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第1話 戦うヒロインな妹

少し不思議現代風世界での、アブノーマルな恋愛(?)話とちょっとホラー風味な話になります。

中編の予定です。

(しまった!)


 こんな時に寝てしまったのか。


 ……いや、意識を失って倒れたのだ。




(血を……)




(血を! 血を! 彼女たちに飲ませなくては! 戦線が崩壊してしまう!)




 気合いを入れて、起き上がろうとしたけれど、体は金縛りにあったみたいに全く動かない。


 まぶたを開けるだけでも、信じられない時間がかかった気がした。





 少しずつ目が開いてピントがあってくると、ぼんやりと目の前に誰かの顔があるのが見えてきた。


「アニキ! アニキ!」


 聞きなれた声がする。寝ている僕に覆いかぶさっているのは、僕の妹だった。




 『吸血鬼』な僕の妹だった。




「目を覚ました。……よかった」


 表情までははっきり見えないけれど、心配してくれていたらしい。涙らしい水滴が僕の頬に落ちてきたのが分かった。






 吸血鬼と言っても、このショートカットでよく日焼けした体育会系元気少女な妹が実は妖怪だった……とかいう話ではない。


 ほんの数年前、日本の街なかに突然、不気味な生物が出現するようになった。


 感染して増えたりこそしないけれど、ゾンビのようなその生物は日本中に出没するようになって日本中がすっかりパニックになっていた。徐々に狂暴化して怪物になっていったその生物を退治するために、集められたのは超人的な力で戦う女性たちだった。


 まるで日曜の朝にやっている特撮かアニメの戦うヒロインのような彼女たちの出現に、困り果てていた人たちは歓喜して彼女たちを称えていた。





(僕……死なないよな)


 妹が側にいてくれたことに安心して、また気が緩んでしまい。また目を閉じて大人しく横になっていた。でも、あまりにも大げさに喜んでいるので、実は僕はもう死にかけているのではないかと心配になってきてしまう。


 寝ている体を少し動かしてみる。少なくとも腕も足もついている。それにどうやら、いつもと同じ普通のベッドに寝ているらしいことは分かった。柔らかいクッションで、体に痛みもなかった。


 でも、やはり何かが変だった。見知らぬ病室で寝ているとかそんな話ではなさそうだった。地下牢みたいなところで寝かされているのだろうかと予想しながら少し頭を横に傾けてみると、視界いっぱいに自然なままの岩が見えた。


(なんだ、これは!)


 天井を改めて見ても、人の手が入った部屋ではなさそうなことは間違いなかった。


(つまり、ここは洞窟か何かか……)


 あまりにも突飛な出来事に、頭が理解を拒んでいた。倒れたのはなんとなく覚えている。でも、何で洞窟にベッドが設置されて妹だけが側にいるのか。




「アニキ。大丈夫か?」


 視線を戻すと、妹の美咲はその『戦うヒロイン用』の戦闘服を着ていた。動きやすいレオタードのようなピッチリと体のラインがでる服なのだけれど、腰のあたりはひらひらとしたフリルがついている。


 全く必要ではないのだけれど、『戦うヒロインたち』の強い要望でそこは譲れないと可愛らしいフリルがついたらしい。


 ベッドに寝ながら目だけを動かしてその姿を見るとちょっとスカートの中を覗き込んでいるような気分になってしまう。


「ああ、大丈夫」


 そうは言っても妹なので、ありがたい気持ちも少ししかなかった。……少ししか。


「よし」


 上半身を起こしたつもりだった。でも、体は言うことをさっぱり聞いてくれずに再び仰向けでベッドに横たわるだけだった。


「あれ? 力が入らない。……僕、どうしたんだっけ?」


「血を飲ませすぎたんじゃないか?」


 僕の妹――美咲――は少しだけ白い歯を見せてそう笑っていた。





 僕たちにも『戦うヒロインたち』にも小難しい正式な名称があった気がするけれど、もう覚えてはいない。


 とにかく僕は『ドナー』と呼ばれていた。

 『戦うヒロインたち』に血を飲ませて『力』を与える。

 それだけの役割だった。

 彼女たちは僕みたいな『ドナー』の血を飲むことで超人的な力を発揮することができるようになるのだった。

 『マナ』を吸収してどうとかという説明を聞いた気がするけれど、僕にはさっぱりその説明は理解できなかった。とにかくなんかすごい力を得た彼女たちは怪物たちを圧倒することができた。




 ただ……そのため彼女たちは、陰で吸血鬼だの『ヴァンピレス』と揶揄されていた。




 彼女たちは、怪物たちに困っていた人たちの救世主だ。それは……今も何も変わらない。


 ただ、一年くらいの間に主要な街に彼女たちが配置されて組織されていくと、警察や自衛隊の宣伝アイドルのような存在になっていった。

 その一方で、妙に目立つようになってしまった公僕……みたいな彼女たちに対する世間の風は、厳しさも増していった。


 いつも怪物相手で、彼女たちも命に関わる危険があることも多かったのだけれど、『なぜ、うちの子を助けられなかったのか』という声は、犠牲者が出る度にマスコミに取り上げられた。

