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その6

以下、残虐シーンあります。

ご注意ください。


申し訳ございませんが、仕様です。ご容赦ください。

「増援とはすぐに合流できました」

 後退した副島達は、五分ほどで前進していた大隊本隊と合流した。

 しかし、そんな僅かな時間さえ彼らにとっては無限に続くと思われる逃避行であった。子供と負傷者を連れている以上、副島達の動きは鈍かった。

 弓削達は、最期の足止めを行なってくれたようだが、それでも左右の通りから敵が現れ、それを排除しながらの前進だった。

「また、あんた達は同じことするつもりか!」

 大部隊が現れたことで、色めき立つ記者達だったが、ライールに英語で怒鳴りつけられて大人しくしていた。自分達が弓削達を見殺しにしたことくらいは、理解していたのだろう。

 少女と記者達を衛生兵に預け、補給部隊から再度武器弾薬を手に入れると、副島達は取って引き返そうとした。

「軍曹。貴様らは休め。こっちの戦力は充分だ」

 大隊を指揮する中元少佐は、そう副島を窘めたが、彼は聞かなかった。

「いえ、少佐。弓削閣下のところまでご案内出来るのは我々だけです」

 このとき、大隊の先行する一個中隊が上空のヘリの支援を得て戦線を押し上げ、弓削達のいた地点の二百メートル手前まで掌握していた。他にも三個大隊が別の地域で同じように前進しており、確実に勝利に近づいていた。

 だから、副島の提案はありがたいが、ここまで寡兵で戦線を維持するという大きな仕事をやり遂げた彼らには休息が必要だと、少佐は考えていた。

 そんな少佐は、いい説得材料を見つけたとにやりと笑みを浮かべた。

「おいおい。子連れで戦うつもりか?」

「は?」

 ぽかんとする副島。

 中元に促され足元を見ると、先ほど衛生兵に預けたはずの少女が、彼の腰の後ろマガジンポーチの一つを掴んでいた。

「いえ、これは、その……」

「その子をなんとかしたら付いて来い。――大隊、前進!」

 一八式近接戦闘車を盾に、整然と進んでいく部隊。

 置いてけぼりをくった副島小隊。

「隊長。えらく気に入られちまいましたね」

 ライールはもちろん、他のバイドア兵達も、煤と汚れだらけの顔をニヤつかせている。一休みついでに、副島がどうやって少女を説得するのか楽しもうという魂胆だろう。

「あの時は、本当に困りました」

 黒い肌の少女。瞳が青いから、おそらくは混血だろう。ソマリアも元々はヨーロッパの植民地だったのだからあり得る話だ。年は十歳くらい。

「さっきの人のところに戻りなさい」

 彼女の後方に女性の看護師の姿が見える。衛生科の兵士が気を使って女性のところに回したのだろう。

 だが、少女は首を横に振る。

「ここは危ないからね」

 再び横に振られる首。

「僕たちは行かないといけないんだ」

 三度、いや今まで以上に力を込めて振られる。肩で切り揃えられた黒髪が、ぶんぶん振り回される。

「ありゃ、ダメだ」

「子供に命令はダメですよ」

「やべ、見てておもしろい」

 途方に暮れ始めた副島をよそに、ライール達はもはや笑いを隠そうともしない。

 薄情な部下達を内心では罵りつつ、膝をついて少女と目を合わせる。だが、彼女は目を下に逸らしてしまう。

「君は……、えっと、名前はなんて言うんだ?」

 黙り込む少女。気まずい空気。

 明らかにそれを楽しんでいる周囲。

「そ、そうか。なら、言わなくていい」

 しどろもどろになってしまう副島。子供に命令するのは容易い。しかも、非力な彼女を無理矢理後方に放り出すのは、もっと簡単だろう。

 しかし、今の彼女が何故、副島に縋っているのかそれを考えなければいけない。そう、彼は思った。

「親もいない。一緒にいたおとなたちが大勢倒れた。そんな中で、私だけが安全な場所に最後まで連れて来た、そんな最後の……希望みたいなものだったんですかね?自分で言うのは恥ずかしいですけど」

 そう思ったら、彼は自動小銃を手放していた。スリングベルトによって落としはしなかったが、銃口が地面のアスファルトを叩く微かな音が響き、少女はぴくりと震えた。

 両手を彼女に向かって伸ばし、そこで頑丈なグローブに包まれているのを思い出して慌てて取り払う。

 おおっ!何故か色めき立つ周囲。

 ――知ったことかっ!

