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その9

遅刻の常習、宇佐見です。


楽しみにしていた皆さん、申し訳ございません。


戦闘シーン送ります。

 突如掴まれた右腕。

 中途半端な加速ゆえに振り切れず崩れるバランス。

 迫るごつごつとした崖の岩肌。

 最大級の危険が迫る中、由美の脳裏をよぎった言葉。

 ――機体を信じろ。

 強張る心――恐怖を捻じ伏せ、全身の力を抜く。衝撃吸収機構の能力を最大限に引き出すために自動的に動く関節に、全身を委ねる。

 接触。ガリガリと装甲と岩肌が互いを削り、立て続けの衝撃が彼女を激しく揺さぶる。それもすぐ収まる。

 乗り切った。最小限のダメージだ。

 だが敵は背後だ。由美の突進力を利用して雪に埋もれた機体を踊り出させた敵は、銃口を由美の背中に向けている。

 もう少し彼女の到達が遅かったら、雪の中で身動きが取れなくなっていたはずなのに的確に行動した敵の豪胆さに驚いている暇は無かった。

 両足で跳躍する由美。

 装甲の向こうでくぐもった銃声。その何発かが装甲を叩く。

 被害を確認することなく空中で宙返り。地上一五メートルもの高さ。上下逆さまの視界で自動小銃を発砲。

 格闘機が持つと小銃サイズに見えるそれは、全長百七十センチ、重量十四キロの巨大な機関銃。放たれるのは複合装甲を貫徹するためだけに開発された五ミリ×一五〇マイクロAPFSDS。十センチ程度の複合装甲なら一発で貫通する強力な対装甲用特殊弾頭。特殊すぎて機関砲でも使えないそれは、G1にもたらされた主力戦車と戦うための最強の武器。

 しかし敵は真っ直ぐに加速。銃撃を回避。長大な弾頭は雪とその下のアスファルトを激しく穿つだけ。

 咄嗟に視線入力で自動姿勢制御を解除する由美。敵が向かったのは由美の着地点だったからだ。自動制御だと宙返りのままに回転し、敵に背中を向けて着地してしまう。

 大口径ライフルを至近で撃たれても、的確に反応する敵。その敵に空中からスカイダイビングのように飛び込む由美。

 気付いた敵。だが遅い。左右に逃げ場が無いのは敵も同じだ。

 十五メートルもの高さから重量三百キロに迫る機体ごと激しく敵に激突。二機は揉み合うように雪の中を激しく転がった。


 一瞬の暗転。

 高G下でもダウンしない堅固なシステムが、衝突の衝撃でブラックアウト。

 しかし、すぐさま復旧。

 由美も意識を保っていた。複数のアラート表示。耳障りな警告音。装甲内でもみくちゃにされた全身が激しく痛み、悲鳴を上げる。シェイカーに振られるカクテルの気分を味わった、と述懐する由美。

 顔面を伝う雫。汗ではない。額を切ったか……。

 それを確認している暇は、残念ながら無かった。

 僅か2メートル前――ブロックノイズだらけの視界に映る立ち上がる敵機。異音。アクチュエーターを何本か損傷したらしい。

 そのぎこちない動きはオートバランサーによるもの。だが、敵は失神してはいない。救難信号が出されていない。

 それでも動きが無いのは、相当グロッキーだからか。

 一方の由美。

 オートで立ち上がる機体。

 両肩の複合装甲を支えるアクチュエーターの破断――邪魔な装甲をパージ。ずしりと雪に落ちる。

 右膝と頭部の筋肉に断線――膝はダンパーをうまく使えば可動。しかし、頭は動かせない。

 やたらと小銃が重いと思ったら、両手の握力補助に異常。回路に異常か――人間の握力では射撃の反動を抑えきれないライフルはすぐさま投棄。

 装着者診断プログラムがひっきりなしに警告。全身十二カ所の骨折、打撲を予測――由美に自覚なし。計測器の損傷。診断プログラムをダウン。破損した駆動系のサポートに演算領域を割り当て。

