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その8

「本作戦の最大目標はガーディアン20(トゥエンティ)を誘き出すことだ」

 日本庭園での会議の際、野良猫のトップであるキティの言葉を聞いたとき、公輔は自身の左頬が持ち上がったことを意識せざるを得なかった。

「簡単に言いやがる。ガーディアンナンバーとやり合えというのか?諜報員ごときが戦術兵器に勝てるわけがないだろう」

「真っ向勝負の必要は無いだろう。我々の戦い方に則ればいい。それ以上を望むことは無い。我々は狼ではない。猫なのだから」

「もう一度言うぞ。簡単に言うな、キティ。生き残るだけでも綱渡りもいいところだ。戦闘機の戦術センサーを掻い潜って撃墜するような奴だぞ。奇襲が通じる相手なんかじゃない。素手で歩兵戦闘車(IFV)を擱座させたこともある。奴にとって、俺達なんて虫けら程度でしかない」

「決定事項だよ」

「既に調整は完了している。狙撃は五月四日。六日にガーディアン20と接触しろ。装備の調達はコタツ、ミケ。作戦用地の選定はタマ。バックアップは私が行なう。他の者はフォローだ。そして会社社長に対する狙撃並びに対ガーディアン20戦のフォワードはペルシア。異論はあるか?」

 キティとプロフェッサーの言葉に、公輔はさっそく異論を口にした。

「バカを言うな。複数で戦闘?付け焼刃の連携で奴相手に生き残れると?」

「近日中に動かせる最大戦力だ」

「なら、サーキュレイターを用意してもらおうか」

 公輔の口にした一言に、仲間達の気配が一斉に静まった。

「どうした?高速戦闘をするなら小銃はあり得ない。なら拳銃と刀剣しかないだろう。最強の刀を用意してもらわなきゃ」

「湾岸軍のトライアルしか受けていない新兵器だぞ」

 ようやくキティが反論してきたが、いかんせん説得力が無い。

「奴の動きを止めるためには必要な装備だ。違うか?」

「残念ながら、それは認められない」

 淡々と否定するプロフェッサー。

「何故だ?」

「サーキュレイターはSSAP50と対になる兵装だ。しかし、SSAP50が現状では運用試験に入っていない以上サーキュレイターも当然データが足りない。また、キャパシタの小型化も達成していない。今回の作戦には使えない。以上がコタツの提示した状況だ」

 ならば仕方ない。そう諦めた公輔。しかし実戦を預かる身としては戦闘の危険性を少しでも下げたい。

「ペルシア。何を警戒している?」

 キティの問いかけに公輔は首を傾げた。

「俺達はここで死ぬわけにはいかない。また、それぞれの任務を長期離脱するわけにはいかない。いくら俺達の身体が頑丈で、なおかつ回復速度が人類の十倍に達するとは言っても無傷とはいかない。それで俺達の行動が露見する可能性すらある。違うか?」

「負傷に関しては致し方ないだろう。しかし、戦死するような状況は無いのではないか?」

 キティの問いかけに思わず嘆息する公輔。仲間ながらこういう悪知恵だけはよく回るようだ。

 楯管理法――正式名称が長すぎて、こう呼ばれることになった法律は、政権を奪取した前園龍内閣が初めに議会を通過させた新法である。

 特殊潜行暗殺部隊、楯の持つ技術と資料の管理者、その研究手順を定めた法律は、もちろん現存する二体の楯個体の管理にまで及んでいる。

 楯隊員を日本連邦政府並びに各州政府共通の備品と定め、二〇五四年十二月三十一日まで暫定的に東京湾ベイランドシティ特別区行政府が管理するとしている。連邦内閣総理大臣による命令権や殺処分権限等も規定されている。

 そのなかでも特異なのが……。

「死の九条か」

 楯管理法第九条――楯隊員の活動に伴ない発生した死亡事案に対し、殺人罪を適用し、有罪の場合は銃殺刑によって執行されるとしている。現場に楯がいれば、楯は訴追されるうえに過失も正当防衛も一切認められない。人間に対する法律であれば違憲判断間違いなしの条文である。最悪、交通事故を起こしただけで楯は銃殺に処されかねないのだ。

