても、戦闘は出来ず、体力も何もかも尽きてもうダメだ。と思ったその時、小さな建物を見つけました」
「待って。今思えば、商人なのに魔物の気を反らしたり?出来るの?」
「ああ。絵本ではそうなっていますが、実際は護衛を囮にして気を反らしたり、護衛を同士討ちさせて数少ない食料を奪ったりしたそうです。護衛とはぐれたのがいつとも、商人が魔物の気を反らしたとも言って居ません」
「ええ……」
「ああ……」
通りで、商人だけでたどり着いた訳だ。
やっぱり人の方が怖い。
「では続きを……
建物から出て来たのは美しい女性でした。
白い髪に紫の目。少し高めな身長のスレンダーな体。
作り物めいたその人物こそ、魔女"棄理"と呼ばれる人物でした」
「そういえば、魔女ってどうして棄理っていうのかしら?」
「魔女の名前がキリと言うそうです。また、称号である"理を棄てた者"と言うのは不老である事、一人で高Lvの魔物が住む場所で暮らして居た事、最高峰の魔道具、武器防具、薬の数々。人には不可能だと言われて居た事を成し遂げたからでしょう。未だに人は彼女に一つでも追い付けて居ません」
「おお……」
「……」
確かに。人は他者からの教育や効率の良い学習のノウハウ、複数人での作業によって少しずつでもLvが上がって居る。成長速度だけでは負けて居るかもしれない。(そんな事無い。)
だからこそ、今は人の知識、知恵を吸収しないと。
「……
魔女は言いました。
「人の庭の野良魔物にエサなんぞやるな。死んで肉になる前に帰れ」
そう言って商人に薬と結界魔道具を渡すと家に入ってしまいました。商人は流石に困って
「どなたか存じ上げませんが、薬と結界をありがとうございます。しかし、私は何日も魔物に追われ疲れきってしまいました。どうか一晩の宿と食料を分けては下さいませんか」
「知らん」
「どうか、お願いします。今は何もありませんが、これでも黒の商人です。出来る限りのお礼はいたします」
「ああ?いらない。うるさいなあ。この部屋だけだ。キッチンはそこ。食品は自由に使え。明日には出て行け」
「ありがとうございます。ありがとうございます」」
「魔女って……」
「……」
「まあ。見ず知らずの方に高価な薬や魔道具を与えてみたり、怪我人を放り出したり、分からない方ね。結局家に入れるし」
「根は優しい方なのでしょう。
商人は商人でした。〈解析〉出来ない程の高Lvな薬や道具。助かった事で欲が出て来たのです。商人は魔女から更に物を得ようと話しかけました。
「こんな所に何故……」
「美しいですね。まるでお伽噺の森の精だ」
「実は私は……」
「結界の魔道具だけでは戦闘出来ない私には心もとなく……」
……
魔女は無視します。そしてとうとう商人は魔女の張る結界の外へ放り出されてしまいました。一応持たせてくれた結界の魔道具をあわてて張ります。自業自得なので、一晩冷たい地面の上で魔物に怯えて過ごす事に成りました。
日が出て、ふっと商人が顔を上げると、魔女の家は無くなっていました。夢ではありません。薬も魔道具も有り、家が有っただろう場所は円形に跡が残っていました」
「ああ。この時に人だと確認されたのですね」
「まあ。助けて頂いてそれ以上を要求する何て、厚かましいわ」
「ええ。それだけ魔女の作った物が魅力的だったのでしょう。商人と言うのは利益を追及する生き物ですから。
商人は薬と結界魔道具のお陰で何とか街にたどり着く事が出来ました。そうして商人は魔女についてこう残したそうです。
「まるで空のようだった」
「遥か高く私達を見下ろし、気まぐれに慈悲の雨をふらし、その光は私達を魅了する。だが、それに手を伸ばそうと無謀にも飛び上がれば、冷たい風に拒絶され、あるいはその熱に翼を融かされ堕ちるしか無いのだろう」……と」
「素敵よね。魔女を空に例えるなんて」
「きっとその商人は商売より作詩の才能の方が有ったのでしょう」
「うふふ。そうね。詩にも様々な解釈が有ります。
「見下ろす様は傲慢で、雨も降りすぎれば根を枯らし、光は目を焼く。それでも高みを目指す者には、風の守りに、シラハの剣が下賜される」、と」
「成る程」
「……」
「ああ。絵本の解説で時間を使い過ぎましたね。では、現実的に魔女について話しましょう」




