第2話 暗闇の中で
「あ、起きた?」
少し眠っていた僕が目覚めると、妹の顔が鼻と鼻がぶつかってしまいそうな距離で覆いかぶさっていて一瞬何事かと思ってしまった。
(ずっと起きるまで、覗き込んでいたのだろうか……)
いや、そんなわけないよなと怖い考えを振り払っている間に、妹は洞窟から出て行ってしまった。
「アーニーキ。魚は食べられるか?」
「ああ、大丈夫。ちょっとは食欲あるよ」
ぼーっとした頭のままだったけれど、いい匂いにお腹が反応していた。
「どうしたの? その魚」
日が落ちてきたのか、洞窟の入り口から差し込む光は少し赤くて周囲は暗さを増していた。
寝たままで頭を横にして、しばらく目が慣れるのを待つと見えたのは、鉄の棒で串刺しにしてこんがりと焼かれた魚を抱えている妹の姿だった。
「何って? 捕まえてきてやったのに」
「釣り道具とかあるの?」
「そんなもの無いよ。普通に空飛んでわしづかみ」
(普通ってなんだろう……)
そんな疑問は今は口にださずに心の中だけに閉まっておいた。
「火はどうやってつけたの?」
「木の枝を集めて必殺技で火をつけたぜ」
(人類を守る力を何に使っているんだ……)
僕は、ちょっと呆れていたけれど、あまりにも勝ち誇った顔をしている妹の顔と美味しそうに焼けた魚を見ていたらどうでもよくなってきてしまった。
「まあ、今は飢え死にしないことを、『能力』に感謝しておこうか」
僕は、そう言いながらなんとか上半身を起こすことができた。
「おっ、ちょっと元気になった?」
「そうだね。体に力はまだ入らないけれど、意識ははっきりしてきた気がする」
「そっか。そっか」
妹はカラカラと笑いながら、魚をちぎって差し出してきた。
「ほれ。食べていいよ」
「大丈夫、自分で食べられるよ」
「無理しなくていいって、食べさせてあげるからさ」
照れくさい気持ちがあったけれど、まだ体の動きがおぼつかないのも確かだった。ここはおとなしく妹に感謝しつつ、魚を食べさせてもらうことにした。
「ん」
ただ、箸やフォークすらもないので指でつまんだ魚を食べるので時々、妹の指ごと咥えてしまう。
その度に、いつも女らしさとか無縁な妹から、くすぐったそうな声がもれて、照れくさそうな表情になっていた。
「く、くすぐったい」
「ご、ごめん」
「まあ、今までは逆だったんだよね」
逆とは、僕から血を吸っていた時のことを思い出して言っているらしい。
僕はたいてい指に少し傷をつけてそこから血を垂らして彼女たちに飲ませていた。
直接、舐めたくなんてないだろうと思ってそうしたのだけれど、途中から気にしない女の子たちも増えていった。
気にしない女の子たちは、僕の指を直接舐めはじめた。それどころか、僕の指を哺乳瓶のように咥えて吸う娘もいた。
くすぐったいとかそれ以上に、健全な男子がその仕草にエロスを感じないわけもなく。僕は、なんとも言えないむず痒くて恥ずかしくて更には忍耐の数分を過ごさなくてはいけなかった。
ただ、美咲は妹なので、気にせず最初から指を咥えては吸っていた。
「ふふふ」
美咲は、指を振ると自分でぺろりと舐めて綺麗にしていた。美咲が自分の指を舐めているだけなのに、妙にその仕草は、普段、血を吸われる時より恥ずかしい気がした。
(そういえば、『能力』を使ったあとは興奮状態になりやすいんだった)
妹が一瞬見せた怪しい目つきに僕は身構えた。興奮状態になった女の子たちを抑えるのも『ドナー』の重要な役割だった。
でも、美咲は暴れたりすることなく、魚の骨を集めて、外に出ていった。
「暗くなってきたね」
骨を捨ててきたらしい美咲が『能力』で手を光らせながら戻ってきた。
洞窟の外はかなり日が沈んでいて、空はまだ少しの明るさを保っていたけれど、洞窟の中を照らしてくれたりはしなかった。
「電気もないと、かなり怖いね」
美咲にしては珍しく臆病な発言だった。
洞窟も奥の方は完全に暗闇だった。街の灯も何もなく、そもそも窓も無いなかでの漆黒の闇は美咲に言われるまでもなく恐怖があった。
「ここで火を焚くのは危険だよね」
「美咲がそんなことに気がついてくれる頭があるなんて兄ちゃんは感激だ」
「なんだと! 世話してやってるのに、なんだよ。もー」
そんないつもの軽いやりとりをすることで、恐怖がまぎれていた。
「まあ、『能力』をずっと使っているのももったいないし。今日はもう寝ようか」
「そうだね。明日になれば、もっと回復してそうな気がする」
歯磨きができないのが心残りだったけれど、休んでいることで回復してきた感覚はあったので大人しく寝ることにした。
(それに『能力』を使わせ続けるのは危険だし、早く寝てしまった方がいいな)
「じゃあ、アニキ。ちょっと詰めて」
美咲は、ベッドに寝ている僕を押してスペースを確保しつつ毛布をいったん剥ぎ取った。
「弱っている人間に酷い扱いだな。って、え? 一緒に寝るの?」
「可愛い妹をこんな洞窟の地面に寝かせるつもり?」
まあ、そう言われればいくら僕が弱っているとはいえ、妹を洞窟のごつごつした地面で寝かせるのは酷い扱いすぎるとは思った。
「それは分かったけれど、何をしてるの?」
暗闇の中で、なにやらごそごそしている音がしていた。
予想をするなら、布が擦れているような音だ。他に何もないので、服を脱いでいる音に間違いないだろう。
「何って、戦闘服で海に入ったから濡れちゃったし、干しておかないと。……アニキはこっち見るなよ」
見たとしてももう暗闇の中で、うっすらとしか体のラインとかは見えないだろうと言いたかった。うん、そう。つまりは、もう見てしまった後だった。
ヴァンピレスの戦闘服は衝撃に耐えたり、素晴らしい機能を持っているけれど、残念ながらアニメの魔法少女や変身ヒロインのように戦闘が終わったからと言って、元の私服に自動で戻ったりはしてくれなかった。
つまり美咲は今、戦闘服を普通に脱いでいるだけだった。
「とりゃ」
脱ぎ終わった美咲は、変な掛け声をかけながら僕のベッドに侵入してきた。
「ま、まあ、兄妹なんだし。いいじゃんね。あははは」
乾いた笑いをしながら、美咲は僕の体に密着してきた。僕の二の腕に柔らかいものが触れていた。
そう、確か戦闘服の下は何も着ていない。下着もだ。直接触れる肌の感触はちょっと冷たかった。それと同時に、妹の心臓の鼓動も伝わってきていた。
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