 ブロックノイズだらけの視界。光学素子が損傷したか、それとも回路の断線か――いずれにせよ邪魔。ゴーグルを外す。目の周りだけが氷点下の外気にさらされる。

 暗闇の中、月明かりで見える敵の姿。いつの間にか晴れていた空。

 本音ではすぐさま敵を取り押さえたかった由美。

 だが馬寛のように油断して格闘機のパワーを揮われることを警戒して、自機の状態を確認した。

 それは敵に回復する時間を与えることでもあった。

 ここまで苦労させられたことに文句の一つも言いたくなった。

「ほんと、いいセンスしてるわ。うちに来ない?根性叩き直してあげるわ」

 腰のアタッチメントから大振りのナイフを抜き出す由美。四七式対装甲短刀――高速振動で、バターを切る熱されたナイフのように装甲を切り裂く刃。一瞬、高周波音と輝きを放つ。動作は正常。

「女だったのか……」

 敵もナイフを抜く。タフなテロリストだ。

「あら、私の誘いは無視?」

「日本人で女……。そうか、アンタが」

 どうやら敵は無駄口を好まないタイプのようだ。ナイフを持った右手を軽く前に突き出し、腰を落とす。

 無駄口は好まないが、敵に隙を見せられない由美。たとえ、背部のバイオ燃料タンクを破損し、残量計がやたらと早く下がっていても。おそらくは最初の敵の銃撃が原因。

「ベイランドシティ警察特殊防犯課、中河由美。あなたを逮捕しに来たお巡りさんよ」

 両手を左右に開いたまま一見無造作に立ち尽くす由美。

「地球を四分の一周してくるとはいささ熱心過ぎないか?――私は日村竜。いわゆるテロリストだ。残念ながら捕まるつもりはない」

 言い放つや否や、飛び出す日村。迫る、大気との摩擦で煌めく高速振動の刃。

 辺りの山に響く甲高く耳障りな高周波音。神経を直接やすりで削るようなその音は、振動する刃同士が衝突した干渉音。

 突き出された日村のナイフを、ナイフを滑らかに下から掬い上げただけで弾く由美。

 刃同士の干渉の反動で一瞬動きが止まる二機。すかさずナイフを振り下ろす由美。

 すんでのところで一歩下がって回避する日村。

 ――厄介ね。

 先の一連の動き、日村の初撃は格闘機に慣れていない者特有の“自ら動いてしまう”動きだった。だが、格闘機は命じればその通りに動くのだ。

 ゆえに由美は僅かな動きだけで振り上げ、続いて振り下ろしたのだ。手足に力を込める必要は無い。機械が膂力を発揮してくれるのだから。

 ところが後退する動きは、格闘機特有の機械的な後退動作。

 敵は格闘機の特性を理解しているのか、それともまだそこまで至っていないのか。

 偶然ということも考えられる。

 だが、もし狙ったのだとすれば敵は相当な手練れだ。この数時間で正規軍仕様の格闘機の特性を掴むほどに。

 ――一流の戦士。

 そう評しても差しさわりは無い。

「逮捕する前に一つ聞きたいんだけど、いいかしら?」

「逮捕することは前提か。たいした自信だな、英雄」

 応えながら、また(・・)構えを取る。

「私があなたを逮捕するのは決定事項よ」

「なら、そのあとでも時間があるだろ?」

 僅かな動作でナイフを左手に持ち替える。自動的に一瞬で両手の間を移動するナイフ。まるで曲芸のような動きだが、格闘機に備わった機能。

 対し日村はほとんど反応しない。僅かにナイフの先が下を向く。

「無いのよ。今の私は法的に問題だらけだから」

「なるほどな。熱心にも限度がある。――何故、そこまでする?」

「約束だから。ある男の子と女の子を苦しめた悪い奴を捕まえるって」

「緑の軍隊を作った日本人とは思えないな。テロリストは悪だから排除するって奴か?」

 すっと右に動く日村。

 瞬間、由美の左手から日村機のゴーグルめがけて飛翔するナイフ。圧倒的な膂力を持つ格闘機だからこそ出来る芸当。

 自動で反応する日村機。ナイフを下から掬い上げて弾く。頭上に跳ね上げられる由美のナイフ。

 その時には眼前に迫っていた由美。

 振り上げられた日村の腕を、前進した際の運動エネルギーでさらに押し上げる。筋肉の過負荷を狙う。

 咄嗟に左手で殴る日村。

 その腕を下から迎え撃つ由美の右手。

 それよりも速く由美の頭部を捉えたはずの日村。

「なに!」

 声を上げ、慌てて大きく後ろに後退する日村。

 その左拳を覆っていた複合装甲がボロボロに砕け散り、過負荷を与えられた左腕の筋肉が一部断線していた。可動域が相当狭まっている。

「残念」

 場違いなほど朗らかに言い放つ由美。その右手が落ちてきたナイフを手に取り、振り下ろす。

 なんとかナイフで迎え撃ち、距離を取る日村。由美の一連の動きに動揺しているのが分かる。

 日村が殴ろうとした瞬間、由美は右手の袖口に備わった壁面登攀用のアンカーを放ったのだ。コンクリートを貫通し、機体を支えるだけの強度を誇る鉄杭は、日村の左腕の機能を大幅に奪っていた。

