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その8

 中河由美が東京湾ベイランドシティ警察本部の最上階会議室に呼び出されたのは、C3からHALO降下する16時間前のことである。

 ドアをくぐる前から彼女は嫌な予感しかしなかった。何故ならドアの前にはベイランド市警、湾岸軍だけでなく、連邦警視庁、湾岸海上保安庁、そして防衛省機動展開軍――近隣の武力組織の制服が勢揃いしていたからだ。

 市警と海保、そして湾岸軍のように日頃から協力関係を築いていればいいが、湾岸軍と機動展開軍、警視庁と市警の関係はそれぞれ良好とはいえない。関わり合いになりたくない空気が醸成されていた。

 警護人員同士でこうなのだから、本人達は一体どうなっているか想像したくもない。

 だが本部長命令だ。

 ドアをくぐる由美。

 入室した瞬間、思わず眩暈を感じた。ベイランドシティセントラルブロック地上フロアの中心に広がる中央公園を見下ろす陽当たりのいい会議室は、最悪なまでの険悪な空気に満ちていた。

 軍服が三人――少将、准将、大佐。制服警官二人――本部長、外事課長。湾岸海保幹部二人。背広姿の官僚と思しき数名。そして二人の私服警官――特殊防犯課長、特防課係長。

 そこまではいい。国際的な事案ならあり得る布陣だ。内閣官房報道官がいるのは総理府経由の事案で、官僚も外務省や国交省辺りだろう。司法行動局の調査官がいるのは意外だが、それでもそこまで不思議ではない。

 そして政府要人がいるので楯を警戒するのも分かる。

 入って来た彼女に誰一人視線を向けないほどの重苦しい沈黙の中、由美は特殊防犯課長、磯垣海司警視正の隣にわざと音を立てて座った。

「課長」

 なんでもないことのように口を開く。

「これってクーデターかなんかですか?」

 空気がざわつき、壁際に控えていたフル装備の迷彩服(・・・・・・・・)の一個分隊九名が一斉に敵意を向けてきた。

「いや、何かの演習かなんかじゃないか?」

 素知らぬふりの海司は、応じながら由美に資料を渡す。言外に告げているのは、その程度の戦力では彼の敵にもならないということ。そして、資料の全ては頭に入ったということ。

 気丈にも忠実に職務を果たすため、資料を渡そうとした文官を笑顔で断る由美。

「ありがとうございます。――でも会議室で演習ですか?いささか想定を作った指揮官の良識を疑いますね。ここで何か起きたら、みんな仲良くあの世行きです」

 忍び笑いを漏らす気配。准将の階級を付けた榊原功征(さかきばらこうせい)第三二普通科連隊長だ。相変わらず状況を楽しんでいる。隣の山村陣大佐に脇をつつかれている。

「そういうことが分からないんだろ。戦場にいないとそうなる。だいたい、その程度の装備で何を(・・)抑えようとしているのか、指揮官として理解に苦しむな」

「同感です。この指揮官は兵士を無駄死にさせるタイプですね。いい反面教師です」

 容赦仮借の無い口撃。

 反面教師――機動展開軍北垣操(きたがきみさお)少将は憤慨を顕わにし、白石順子(しらいしよりこ)報道官は苦渋に顔を顰め、最高裁直轄司法行動局の相沢涼江(あいざわすずえ)は由美いわく“面白い顔”をしていたらしい。

 一方のベイランドシティ側、市警本部長吉岡竜太(よしおかりゅうた)は無表情。そして臨席していた行政長官、サエグサ・フォックス・リー市長と榊原准将はにやけ面を抑えようともしない。

 そんななか無表情に告げたのは、吉岡本部長。

「白石報道官。市警本部の招聘人員は全員集合しました。始めていただいても構いません」

 定年間近、六十一歳の本部長は特別区行政長官(しちょう)の信任は厚くこの十年間君臨し続けていた恰幅のいい、警察官僚というよりも一軍の将のような気配を持つ。

 あまりの自然な発言に、瞠目する白石。

 ――空気を読む気が無いな!