 休みがあるのは甘えだ、全てを犠牲にして命がけで戦うのは当然だと言わんばかりだった。


 更には、なぜか適応者が若い女性ばかりなのも、陰では妬みからの陰口の対象になっていった。

 右の人も左の人も、女性が目立つことが嫌いな男性も、目立つ女性が嫌いな女性もそれぞれちょっとした出来事があるたびに『けしからん』と合唱していた。




 マスコミもそんな大衆をあおるように根拠のないニュースを面白おかしくとりあげたので、『ヴァンピレス』の呼び名は定着していった。




 ただ、意外に彼女たちはその隠語が嫌いではなかったらしい。

 『ヴァンピレス』とか『吸血鬼』だと自分たちでも楽しげに名乗っていた。もちろん、多少、自虐的な場面だったけれど。





「それで? これはどうしたの?」


 僕はベッドに横たわったままで、周囲を頭だけ動かして見回した。


「覚えてないの? アニキは倒れたんだよ」


「それは、なんとなく覚えている……」


 倒れる前の記憶がぼんやりと蘇る。

 最近どこか意識がはっきりとせず朦朧とした生活している中で『戦うヒロイン』のサポートを続けた結果、ついに倒れてしまった気がする。


 具合が悪いのは、怪物が出現するたびに、戦うヒロインである『吸血鬼』たちに血を飲ませ続けいたから貧血気味なんだろうとくらいにしか思っていなかった。


「それで?」


 もう一度、周囲を見回した。基地や病院、もしくは自宅で寝ているのならともかく、なぜ、洞窟にいるのかは分からなかった。


「つまり……」


 いつもさっぱりとした返事をする美咲がちょっと口ごもった。


「……逃げてきた」


 肩をすくめて少し斜め下を向きながら、口を尖らせながらそう言った。

 悪いことをして謝る時の表情や仕草は子供の頃と何も変わらないままだと思った。


「え? 何で!?」


 体を起こすこともできないけれど、ちょっと強い口調で僕は咎めた。

 妹は拗ねたように横を向いたまま無言だった。これも昔からよくある光景だった。


「僕らがいなくなったら、怪物たちは止められない。街に大きな被害がでてしまうじゃないか」


 最近の怪物は警察ではとても止められない。

 他の街から『戦うヒロイン』に応援にきてもらうにしても、今度はその街が手薄になってしまう。


 自衛隊にでてきてもらうとしたら、街の中に爆弾を落とすかとかそんなレベルでの対抗になってしまうだろう。


「なんで怒るんだよ! だって、このままだとアニキが死んじゃうと思って!」


「え?」


「絶対、おかしいよ。今だって、そんなに動けなくなって!」


「ああ……」


 妹なりに真剣な覚悟をした上で、僕を連れて逃げ出したらしい事が伝わってきて、あまり強く文句は言えなくなってしまった。


 それに、僕自身も命の危機を感じていなかったかというと嘘になる。


「うん。そうだね。……ありがとう」


 深刻そうな声を出した妹に、優しい声で答えてあげると今にも泣き出しそうだった美咲の顔は嬉しそうな顔になっていった。


「ん? 怒っていたりしない?」


「怒ってないよ。まあ、確かにこんな体じゃ役に立たないかもしれないしね……。それで? ここはどこなの?」


「知らない。どこかの無人島じゃない?」


 我が妹ながら、適当すぎる返事にちょっと呆れていた。


「だって、怪物対策チームってすごい情報屋とかレーダーとか持っていたりするし、普通の街だとすぐに見つかっちゃうかなって」


「なるほど……」


 確かに追われないためには、こうするのが一番かもしれないなと納得していた。こんなところが僕の健康にいいかとか、ここが怪物の巣に近いかもしれないということは考えないようにすればだけど。




「ベッドごと抱えて、飛んできたらこの島にたどり着いたってことか」


「うん。そう。洞窟の中の虫とか植物とか焼き払って、綺麗にしてあげたんだからな」


「え、ああ……ありがとう」


「綺麗な洞窟だろう。ふふん」


「じゃあ、休ませてもらおうかな」


 調子に乗り始めた妹の相手をしていると長くなりそうだったので、僕はひたすらに天井の岩だけを見つめてそのまま休むことにした。


 街が心配なことは心配だけれど、時間を気にせずひたすら休むことは、今の僕には重要なのかもしれないと目をつぶってベッドのクッションに深く体を沈めた。

ブックマークや評価、感想を頂けると嬉しくて新作や続編の励みになります。


よろしくお願いします。

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