その7
奇跡は起きるんじゃない!
奇跡を起こすんだ!!
奇跡の7連続更新!(当社比)
「あっさり容疑は晴れましたね。お見事です、警部補」
おおまかな犯人像が浮かび上がった第一回の捜査会議が終わり、退出しようとした海司と副島の前に現れたホーガンと何故かむやみに陽気な加古崎。ホーガンですら彼女の様子には首を傾げている。
「なんか用かい?特防課の仕事は終わったと思うんだけど?」
無表情で反応しない海司の代わりに問う副島。
「実際の狙撃について意見を聞こうと思ってね」
「別に拘束しようとか、そういうんじゃないですよ」
ホーガンの返答に余計なひと言を付け加える加古崎。わざと海司の心証を悪くしているのでは、と勘繰ってしまうほど何故か陽気だ。
「別に狙撃の技術は人間でも楯でも、軍でも警察でも基本は同じですよ」
普段から表情を出さない海司の返答は、心なしか普段以上に素っ気なかった。
「風向風速の計測。それをもとにした弾道計算。基本は同じだね。そこに次々と色々な要素を付け加えていく。天気とか気圧とか遮蔽物とか。地面の効果を計算に入れることもあるらしい。緑なのか、アスファルトなのか、日向なのか、日陰なのか。そういう色々な状況から係数を作って積み重ねていくんだ。距離があればあるほどその係数が増えていくけどね。あ、悪いけどこれ参考意見ね。僕、専門じゃないんで」
二百メートル以下の距離では比類ない技術を持つ副島だが、こと長距離狙撃に関しては講習を受けた程度である。それでも困り顔のホーガンに助け舟を出さずにはいられなかった。
ほっとした年長者二人と無表情の海司、そしてあっけらかんとしている加古崎。なんとも胃に負担のかかる空間だ。
「いえいえ、副島さん。私達が聞きたいのはですね、根本的なことです。あの狙撃は、人間に出来るかどうかですよ」
「それに関してはみんな、同じことしか言わないよ。――僕には出来ない」
「自分には可能ですが?」
二人の返答は、加古崎の質問に対してはまったく同じ意味だった。
――他人は分からないが、自分には出来る。あるいは、出来ない。
「つまり多くの専門家に聞き取る必要がある、ということになるな」
不満そうに口元をすぼませている加古崎と違い、ホーガンは二人の意を汲んでくれた。
正直、これ以上海司の機嫌を損ねるのは勘弁してほしい副島は、内心年長の刑事に感謝していた。
「そうだね。返答には自由度を与えた方がいいと思うよ。何発撃ったら出来るとか、ライフルは自由とか、弾種も自由。色々その人のこだわりがあるだろうから」
「副島さんでも銃とか弾とか気にするのか?」
「僕はずっと連邦軍制式だね」
そう言ってブルゾンの胸元を開く。左腋の下に吊り下げられているのは、ジャベリンSP336。九ミリ口径の自動拳銃だ。実は特殊防犯課に属した全課員で九ミリ拳銃と、五.五六ミリライフルしか使わなかったのは、副島康だけである。
「オペレーターって大口径使うのかと思っていたけど、意外だな」
ホーガンの何気ない言葉に副島は笑みを浮かべただけだった。
「ホーガンさん。訂正してください」
「海司君。いいよ」
「そうはいきません」
制止しようとした副島すら振り切り、海司はベテラン刑事に詰め寄る。
「康さんは軍人です。“専守防衛”や“連邦軍人の鑑”と呼ばれる高い技能と崇高な志を持った尊敬すべき軍人です。それを金のためなら人殺しをするくせに、個人ではなく群れるような警備員などと一緒にしないでいただきたい」
表情は変わりないし、その声はとても静かだ。しかし放たれた語気は力強く、剣幕というにふさわしく周りを歩く警察官達が思わず足を止めたほどだった。
両手を合わせて面目無さそうに頭を下げる副島。
「す、すまん。確かにそんな人を傭兵みたいに言うのは間違っていたな」
軍を辞めた腕のいい兵士=民間軍事企業の警備員という公式は、海司のようなプライドの高い兵士には失言だったとホーガンも理解した。
「ごめんね。海司君はそういうところ厳しいから」
「康さん」
「君の悪いクセだ。あまり波風立てるもんじゃないよ。君はここの人達と仲良くやっていきたいんだろ?」
窘める副島。まるで父親のような穏やかな口調に、地上最強の男が言葉を詰まらせている。
