その7
東京湾ベイランドシティを出発する前、ユージーン・ロックウェル警部補は強行一係長の副島康警部に突然呼び出しを受けた。
「ごめんね、忙しいのに」
そう前置きした副島の表情は本当に申し訳なさそうだったことに、苦笑いのジーン。アメリカ軍の若い将軍ですら敬意を払ってしまうほどの偉大な英雄は、その実績に見合わない腰の低い男性である。
「No problem。時間はまだあります」
実際にはあと二十分ほどで市警本部の用意したチャーター機は離陸しようという時間だったが、敬意を払うべき相手には決して礼を失しないのがジーンという兵士のあり方だ。
「そうかい?――ちょっと気になったことがあったからね」
深夜のベイランドシティ国際空港。二十四時間稼働する洋上空港であったが、深夜に行き来する便は少ない。
搭乗客の見当たらないロビー。その片隅で、今にも雪が降り出しそうな重く垂れこめた雲を照らし出す、眩い駐機場を眺める二人。
副島の口調はいつも通り柔らかかった。
「炎の杜逮捕作戦。ホワイトハウスが動いていないのはなんでなんだろうね?」
それは問いかけの体裁を取った警告だった。
――やっぱりこの老兵は化物だ。
作戦に参加しない副島は、特殊防犯課の実行部隊の指揮官として利鋭、張霆との三人体制を維持するために残された。緑の軍隊が由美を指名した以上は当然の選択であったし、ジーンが下士官として選ばれるのも問題は無い。
だが、緑の軍隊から提示された作戦参加者の名簿を見て、副島はさっそく疑問を抱いたのだ。
内心を覚られまいと笑みを浮かべるジーン。
「分かりませんよ。俺は大統領補佐官じゃないっすよ」
「そうだね。でも何人かのアメリカ人も巻き込まれてるテロの容疑者を捕まえようって時に、ラングレーもSOCOMも動かないのは珍しいよね?」
「さあ?戦争のしすぎで人手が足りないってのは、本当じゃないですか?」
直後、ジーンは己の迂闊さを呪った。副島がちらりと笑顔のまま元海兵隊員の表情を窺ったからだ。
――馬鹿な。特記事項じゃないぞ。
「へえ。初耳だね」
副島の一言に含まれたもの。
確かに合衆国大統領府は日本連邦政府と緑の軍隊に対し、信頼の名の元に、自軍の人員不足と関係機関の繁忙を理由に派遣を諦めると通告してきた。世界最大の特殊部隊と諜報組織を持つアメリカが、ただの一人も派遣しないことに日本政府は僅かに動揺した。
そして日本政府は、独自の判断でこの情報を本作戦の極秘事項としたのだった。
つまり、ジーンは作戦要員が知るはずも無いことを口にしてしまっていた。
「ほんっと、我が国ながら恥ずかしい話ですね。戦争のしすぎって理由が笑っちゃいますよ」
「本当だね。少し頑張りすぎじゃないかい?」
と二人でひとしきり声を立てて笑いあったあと、副島は柔らかな笑みのまま問いかけた。
「分かっていると思うけど、由美ちゃんをどうこうしようなんて考えないでね。世界の変革と、母国の利益――天秤にかけるまでも無いよね?」
特防課に入って何度も思ったことだったが、ジーンはまた思い知らされた。
――マジ、この職場厨二ばっか!