 楯という驚異的な戦術単位に対して、早々に排除したい連邦政府と自治権維持のための切り札としたい地方議員の駆け引きの末に生まれた条文であった。

 一方、公輔達は法律上は人間である。その正体に関しては異論はあるだろう。しかし彼らは法に則り、戸籍を有するれっきとした日本連邦国民である。

 ゆえに楯は野良猫を殺害することは出来ない。

「それが世界に数少ない同類(みうち)に対する態度か?」

 揶揄した公輔に対し、届いたのは嘲りを含んだキティの笑い声。

「笑わせるな、ペルシア。野良猫とは“遺言”があってこそだ。出自でも血縁でも遺伝子コードでもない。猫が猫らしくあるのは、唯一自分の信念だ。我々はその信念が一致してこそ仲間である」


 ――それを見極めるための試験。

「お前が授業料を払えたらな」

 試験の開始を告げる飄々とした口ぶりに反し、公輔の動きは鋭かった。

 揚程高五十六メートルのメガガントリークレーンの吊り上げブームの全長は百二十メートルに達するが、解体を待つこのクレーンは海上に突き出すアウトリーチ部は既に撤去されているものの、それでも六十メートルもの長さを有する。

 しかし、それに比べブームの幅は僅かに一メートルほど。

 そこをその脚力としなやかな身のこなしで一瞬で時速四十キロに到達する公輔。しかも、さらに加速。どんな乗用車にも航空機にも出来ない初期加速。唯一格闘機だけが可能な動きを、彼は生身でやりおおせる。

 それが野良猫。

 磯垣海司との間にあった二十メートルほどの距離を二秒とかからず詰めた公輔だったが、それで倒せるような相手ではないことを彼も知っていた。

 図面ケースを敵に叩き付けようと僅かに左手を下げた瞬間、敵が動いた。

 強烈なバックステップ。間合いを取るために、爆発的な脚力で後退する海司。その右手がブルゾンの下から得物を抜き出す。

 そのときには公輔は初撃を諦めていた。その左手が敵の右手の動きに反応する。

 炸裂音。だが、その音を認識するよりも早く、敵の腕の動き、足の運び、上体の力の入り具合、そして指先、その全てを把握していた。

 左手に鈍い衝撃。図面ケースに衝撃を伴なってぶつかる高速飛翔体――ありていに言えば銃弾。海司の射撃を見切り、立て続けの銃撃を図面ケースで受け止める公輔。

 僅かに眉を動かす海司。ケースの中身の頑丈さが予想外だったのだろう。

 一方の公輔も内心、慌てていた。

 ――全部、正中線じゃねえかっ!

 海司の放った銃弾は全て頭、胸、腹を結ぶ線上に集中していた。

 法的には殺せないはずだが、敵を抑えるためには楯は手段を選ばないということがはっきりした。楯は野良猫を殺さないという前提が大崩壊してしまった。

 しかし、やることは変わらない。

 内心悪態を吐きながらも、海司の懐に滑り込む公輔。右手を添えられた図面ケースが、凶悪な速度で突き出される。

 僅かなステップと左掌で突きをいなし逸らすことに成功するが、衝撃で回避動作が鈍る海司。

 その眼前に迫る公輔の掌底。

 しゃがみ込み、そのままクレーンのブーム上に走る通路か(キャットウォーク)ら転げ落ちるように離脱する楯。

 空振りした公輔もブームの後端を飛び出してしまうも、手すりを掴み、下方海側へ向かって身を投げ出す。クレーンの脚部が迫るが、鋼鉄のそれを足場に減速しながら地表へ向かう。

 その最中でも攻撃は続く。

 空中にありながら、銃口を向け合う二人。海司のみならず公輔の右手にも九ミリ拳銃(SP336)が握られていた。

 互いに連射。

 いや、公輔からの一方的な発砲。一瞬で五発をばら撒くと同時に、空中の海司に対し地表から殺到する二十発もの銃弾。

 必中と思われた制圧射撃はしかし、空中で身を捻ることで躱し、避けきれないものはブルゾンの防弾繊維で凌ぎダメージを極限まで減衰させられてしまった。

 さすがの公輔も、これには舌を巻かざるを得ない。

 ほぼ同時に着地する二人。

 しかし、互いに距離を取る。海司は自身に迫る銃撃を避けるため、公輔は拳銃の給弾不良を解消するためだった。急激な方向転換を伴なう戦闘中では、発砲時の反動を利用して動作する拳銃は、予定外の加速度がかかり給弾不良を起こしやすい。