 と内心絶叫していた、吉岡に比べれば小娘の部類に入る報道官。動揺してしまったため、隣の外務官僚を抑えるのが遅れる。

「本部長」

 緑の会議国担当参事官、水瀬透。

「会議の前におっしゃることがあるのでは?」

「水瀬さん」

「なんのことでしょう?」

 白石の制止も虚しく、吉岡が表情も無く参事官を老眼鏡の奥から見上げるように見やった。

「君の部下の態度はなんですか、と言ってるんです」

「……と、おっしゃられましても、彼らはありのままの事実を述べただけでして、そこにはなんの誇張も偽りもございません。むしろ、冷静で的確な分析は誉めこそすれ否定するものではございません」

 どこまで本気かまるで読めない老獪な本部長。呆気に取られる水瀬。

 しかし、白石報道官はそれを怒りと受け取った。

「水瀬さん。やめましょう。これ以上は時間の無駄です。――吉岡さん。やはり(・・・)非はこちらにあるようです」

 報道官はこの武装に同意していなかったらしい。ということは機動展開軍の将軍の入れ知恵か。という状況を把握する由美。

 ――どうりで……。

「北垣さん。兵士の皆さんを退出させていただけませんか」

 白石の妥協を、機動展開軍第一複合連隊の北垣は受け入れなかった。

「申し訳ありませんが、それは出来ませんな」

 その言葉は、素人である閣僚を諌めるような軍人官僚特有の慇懃無礼さがあった。エリート意識の強い将軍なのだろう。

「しかし、相手方を不快にさせてまでの警護は必要ありません。過剰です」

「自分と自分の部下には、報道官と他の連邦職員の身の安全を確保する義務があります」

 それを聞いて、話の間に資料を読み終えた由美がすかさず挙手。

「市長。本部長。格闘機(SSAP50)の使用を申請します」

 機動展開軍の将兵全員がぎょっとするなか一切構わず彼女は続けた。

「機動展開軍の皆様同様、自分にも行政長官(しちょう)閣下や本部長を警護する義務がございます」

「由美ちゃん、俺は?」

 愉快そうににやにや笑う榊原准将。会議の度にこんな調子の男だが、連邦政府高官がいるのだから少しは自重してもらいたい。

「榊原准将は勝手に逃げて下さい。得意でしょ?」

 敬意の欠片も無い返答。

「いいね。今日も切れ味抜群。さすがだね」

 まったく気にしていないどころか、嬉しそうな准将。これでも湾岸軍の精鋭第三二普通科連隊を完全に掌握する名将の一人だ。全くそうは見えないし、明らかに火に油を注いで愉しんでいる。

「榊原。貴様……」

「なんだい北垣くん?」

 階級では北垣の方が上だが、二人は防衛大学校の同期。榊原の態度で北垣のボルテージが上がり始める。

「二人ともやめてください。兵士の前で無様な姿を晒さないでください」

 ばっさり切り捨てる由美。

 呆気に取られる北垣。部下にここまで言われたことなんて無いんだろう。無論、将軍相手にここまで言う元大尉は滅多にいないが。

「は~い。由美せんせ~」

 榊原のおふざけの度合いが悪化している。どうやら、彼も相当頭に来ているらしい。

 事態の収拾は由美に任されたようだ。

「白石報道官。私にも格闘機を装着させていただけませんか。もちろん武装は要りません。ただ、いざという時(・・・・・・)私は盾にならなければいけません。それも複数名の」

 彼女の言う通り、この場にベイランドシティ側の戦闘要員は彼女一人だけだった。高官達にはそれは無理であり、楯たる海司は戦闘行動そのものが禁じられている。

「何をバカなことを言ってるんだね、君は」

「やめなさい」

 白石の制止も聞かない水瀬。

「会議の席に格闘機を持ち込むバカがどこにいるというんだ?」

 由美はその瞬間、満面の笑みを浮かべた。出席者の大半――主に連邦政府関係者達が一斉に恐怖を抱いたという。

 その笑みは、獰猛な虎が獲物を見付けたかのような輝きに満ちていた。

「地方の行政機関にフル装備一個分隊を事前通告なしで投入する非常識に言われたくありません」

 水瀬を一蹴。

 続いて兵士達を見回す。

「しかも安全装置を解除し、指揮車両とのデータ通信も戦闘レベルにしてある。銃口を向けていないだけで、交戦状態ではないですか!」

 その言葉と視線はもはや兵士達を薙ぎ払う光学兵器の如し。

 立ち上がり、連邦政府高官並びに北垣少将を指さす。

「もはや楯に対する警戒という度を越えている。これはベイランドシティ特別区に対する明確な恫喝、あるいは宣戦布告と見なされる。――それが一国の代表のやることか!」

 爆発のような叱責が会議室を走り抜け、凍り付いたような沈黙だけが残された。

 彼女は入室した瞬間には気付いていた。機動展開軍の兵士達は自動小銃の初弾を装填していて、サングラス形態のデータギアのかすかな明暗が最高レベルの態勢にあることを示していた。

