第62話 目には目を
「この屋敷来てから走ってばっかだな!!50メートル10秒台は脱却できそうだよ!!」
「おめでとう!」
「皮肉だよ!!」
マサトは肩で息をしながら、迫りくる巨体から距離を取る。逃走の連続で、もはや足の感覚は麻痺し始めていた。
「で、ヤマグチくん。残弾数一貫でこの状況をどう打開するんだい?」
「変な造語を作るな。てかお前が投げろよ!さっきめっちゃカッコイイ撃ち方でゴースト倒してたんだから口の中に入れるぐらい余裕だろ?」
マサトが藁にもすがる思いで視線を送るが、テンジクはさらりとその視線をかわし持論をペラペラと話し始めた。
「ダメだよ!そんな事したらボクが今後の歴史に干渉することになっちゃうじゃないか!ボクは歴史に名を刻みたいわけじゃない!あくまで傍観者になりたいだけなんだ!間接的ならまだしも直接手助けするのはボクのポリシーに反するよ!」
「本当に訳わかんねーなお前……。」
支離滅裂な言い訳を切り捨て、マサトは手に持った一貫のかっぱ巻きを凝視して作戦を考え始めた。
「ん?待てよ。チャム(ミミック)は腹が空いてるんだよな?変な作戦立てなくても割とどうにかなるんじゃないか?よしそうと決まれば、行けかっぱ巻き!!君に決め――」
宝箱の口に向かってかっぱ巻きを投げようとした瞬間、巨大なチャムの腕がマサトを薙ぎ払った。そのままマサトは回転しながら壁に叩きつけられ、のめり込んだ。
「………ナイストライ!」
「余計なお世話だ!!」
瓦礫を押し退け、マサトはふらつきながらも立ち上がり、再びテンジクと並走を始めた。
「たく、腹減ってるなら寿司ぐらしすっと食えよ……。まずはあの触手どうにかしないとだな………どうしよう、全くもって思いつかない。」
改めてチャムに対抗する方法を考え始めたが、自分が想像以上に無謀なことをしようとしていると再認識させられた。
「本気輪廻効かない、ツボミの魔法効かない、なんか無駄に多い。……これどうするんだよ。」
「大ピンチだねぇ。」
「………。」
マサトは、どこまで行っても他人事なテンジクを睨みつけた。それに対してテンジクは、嘲るように大げさなリアクションで言い訳を始めた。
「そんな目で見ないでよ!相手は最強の盾であるスライムくんだよ!ボクが本気で君に力を貸したところで、焼け石に水だって!最強の盾に対抗するには最強の矛を用意しないと!」
「そういうことを言うなら本気で力を貸してから……に………。」
ある言葉に引っかかったマサトは、ツッコミを入れることも忘れ、思考を巡らせ始めた。
「何か思いついた?」
「………【火の玉】時間稼ぎ頼んだ。」
マサトは、何かを思いついたのか真剣な表情を見せると、すぐさまツボミに合図を出し、影の中へと消えていった。
「ツボミ、聞きたいことがある。影移動の直径って最大何メートル?」
「え?……1メートルぐらいかな?」
「……じゃあ、こんな事ってできるか?」
ツボミの言葉を聞いたマサトは、思わず笑みを漏らした。そしてすぐさまツボミに作戦の概要を話し出した。
しばらくすると、マサトはテンジクを追いかけるチャムの前に颯爽と現れ、自信満々に挑発を始めた。
「ヤーイ!お前の母ちゃんデーベソ!!ビビってんのか?とっととかかってこいやッ!!」
その言葉に応えるように、チャムは標的をテンジクから変え、再び巨大な手をマサトめがけて伸ばした。
「【火の玉】」
マサトが待ってましたと言わんばかりの表情で魔法を唱えた瞬間、触手とマサトを結ぶ一直線上に今までよりも巨大な影の穴が現れた。
「【影移動】」
飛び込んできた触手はマサトを捉えて吹き飛ばすと、その勢いのまま影の入口へと吸い込まれた。そして次の瞬間、チャムの背後に開いた出口から、その剛腕が飛び出した。