 たとえ、世界最高レベルの動作安定性を誇っていても、見事にSP336は弾詰まり(ジャム)を起こしていた。

 走りながら詰まった銃弾を排出、立ち並ぶクレーンの脚の間を走り抜け逃走する海司を追う。

 彼を追いかける人影は、公輔以外にも三つ。

 自動拳銃を持つだけの彼らだが、楯に対し付かず離れずで続き、時折短時間高速連射をすることで楯という地上最強の存在を、野良猫の狩場に抑え込んでいる。

 しかし、決め手が無い。

 海司の動きは公輔達の予測を上回っていた。

 野良猫の武器は膂力ではない。確かに単純な筋力では人類を上回るが、それは明確な差ではない。

 S-GENE(エスジーン)4――最高の楯を生み出すために作り出された遺伝子の持つ人類や他の楯との違いは、高速化された神経伝達である。高速化された神経は、人類の天才を上回る超高速の思考を生み出し、超反射を実現している。それゆえの速さである。

 それを体重六十キロから九十キロの間の肉体で実現する。初速ならば、体重百五十キロの巨体を誇っていた楯を上回る機敏さを持っている。

 その中で海司は、さらに予想外に高い能力を持っていた。事前にもたらされたデータでは、野良猫と海司の間にそう言った機敏さでの明確な差は無いはずだったが、今の磯垣海司はろくな遮蔽物も無い港で、小刻みで機敏な動作で殺到する銃弾を巧みに避け続けていた。

 対機甲戦に耐えられる強靭な肉体を持っているとはいえ、ここまで避け続けられることは想定されていなかった。

 ――実践経験の差か……。

 痛感せざるを得ない公輔だった。彼らが研鑽を怠ってきたということではない。人類相手にその能力は幾度も行使されてきた。

 しかし、楯は誕生以来常に戦場にあり、そして敵は常に自身よりも圧倒的な力を持つ機甲部隊であった。さらに海司は数少ない実戦で、単独で二十両もの装甲車輌、十機もの航空機を撃破した楯においても規格外の存在だった。

 公務や職務の裏で様々な工作を実施し、その合間で殺し屋をしているような野良猫はパートタイマー戦闘員に過ぎないということだ。

 さらに公輔達の装備もよくない。隠密性や携行性、低視認性を重視する彼らは拳銃やナイフに装備が限定されがちだ。リボルバーは装弾数と再装填で論外。だが、自動拳銃(オートマチック)でも弾詰まりを起こしやすい。

 だからといってガス圧作動の小銃を使うわけにもいかない。装備が仰々しく、秘匿性が低く、なおかつ重量増は野良猫にはマイナスだ。

 現状、目の前の化け物に対抗できる装備は、公輔の左手しかなかった。

 追いかける三人の右数メートルを並走し、拳銃を構える。

 照準は敵の進行方向前後二メートル。それだけ広範囲に銃弾をばら撒かなければ捉え得ない敏捷さを海司は持っている。

 立て続けの射撃。

 同時に方向転換。特注の戦闘靴がアスファルトを激しく引っ掻き火花を散らし、強引な転進が引っ張るような加速度()を生み出す。

 その遠心力()が右手に嫌な感触を生じさせる。通常は小気味いい拳銃の反動が粘り付いていく。Gで射撃機構に齟齬が生じてきているのだ。

 ――もう少し()て。

 わざと拳銃を振り回し、Gを相殺しながら二秒間に八発を連射。弾幕を形成。

 足が止まる楯。命中弾だけを舞うように避け、あるいはブルゾンで弾く。それは僅かに一瞬。

 しかし、野良猫には充分な足止め。

 ――来る。

 この一瞬を見逃すはずがない、と公輔は感じていた。役目を終え弾詰まりを起こした拳銃を捨て、図面ケースの蓋を撥ね飛ばしながら敵に迫る。

 その右手はケースの口へと突っ込まれ、合成革で作られた手に馴染んだ柄を握り締めた。

 公輔の動きに気付き、振り向く海司。

 ――もらった。

 ただ目の前の敵を睨み付け、得物を抜き放つ公輔。その心にあったのは必中の確信のみ。

 彼に向かって頭上から大きく回される敵の銃口。

 ――もう遅い。

 距離五メートル。まだ、刃は届かない。

 だが、

 ――奴はもう撃ってる。

 同じ志を持つ野良猫に対する、絶対の信頼。

 ところが、その確信と信頼に罅が入る。過ぎったのは疑問。ほんの僅かな、それでいて致命的な何かをもたらすであろう思考のズレ。

 ――なんで振りかぶってるんだ?