 高官や文官は気付かないだろう。海司は自分が指摘することは事態を悪化させると判断したのだろうし、榊原は怒りのあまり最も効果的な指摘方法を由美に丸投げしたのだ。

 しかし、何も理解していなかった連邦政府高官二人の顔色はさっと変わった。

「北垣少将。それはどういうことですか?」

 困惑で凍り付く水瀬をよそに、声を張り上げる白石。それは由美と同等の叱責の色を帯びていた。

 それでもこの時はまだ、抑えられていた。

「必要な措置であります」

 見事なまでの杓子定規な回答。

「そうですか」

 そう小さく呟いて北垣から目線を外す白石。

「では少将。部隊を連れて退出しなさい」

 目を向けることなく言い放つ内閣報道官。

 連邦政府側だけでなくベイランドシティ側にも動揺が走る。本来、報道官に機動展開軍少将に対する命令権は無い。閣僚の序列でも各国務大臣、副大臣の下であり、よほどのことが無ければ命令権は回って来ない。

 しかし、この会合の責任者としてそれでは済まない状況と彼女は判断したのだ。

 華やかな報道の世界から転身した白石を、どこかであなどっていた由美はテーブルの向こうの才女の評価を改めていた。

「なんだと?」

 しかし、少将の抗弁を報道官は認めなかった。

「何度も命令する必要がありますか?あなたがいては会議が始まりません。私達、しいては国際社会には時間が無いんです」

 ――いや、言い過ぎだろう。

 さすがの由美も北垣に同情してしまう。

「私には警護以外の任務もあるはずですが?」

「不要です」

 それ以上、彼女は何も言うこともなく、目を向けることもなかった。

 今度こそ立ち上がる北垣。荒々しく椅子の音を立て、ドアから出て行く。

 それに従う兵士達。きびきびとした動きだったが、どこか安堵の空気を漂わせたそれ。地上最強の生命体に武器を向ける行為は、彼らにとっても恐怖だったのだろう。

 立ち上がる白石。

「大変申し訳ございませんでした。私も楯――失礼、磯垣氏に対する牽制という意味での武装を認めていました。ベイランドシティの方々も同じように備えていると思っていたのです」

 責任ある政府高官なら必要な危機意識だ。

「しかし、ここで分かったのは磯垣さんが地元の人々に受け入れられて、一定の指示も得られていらっしゃる姿でした。楯管理法に基づいた任務を忠実に実行なさっている結果ですね。とても嬉しく思います。同時に連邦政府は(とうきょう)はこんなに近いのに、きちんと理解しようとしてこなかったことを恥じ入るばかりです。重ねて謝罪します」