 五年ほど前に開発が始まり、前の年に標準装備になったばかりの装備だった。

 そして、落ちてきたナイフを右手で取る仕草。それら全てが格闘機というシステムを理解しきっている女の仕業。

「排除なんてしないわ」

 唐突に言い放つ由美。先ほどの話に戻っただけ。しかし、そのあまりにも自然な態度が相手に与える影響は計り知れない。

 それでも、由美は内心では焦っていた。燃料はもうほとんどない。

「私達は、あなた達を逮捕する。殺して終わり、なんてしても決して世界はよくならないわ」

「相変わらずの気違いじみた発想だ。お前たちのやってることがアメリカとどう違うって言うんだ」

「意外ね。そんな正義感でテロリストやってたの?」

 拍子抜け感が否めない。緑の軍隊の活動で被害を被る人達は確かに存在する。

 日村達はそうした人達のために闘っているということだろうか。

「テロリストの考えなんか、英雄には理解できないだろうな」

 だが、日村の冷徹さを知っている由美は奇妙な気がした。生き残り続けなければならない、というかのようにひたすら自身の生存を重視する姿勢。味方さえ切り捨てる非情さ。

 弱者を救済のために戦うというかのような言動は、彼の行動とは結び付かないのだ。

「それよりも、あんたも時間が無いはずだが……」

 淡々とした日村の言葉。

「時間?あなたよりはあるわよ」

 タンクに被弾していたことを日村は気付いていたのだろう。だからこその余裕。

「そうか」

 特に言及してこない。それが彼の時間的余裕のなさにも感じられるし、由美に対する優位性の現れにも感じられる。

 ――食えない男だ。

 非情、非道は当たり前。そのくせ口にするのは緑の軍隊に対する批判。感情はほとんど示さず、ただその芯に真っ直ぐで強固な物を感じる。

「あなたは何を憎んでるの?」

 口を突いて出たのはそんな問いかけ。

「人生相談でもしてくれるのか?」

 苦笑交じりのいらえ。

 同時に放たれる、鋭いナイフの刺突。

 機体の突進を伴なう首を狙った一撃を左腕で下から押し上げ回避。僅かに装甲がナイフの干渉域に触れ火花が激しく散る。

 さらに腹部へと迫る左拳。

 一見意味の無い衝撃吸収機構と複合装甲への殴打。

 だが、次の瞬間には左手にはナイフ。右手からの持ち替え――由美に対する意趣返し。ナイフで迎え撃つ由美。

 衝突する高速振動剣同士の干渉域。激しい金属音とともに互いへ向けて斥力が発生。衝撃で日村の損傷していた左手の炭素繊維筋肉が激しく千切れる。

 余波で由美の右腕も損傷しているが敵よりはマシだ。

 反撃をしようとして、敵が突進を止めていないことに気付く由美。このままでは敵の体当たりでさらなる損傷を受けることになる。

 咄嗟に敵の右腕を掴み、敵の勢いを殺さずに後ろへ身を投げながら、足を払い、宙で回転。

 敵を地面へと叩き付ける。

 間合いを取るべく離れようとした彼女。

 左腕を掴まれ、日村を押し倒したままの形を強いられる。

 焦る由美。