 公輔よりも背の高い海司の頭上に振りかぶられた拳銃は、遥か彼方。銃口はあさっての方向。先ほどまで常に効率最優先で一切の無駄なく動いていた彼とは、明らかに違う動き。

 ――まさか。

 手遅れは公輔だった。

 激しい火花とともに砕け散る海司の拳銃。

 同時に左頬の僅か十センチほどの空間を切り裂くように飛び抜けて行く、目に見えない衝撃。十二.七ミリ×九九という小さな存在でしかないのに、自動車事故に遭ったかのような衝撃が公輔を襲う。

 .五〇BMG。残虐なまでの破壊の権化は、しかし本来求められていた敵の撃破、あるいは牽制を成すこともなく、ただ武器を破壊しただけ。

 それどころか、敵に弾道を操作され味方に襲いかかったのだ。

 並の人間ならば脳震盪を起こしかねない衝撃を耐え、それでも動きは止めない公輔。

 何故なら、敵はまだ戦意を喪っていない。拳銃を失おうが、必殺の刃を向けられようが、着弾の衝撃に晒されようが、海司の目は真っ向から彼を見つめていた。

 アスファルトを激しく踏み込み、公輔の右腕が放つのは閃光のような刃。速く洗練された刃に、刀身も音も無い。残るのは、分断された敵と、切り裂かれた大気が生み出す渦のみ。それほどに狂いの無い公輔の刃。

 しかし、この敵は分断されない。

 首を狙った斬撃を正確に読み取り、数本の頭髪を犠牲にしただけで僅かに身をかがめ、カウンターの右拳を放つ海司。

 迎え撃つは、右手の回転運動に遅れて追随する左手の図面ケース。接触の瞬間、度重なる疲労にケースはついに砕けその中身があらわとなる。

 細く優雅な曲線の合金製の鞘。

 ということは右手にあるのは日本刀。しかし、その美しいだろう刀身も刃紋も誰の目にも留められることはない。

 振り抜かれた刃は翻ることなく、くるりと身体を回転させた公輔の周囲を薙ぎ払う旋風となって海司の右わき腹に襲いかかった。

 半歩下がる海司。翻ったブルゾンの布地を掠める見えない刃。それだけで火花が散る。

 敵を追い、右下方から鳩尾を突くように斬り上げる刃。

 上体を仰け反らせる海司。

 勝機。その場に留まれば刃に貫かれ、後退すれば仲間の銃撃が殺到する。まさかいかに楯といえど、特殊な鍛造を施されたチタン製の刃を素手で破壊は出来まい。

 だが、その勝機は一瞬だった。

 右手に衝撃。火花とともに海司のブーツに蹴り上げられる刃。

 さすがに我が目を疑った公輔。

 蹴り上げた勢いのままに宙返りする海司。

 とんぼ返り(サマーソルト)。実戦で使う者を見たのは、これが初めてだった。

 一方でそれは理に適った行動だった。刀剣の弱点はその必殺圏内の内側――剣士の懐。もちろん、簡単に入り込まれないように刀と鞘を巧みに使い、斬撃が最も有効な必殺圏内かその外に追い込む(・・・・)

