海の支配者
妖精王が去り、その場を静けさが満たした。
数千匹の水狩り族も、冒険者達も誰1人として物音を立てずに私を見ているようだ。
空は茜色に染まり始め、緩やかな風が冷たくなってきた。
話し合いを再開する前に、村人達を安心させた方が良いだろうと思い、ローザに念話する事にした。
『ローザちゃん、聞こえる?』
『念話ですか?良く聞こえますよ…花凜ちゃんの魔力が溢れた時は心配しました』
『もう戦闘は止まったから、皆に安心するように伝えてね』
『花凜ちゃんは…やっぱり凄いですね』
『私の力は生まれつきだからね…ローザちゃんの方が凄いよ』
『いえ…力では無いんですよ!
私に勇気を与えて、やりたい事を貫かせてもらいました。
本当に、本当にありがとうございました!
おじいちゃんには怒られちゃいましたが…』
『でも後悔はしてないでしょ?』
『はい』
『よかった…こっちはまだやる事あるから、そっちは任せていいかな?』
『はい!大丈夫です』
『ありがとう』
念話を終えて、私は立ち上がった。
(あら…)
水狩り族とミミック達の顔が上がり、私の次の行動を伺っている。
即座に座り直すと、全員の顔が少し下がった…
私はもう一度立ち上がる!
また全員の顔の角度が変わった…私は身長が低いので、顔の角度の変化は微々たるものだが、これは少し楽しいかもしれない…
全員が固唾を呑んで注目するので、今更ながら恥ずかしくなってきてしまう。
このままでは話が進まないので、ビヨルドとカズネイラに状況を聞いた方がいいだろう。
「話し合いを再開しましょう。
とりあえずソファーに座って」
ソファーから降りて跪いていた水狩り族の2人に、ソファーに戻るように促した。
カズネイラとビヨルドは、私の言葉にすぐに従い、さっきよりも緊張しているような気がする。
私も座り直し、ミミック達に振り返った。
前面に水狩り族、背後に冒険者という構図に少し疲れてきた気がする…
「ミミックさん」
「は、はい!!」
ミミックに声をかけると、とても緊張している様子だった。
「今まで通りにしてくれないの?」
「妖精王様は、いえ…ですが…」
ミミックは困った顔になる。
「みんな今まで通りにしてくれなきゃ嫌だよ…冒険者は家族なんでしょ?」
伯爵や領主になった時も、冒険者達は態度を変えなかったのだが、妖精王とはそれ程までに偉大な存在なのだろうか?
ミミックの表情は驚きに変わっている。
「まだ冒険者を続けていただけるのでしょうか?」
「私は私、何も変わらないよ」
「…そうですね、いや…そうだな、花凜さんは花凜さんだよな」
「いつもみたいにして下さい」
「はは、わかったよ」
「ありがとう」
「俺の好きな花凜さんが、まさか妖精王様だったなんてな」
「妖精王になったのは最近だよ?レイブに何かよこせーって言ってたら、この指輪もらっちゃったんだ♪
綺麗でしょ?」
「指輪なら、俺がプレゼントしたかったぜ」
お互い笑顔になると、ミミックは緊張が解けた様子でその場に腰を下ろした。
他の冒険者は、そんなミミックを見守っている。
「私のどこが好きなの?」
何気なくミミックに聞いて見る事にした。
ミミックには出会った瞬間にプロポーズされたので、何も考えれずに断ってしまったのだ…
今聞く事ではないかもしれないが、私は今しかないと思った。
私の質問を聞いて、ミミックは苦笑いを浮かべ、額に右手を添える。
「何でだろうな…花凜さんを見た瞬間に、この人だって思ったんだよ。
心の芯から納得してしまったんだ…
この人のためなら何を差し出してもいいと、一生付いて行きたいとすら思った。
その気持ちは今でも変わらないんだよ。
一目惚れなんて初めてだったから、つい言葉に出てしまったんだ。
俺は不器用だから上手く言えないが、花凜さんが好きだ」
私はミミックから不意打ちをくらう事になってしまった。
ちゃんとした告白なんて、今まで誰にもされたが無い…
しかし、ちゃんと返事をするべきだと思い、私は真剣な表情になる。
「えーっとね…」
私が話だそうとした瞬間、ミミックは焦りの表情を浮かべ、両手の手の平を私に突き出して言葉を遮る。
「ま、待ってくれ、今返事しなくていいさ」
「でも…」
「振られるのはわかってる…ただ聞いてもらいたかっただけだよ」
ミミックは必死な表情で言葉を遮ろうとするが、私は自分の心の現状を話すべきだと思った。
苦手ではあるが嫌いではない…ちゃんと聞いてもらいたいのだ。
「今しか無いかもしれないんだよ?」
「…」
「何があるかわからないんだから」
私の言葉を聞いて、ミミックは観念したように正座になった。
この世の終わりの様な表情を浮かべるミミック…
水狩り族と戦闘していた時よりも表情が硬いようだ。
「まず私の体は、人間とは全く違います。
リオンに教えてもらって、魔法で人の姿になっているんです…
だから私の体は、手触りや見た目だけは人間の様にみえてるんだよ。
体の中身は適当で、心臓も作ってないからドキドキもしません。
血液の変わりに魔力が循環してるの。
