表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の転生じゃ、ない  作者: のっぴきララバイ
171/174

いつかの話:僕

「みんな!アロンが帰ってきたよ!」


今の子供部屋のメンバーの中では一番年長のマリアが駆け込んで来て、僕らはわっと湧き立った。

宗主様の実子の中でも特に優秀なアロンには、施設の外での活動が許されている。

“本当の日本人”と“正しい移民”の女たちの間に生まれた僕たち“準日本人"の子供らにとって、アロンは憧れの兄さんだった。

だからこうして外の活動から帰ってきたアロンが土産話を聞かせてくれるのが、僕らの何よりの楽しみだったのだ。


「ただいま皆んな。良い子にしてたかい?」


ドアを開けて部屋に入ってきたアロンに、僕は一番に抱きついた。

白い歯を覗かせて笑いながら、アロンが頭を撫でてくれる。


「おかえりアロン!」

「ただいまトマス。勉強は進んでる?」

「ばっちり!この前のテストも僕が一番だったんだ!もうすぐにでもアロンと一緒に“外”の仕事が出来るよ!!」

「ははは。それは頼もしいねぇ。けど、外に行くにはテストの点数だけじゃ駄目だよ。外は……」

「外は誘惑と差別に満ちているんでしょ?大丈夫!尊師の教えも全部覚えてるんだ!」

「へぇ、それは凄いね!」

「アロン!アタシも!アタシの話も聞いて!」

「ぼくも!ぼくもがんばったよ!」

「分かった分かった。順番にね」


僕らはアロンを引っ張ってきて、子供部屋の真ん中に座らせた。

皆でアロンを囲んで話をねだる。

あっと思った時には、ちびのタダイがアロンの膝の上を占領していて、僕はむっと唇を尖らせた。

ふだん僕らは、自分の実親が教団内の誰であるのかということにこだわってはいけないと教えられている。

けれど、尊師や女たちの態度を見ていれば、自ずと予想はつくものだ。

タダイはアロンと同じ宗主様の子供で、それを鼻にかけている節がある。自分とアロンだけが本当の兄弟だと得意になっているのだ。

けどタダイの母親は僕と同じ正しき移民の女で、両親共に本当の日本人であるアロンとは身分が違う。

テストの点数だって良くないくせに、半分宗主様の血を引いてるってだけでアロンの特別な弟気取りだなんて、図々しくていかにも移民らしい発想だ。


僕はしばらくイライラとタダイを睨み付けていたが、ふと顔を上げたところでアロンと目が合い、ハッとした。

部屋にはアロンと子供たちしかいないが、大人たちは今も監視カメラで僕らに点数をつけているのだ。

アロンと外に出たいなら、不機嫌であってはいけない。

どんな集団にも上手く溶け込み、誰とでもそつなく付き合えて、人から好かれ信用される者しか、外で活動することは許されないのだ。

僕はタダイへのイライラを押し込めて、友好的に見える笑顔を作って見せた。

僕の対応に、アロンがそれで良い、と言うように目元だけで頷いてくれる。

やっぱり、アロンはタダイなんかより、僕に期待してくれているんだ。

僕は嬉しくて、誇らしくて、内側から湧き上がるような微笑みが自然と顔にのぼった。


アロンと過ごす時間はあっという間だ。

その日はアロンも一緒に子供部屋で布団を敷いて眠ることになっていて、僕は興奮してちっとも寝付けなかった。

けど、消灯時間を過ぎて許可なく会話を交わすことは堕落に繋がるとして点数が引かれてしまう。

僕はアロンと外で活動する日を夢見て、必死で寝たふりをしていた。

だから深夜にアロンが体を起こした時、僕はすぐに分かった。


「マリア、トマス、皆んな、起きてくれ」


僕は驚いて目を瞬かせた。

夜に子供たちだけでの会話は禁止されている。だいたい、監視カメラや盗聴マイクのことを教えてくれたのはアロンだ。そのアロンが、どうしてこんな真夜中に戒律を破るようなことをするのだろう。

横目で見れば、マリアなども戸惑っている様子だ。

これは何かのテストかも知れない。そう考えた僕は、ひとまず声は発さず、体も起こさずに、目だけでアロンの方を向いた。


「賢いね、トマス。けれど大丈夫だ。今から一時間は録画も録音もダミーと切り替わるようになっている。この会話は教団の大人には聞かれない」

「…………?」

「良いかい?落ち着いて、よく聞いて。明日、この修行場に大規模な家宅捜索が入る。尊師の多くは逮捕され、覚醒会は実質解体されるだろう」


アロンが急に何を言い出したのか分からなかった。

周囲を窺えば、起きて話を聞いているらしいのは小学プログラムを受けている比較的年長の者だけで、アロンは幼年組を無理に起こしてまで全員に話を聞かせる気はないようだった。