 外に逃がすのではない。追い込むのだ。敵が公輔の攻撃を逃れようと距離を取った瞬間、周囲から銃弾が殺到するのが野良猫の戦術。狙撃もある。

 しかし、逆を言えば公輔の必殺圏内に留まり続ければ、生存確率は上がる。

 サマーソルトはその目的に適っていた。

 ――理詰めでバカをやる伝説級の馬鹿。

 内心で扱き下ろしながら、鞘の下段突きを繰り出す公輔。

 しかし、それはいなされ、迫る掌底。

 対し刃を一閃。

 半身で刃を躱し、そのまま上段回し蹴り。

 しゃがみ込み鞘を足元に振るい、次いで刃で胴薙ぎ。

 片足だけだったはずなのに、跳躍し頭上からの逆襲。

 転がるように回避しながら、敵の着地点に刃を斬り上げる。

 ブーツを使ってうまく刃を逸らされ、続く鞘の打撃も左手でいなし、掌が迫る。

 左脚を蹴り上げ、合わせる公輔。

 いずれも必殺の一撃。入れ替わり立ち代わりその位置を目まぐるしく変え、繰り出されるは全て必殺。

 しかし、いずれの一撃も互いを捉えることなく、いつ終わるともしれない絶望的な密接格闘戦に雪崩れ込む。

 ――最低のシナリオ。

 楯に対し膂力で劣る野良猫が、最も陥ってはいけない状況。

 やはり、あの一撃――二キロ離れたプロフェッサーが放った狙撃を回避されたどころか、逆に利用されたのが敗因。

 あの瞬間、公輔達のシナリオは崩れ去った。

 唯一の有利は五対一という数的優位。

 ――なら……。

「自爆はおすすめできない」

 目にも留まらない斬撃と打撃の応酬による無数の風切り音の中、耳朶を震わせたのは淡々とした敵の声。

 ――余裕かましやがって!この状況で会話だと?

 半ば反射的に繰り出される両手足の攻撃。

 しかし、それは高い集中力で五感を全て使い尽くし、敵の一挙手一投足をその寸前で感じ取れて初めて可能だ。会話なんて余計なことに頭を使った瞬間、その頭は胴体と泣き別れることになる。

 逆を言えば、人類を超えた能力を持つはずの野良猫にそこまで力を尽くさせる存在。それが楯。

 しかし、当の本人――磯垣海司はその能力を誇示するかのように淡々と言葉を発した。

「貴様は報道官補としての任務があるはずだ」

 ――いまさら、なにを。

 黙したまま刀を揮う。当然のように躱され反撃が迫る。

「他の者も同じはずだ。そこの巡査長やGENE(ジーン)の取締役もやることが山積みのはずだ」

 海司の言う通り、彼と面識のある猫は当然身元が割れていた。平服で戦っている以上、それは想定内だ。

 仲間達三人は決して何もしていないわけではない。密接格闘戦に陥っている公輔と海司の周囲を小刻みに移動しながら、攻撃の機会を窺っている。

 しかし、高速で目まぐるしく動く二人に思考では追い付いていても、肉体が追随しきれていない。

 そこが対機甲仕様のガーディアン20と準楯とそれ以外の野良猫(S-GENE4)の差。所詮、試作型は制式採用型に劣るということ。

 そんな海司はその優位を示すかのように言葉を続ける。しかし、それはいささか公輔の予想を外れた言葉だった。

「俺は死んでも大して問題は無い。しかし、貴様らは違うだろ?」

 その言葉を聞いたとき、公輔が感じたのは何故か苛立ちだった。

 それまで冷静に回転していた思考と反射に、水に落とした一滴のインクのように広がっていく。瞬く間に薄まっていくが、それが無くなったという意味ではない。それは確かにそこにあり続けている。

 自身の刃が鈍くなったことを彼は感じていた。不必要な強張りが身体の至るところにあらわれ、精密にして洗練された彼の戦技を蝕んでいく。

 ――死んでも大して問題無い。

 磯垣海司の言葉は厳然たる事実。政府の備品、兵器である彼の死は、戦術戦略の面で一定の影響を与えることになるだろう。

 しかし、既に胎動を始めている今の情勢下ではそれはさほどの影響ではない。

 それでも、それでもだ、と公輔は思った。かつての恩人は言ったのだ。

 ――君達は自分の命を大切にしなさい。その果てに私の夢があるからね。

「お前は自分の命をなんだと思ってやがる」

 気付いたら問いかけていた。刃も鞘もほとんど鈍らと化していた。

 驚いたことに海司の動きも鈍っていた。言葉を発した公輔を意外に思ったのか、それとも言葉そのものに驚いたのか分からない。あるいはただの気まぐれか。

 ただ、彼の動揺だけは感じ取れた。

 だが、それも百分の一秒にも満たない一刹那のみ。

「――分かった……」

 そう答える彼の表情に浮かんだのは、屈託のない少年のような笑み。

 それが瞬く間に消え去ったものだから、余計公輔の脳裏にこびり付いてしまった。表情が変わったのではない。

 まるコマ落とおのように、磯垣海司の姿が眼前から消え失せたのだ。

 反応する間も無かった。

 耳に残ったのは、笑みを含んだ声。

「遠慮なくやらせてもらう」

 途端、彼の意識は暗転した。

やはり無理はいけない。と思いました。


定期的に更新出来なくて申し訳ございません。

現状で出せる最後の一本、投稿します。

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