時速百マイルの高速で緑の軍隊の軽装甲機動車を走らせながら、ひとりごちるジーン。
端から由美をどうこうするつもりはない。個人的に彼女は魅力的な人物であり、好ましい女性だと思っていたし、上司としては文句のつけようがない。日本と世界情勢を鑑みるに必要な人材と考えている。難点があるとするなら、指揮官なのに最前線に出てしまうことだろうか。
――逆を言えば自分達が不甲斐無いということか。
それを口惜しいと思う程度には、ジーンは由美や副島のような戦士は失いたくないと思え、そのように行動してきた。
だが突き付けられたのは、愉快で面白い同僚達にも命を狙われる可能性。
――アメリカ中央情報局も一人くらい寄越せよ。
母国の怠慢で自分の立場が悪くなっていることに募る彼の密かな苛立ち。
だが、それすらもどこか愉しんでいる自分がいるのも確か。
「まったくもって刺激的な職場だぜ」
「同感だね」
ハンドルを握るジーンに同意したのは、助手席の白龍飛。由美直下の巡査部長待遇。元湾市緑営メンバー。
車両の屋根に設置されたオートマチックグレネードランチャーのセッティングに余念が無いのかと思っていたのだが、ジーンの呟きを聞き取るほどには周囲に注意を向けていたらしい。
いや、むしろ神経過敏になっていたのか。彼の同意も決してジーンの真意に沿ったものではなかったのだから。
「格闘機と戦うなんて真顔で言うのは、うちのお姫様と課長くらいなもんだ」
「なんだ、ビビってるのか?白」
ニヤニヤからかうジーン。シラタキとは特防課のオペレーターの一人が、白の名前を読み間違えたことによる。
ちなみに本人は食材のシラタキとは似ても似つかない、ジーンよりも大きな男だ。由美達がこの作戦で装備するエクスカリバーMk2グレネードランチャーを、両手で二挺携えて対格闘機戦を生身で行なえるパワーファイター。生体パワードスーツというよく分からない異名を緑営時代には頂戴していた。
その関係でグレネードランチャーの取扱いに関しては由美も一目置いている。
「うるせえ、節操無し。てめえは安全運転に集中しやがれ」
乗用車、ヘリコプター、船舶、格闘機、オートバイ――乗り物と見るや否やなんでも乗りこなすジーン。にやりと笑み。
直後、車内を襲う横殴りの衝撃。カーブで激しく後輪が横滑りし、雪の白煙を舞い上げる高機動車。ジーン以外の乗員三人の悲鳴。
「ワリイワリイ。手が滑っちまった。ついでに後輪もな」
「うまいこと言ったつもりか!由美に追い付く前に事故ったら、俺ら全員あの女に殺されるぞ、バカヤロウ!」
不思議と事故死するという発想の無い白。そこはやはり特殊防犯課という海司、利鋭、副島、そして由美のトップ4に鍛えられている自負か。それとも……。
「その場合、張霆の奴、また羨ましそうに見てるんだろうな」
「てめ、ライトさんを変態扱いしてんじゃねえよ」
「いやいや、由美の説教を見てるあの目は異常だよ。普段はいい人なだけに実に惜しい。あれはそういう趣味だな」
「それは太田だ」
「はあ?何言ってんすか?」
後部座席の後ろハッチのところで作業補助用のパワードスーツの点検をしていた太田一志巡査部長の抗議。
「そうだ。太田はそんな変態じゃないぞ」
「ええ。由美さんのおしおきがご褒美なのは、市警の常識です!」
痛い沈黙。
「えっと、なんだ……。すまん。白。緑営は正常だ」
「ああ。俺も仕事に集中するわ。おしおきはあり得ないからな」
「ひどいな~。あんな美人にぼっこぼこにして貰えるんですよ。喜ばなきゃ男じゃないっす」
それとも、ただのアホか……。
どうやら警察官というのは、違う方向で頭のネジがひん曲がった連中のことを言うらしいと、と本職の警官である太田を見て気付いた傭兵二人。粛々と太田の抗議の声を無視する。
「き、君達はいつもこんな無茶をしてるのかね?」