ミミックさんに言われた言葉は嬉しいんだけど、恋愛を1度もした事がないからわからなくて…
この体になってから、感情の動きが鈍くなってると思います。
まだわからない事だらけなの…
ミミックさんは良い人だと思うし、リオン、パパ、エル、ミーちゃん、ドクちゃん、リーファウス、みんなと同じで、ミミックさんも私には大切な人だよ。
恋愛感情とかよくわからないんだけど、恋がしたいと思ってはいます。
ただね、今すぐは難しいかな」
私は自分の気持ちをゆっくり言葉にする。
ミミックは目を瞑り、静かに聞いてくれた。
「ありがとう花凜さん、俺は少し焦り過ぎていたのかもしれないな…」
「そうだよー…私まだ生まれて2ヶ月も経ってないんだから〜」
「あはは、は?」
ミミックは笑っていたが、2ヶ月と聞いてびっくりしているようだ。
「え?ちょっとまって?本当に生まれて2ヶ月なのかい?」
「うん、まだこれからだよ」
ミミック、冒険者達は口を開けて呆けている。
しかし、前の世界の事を話しても、多分理解出来ないだろう…
私もこの世界に来るまでは、自分の生まれた日本しか知らなかったのだ。
日本にはファンタジーなどの物語があり、比較的にこの世界は受け入れ易かったが、逆にこちらの世界の住人に、日本を何と説明したらいいのかわからない…
リオンには出会った時に、前の世界の話をしたが、深く説明などはしていないのだ。
「妖精王様…」
「あ、ごめんなさい…」
ミミックと話をしていたら、つい忘れてしまっていたのだ。
水狩り族の王様に、様付けされるのはおかしな気分である。
「私の事は花凜でいいよ?」
「…では…花凜様…我々…人間…逃がし…来た…言葉…通じない…だから…戦った…」
水狩り族の声は、人間には聞こえない…
それはミミック達の反応を見ていてもわかる。
きっと私が独り言でも話しているように見えているのだろう…
人間を海沿いから逃がす手段として、水狩り族は戦闘する事を決めたのだ。
「花凜様…言葉…わかる…我々…これ以上…戦う…必要無し…」
ビヨルドも、戦う事しか出来ないのは辛い決断だったようだ。
しかし、水狩り族が数千で攻めたとしても、王国が動けばひとたまりもないだろう…
軍隊が到着するまでの数日、この村を占拠するのが精一杯だ。
しかし、そんな事に意味はあるのだろうか?
私がそんな事を考えいると、1つの真実に思い至り、体に冷や汗が流れる…
クラーケンが動いたとはそういう事なのだ。
数日中に、この村周辺に5つの法則…クラーケンが現れるのだろう…
大陸すら割る程の力を持つと言われる5つの法則…
その脅威が身近に迫っているのだ。
だから水狩り族は人間を逃がした…短期的な占領でも良かったのだろう…
しかし、その事を聞く前に、被害状況を聞いておく必要がある。
「死者は出てないかな?ミミックさん達も必死だったから、手加減していないとは思うんだけど」
「花凜様…怪我人…治した…我々…被害…無い…」
「それなら良かったわ。
人間に殺されるかもしれないのに、それでも人間を守ろうとした貴方達を、私も守りたいと思います」
「ありがと…ございます」
「それで、クラーケンが動いたってどういう事?」
「深海…海底の…大洞窟…クラーケン様…ゆっくり…出てきた…恐ろしい殺気…真っ赤な目…もう…正気…無い…近寄れない…」
「出てきたクラーケンが、この村に向かって来ているって事かな?」
「海底の…溝沿いに…進んでいる…きっと…ぶつかる…この辺…被害…規模…想像…出来ない…」
クラーケンがこの大陸に来る…
やはり私の推測は当たっていた…
私はクラーケンを見た事も無いし、自分との力の差もわからないので、今の段階では対策も作戦も立てる事が出来ない。
不安もあるが、クラーケンを倒す事が出来れば、リオンを少しは楽にしてあげられるのだ。
「どれくらいで来ちゃうのかな?」
「今の…速度…なら…多分…2、3日…海底…溝沿いに…曲がれば…ここには…来ない…しかし…多分…来る」
「来ない可能性もあるの?」
「海底の…溝は…この辺…急に…北に逸れる…その場合…北の街…危ない」
ここから北の街…そんな街はソルしかない…
「ミミックさん…私の話だけは聞こえてたと思うけど、説明するね」
「ああ…頼む」
冒険者達もミミックも顔色が悪くなっていた。
クラーケンの単語が聞こえていたと思うので、仕方ない事だろう。
5つの法則、それはこの世界で神のような存在だとロナウドは言っていた。
絶対に逆らってはいけない存在で、小さな頃から教会の司祭やシスターに教えられているのだ。
「5つの法則、海の支配者クラーケンが海底の溝沿いに移動して来ているみたいです」
「なんてこった…この場所にぶつかってしまうのか?」
「海底の溝は、ここの辺りから急に北に逸れているそうで、ソルに向かうかもしれません。
直進してきたらこの村が危ないですが、水狩り族の予想ではこの村に来ます。
猶予は2、3日!
ミミックさんには、作戦を考える手伝いをして欲しいんです」