 その両手で少女の両手を取る。冷えてしまった肌から伝わってくる、微かな震え。

 内心では彼女に謝りつつも、彼は自身の思いをきちんと伝えるべきだと思っていた。この小さく柔らかい手に伝わっていく、彼自身の温度のように。

「さっきのおじさんのこと、覚えているかい?」

 小さく、こくりと頷く少女。さっきの戦闘を思い出したのか、震えが少し大きくなった。

 宥めるように、親指で小さな手の甲をさする副島。

「あの人は、僕達には、とても大事な人なんだ。僕達を、この街に呼んだ人でもあるんだ」

 首を傾げる少女。

「君はこの街の外のことを知ってるかい?」

 左右に振られる少女の髪。生まれも育ちもバイドアなのか、それとも物心ついたときには市内に住んでいたのか。

「外では、今日みたいなことがいつも起きているんだ」

 その目が大きく開かれ、涙がぼろぼろとこぼれ出す。

「僕達は、それを終わらせるために来たんだ。――君達が、自由に外に出られるようにするために」

 少女は強く首を振った。こんな怖い思いをする外なんかに出たくない、そう思っているのだろう。

「ダメだよ」

 諭す彼の言葉に、少女は顔を歪め、全身で拒絶する。彼の手すら振り解こうとするかのように。

「ダメだっ!」

 強烈な圧力を伴った声。硬直して、副島を見る目。初めてまともに視線と視線がぶつかる。

「もったいないじゃないか」

 少女が硬直した一瞬の間に、するりと差し込まれた言葉。それは日本語だった。

 緑の軍隊の進出とともに、急拡大した日本人の海外進出。金、物、水――豊かさの象徴だけでなく、今まで謎とされてきた独特な日本文化も広がりをみせていた。

「……モッタイナイ……」

 彼女もその日本語を知っていた。

 ただ無駄にすることを嘆くのではなく、物の価値を十分に生かし切れていないことを戒める精神性は、緑の軍隊以前から評価を受けていた。

 そして、今やアフリカの西端の小国の少女までが耳にする言葉になっていた。

 学校の日本人教師は敢えて授業で説明することは無い。しかし、ふとした何気ない瞬間に漏らすその音は、不思議な響きを持っていたことを、彼女はずっと覚えていた。

 それが、自分に向けられていることが、彼女は不思議だった。

「そうだよ。世界は広いんだ。バイドアなんてほんのちっぽけな街なんだよ。僕の家なんて、地面のずっとずっと下の方にあるんだ。君が見たことの無い、広くて、青くて、綺麗な世界が広がっているんだ。それを見ないなんて、もったいない」

「そんなに?」

「そうだよ」

 少女の表情が明るく華やいで、ほっとする反面、妙な予感がするりと忍び寄ってくるのを感じた副島。

「じゃ、連れて行ってください」

 その瞬間のことを、一生の不覚と、副島は言うが、その後の展開を知っている人々は一様に笑う。

 ライールなんかは、尻敷かれ人生の幕明けと、本人がいようがいまいが関係なく笑い飛ばす。

 しかし、彼女の笑顔が嬉しくて自然と綻ぶ副島の表情。優しく彼女の頭を撫でていた。無骨な、武器を扱ってばかりいる手が少し痛そうだったが、それでも嬉しそうな彼女。

「分かった。連れて行ってやろう」

「うん。じゃ、ユビキリね」

 ――なんと、そんなものまで広がっているのか。

 むしろ、日本人の方が指切りをしなくなった昨今、副島も自身の人生で数度あるかないかの指切りを、異国の地で異国の少女にねだられるという体験に激しく動揺した。

「あ、ああ」

 戸惑いつつも、右手の小指を差し出すと、小さくて柔らかな少女の指が絡まる。

「Cross my heart and hope to die, stick a needle in my eye」

 少女が口にした文言を聞いて、ああ、外国にも指切りの習慣があるのだと、現実逃避していた副島。

「拳万も針千本も無い代わりに、目に針を刺すハメにならないようにしようと思いました」

 こういうところは実に律儀なのが、副島という男だ。

 ちなみに、西欧やアジアにはそれぞれの指切りの風習が存在するが、彼女が言ったのはどちらかというと日本の風習の英語圏アレンジだろう。

「わたしは愛」

「アイ……、そうか、アイか」

 副島は当時勘違いしていたが、バイドアでは子供に漢字で名付けるのがブームだった。バイドア市当局がそれを認めていたからだが、ひとつの文字に色々な意味を込められる漢字という文化を、親の世代が広く受け入れたのが大きい。

 それは、荒れ果てた世界で生まれ、自分の未来が限られていると絶望していた世代から、豊かで無数の可能性がある世界へ羽ばたこうとしている世代への贈り物だったのかもしれない。