金切声のような抗議は、同乗していた人民解放軍の劉少校のもの。由美達のHALO降下後、同乗させろとゴリ押ししてきたのだが、同じ中国人のいる白がいる特防課チームに押し付けられてしまったのだ。
「申し訳ございません、少佐殿。海兵隊仕込みの運転はお気に召しませんか?」
「どう考えても軍人の運転ではないじゃないか。貴様、ただの軍曹ではないな」
途端、車内の空気が一気に冷え込んだようだった。ジーンの嫌いなものの筆頭は階級を嵩に偉そうな態度を取る他国の士官である。同様に不快気な太田。そもそも最初から不機嫌な白。
人数に空きがあるのは特防課チームの車両だけだったことから劉は同乗しているのだが、それについては面倒を押し付けたことを詫びてくれたマーシャル中尉。そして、特防課や湾市緑営の背景を知っているアイリス准将の気遣い。
それなのにこの少校の態度は常に鼻につく。
挙句の果てに他国の特殊部隊の人員の身分に探りを入れるような台詞。
「少佐殿。ここは戦場です。荒々しいのは当然であります。少佐の部下は毎日こういうことを経験しているはずですが?」
同国人でありながら劉を少佐と呼んだ白。元緑営の彼にとって人民解放軍の情報将校は敵以外の何物でもない。殺さないだけ自制していると言えるほどだ。そのストレス発散にバカ話に絶賛参加中だったのだ。
「テロリスト風情が……」
「太田。そこのイモムシを放り棄てろ」
カチンと来て言い返そうとした白が驚くほど怒気を孕んだ声音。
「はいよ~」
それを信じられないほど軽く応答する太田。パワードスーツのグローブで劉の襟首を掴む。
「おい。貴様。何をしているやめろ」
「は~い。痛いのは一瞬ですよ。それですぐに遺体になりますよ。あ、今の笑うとこですよ。“痛いと遺体”……。英語じゃ分かるわけねえか」
じたばたする劉に、なんでもないことのように告げられる惨事。太田もさすがに特殊防犯課強行係に選ばれる逸材である。
なおも喚きもがく劉。
突然、響き渡る金属音。
さすがにぎょっとした白と太田。
ハンドルを器用に左太腿で操作しながら、胸のホルスターに入っていたUSPタクティカルを抜いていたジーン。その眼光と銃口が劉を射抜く。
……ということは、彼は前を向いていない。
「あなたは私の戦友を貶めました。海兵隊員は友を見捨てないし、ともに戦った者はもはや家族です。それは海兵をやめても変わらない」
一体どうやってなのか不明だが、高機動車はカーブで正確にドリフトを決めた。
恐怖でもはや身動き一つとれない白と太田。震えるしかない劉。
不意に、信号音。フロントガラスの表示の中にG1の救難信号受信が表示される。由美が戦闘を開始した証拠。
この情報将校を速やかに黙らせる必要がある。
「この車両はエアフォースワンでもなければ、エリザベス二世号でもない。戦闘行動中の車両においては車長が絶対です。それが嫌なら勝手に降りてください」
口調は丁寧。されどその行為は常軌を逸している。
ようやくジーンは銃を仕舞い、ハンドルを握り直した。
大きくため息をついたのは、むしろ白と太田。トップ4と呼ばれる偉人達がいる特防課。だが、このドライバーも間違いなく常人の範囲から何かを踏み外していることを認識した二人。
劉は身を硬くして座席の隅に縮こまるしかなかった。
「ほら、乗り降り自由ですよ。日本もアメリカもここアフガンも自由の国です。どうぞ?時間が無いんで停車している暇はありませんがね」
ジーンによる三択。撃たれて死ぬか、飛び降りて死ぬか、それとも……。
「以後、君達の行動には口出ししない」
それでも上から目線の発言に、この情報将校の根性を密かに認めたジーン。いつか直々に殺すべき敵として。
無線の回線を開く。
「こちらロックウェル。間もなくうちのお姫様の指定した戦闘ポイントだ」
「マーシャル了解。小隊各員。装具点検。戦闘準備」
マーシャル中尉の応答。
今までとは比べ物にならないほどの真剣さでそれぞれの使用装備を確認する白と太田。
――やり過ぎたかな?