 そう言って頭を下げる白石。慌ててそれに続く水瀬と文官達。水瀬が苛立っていたのも、由美達の口が悪かったことが癇に障っただけなのだ。

 対し、出席者のほとんどが安堵の表情を浮かべ、口々に報道官の労をねぎらう言葉が発せられるなか、ただ一人無反応を貫いていた特防課課長。

 いつしか出席者の意識は彼に集中していた。

 思わず肘で隣に座る海司を促す由美。

 表情も無く顔を上げ、自分に集まっている視線に今気付いたというように周りを見回し、淡白に言葉を発した。

「問題ありません。慣れています。それよりも私も騒動の原因になって申し訳ございません」

 二十三歳の若者が口にするにはあまりにも抑揚のない返答に、白石の表情が僅かに曇る。自分の甥っ子と同世代でありながら、かけ離れた態度に感じるものがあったという。

「報道官。課長はこれでも報道官の気遣いに感謝しております。お気になさらずに」

 と代わりに謝辞を述べた由美。この一年半ほどで、彼女もだいぶ特防課らしく(・・・・・・)なってきていた。

 ぽかんとする白石。

 ムッとする海司。

 そして、追い討ちをかける榊原。

「白石さん。申し訳ございません。海司くんは人見知りでして。初対面の人にはあんな感じなんです」

「准将。それは違うぞ」

 それまでずっと事態の推移を見守っていたロマンスグレーのアメリカ系日本人、行政長官サエグサ・フォックス・リーが唐突に口を開いた。

 ――ああ、また海司くんがいじられるぞ。

 と思った由美。

「彼のアレは、ツンデレだ」

「いや、しかし、しちょー。議事録に“ツンデレ”は無いでしょ?」

「そうですかな?私も同感ですよ、榊原さん」

 無表情に追従する吉岡本部長。由美にとっては毎度の光景。このオジサン達は海司を可愛い子供か孫と勘違いしているきらいがある。

 しかし、呆気に取られる連邦政府高官達。

「ええ?いいんですか?」

 市長と警察本部長が大真面目に頷くものだから、榊原もやれやれという様子で書記官に声をかけた。

「んじゃ、皆口くん。ツンデレって書いておいてね。いいかい?“磯垣くんはツンデレ”って書くんだよ。いいかい?」

「いーわけねーだろ」

 驚くべきことにその場にいた全員がその呟きをしかと捉えていた。

 それに気付いた海司の小さな舌打ち。会議室の空気がはっきりと弛緩した。

「ありがとうございます」

 柔らかな笑みを浮かべた白石。そして本題に入る。

「本日皆さんにお集まりいただいたのは、近日中に実施させれる緑の軍隊の対テロ作戦についてです」

 日村竜を含む炎の杜幹部の逮捕作戦。白石の後を引き継ぎ、外務省の水瀬がこの作戦が緑の軍隊主導で行なわれる国際合同作戦になることを理解した由美。

 しかし彼女自身が招聘された理由には思い至っていなかった。

「そこで緑の軍隊本部から内々の打診がありました。中河由美警部。緑の軍隊はあなたの参加を要請しています」

「ああ、なるほど」

 疑問よりも先に納得。緑の軍隊主導の作戦だが、緑の軍隊にはそれを実施する戦力が無い。防衛を主任務とする軍隊に対テロ特殊部隊なんて必要無いのだ。都市の治安は警察に任せているのが緑の軍隊だ。

 つまり、各国から人員が集まるこのような作戦の時に緑の軍隊にとって使いやすい――意思疎通のしやすい兵士を求めるのは理に適っている。

 おそらくは参謀長のアイリス准将あたりの入れ知恵だと認識した一方、疑問も湧いた。

「文民警察官が軍事作戦に参加するのは……」

「当然、問題があります。――相澤さん」

 呼ばれたのは由美にとって既知の女性。司法行動局の相沢涼江特別調査官だった。

「はい。本作戦は容疑者の追跡を行なう現地調査と、潜伏先に対する突入作戦で構成されると予想できます。しかし、警部は調査活動に参加しませんね?」

「私にはそのノウハウはありません。当然、緑の軍隊も私を突入要員として数えていると思います」

「突入する以上銃器を使用することになります。実弾でなくとも、実銃を使うことになりますね?」

「実弾というのが執行実包のことを指すのであれば、その通りです。わざわざ非殺傷弾を使うための銃を用意するのは手間がかかります」

「その際、相手を死傷させることになれば、残念ながら中河警部は現地警察に拘束されることもあり得ます」

 クーデター後、日本は不明確になりがちな軍と警察の境界を明確に線引きすることを始めた。

 たとえば警察官は国外で活動する場合持ち出せる銃器が限定されたり、機甲兵器の使用が限定される等の措置が以前よりも厳しくなっている。

 それは日米の指導を受けて国づくりを行なったアフガニスタンでも同じで、正当な理由が無い場合警察官の身分しか持たない者が軍事作戦に参加するのは明確に違法であった。

「では何故、緑の軍隊は私を?」

「おそらくは突入作戦のアドバイザー、あるいは日本政府からの立会人としてではないでしょうか?」

「さすがよく調べていますね。――でも両方ともおかしいんです。作戦立案に関しては各国の特殊部隊に充分なノウハウがあるはずです。デルタやSASとか。それなら私のアドバイスなんて必要無いんです」

「いえ、中河さん」

 白石が由美の言葉を否定する。

「デルタもSEALs(シールズ)も参加しません。SASはオーストラリア陸軍のみです」

 それを聞いて疑問を抱いた由美は続きを待ったが、白石が続けて口を開く気配は無かった。どうやら通達するべきではない情報らしい。

「そうですか。でも、変わりないですよ。豪州SASでも充分な技術を持っています。また、立会人なら正規の軍人でいくらでもいるはずです。私のようなゲリラ戦重視の兵士は出番がありません」