そして、おそるおそるといった感じでホーガンを見やり、頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。言い過ぎました」
硬直する廊下の空気。ホーガンと加古崎はもちろん、通りすがりに過ぎない警察官までも一瞬凍り付いた。
次の瞬間には、心なし足を速めて立ち去って行った。
――ああいう時の海司君の天然って暴力的だよね。
朗らかに述懐する副島も、その原因の一つであることを忘れてはいけない。
「そ、それにしても意外だと思ってたんだ。副島さんならもっと強力な銃を使うかと」
「僕の場合は体格もあるけど、三十口径ライフルや四十五ACPは強すぎて使いたくないんだよ」
「なるほど周囲の被害を避けるためですね?」
場を取りなすために会話を再開する三人。
しかし、加古崎の理解は副島の本質とはいささかずれていた。
「犯人像を絞り込むためには、より多くの情報が必要ってことになるんだな。ありがとう、参考になったよ」
ホーガンの一言で特防課としての情報提供は完了した。そう副島は判断し、海司を促して本来の任務に戻ろうとしたが、突然捜査本部会議室の方が騒がしくなった。
ほぼ同時にホーガン達が携帯端末を取り出す。
「犯行声明ですか?これ?」
ホーガンに対する加古崎の問いかけ。しかし、ホーガンは眉根を寄せ画面を睨むだけ。
「どうかしたの?」
「ああ。いや、捜査の問題さ。犯人と思しき人物が犯行の様子をネット上にアップロードしたのさ」
捜査員ではない副島達には知らされない情報。さすがに自分達の領分ではないと思ったが、上司はそうでもないようだった。
「見てもいいですか?」
「ん?ま、いいか。これ見よがしの残虐映像に過ぎないぞ」
映像を見る海司の目元が僅かに動いたことを、副島は見逃さなかった。
一度通しで見てから、何度かスクラブしてからものの三十秒ほどで端末を返す海司。
「ありがとうございました。すみません、捜査の邪魔して」
「ん?いやこちらこそ参考になったよ」
「そうですね。これからも時々よろしくお願いします」
二人の捜査員は口々に言い残して立ち去った。
しかし、海司は何故か会議室へと向かった。副島もそれに従う。
特殊防犯課員には一つの義務がある。
課長たる磯垣海司の監視である。人類ではないが、知性と感情を持つと認定された楯がその活動を行なう際には、常に監視されていなければならない。監視のもとでの自由を彼は与えられていた。
課員の少なかった二〇五二年当時、いまだ現場に出ることも多かった彼は常にツーマンセルを組まされ、その相方に監視されていたということだ。
磯垣海司という二十歳になったばかりの青年を気に入っていた副島だが、課員の義務を怠るような真似はしない。
例の映像のせいか会議室は殺気立っていた。捜査員が資料をめくり、モニターを食い入るように睨み付け、怒号が飛び交い、会議室を飛び出す。
そんな鉄火場の様相を呈する中、特防課課長は空いていた端末を開き、捜査資料を閲覧する。そこだけ、まるで別世界のような静謐。静かに淀みなく彼は資料に目を通す。
もの四十秒ほどの僅かな時間。
しかしそれだけで充分だったのか、端末を静かに閉じた彼は会議室を出た。
「今から外出する。許可を取って来る」
まるで副島が付いて来るのが当たり前という態度で、後ろを振り返ることなく言う長身の背中。
しかしそれが傲慢ゆえでなく、余裕のなさからであることを副島は感じ取っていた。
「例の偽造ナンバープレートって暗号だったのかい?」
支給されたSUVに乗り込んだ瞬間、助手席の海司に問いかけた副島。その手は、SUVの車載機器の起動手順を進めているが、驚きで息を呑んでいる気配だけは感じ取れていた。
「別に驚くことじゃないよ。ナンバーの一つが君の誕生日だったしね。あと、ひらがなが並べると“ここにこい”とかになってたみたいだし。数字の方はよく分かんなかったけど」
「そこまで分かってたら、ほとんど正解じゃないか」
うんざりしたような海司の声。
「気付いたのは、君が本部長室にいる間だよ。君が熱心にナンバーのリストを見ていたのを思い出してね。他の資料を流し読みしてカムフラージュのつもりだったかもしれないけど、バレてるよ」