そう思い始めたジーンの視界が広がる。狭い急峻な渓谷を抜け、広い純白の谷間が広がる。
天井ハッチから身を乗り出す白。グレネードランチャーを構える。
救難信号は四つ。二機は健在。だがその存在は捕捉できない。
「姫さんは敵とシャドウボクシングの真っ最中のようだ」
状況を確認した白。
「照明弾!」
指示を出すジーン。素早く照明弾に切り替える白。最大仰角、フルオートで放たれる四発。
直後、上空から真昼のような光が降り注ぐ。三八ミリ照明弾は小型ながら五十万カンデラの光度を誇り、二十秒の燃焼時間で雪原を光り輝かせた。
その中に揺らめく大きな人型と、対峙する比較的小柄な人影。G1の一機と由美。
緩慢で重苦しい銃撃。マーシャル車のM2。殺到する十二.七ミリ×九九BMG弾はそばにいた由美の存在も考慮して、G1に対して牽制にしかならない。
しかし、それで充分だった。
G1の懐に飛び込む由美。
「終わったな」
呟くジーン。その手は高機動車を操り、その目はさらにもう一機の存在を探す。
「相変わらず原理が分からねえんだよな」
首を傾げる白。その目は、くるりと宙を舞うG1の両足に向けられていた。総重量二百六十キロが、僅か七十キロ足らずの女性に背負い投げされる光景。
「お仕事ですよ~」
後部ハッチから飛び出す太田。パワードスーツの性能を発揮し、いまだ八十キロを超える速度の車両から、事前に由美から指示されたコンテナを背負い飛び出す。
特殊防犯課の職務はいまだに続いていた。
一機だけ残っていた格闘機を背負い投げした由美は、装着者の失神を救難信号の発振で確認。すぐさま駆け出す。
「太田くん。敵の追撃にアレ使います。コード入力済み」
データギアが自動で接続され、彼女の指が指し示す機体が太田の視界に表示される。
「コピー」
駆ける由美を追い越す太田。擱座した格闘機に取り付き、バックパック下面の把手を引き抜く。
強制除装。つぼみが花弁を広げるように前後左右に割れて、中の装着者が姿を現す。
「よっと」
失神したままの装着者を引き抜き、無造作に雪原に置く太田。
追い付いた由美の呆れ。
「乱暴ね」
「生きてれば訴追できます」
ブーツとタクティカルベストを脱ぎ捨てた由美のために手と肩を貸し、G1に乗り込む彼女を手伝う太田。テロリスト相手とは百八十度異なる紳士然とした態度。
彼女はその態度が変態紳士と呼ばれる性癖の賜物であることは知らず、当然のように彼の手に足をかけ、肩に左手を置いて乗り込む。
「違法逮捕にならないように気を付けてね」
「事故ったのは本人の責任ですよ。自己責任」
この辺りのネジの緩み具合が。元軍属ばかりの強行一係で彼がやっていけている理由か。
花冠の中央に身体を滑り込ませる由美。内装の一部に赤黒い沁み。饐えた悪臭。殺されたアフガン兵やテロリストの物だろう。
しかし、敵を追撃するにはこれしか方法が無い。
「ルートID、GFG54030288。コード、インディゴ、ロメオ、インディゴ、シエラ。パーソナルデータ、アップデート」
このG1はアフガニスタン陸軍の機体だったが、格闘機部隊はいまだ緑の軍隊の指導下にあり、アイリス准将の権限が行使できた。
《アップロード、レディ》
システムが応答し、左手のデータグローブをコンソールのデータ送受機に触れさせ自身の格闘機使用データを送り込む。
一方の太田は背負っていたコンテナからブドウ糖液が充填されたバックパックをG1の物と交換し、さらに四五式対装甲自動小銃に火器も換装する。
「APは二十。ゴムスラッグ弾は二十。機体各部に異常無し。気になる点は?」
彼の着用するパワードスーツは、格闘機部隊を支援する野戦整備用の作業ツールでもあった。
「調整は追撃しながらやります」
「無理しないでくださいね。課長も、警部が倒れたらへこみますから」
太田の軽口に、手足を接続させながらくすりと笑う由美。
「それは見てみたいわね」
「どんだけSっ気なんですか。フェニックスとは違うんですからね」
「了解。ありがとう」
一歩下がる太田。
だがそこに割り込む一人の将校。
「どういうことだ。私の部下はどうした?」
喚くような言葉。高機動車から降りたら自由だとばかりに騒ぎ立てる劉少校。
その存在を意外に思いちらりと見やると、肩を竦める太田。どうやらゴリ押ししてきたらしい。
けれどその行動も部下の身を案じてのことではない。G1の能力が目的だ。本来ここにいるのは由美ではなく馬である。そのことを問い質しているのだ。
――これが利鋭や緑営が戦ってきた存在。
体制のためには個人の存在価値は駒以外にあり得ないという世界。
「 戦死」