 由美の言葉で、視線を交わす白石と相澤。どうやらその想定は既に済んでいたらしい。

 となれば残された可能性である。

「不測の事態に対する備え、ですか?」

 テロリストに逃げられたり、突入部隊が返り討ちに遭ったり、予想外の破壊活動が起きたり。その場合の後詰めとして、由美は適任だ。

「そうね。そうとしか思えないわ」

 思わず普段通りの口調で返す相澤。楯に関する特別調査官である彼女は、特殊防犯課との接触が多い。由美達の活動の適法性を調査するのも彼女の役目であったからだ。

 勇元金融の事件では、由美の捜査手法に対して裁判の場面で堂々と非合法性を指摘したため、以後同じような手法は封じられた特防課だった。

 しかし、そういう自らの使命に忠実と由美が評する相澤の姿勢は、彼女にとって好感が持てるものだったらしい。

 そんな相澤は、この作戦で由美が被る恐れがある被害に苦慮していた。

「残念ながら、それだけではないね、白石さん」

 低く重く、しかしよく通る声はサエグサ市長。

 視線を向けただけですぐには返答しない白石。

 意に介さず、鋭く切り込むサエグサ。

「緑の軍隊は、不測の事態に際してどこの国にも主導権を握られたくない。そういうことだろう?」

「緑の軍隊の理念を考えれば、自然のことではありませんか。行政長官」

「そうだ。でもね、それは日本についても同じなんだよ」

 今まで穏やかな微笑を浮かべていた白石報道官の表情が強張った。

 ――日本についても同じ?

 一瞬意味が分からなかった由美。日本は緑の軍隊最大の出資国であり、参加企業も兵士もいまだ最大だ。緑の軍隊の主要幹部も日本人が圧倒的に多い。

 それが疎まれる理由とは……。

「経営に口出しする株主は煙たがれる、か……」

 誰にも聞かれないように呟かれた海司の小言。心底馬鹿らしいと思いつつも、彼自身どこかでシンパシーを感じているのであろう。

 そんな海司の心情に思わず笑みが浮かびつつも、白石が直々にここまで来た理由を察した由美。

 作戦参加の辞退。本人が拒否すれば緑の軍隊は強要できない。そして連邦政府は機動展開軍から部隊を派遣するだろう。

 だが由美が参加した場合どうなるのか。事態を収拾するために自身への処分や訴追をかえりみることなく、テロリスト逮捕に尽力したという美談に書き換えることが出来る。

 緑の軍隊に対して、どこの国でもない由美個人が恩を売ることになるのだ。

「なら、私が行きましょう」

 決断は異常に早かった。

 さすがのサエグサ市長や白石報道官達はもちろん、隣の海司ですら思わずといった感じで彼女を見つめた。

「あなた何考えてるの?」

 思わず叱責する相澤。

「大丈夫です。戦闘に参加しなければいいんです。参加しても殺害しなければいいんです。それで可能な限り減刑できますよね?」

「上手く行けば禁固刑は免れるでしょうけど、あなたに前科が付くわ」

「その場合、懲戒処分ですか?」

 由美が吉岡を向く。

「停職で手を打とう」

 さらりと言う本部長。逆を言えば、その範囲で収まるように任務を達成しろという厳命でもあった。

「ありがとうございます。じゃ、相澤さん信頼できる弁護士を紹介してくださいね」

「あなたが行く必要は無いのよ」

「そうです、中河さん」

 諦め口調の相澤に続いたのは白石。

「政府としての本意は確かにサエグサ長官のおっしゃった通りです。でも、私はあなた自身のことも心配です。わざわざキャリアに泥を塗る必要はありません。万が一失敗すれば、大怪我を負ったりするかもしれません。公職を追放されるかもしれませんよ」

