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PHASE-AFTER SCENE 願い

 彼は三年前、英雄になった。


 彼を知り志を共に戦った戦士達の中で……。


 その英雄の名は、ソラ=カミマエ(神前 穹)


 ――英雄になる。


 彼自身は、決して英雄になりたかったわけではないだろう。


 彼は自分の信じた戦いに挑んだだけなのだ……。


 その戦いで傷つく者がいる事を知りながら、その矛盾と葛藤の中で、それでも彼は戦った。


 英雄とは、自分自身で決める事ではない。


 第三者が彼の勇気ある行動に敬意を示し、その功績を称して“英雄”と呼んでいるだけ。


 帰らぬ彼を皆は英雄と祭り立てる。


 死んで逝った者達だけを英雄と呼ぶわけでは無いにしろ、わたしは彼を英雄と呼ぶ事に少し抵抗を感じている。


 何故なら心の何処かで彼はそんな事のために戦ったわけではない、という気持ちが強いからだ。


 わたしが望む事は、英雄視される彼ではない。


 ……必ず帰って来てくれると言って戦場に向かった、ありのままのソラ。


 わたしはソラの言葉を信じて、彼に対する自分の偽らざる気持ちに縋りついているだけなのかも知れない。


 いや、違う……もう理解はしている。


 ただ彼に生きていて欲しい。


 その思いが、そう思わせるのだろうか?


 ソラの居ない毎日の希望は絶望に繋がっている。


 この三年間が嫌と言うほど、わたしに思い知らせてくれた。


 きっと、アルルにも……。




 ――宇宙暦、百二十三年。


 カツン、カツン、カツン。


 診療所の廊下に松葉杖や義足の乾いた音が木霊する。


 密林の小さな街の小さな診療所の待合室には何時も痛々しい光景が絶える事はない。


 三年前の戦争で地球軍、フロンティア軍の両軍がそれぞれ密林を挟み、母なる星への領土的野心から野戦基地を構え、密林の支配する静寂の中にレジスタンスの村や先住民の村も点在する密林で静かなる激戦を繰り広げていた傷跡は、未だに人の心と身体を癒してはいない。


 戦後に残った傷跡は人の心だけではなかった。


 ――青き星地球。


 互いの進入を防ぐ為に両軍が地中に埋めた数万にものぼる地雷が埋められたエリア。その地雷原に敷かれた細い道筋から一歩足を踏み外せば、易とも簡単に人命を奪ってしまう。


 埋め込まれた地雷は対ARMS、対装甲車両用から対人兵器と様々な物が草むらに潜み、地中でその役割を果たす時を音も無く待っているのだ。


 地雷原に出来た僅かな安全地帯は、かつて神前穹がフロンティア軍のARMS相手に自陣の地雷原に巧みに誘い込み誘爆させて出来上がった。


 ソラは本部の優秀なレジスタンスに爆弾処理の知識と種類を教え込んでもいた。


 その知識を活かして今では元レジスタンスの村人達が探知機を使い地道に回収、地雷の解体作業を行なっている。


 人類は過去の過ちを忘れ、またしても地球を汚したのだ。


 フロンティア(コロニー)の住み心地は決して悪いものではなかった。


 この密林の雨季の様に、ジトッとした湿気に不快な思いをする事はない。


 四季を人工的に創り出す事も出来なくは無かった。


 雪すらも降らせる事も出来たが、一年の殆どは一定の気温が保たれていた。


 四季の変化は風情を楽しむ為のレクリェーションの一部で、降りた事もない地球を懐かしみ、クリスマスの時期に人工雪を降らせるなどと言ったものだ。


 わざわざ快適な環境を損なう様な非効率的な事を行なう必要性は何処にも無いからだ。



 