 格闘機は人型を取っているが決して密接戦闘が得意なわけではない。彼女が普段使用するSSAP50(フェニックス)なら柔軟で強力な炭素繊維筋肉を使っているので複雑な動きに対応できるが、G1はそうはいかない。

 右腕で由美を掴んだまま、下から左手で殴りかかってくる日村。咄嗟に右手で防御しようとして、いまだナイフを持っていることに気付く。対して日村の手は何も持っていない。さきほどの衝撃でナイフを取り落したのだ

 このままでは、ナイフが僅かに残った日村の左手を高速振動する刃で粉々に粉砕してしまう。重傷――最悪、手を喪失したショックで心停止。

 動きが止まる。

 顔面に衝撃。日村のアンカーだった。動かない由美のヘルメットが粉砕され、金属片や電子機器、コードを撒き散らしながら吹っ飛ぶ。剥き出しになる由美の頭。

 さらに殴りかかってくる日村。

 由美の右腕が受け止めるも、日村のアンカーは作動せず。

 いつの間にか由美の手に無いナイフ。

 日村の左肩、僅かに逸れた地面に突き立つナイフ。左腕の動力が失われ、動きが重くなる。由美が手放したナイフは正確に左肩部の動力伝達系のみを切り裂き、機能停止。

 右手で日村の左腕を脇に抱え込む。

「さっさと大人しくなれ!」

 脇に挟んだ腕を捻り上げる。格闘機の腕力で装甲と炭素繊維筋肉が悲鳴を上げ、次々と圧力で弾け飛んで行く。動力が無く、ここまで損傷した腕部なら機体のパワーだけで破壊可能だ。

 抵抗する日村。しかし両足は抑え込まれ、残った右手は由美に捕まれている。

 日村の内部の左腕ごとへし折る気でパワーを込める由美。時間が無い。先ほどの転倒時から鳴り続けている残燃料警告。転倒で派手にぶちまけたらしい。

 バキバキと日村の左腕の炭素繊維筋肉が割れる。完全破壊。

 由美の眼前に迫る影。咄嗟に左手で防御。日村の頭突き。無防備な由美の頭には有効な一撃。

 続けて日村の残った右手がわき腹に叩き込まれ、アンカーを作動。

 空振り。

 咄嗟に日村の頭の向こうへ飛び退けた由美。落ちていたナイフも拾い、起き上りかけた日村に向けて刃を再度揮うために突進。

 ナイフは避けたものの、その猫じみた機動に足元を掬われ尻もちを突く日村。

 その右肩に振り下ろされる光る刃。

 ――間に合え!

 ここで止めなければという思い。約束を果たせなくなるという思い。それが叫びとなった。

 激しい金属音を立てて装甲を切り裂く刃。

 しかし、一瞬で沈黙。

 途端に全身が重くなる。動力切れ。全身を覆う頼もしい鎧が、ただの重量物に。ついにバイオ燃料が失われた。

 由美の脳裏を掠める最悪の事態。

 直後、衝撃。

 日村に蹴り飛ばされた由美。頭部を守るヘルメットも衝撃吸収機構もほとんど失った機体の中で、雪の斜面に叩き付けられその意識を失った。

すみません。


予告しておいて更新遅れた上に、結局分割2回へ……。


改稿でまた分量が増えてしまいました。


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