その7
先週は一度に2本更新してしまった申し訳ございませんでした。
めげずに今週もいっきまーす。
――絶叫。
無線にも、数々の証言にも、公式記録にも書かれているのはたったそれだけ。
そうとしか言いようのない、魂の底からの怒りと後悔と、そして懺悔がそこには込められていたのだろう。
ただ、感情をありのままに剥き出しに吐き出したら、そんな音になった。
そう表現する兵士もいた。
当の本人は、その後のことをほとんど覚えていないという。
叫んだあとは無言だった。驚き慌てる周りの兵士達は既に眼中には無い。
自動小銃の初弾を装填、静寂に乾いた音が響き、右肩にストックを押し付け、自動小銃を構え、セレクターはフルオート。
そして、一歩踏み出して引き金を引く。
痛いほどの沈黙を引き裂く、轟くような銃声。防衛記念章を見せびらかしていた男の頭が弾き飛ばされた。
続けて五発。五十メートル以上の距離がありながら、ほとんど連射速度のままで、弓削中将の亡骸を弄んでいた男達六人を一掃。
さらに前進。突然の発砲に動揺を見せた民兵達を次々と撃ち殺していく。一マガジン、三十発を撃ち切った頃には、敵は半数が逃げ出し、半数が反撃してきた。
だが、副島は慌てることなく、一定の速度で歩き、時々ジグザグに軌道を変えながら、破壊された乗用車の陰に入るとマガジンを素早く交換する。
そのまま速度を緩めることなく陰から出たところで、横合いからマチェットで斬りかかって来た男。その刃を、銃身のハンドガードでいなし、くるりと巻き込み掬い上げ、がら空きになった腹に、いつの間にか左手が抜いた銃剣が突き刺さる。
同時に、口で自動小銃のコッキングレバーを引き、初弾を装填。
腹を刺された男をそのままに盾にして、銃弾を放つ。
敵の銃弾は、盾にされた男をただの肉塊にするだけで副島に届くのは、肉の欠片と赤黒い鮮血のみ。
一方、彼の放つ銃弾は次々と男達の頭や胸に命中し、絶命させていく。
そのころにはライール達や待機していた兵士達も攻撃を開始。圧倒的な精度で優勢が決したため、敵は潰走する。
「軍曹!アンタ、何やってんですか?」
ライールが駆け寄り、副島の肩を掴む。
それを振り払うと見せかけ、引き戻してバランスを崩したライールの足を払って地面に叩き付ける副島。
問答無用の彼の暴挙に、部下達は一斉に反応。自らの身の危険を感じた彼らは、尊敬する上官に半ば反射的に銃口を向けていた。
「なんだ?邪魔するのか?」
あまりに抑揚のない声。
抑揚がないからこそ、そこに秘められた溢れ返るほどの殺意に、兵士達は思わず一歩下がってしまった。引き金を引けば、勝つのは間違いなく彼らだ。
それなのに、力の差――戦士としての圧倒的な差を見せつけられ、彼らは竦み上がってしまった。
意に介さず、歩みを進める副島。
「おい!待てよ!」
立ち上がるライールが追いすがったが、上官はすぐに歩みを止めた。
「おい、あんた……」
「弓削中将だ」
「え?」
淡々と告げられ、目を丸くし、副島が見上げる壁を見た。
「まるでヘタクソなピカソを見ている気分で、最悪だった」
そんな風に彼らは絶句してしまったらしい。彼らバイドア兵は弓削巧という人物に対して、日本兵ほどの感情は持っていなかった。
しかし、僅かな邂逅で彼の温厚な人柄、冷静な判断力、常に現実的な対応をする強靭な精神は称賛に価した。なるほど、緑の軍隊初の将軍に相応しい人物だと、彼らは思っていた。
その最期が、こんな無惨な形でいいとは、とてもではないが思えなかった。
「ライール。手伝ってくれ」
副島の一言に、小隊全員が動いた。ある者は副島達と共に弓削の亡骸を丁重に壁から下ろし、ある者は地面に放り棄てられた兵士達の遺体を丁寧に並べ、残った者達は彼らの作業を支援するように周辺警戒に当たった。
そこに近接戦闘車を含む車両群が前進し、中から中元少佐が飛び出してきた。
「副島!」
「中元少佐!自分は、敵の殲滅を進言します」
怒りの形相の中元すら意に介さず、副島は声を張り上げた。
「な……」