「シェラ。今日最後の患者さん」


 アルルが本日、最後の患者を診察室に通す。


 最後の患者の治療を終え、送り出すと診療所を静けさが支配する。


「アルル。戸締りお願い」


 わたしはアルルにそう告げ星達の輝く夜空を、ぼんやりと眺める。


 戸締りを終えたアルルが半ば呆れ顔で言った。


「シェラ。また空見てる」


「アルルは見ないの? あの輝きの何処かにソラが……いるかもね」


 アルルは「はっー」と小さく溜め息を吐いた。


「シェラ? ソラは星になったわけじゃないんだよ。あいつは生きて、きっと帰って来るよ……わたし達のところに……」


「……そうね」


 しかし現実は残酷だ。


 わたしがソラと過ごした時間など、ほんの短い時間に過ぎない。


 それでもソラを忘れる事など出来はしなかった。

 ソラがいなくなって三年の月日が流れているというのに……。


 その間、彼の所在は不明のまま……。


 時間の流れが意味する事は一つの事実だけだ。


 ――ソラは、もういない。


 わたしはスタンドに立て掛けてあるバイオリンに手を伸ばした。


 ソラがいなくなってから毎晩の様に奏でているわたしが彼に捧げる愛のうた。


「シェラ……」


 アルルも心の何処かで、現実を理解しながら必至にソラの死を否定して来たのだろう。


 わたしとアルルは静かに目を閉じた。その時、診療所の廊下に松葉杖が床を突く音が聞こえた。


「あら? 患者さんがまだ残っていらっしゃったのかしら?」


「それはないよシェラ。診療所内を戸締りする時に見回ったもん」


「トイレにいらっしゃったとか? もしかして……幽霊?」


 アルルの顔色が青ざめる。


「へ、変な事言わないでよ! シェラ」


 青ざめた顔でアルルは震える声で怒鳴った。


「様子を見て来て、アルル」


「えっ! そんなぁ……シェラも一緒に来てよ」


「わたし、こう言うの駄目なの。診療所の戸締りはアルルの仕事でしょ」


「シェラ……ずるい」


 廊下に響いていた杖の音が診察室の前で止まった。


 診察室の入り口が、ゆっくり開いていく。


 何者かの姿はカーテン越しで見えない。


 カーテン越しに揺らぐ人型をしたシルエットが映っている。


 わたし達は、咄嗟に抱き合い目を瞑った。


 暫らくして、わたし達は目を開き、頷き合い仕切りのカーテン越しに佇んだままのシルエットに振り向いた。


「……」


 開かれていたドアから悪戯な風が流れ込み、カーテンをゆらりと持ち上げる。


 わたし達は目を疑った。


 一瞬、見えた懐かしい顔は忘れる事など出来なかった人物のもの……。


 暫らく言葉も喉に詰まり出てこなかった。


                            


「……ソラ? ソラなの?」




 草木は揺らめき、音を奏で鳥達は囀り歌を唄う。


 森の木々がざわめき、鳥達の歌声が囀りから地鳴きの歌を唄う時、異変の起る前兆を示す警告の歌。


 そらに奏でる愛のうた。


 そらまで届けと――。




「『必ず帰る』って言ったろ?」


 ソラは、そう言って笑った。


「ば、馬鹿……遅い、よ」


「すまない。随分待たせた」


「……ソラぁー!」


 アルルがソラに飛びつく。


「大きくなったなアルル」


「ソラ。わたし綺麗になった?」


 ソラの言葉にアルルは恥かしそうに尋ねた。


「とびっきりの美人になった。出会った頃はじゃじゃ馬、おてんば娘だったのにな」


 ソラはアルルの頭をやさしく撫でている。


「ほんと、遅いんだから……馬鹿」


 わたしは零れ落ちる涙をそっと拭った。


「待たせたな」


 わたしはバイオリンをスタンドに戻そうとした。


「聞かせてくれないか? シェラのバイオリン」


「ええ、いいわよ」


 わたしはバイオリンを手に持ち肩口に添え小首をもたげた。


 ――やっと届いた。


 ソラに奏で続けた愛のうた。




 ソラは言った。


 終戦後、それでも小さな紛争はなくなっていないと。


 ソラは今まで身を潜めていたのだろうか? それともどこかの戦場で戦っていたのだろうか? それとも先の大戦で負った傷を癒していたのだろうか? 松葉杖を脇に挟み、立っているソラの姿が痛々しい。


 しかしここには今、争いはない。


 ソラが大戦に終止符をもたらした一時の平和な時間が、ここにはある。


 ソラの、いやわたし達の戦いに終わりは無いのかも知れない。


 身体を傷つけながら、心を痛めながら、それでもソラは、これからも戦い続けるのだろう。


「今度は……、一緒に連れて行ってね、ソラ。貴方と共にわたしも戦うわ。わたし達が戦うべきものと」


 ソラはなにも答えず、バイオリンの音色に耳を傾け夜空を見上げていた。


 今だけは。ソラの傷が癒えるまではやさしい時間の中で彼と共に過ごしたい。


 それが例え、ほんの短い平和な時間だとしても……。


 三年の間に抱え込んだ、わたし達の想いをソラと共に癒していたい。


 願わくば、永遠に……。

 

 END 

ご拝読ありがとうございました。


ご意見、ご感想、評価などお待ちしております。

また他、雛仲 まひる作品も楽しんでいただければうれしいです。><


ではでは。次回作品or狐の嫁入りっ ちょっと? 九尾な女の子2nd、関連掲載で御会いいたしましょう。><b

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