全てを押し殺して告げられた言葉は、なんの色も持たなかった。
G1の装甲が閉じられ、すぐに全力稼働に入る短く鋭い高周波音が響く。
噛みつかんばかりに迫った劉をなんとか押し留める太田。
爆発的な衝撃で吹き飛ばされた大量の雪が、二人をもみくちゃにする。
由美が最大出力で跳躍をしたのだ。追撃する彼女に燃料消費を気にする必要は無い。
由美の跳躍を見送ったジーン・ロックウェルはデータギアの暗視映像で無惨な死体を発見していた。
腰の一部だけが繋がったほとんど分断された遺体。
「中尉。人民解放軍と思しき兵士の遺体を発見しました。G1に殴られたかなんかですね。でもおかしいんです。辺りには姫のナイフやベレッタが落ちています。明らかに対人戦闘の痕です」
「こちらのは一味違う。一人はナイフでもう一人は背後から撃たれている。――警部は戦闘中はいつもあんな感じなのか?」
マーシャルの問いは、劉に対する彼女の態度についてだろう。彼も無線で彼女の声を聞いていたのだ。
「あれは、激怒しているときの声です。あの状態の彼女を抑えられるのは、楯くらいじゃないですか?」
「ということは……。PLFは拘束すべきか?」
「了解」
愛用のM4のチャージングハンドルを引き、初弾を装填するジーン。
「特防課で劉少校の身柄を拘束します」
「許可する。どうやらテロリストの一人が気を失ってなかったらしく逃亡を始めた。我々はそれを追う。ついでに准将に連絡しておく」
「ありがとうございます。――白、太田。劉少校を拘束しろ」
淡々とした命令。
ジーン、そして由美の凄まじいまでの怒りを感じ取っていた二人は、迅速に行動を開始した。
――これだから情報士官ってヤツは……。
何人かの情報局員と交流のあるジーン。しかし、この手の兵士を無駄遣いするタイプは欧米にも今のロシアにも稀だ。本心ではそう思っていても、それを表に出すような者は二流だ。
しかし、そういう最低の人種によって命の危機に晒されたことが無いわけではない。自然と彼の口調は厳しいものになる。
「劉少校。車長権限で貴様を拘束する」
車内に引き続き、二度目のジーンの銃口。しかも今度はアサルトカービン。
引き攣る劉。
背後から羽交い絞めにする太田。
「電子機器の一切の所持、ならびに一切の行動を作戦終了まで禁ずる」
「なんだと!」
センサーでもあるデータグローブで電子機器や危険物の有無を確認する白。
その間M4の銃口は、微動だにすることなく劉の頭部に向けられていた。
「このことは西太平洋機構に抗議させてもらう」
「なら、PLFの裏切りの状況証拠は公表されるだけだ」
「裏切り?なんのことだ?」
演技か本音か理解できない。だが、どちらにしろ同じだ。
「貴様らPLFにはテロリスト幇助の容疑がかけられている。それが貴様の命令によるものか、貴様の部下が単独で行なったことかどうかは大した問題じゃない。どちらにしろ緑の軍隊はPLFならびに中華人民共和国政府に対し、人民解放軍兵士及び中国企業の緑の軍隊参加を無期限で停止する。それは緑の軍隊憲章に明記されている措置だからな。――ということはお前は終わりだ」
ジーンの指摘に顔を歪める劉。一方の白と太田は、いつになく論理的に話をするジーンに驚いていた。
緑の軍隊に対する利権を中国は失うことになった。その責任はどれほど追及されるか、ジーンには分からない。
いずれにしろ目の前の情報将校はその地位を奪われる。
「なんか申し開きはあるか?」
黙したままの劉。
にやりと笑みを浮かべるジーン。
「もし作戦が失敗した場合――」
「おい」
「なんだよ、ホワイト。姫だって人間だ。失敗することぐらいある。その時の俺達の役目は、姫の立場を悪くしないことだ」
軽い語り口で、秘めた覚悟を口にするジーン。白にも太田にも異論はなかった。
「作戦が失敗した場合、緑の軍隊だと何が起こるか知ってるか?」
目の前のアメリカ人を睨み付ける劉。
「そうか。勉強不足だな。――格闘機の国外流出を阻止できなかった場合、緑の軍隊はその作戦の失敗の理由を全世界の出資者に説明する責任があるんだよ」
何をバカなと言いたげだった劉の表情。だが、次第にジーンの真意に気付く。
「そうだ。緑の軍隊は国家に属さない。株式会社と同じさ。大きな損失を出した場合、その理由を明確に示さなければいけない。今度こそアメリカは動くだろうな」
アメリカによる中国のテロ幇助認定。国際的な中国の孤立。最悪の場合、それは経済制裁となりうる。
大規模穀物バイオハザードによる手痛いダメージから復興しきっていない中国にとって、さらなる打撃となるだろう。
ジーン・ロックウェルは最高の笑みを浮かべる。
「俺はそれが楽しみだ」