「我が軍の司令官、弓削巧中将閣下を亡き者にした挙句、このような武人としての品位に欠ける、野蛮極まりない猿どもには、誰が強いのかを知らしめなければいけません」
並べられた無惨な遺体に目を丸くする中元。どれが自分達の司令官だったのか、彼には分からなかった。
彼とともに到着していた兵士達も、一様に絶句していた。
「我々はなんのためにここにいる?」
突然、副島は周囲にいる兵士達に向かって声を張り上げた。
「我々は、この国に平和と豊かさを伝えに来たはずだ。違うか?よき仲間、よき隣人、なかにはよき家族となった者もいるだろう。――だが、このクソみたいな現実はなんだ?」
常に冷静沈着で、精強で、技術も卓越しているため、部下からも信頼が厚く、上官からも信用される若き軍曹の剥き出しの感情。
それは、危険なほどに他を魅了していた。指揮官たる中元少佐すらをも凌駕するほどに。
「奴らが今日、この場で何をした?平和を望み、緑豊かな大地を求めた善良な人たちの生活を壊し、踏みにじり、幼い子供達を傷つけた」
目に涙を浮かべ、拳をふるい熱を伴っていく副島の言葉。
兵士達の脳裏に浮かび上がるのは、逃げ惑い混乱し、不安に苛まれる人々。恐怖を忘れたいのか、明るく振る舞って、自分達を応援してくれる幼い子供達。
それらが、ひとつの渦を形作るのに時間は要らなかった。
「僕達は、それを赦すのか?」
「No sir!」
一人のバイドア兵が叫んでしまった。彼は戦闘により父親を失っていた。
次々と伝染していく感情。そして行き場を失い渦を巻き始める。それは、爆発直前に圧力を高めていく火山のマグマのよう。
「我々は、緑の軍隊か?」
「Sir yes sir!」
「我々のもたらすものは、平和と豊かさか?」
「Sir yes sir!」
「あの蛮族どもは、それを望んでいるか?」
「No sir!」
「ならば……」
副島は左手を突き上げた。血まみれのグローブの中には、弓削達の認識票。
「望まぬのなら、絶望と死を与えよう」
百名以上の兵士達が拳を突き上げ、一斉に雄叫びを挙げる。
この副島の扇動で、事態はバイドア守備隊司令部の指揮から完全に逸脱してしまった。一下士官が将校の許可なく部隊を扇動し、殺害を前提とする戦闘行動を開始した。
精強にして無比。規律正しく忠実。銃は取るが、滅ぼすことはしない。そうしてやっとのことで得て来た緑の軍隊の評価が、初めて組織的に瓦解しようとしていた。
この事件が、緑の軍隊唯一の汚点――そう言われるゆえんである。
「たぶん、自分のことが赦せなかったんだと思います」
副島は、ぽつりと呟くように述懐する。
「つい最近です。閣下の墓参りに行って、奥様や沙織ちゃんに会って謝罪できたのは」
沙織とは、当時八歳だった弓削の一人娘である。彼女も軍人も後に軍人となり、そして副島とともに戦ったこともある女性だが、バイドア事件のことを知ったのはつい最近のことだった。
「自分の判断で閣下や仲間達を見殺しにしました。それはいい。まだ許せる。見殺しにした彼らが報われるように、私は愛には誠実に接してきました。しかし、そのあと私がもたついたせいで、彼らはあんな姿に変わり果ててしまった」
生前の傷は右脚の断絶、そして頭部への致命弾――それが弓削の死因だ。しかし、それ以外に五十あまりの生活反応の無い惨たらしい傷で遺体は損壊していた。
あまりにも損壊が激しく、一部回収できなかったにもかかわらず、検死時の体重は元のままだった。腹部に押し込まれた石やブロック、撃ち込まれた銃弾。その重量だった。
「そうしたもろもろのことに、私は私が赦せなかった。盛大な八つ当たりですね。――二千人も殺した八つ当たりです」
しかし、それなら何故、この事件が緑の軍隊唯一の汚点と呼ばれるのか。
そして、何故、彼は後に“専守防衛”や“連邦国防軍の鑑”と呼ばれるようになったのか。
それは、戦闘――いや第二次世界大戦終結以来、初めて日本人が行なった虐殺と報じられた、血みどろの事件が勃発して約二十分後のことだったと、ライール伍長は証言する。