 副島はそれは知らなかったが、それでも彼女が名乗ってくれたことが嬉しかった。

「僕は、副島康」

「ソエ……マ、ヤス……?」

 英語とソマリ語の混ざった今のバイドア語でも、その発音は難しい。戸惑う愛を見て、破顔する副島。

「ヤス、でいいよ」

 笑顔が咲く。

「うん。ヤス」

「じゃ、僕は行くね」

「うん。約束忘れないでね」

 内心、どぎまぎしていたが、そんな様子はおくびにも出さず、力強く頷く副島。

「いいもの見せていただきました」

「これでもう悔いは無いっす」

「気合入りました」

「絶対、隊長を生きて帰します」

 看護師に愛を預けた途端、続々と寄ってくる部下達の口からこぼれる冗談のオンパレード。

 彼らの背に向かって、何度も大きく手を振る愛。何人かの兵士が調子に乗って手を振り返すが、副島はグローブを着けなおし、スリングベルトで繋がった自動小銃の銃把を握り直す。

「手、振らないんですか?」

 ライールの一言には応じず、副島は左手をすっと肩から真っ直ぐ上にあげた。

 それを見て、全員が一斉にライフルを抱え直し、左右に広がり、お互いをフォローする間隔を開いて配置に付く。訓練通りの、いい反応だ。士気が高まっているのは確かなようだ。

 そんな満足そうな副島について、当時の部下達は異口同音に証言する。

 ――あの時の隊長の手は、普段より手のひら一個分は高かった。

「本体と合流し、敵掃討作戦に入る。小隊、前進!」

 左手が振り下ろされ、屈強な男達が一斉に踏み出した。


 大隊と合流した副島達。

 だが、指揮官の中元少佐は軽口を叩くことなく、前方を睨んでいた。

 商業区と住宅街を区切る幹線道路の少し手前にある広場、そこに設置された大隊本部に報告に現れた副島が見たのは、そんな厳しい表情の中元だった。

「あれをどう思う?」

 中元の示すモニター。それは先行した近接戦闘車の車載カメラの映像。

 大勢の男達が騒ぎ、踊り狂い、なかには住居や路上に放置された乗用車を壊したり火を付けたりしている者もいる。まさに狂宴。そうとしか表現できない。

 現在、ソマリア連邦政府が治める首都モガディシュ方面では見ることはなくなったが、北部のソマリランドや南のキスマユに対する航空偵察では時折見られる光景だ。

 刹那的な生き方にならざるを得なかったソマリア人は、何かにつけて暴動のような形になる。良いことがあっても、悪いことがあってもそれは変わらない。大多数の男達が、カートと呼ばれる覚醒作用のある葉を常用しているせいであろう。

 欧米人はそれを野蛮とか非文化的というが、彼らにはそれ以外を知らないだけなのだ。

 その証拠に、彼の部下達は非常に理性的で、規律正しい。

 しかし、それにしても敵地の真っただ中で戦闘行動を停止してでもこんな宴を行なうようなことがあるだろうか。

「彼らにとって、何かいいことが……」

 あったのでは?と問いかけようとして、副島は重要なことに気付いた。

「少佐。弓削中将は?」

「それが、まだ発見されていない」

 苦虫を噛み潰したような中元少佐の表情。

 それを見た途端、副島は本部を飛び出していた。そのまま一人で前線に向かって駆け出す。

「隊長?どこへ?」

 ライールの問いかけにも応えず、走る。最悪の状況に気付いてしまった副島。腹の底からせり上がってくるものに身体が強張り、ぶちまけたい衝動に駆られる。

 だが、それを抑え付け、必死に足を前へと動かし、前進する。

 路地を駆け抜け、商店の裏を縫い、あのRPGの炸裂した地点を目指す。

 近接戦闘車が停まり、その陰に居並ぶ兵士達を掻き分け、副島は前に出た。

 百人以上の男達がたむろし、騒ぎ、嬌声を挙げる広場。思い思いに辺りを壊し、頭上や物に向かってAKを撃つ狂乱。

 何人もの男達が騒ぎながら、何かを引きずり回して遊んでいる。それが、人の身体と分かるのに時間は要らなかった。

 ボロボロになった衣服は、既にただの布切れと化し、それでも執拗に嬲る。とっくに息の絶えた相手を蹴り、殴り、撃ち、斬る。肉片や血が飛び散り、内臓がはみ出そうと、薬物でラリっている奴らは止まらない。

 緑の軍隊の兵士達が、その光景にどうしたらいいのか戸惑っているのが分かる。

 ただ、副島だけは違うものを見ていた。

 壁に磔にされた遺体。ベージュ(・・・・)淡緑色(・・・)の布きれに包まれ、頭部は半ば柘榴のように崩れ中身をさらけ出し、手足は千切れ、腹からこぼれたものは弄り回され、時折マチェットで嬲られ、AKを撃たれ、衝撃でのたうち回る。

 それを見て男達はげらげら笑い、奪い取った防衛記念章(・・・・・)を、みすぼらしい自分の服に押し当て、緑の軍隊に向けて見せびらかし、騒いでいる。

「あの時は頭が真っ白になりました」

すみません。

戦闘、まだ続きます。

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