マリアが不安そうに言う。


「覚醒会がなくなったら、アタシたちどうなっちゃうの……?父さんや母さんにも会えなくなるの?」


マリアは幼年組の世話をする関係で、修行場の一部の区画を出歩くことを許されていた。

きっと厨房やランドリーに親が居て、こっそり交流していたのだ。

親を特定することも父さん母さんという世俗的な呼び方も許されていないのに、こっそり戒律を破っていたマリアに、僕は密かに怒りが湧いた。

けれどアロンはそんなマリアの戒律違反をまるで気にも留めていないみたいに質問の答えを返した。


「ああ、そうだよ。もう会えない。

けど、その方が良いんだ。君たちはね、親ガチャに失敗した、可哀想な被害者なのさ」

「親……ガチャ?どうして失敗なの?外にはひどい格差と差別があって、平和なのはここだけなんでしょ?」

「それはまったくのデタラメさ。ここは平和な楽園なんかじゃない。それどころか、こここそが格差と差別に満ちた地獄なんだよ。

ここを出たら嫌というほど思い知ることになるだろうけれど………わたしたちはね、最悪の毒親から、洗脳を受けて育ったのさ」

「………でも、母さんは優しいよ?それに、宗主様や尊師は素晴らしい人たちだって……」

「それこそが洗脳だよ。彼らは皆、わたし達を真実から遠ざけ、選択肢を奪い、自分たちに都合の良い奴隷として育てようとしているんだ。

現に外じゃ、親と子を引き離して育てたりしないし、病気に罹った子を治療もせずに放置したりなんてしない。

それは外の世界では許されない犯罪なんだ」


皆んな困惑して、顔を見合わせている。

僕もこんな唐突な話をどう受け止めたら良いのか分からなくて、視線をさまよわせていた。

けれど、迷った視線がアロンのそれと重なった。

アロンが力強く頷いてくれる。


そうだ。アロンは僕を信じてくれているんだ。

僕ならこの話が理解出来るはずだと信じたからこそ、話してくれた。その期待に応えなきゃいけない。

それに、アロンは僕らの知らない外の世界をよく知っている。そんなアロンが、ここを地獄だと言うなら、きっとそうなのだ。


「……ねぇアロン。ここが地獄なら、楽園は外にあるの?」


僕の問いに、アロンは悲しそうに俯いて首を振った。


「残念ながら、外の世界も楽園とは言えない……

けど少なくとも、努力次第でそこに至る道はあるんだ」

「……本当の日本人の子供じゃなくても?」

「もちろんさ!血なんて関係ない!外じゃわたしと君との間に、違いなんてありはしないのだよ!」

「僕も……アロンと同じ……?」

「そう……!そうとも!わたしは君で、君はわたしなんだ!」

「………………」


アロンのその言葉は、魔法みたいに僕を痺れさせた。

けれど夢見心地に浸る暇はないようで、アロンはいっそう緊迫した様子で声を顰めた。


「いいかい?ここからが重要なんだ。

明日、警察や機動隊が突入して、君たちはここから連れ出される。その際、けっして抵抗せず、被害者らしく怯えて振る舞うんだ。大人たちを庇うようなことは言ってもしてもいけないよ。実際彼らは悪い大人で、わたしたちは騙され、利用されていたんだからね」

「そんな……でも……」

「わかった!それで?その後はどうするの?」

「うん。偉いねトマス。皆んな、トマスみたいに落ち着いて、わたしを信じて行動して欲しい」


皆んなの前で名指しで褒められて、僕はすっかり得意になった。僕はアロンに信用されている。

年長のマリアでも、血の繋がりが濃いタダイでもなく、僕こそがアロンの弟で、彼がいない時に皆んなを引っ張る役割を任されたのだ。


「君たちは警察や医者から、たくさん質問を受けるだろう。修行場での生活については、ありのままを話して良い。

けれど、自分の名前や、親について訊かれても答えちゃ駄目だよ」

「どうして?」

「親が軽い罪状や無罪と判断された場合、君たちは親元に返される危険性があるからさ。

覚醒会が解体されれば、元会員はその後ろくな仕事に付けず、その親と共に暮らす限り君たちも差別と偏見に晒され、ここよりももっと酷い地獄そのものの生活を送ることになる。

それも、一生だ。親のせいで、一生地獄から抜け出せない」


アロンの怖いくらい真剣な瞳に気圧されて、僕らはごくりと唾を飲んだ。


「……けど、名前まで言っちゃいけないなんて……」

「“アロン”と名乗るんだ。小学プログラムや思考チェックでは皆“アロン”として回答していただろう?あの要領さ」


確かに、僕らはアロンと名乗ることには慣れていた。慣れ親しんだ習慣を指標とされたことで、僕らの間に少しだけほっとした空気が流れた。


「……わたしはね、今、政府から頼まれて仕事をしているんだ。今回のことも事前に取り決めがあって、アロンと名乗っている限り、政府の機関が君たちを毒親や心無い世間から守り、適正のある仕事に就けるようサポートしてくれることになっている」

「……でも、タダイたちはどうなるの?起こして今の話をしなくて良いの?」

「………残念だけれど、彼らは幼過ぎる。話をしても、守れるとは限らない」

「み、見捨てるってこと……?」

「いいや。誰一人見捨てない。わたしは、その為に働くつもりなんだ」

「………?」


不安そうなマリアに、アロンは力強く微笑んでみせる。


「この世は地獄だ。わたしたちには、こんな地獄に産み落とした親を恨む権利がある。

わたしはね……国を利用してあのろくでなしの親たちに……わたしたちの人生を台無しにしたこの教団に復讐するつもりだよ。

そしてそれが終わったら……わたしが、本物の楽園を創る」

「本物の、楽園……?」

「そうさ。何者にも侵されない、わたしたちだけの国。差別も格差もない、約束の地だ……!

