〜プロローグ〜
「おい、何でウェルナー大尉が此処に居るんだ? あの人は情報部だろう?」
「あ、ああ。俺も不思議に思ったんだが、どうやら今回の作戦の功労者らしいぞ」
「功労者?」
「何でも……上層部が今回の作戦の遂行を決定したのは、大尉の手柄で“秘密兵器”を手に入れたからなんだと」
「秘密兵器?」
「俺も詳しくは知らないけどな。上からの情報が下りて来ないから推測の域を出ないし……」
「なるほど、な。でも功労者にしては、えらくご機嫌斜めな感じだったぞ」
「そうなんだよなあ〜。俺、士官学校で先輩後輩だったんだけど、真面目で後輩の面倒見も良くてさ。凄く世話になったから挨拶しようとしたんだけど、ピリピリしてて声掛け辛い雰囲気だったんだよなあ~」
作戦遂行一時間前。
地球連邦軍・ベルセリオス基地の周囲をぐるりと囲む兵士たちの中からそんな会話が聞こえて来る。
「作戦遂行前だ。私語は慎め!」
咳払いと共に、彼らを咎める上官の声。
「も、申し訳ありません!」
と、彼らも自らの襟を正した。
…───…───…───…───…───…───…───…
惑星シュアト――
その衛星軌道上には銀河連邦軍の大艦隊も待機している。
彼らの任務はSDAに乗っ取られたベルセリオス基地の奪還であった。
銀河連邦とSDAは、その勢力圏こそ連邦の方が遥かに広大だが、ESP部門の著しい遅れから両者が激突すれば連邦に勝ち目はないというのが(公には出来ない)上層部の過半数を占める見解となっていた。
故に銀河連邦はSDAとの諍いは極力避け、これまでも連邦軍の基地がSDAに占拠される事はあったが、奪還作戦を遂行した場合の危険性を加味して黙認するのが常となっていた。
惑星ガイロスのアクロマ基地などは、その典型的な例である(※)
しかし、この惑星シュアトのベルセリオス基地に関しては事情が異なる。
銀河連邦とSDAの勢力圏との境に位置するこの惑星は、地球に在る銀河連邦本部に次ぐ大規模な軍事施設で、此処を落されれば銀河の勢力図が大きく変わる“要”でもあった。
故に絶対防御を誇る鉄壁の要塞基地だったのだが、それがSDAの数人の特Aランクの超能力者の前に敢え無く陥落した。
「このまま放置すれば、連邦の威信に係わる!」
上層部は重い腰を上げ、直ぐさま大規模な奪還作戦が二度に渡って行われたが、元々が絶対防御を誇った要塞基地。
その上、その防御を易々と破ったSDAのエスパーたちの前に物量作戦は全く歯が立たず、連邦は作戦の方向転換を余儀なくされた。
そして三度目の正直である。
その為にノアールは、サンダー長官の特命を受け極秘任務に就く事となった。
それが、エスパーにはエスパーを――即ち“SILVER・WOLF”の懐柔だったのである。
「この任務は必ず失敗する」
それがノアールの率直な意見だった。
「どう説得しようが、SILVER・WOLFが――ロトくんが、連邦に力を貸す事などあり得ない!」
その想いは確信に近かった。
けれど、命令は命令。従わない訳にはいかない。
ノアールが自身の任務で初めて感じた逡巡だった。
だが――
「べルセリオス基地奪還の為に、是非ともSILVER・WOLFの協力を仰ぎたい」
という軍上層部からの要請に、一瞬「何を馬鹿な事を」という表情をしたロトだったが、暫しの沈思の後……
「分かった。だが、条件がある」
「……っ!?」
予想を覆す意外な答えに唖然とするノアールを後目に
「その条件を飲むかどうかは連邦の、フォーマルハウト次第だが……」
そう言ってサンダー長官との直接交渉に臨んだ。
それは勿論、ノアールの腕時計に内蔵されている通信機を通しての交渉だった。
本来ならば、通信機を通して一介の大尉が最高司令長官と直接会話する事など許されてはいないが、この任務の特殊性故にノアールはサンダー長官への直通回線使用を許可されていたのだ。
ロトからの条件は二つ。
一つは、この作戦はロト一人で遂行するという事。
対エスパーとの戦い――特にアマラントの青い石を装備した特Aランクのエスパーとの戦いに、一般の戦闘員は足手纏いにしかならない。
事が済むまで基地の外で待機して、万が一基地から離脱する者があれば確保する。
ただし命を奪う事無く拘束しろ……という条件だった。
それを聞いて「ロトくんらしい条件だな」とノアールはホッと胸を撫で下ろす。
ロトが連邦からの要請を承諾した事自体が未だに信じられぬノアールである。
普段と変わらぬ淡々としたロトの態度が余計に不安を煽っていただけに、一つ目の条件はノアールを納得させるには充分なものだった。
しかし二つ目の条件を聞いて、ノアールは驚愕する。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
本作戦の最高司令官から直々にベルセリオス基地の見取り図を受取り、何やら説明を受けているロトを少し離れた場所でノアールは食い入るように見つめていた。
「分かった。じゃあ最初の約束通り、あんたたちは俺が基地から出て来るまで此処で待機しててくれ」
ロトは司令官にそう言うと、ゆっくりとノアールに向かって歩いて行く。
相手が誰であろうともロトの態度は変わらない。
普段と同じ――感情を表に出さず、ぶっきら棒な口調で決して言葉を飾る事はない。
「眉間に皺が寄ってるぞ。あんた情報部の人間だろう? あまり感情を表に出すな。それが命取りになる事もある」
「私は別に……」
「連邦に味方しないと言った俺が、掌を返した事がそんなに不思議か? それとも……」
「ああ。連邦の人間で、君にその話をした張本人である私が言うのもおかしな話だが、連邦の味方をして君に何の得がある? サンダー長官は兎も角として、上層部がこれで終わりにするなんて思えない。SDAからも完全に敵視されるだろう。君にはリスクしかない筈だ」
「そんな事はあんたに言われなくても分かってる。でも、フォーマルハウトは俺の出した二つの条件を飲んでくれた」
そう言うとロトは踵を返して部屋から出て行った。
ノアールはロトを呼び止めたい衝動を必死で堪える。
勿論、ノアールが憤りを覚えている理由はそれだけではない。
寧ろ言葉に出来ない理由の方が勝っていた。
――俺から解放される? SDAに付け狙われる事もない?
ロトくんがこの要請を受けたのは、まさか俺の為?
Zナンバーの指令を受けた時からそんな事は承知している。
何故、君は連邦からもSDAからも更に狙われるリスクを負ってまで、俺を――
ロトが出した二つ目の条件。
それは、ロトの監視というZナンバーの任務からノアールを外す事だった。
※アクロマ事件――「SILVER・WOLF篇」~指令№Z.30432~第二話~参照
このプロローグはエピローグに続きます。
次回からは前世篇に戻ります。
時の道標(みちしるべ)から半年後。主人公ロトの回想(ロト視点)です。