「康さん、前から思ってたんだけど、あなた本当に人間か?」
「ヒドい言い草だね。れっきとした人間だよ。バイドアで頭のネジが、ちょぉぉっとひん曲がったことは自覚してるけどね」
聞こえてくる呆れたような溜息。
しかし、気を取り直したように海司は口を開いた。
「現着後は、康さんは車内に待機。これは絶対だ」
「それは僕に任務を放棄するということかい?」
「悪いが、さすがの康さんでも無理だ。最悪の場合……」
言い淀んだ彼に、副島は初めて目を向けた。
そこには真摯な眼差しを向けて来る若者。いや、それはどこか縋るような必死さを滲ませる少年のものか。
「――楯との戦闘になる」
苦痛に滲んだ声音に返されたのは、不敵な笑み。
「へえ、いいねえ。仇討ちできるじゃん」
軽いノリで口にしたが、それは百パーセント副島の本気だった。
「待ってくれ、康さん。あなたの実力は知っている。だが……」
「だが、なんだい?」
穏やかで柔らかな口調は変わらない。しかし、ほんの少し混ざるのはなんらかの感情。
「今回は一人じゃない。おそらく複数だ」
“専守防衛”。副島康がそう呼ばれる所以となったのは、二〇四七年九月の楯の叛乱だ。二十名の楯隊員による叛乱。対機甲戦装備部隊による湾岸軍横須賀司令部襲撃の失敗、ベイランドシティ駐屯地攻略の失敗の後、富津岬沖の演習場に追い込まれた楯に対する掃討作戦に、大隊最先任曹長として副島は戦った。
その際、楯一名を単身で退けた兵士として知られている。楯の放つグレネードを撃ち落とし、銃撃の隙を与えない射撃を見せ敵を退けたのだ。
しかし、彼は十名以上の部下を失うことになった。会敵時間は僅かに三分のことだった。
「相手が順平さんだったから康さんは生き残れたんだ。翔平さんや副長達ベテランだったら今ごろ……」
「そうだね。あるいは君だったらね」
ショックを受けたように面食らう海司。その捨てられた子猫のような表情に、副島はいたたまれなくなった。
もしあの戦場で出遭っていたら、今この場で二人並んで話していることはなかっただろう。もしかしたら、海司が副島を殺していた可能性に気付かせてしまったのだ。
「ごめんね。――分かった。君に免じて待機命令に従うよ。そのかわり」
「はい」
「必ず生きて帰って来なさい。僕は君達の作ろうとしている未来に、とても興味があるんだ」
ベイランドシティは元々は港湾都市である。
しかし、千葉県の主導する東京湾浄化計画の一環として、そしていざという時の大津波対策として、東京湾の入口、浦賀水道に半自動メガフロート港湾施設――浦賀ウォーターフロントが完成したため、東京湾内の港湾では全ての取引が終了した。東京、横浜、千葉の海運は全てウォーターフロントに吸収されたのである。
そんなベイランドシティ新本牧地区の海沿いは、再開発の時を待つだけとなった旧港湾地区である。
放棄された解体を待つだけのガントリークレーンの先端に、彼は腰かけ陽射しにきらきら輝く海の波を眺めていた。
放棄されていたのだから電源も無く運転員もいない、そんな物にどうやって登ったのか。答えは簡単である。
自力である。ちょうど彼の二十メートル後方に現れた青年と同じく。
「よう早かったじゃねえか。磯垣海司」
「貴様は、内閣報道官補の志賀公輔か」
初対面のはずだったが、二人は互いのことを知っていた。
振り返った志賀公輔は、心なしか強張った表情の海司に向け笑みを浮かべ、肩にかけていた筒状の図面ケースとともに立ち上がる。
「まあ、そんなに緊張するな。世の中のクズを一人消しただけだよ」
「そうか……。なら、貴様を逮捕するわけだ」
「やる気の無い言い方だな。もう少し刑事ものでも観て勉強した方がいいぞ」
公輔の冗談に海司は反応を返さない。ブルゾンにデニム姿の彼は、両手を下げたまま、黙して睨み付けるだけ。
「そんな恐い顔をするなよ。俺達は残り少ない同類なんだから」
「俺の兄弟は楯だ。同族なんて知らない」
「そっか。知らないのか」
「教えてくれるのか?」
問い返してきた海司に、公輔は笑みを深めた。
「お前が授業料を払えたらな」
連続更新って大変です。
飲み会とか用事があったりで日程厳しかったです。
明日は更新出来るのか?