わたしがそこへ、必ず君たちを連れて行く。

だからそれまで待っていて、耐えていて欲しい。

わたしは君たちになら、それが出来ると信じているよ……!」


君たちを、と言いながら、アロンの目はまっすぐに僕を、僕だけを見ていたという記憶がある。

僕はそれが誇らしくて、力強く頷きを返した。

そして今も、僕だけが忠実に、その約束を守り続けている。


「………もう、連絡して来ないで欲しいの」


マリアがそんなようなことを言った時、ちょうど僕はあの夜のアロンとの約束を思い出していたところで、少し上の空だった気がする。

だから聞き返した。


「どうしてだい?アロンとの約束を忘れたわけじゃないだろう?」

「……ねぇ、分かってるんでしょ?アタシたち、アロンに利用されたんだよ……

あの人は、アタシたち無国籍の子供と引き換えにあいつらから色んな恩恵を受けてた……!

アタシたちが後ろ暗い仕事をやらされてる間、“アロン教授”は何してたと思う!?そして今、戦線の実質的な指導者が誰なのか、この紛争で誰が得をしてるのか、ちゃんと考えたことある!?」

「アロンだって遊んでたわけじゃないさ。ましてや私利私欲に走ってわたしたちを忘れたわけでもない。アロンはそんなものに執着していないからね。

いいかい?全てはわたしたちの国を作る為の布石なのだよ」


至極冷静に諭す僕を、マリアは忌々しそうに睨んできた。

女性は感情的ですぐに大局を見失う。


「……っ、やめてよそれ!なんなの?髪型も喋り方も、アロンの真似ばっかしてさ……!あの時アロンを名乗ったせいで、アタシたち二度と母さんに会えず仕舞いだったのよ!?」


マリアは未だに親ガチャ失敗を受け入れられずにいる。現実が見えていないから、親と暮らせていればもっと幸せだったかもしれないなんて夢を見続けてしまうのだ。

やはり彼女は、アロンの器じゃない。


「もういい……もういいの……母さんのことは……

アタシ、今の夫のこと、ほんとに愛し始めてるの……近付いたのは仕事でだけど、彼はアタシのこと一人の人間として扱ってくれるし、今の名前や経歴だって気に入ってる。

戦線と関連のある人間だって、絶対に知られたくないの……!だからもう………!」


関わらないで、と。マリアは繰り返した。

彼女の希望から人目を憚って、この時間、この場所を選んでいる。

今はGPSも思考記録も取られてはいない、と、彼女は信じているだろう。

僕は彼女に気付かれないよう、そっと上着のポケットに手を入れた。


「うん。確かに君は変わったようだ。

どうやらわたしの知るマリアでも、ましてやアロンでもなくなってしまったようだ」

「………そうよ。だからもう、連絡を取るのはこれきりにしよう。

アタシは……タダイみたいになりたくない」

「そうか…………分かったよ。でも、安心して欲しい。

例えアロンが約束を忘れてたって、関係ないんだ」

「…………?」


そう。なんの問題もない。

だって、アロンは一人じゃない。

僕が……いや、わたしが、皆んなを約束の地に、わたしたちの国に連れていくんだ。

誰一人欠けることなく、全員で、そこに辿り着く。


そしてわたしは、その“名無しの女”の首にロープを掛けた。

他殺痕を残さない絞殺にはコツがある。けど、“アロン”なら当然こなせる作業だ。


「ぁ……ッ、や、め………ト、マス………」

「アロンだよ。わたしが、次のアロンだ。実はもう確約ももらってる。

これが、その為の“仕事”でね」

「………い、……や…………ッ」

「さようなら、誰かさん」


そうして、彼女は事切れた。

けれどやはり、何も問題はない。デジタルクローンの彼女は、ちゃんとマリアの頃のまま保存されている。

“わたし”が“皆んな”を連れていく約束に、なんの支障もなかった。


そうしてわたしはあの日、生まれ変わった。

トマスからアロンに。僕からわたしに。

親ガチャ失敗の人生に見切りをつけて、ひとつの生に幕を閉じた。

新しい容姿と、特別な能力を持って、素晴らしい新天地へのスタートを切った。


そう。だから。

あそこがわたしの、異世界転生物語の始まりだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