「防御こそ最大の攻撃!最強の盾には最強の盾だ!!いっけぇぇぇぇぇええええ!!!!」
自分の攻撃で怯んでいる隙に、マサトは宝箱の中めがけてかっぱ巻きを投げつけた。かっぱ巻きは見事に宝箱の中へと入り、暴走していたチャムの動きが止まる。そして、その体はみるみるうちに元の姿へと戻っていった。
「はぁ……はぁ……ここから第2ラウンドあるってマジっすか!?」
やっとのことでチャムを元に戻したマサトは、まだ本題のデュラハンを倒さなければならないことに絶望した。そこへ、へたり込んでいるマサトを見下ろすように、満足げな表情を浮かべたテンジクが顔をのぞかせた。
「流石だね!ヤマグチ君!」
「お褒めの言葉どうもありがとう!用もないならとっとと失せてください!腹が立つだけなので!」
マサトは仰向けのまま、憎々しげにテンジクを睨みつける。しかし、テンジクはその毒舌を柳に風と受け流し、楽しげに目を細めた。
「じゃあ、失せるわけにはいかないね!だってボクは、君に用があるんだもん!」
「やっぱ用があっても、僕にとってはどうでもいいので失せてください!」
「えぇ〜辛辣だなぁ〜。折角、君の妹さんについて教えてあげようと思ったのに!」
テンジクの口から飛び出した予想だにしない言葉に、マサトの思考は真っ白に染まった。心臓が跳ね、全身の血が逆流するような感覚に陥る。
「…………は?お前……今、何て………。」
「【石化魔法】」
混乱しているマサトをよそに、テンジクは手でピストルの形を作ると、自分の足に向けて魔法を撃った。すると、テンジクの体はみるみるうちに石へと変化していった。
「本当はもっと君の活躍を見たいんだけど、こっちの方がボクの望む瞬間を見ることができそうなんだ!妹さんについて知りたかったら、ボクの石化を頑張って解いてね!!」
「オイ!!」
「あ、石像は丁重に扱ってね――!」
テンジクは最後までふざけた笑みを崩さぬまま、完全な石像へと成り果てた。静まり返った廊下に、無機質な石の塊だけが残される。
「クソクソクソクソクソッ!!!!何が目的なんだよアイツ!!!」
「リーダァ……?」
激昂するマサトの耳に、聞き慣れた、しかしどこかとぼけた声が届いた。振り向くと、そこにはいつものようにのほほんとしたチャムの姿があった。
「……………フゥー、おはよう。」
チャムの声を聞いたことで少し冷静になったマサトは、息を整えると、何事もなかったかのようにいつも通り振る舞った。
「ここどこ?」
「お前が気絶する前と同じ、廃豪邸だよ。てか言えよ!空腹で暴走するって!」
「だって知ってると思ったんだもん。」
「まぁいいや、こんな事言い合ってる場合じゃないし。」
マサトはぶっきらぼうに返しつつも、内心ではチャムの無事に胸をなでおろしていた。そこへ、ある影がチャムめがけて飛んできた。
「チャムさぁぁぁあああん!!!」
「ツボミ!」
勢いよくチャムを抱きしめるツボミの目には、大粒の涙が溜まっていた。
「お前をもとに戻すために頑張ってくれたんだ。ちゃんとお礼しとけよ。」
「そうかぁ、迷惑かけてごめんね。助けてくれてありがとう!」
「うん……ッ!」
鼻をすするツボミは、チャムが無事であることに安堵の笑顔を浮かべた後、ふと思い出したようにマサトに向き直った。
「リーダー、伝えたいことがあるの。」
「安心しろ。謝罪と礼だけで俺がお前を許すと思うなよ。」
「……かっぱ巻きじゃ全然足りない。」
感動の余韻を自ら粉砕するチャムの無情な空腹宣言に、マサトはガクッと思わず膝をついた。
「……はいはい!でしょうね!とっととデュラハン倒すぞ!」
マサトの誕生日1ヶ月前にあったのすっかり忘れてたわ……