 立場を超えたこの発言といい、先ほどの海司に対する気遣いといい、白石順子という女性は根は情に厚いところのある女性のようだ。

「ご心配ありがとうございます」

 由美はそこで出席者全員を見回した。

「ですが、私は緑の軍隊の中立性を望む一人です。その役に立てるのであれば、これほど有意義なことはございません」


 出発前の会議の通りの事態に陥ったことを、嘆くべきか喜ぶべきか。

 緑の軍隊の武装を使用し、テロリストを負傷させ、今はテロリストを追跡するため外交ルートその他もろもろをすっ飛ばした現場判断で、他国の格闘機を使用している。

 この場合、単純な量刑では懲役十年ほどになりそうな気がする。時間が無いからと言ってやり過ぎただろうか。

 そんなことを考えながらG1格闘機――ジャッカルを疾走させていた由美。高速走行中は特にやることが無いため、どうでもいいことを考えていることが多いらしい。

 それでも時折、手足を意味もなく動かし機体と彼女自身の身体を同期させていく。

 本来は身体にぴったりと密着するオペレーションスーツを着用してから装着する格闘機だが、スーツ無しでも稼働する。それは従来の機甲兵器と比べて格段に短いシステム立ち上げ時間のせいである。電力の投入から、バイオジェネレーターの臨界、そして駆動システムの立ち上げまで七十秒。炭素繊維筋肉はその性質上アイドリングが必要無いため、これで即出撃可能となる。火器管制等は移動中でも立ち上げ出来るので、急行しながらそれらの起動もする。

 結果、得られた即応性だったが問題が発生した。

 オペレーションスーツの着用にかかる時間が平均五分であるという本末転倒。人間の準備に手間がかかるのだ。

 オペレーションスーツは装着者の肉体の状況を正確に把握し、機械と人体の間に生ずる物理的、生理的隙間を埋めるための装置だ。装着者を調べる検査機器であり、装着者にとっての入力装置であり、一次衝撃吸収装置でもある。

 格闘機の性質に起因する事故を防止する観点でも必要な機材なのだが、第一空挺団はより緊急性の高い事態を想定しスーツ無しでの即応戦闘技術を編み出してきた。

 そこで身に付けた技術が、移動中の身体フィッティングだ。由美の格闘機データは確かに機体に入力された。しかし、人体は日々刻々と変化する。専用機ならばそういった問題は少ないが、残念ながら今は借り物だ。彼女の肉体とデータは必ずしも一致していない。

 そこで手足を動かすことで、機体に自身の肉体の正確な情報を伝えているのだ。

 フィッティングが概ね終わった頃、彼女は追跡対象に追い付くと予想した地点に到達した。

 警戒すべきはトラップ。つい先ほど、この周辺で異常振動を捕捉していた。ファイザーバードを襲撃した時に使った爆薬等があったとしてもおかしくない。

 ――雪崩か。

 右側の山肌から雪の塊が大きく張り出し、川と道路をほとんど埋めてしまっている。乗用車ですら通れない幅しか残っていない。

 でも格闘機なら通れる幅だ。

 ――ということは罠だ。

 そう判断しつつも、由美は機体出力を全力に設定した。

「現座標を雪崩ポイントとしてファイザーバードへ報告」

 人工知能(AI)に指示を出しつつ、中央突破を選択していた。

 追撃する由美は移動中もデータリンクを切ることは無かった。上空の偵察機と情報を共有し、敵の捜索を行なっていた。また電波発信源の高速接近は、相手にプレッシャーを与えるからだ。

 だが敵は姿を現さなかった。いまだ静粛モードで移動しているという証左。

 そして、この雪崩。雪崩を起こしたのは十中八九敵だ。そして崩れたばかりの雪の上を歩行できるほど格闘機は軽くない。

 ――敵はこの反対側で待ち伏せしている。

 白い雪の壁と崖に挟まれた狭い回廊。

 ならば選択肢は……。

 ――敵の不慣れな高機動戦闘に持ち込む。

 回廊を直進する恐怖は彼女に無い。敵の装備は七.六二ミリ。G1の正面装甲で対応できるからだ。

「Go!」

 叫んだ瞬間、G1は降り積もったばかりの新雪を蹴散らして翔けた。

 押し寄せる強烈な重圧。全身を押し潰さんと圧し掛かってくるGのなか、己が肉体が超人的な加速をするのを実感する。

 一歩目で時速二十五キロに達し、二歩目で三十五キロ、三歩目で……。

 アラート。

 右手前方――雪の壁の中に甲高い駆動音。最大出力を発揮する炭素繊維筋肉が発する高周波音。

 油断していたわけではない。まさか敵が身動き取れなくなる可能性のある雪の中にG1を潜ませるとは考えていなかったのだ。雪の重みは想像を絶する。彼女自身幾度か痛い目を見た。

 だが、敵はそれすら計算していたのか。そしてそれを実行する敵の胆力。それは由美が経験したことのないタイプの敵。

 雪の中から突き出される武骨な形の右手。

 右腕を掴まれる由美。

 中途半端な加速のせいで盛大にバランスを崩し、由美の視界に迫るごつごつとした岩肌。

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