〜第四話〜
この第四話は、前半がサンダー視点、後半はロト視点に戻ります。
王族しか知らない、何か事が起こった時に使用するべく作られた隠し通路。
王城の遥か外まで繋がる地下通路が幾つか存在するという事を主だった臣下は知っていたが、私はその通路の位置を主君レグルス・ナスルから全てお教え頂いていた。
それほどの信頼を、私は彼の君から得ていたのだ。
「陛下が隠し通路を使われる前に御身柄を確保しろ!」
謀反の真意を知っている数人の将にそう命じ、各通路に向かわせる。
そして私は"多分、陛下ならこの通路を使われるだろう"と予測した場所へ足を急がせた。
果たして陛下は、その通路の前に立たれていた。
だが刻は僅かに遅く、王妃様と王子殿下は既に扉の向こう側。
陛下はお二人を逃がす為、時間稼ぎの為に其処に残られたのだ。
いや、私を諭す為か?
「サンダー、これは一体どういう事だ?」
私の真意は御存知の筈なのに、陛下は敢えてそう訊ねられた。
普段の陛下からは想像も出来ない強い口調だった。
「陛下のお怒りは覚悟の上です。ですから、どうか今は道をお空け下さい」
私の言葉に
「陛下、お聞き入れ下さいませ」
「これは全て陛下の御為、そして世界の為なのです!」
将たちも口々にそう懇願する。それには私の行為に対する弁明も含まれていた。
「サンダー、私は……」
「陛下がこのような事を望まれていらっしゃらないのは重々承知しております。ですが……」
そう言いながら陛下に手を差し伸べた瞬間、私の身体は金縛りにあったように動かくなった。
「サンダー?」
陛下が心配そうに訊ねられる。
一体何が起こったのかと、何とか視線を動かし周囲を見回すと、私の部下たちも皆一様に身体が硬直して動かないようだった。
「これは、まさかブラッドの……?」
その考えに至った時
「何を悠長な事を。陛下がこのような事をお許しになる筈がございませんでしょう?」
……というブラッドの蔑ような声が聞こえた。
彼の傍には数人の一族の者が控えている。
多分、念動力を持つ能力者たちなのだろう。
「やれ!」
感情の籠らない冷たいブラッドの命が念動力者たちに発せられた……その途端、私の意識は何処か暗い淵のようなところに追いやられた。
「此処は、何処だ? 一体、何が起こったんだ!?」
薄暗い空間。物音一つ聞こえない。
だが――
『……サン……ダ……』
微かに陛下の御声が聞こえたような気がした。
「陛下……?」
『……サン……ダー』
「陛下、どちらにいらっしゃるのですか?」
『……サンダー! ……サンダ――――っ!』
「陛下……陛下! 一体、どうなさったのです!?」
いくら叫んでも私の声は届かない!
私は一体、何をしているんだ!?
「陛下ぁあああ――――――っ!!」
左手に鈍い痛みを感じて、私は我に返った。
そして、其処で私は信じられぬ光景を目の当たりにしたのだ――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
何故、父はそんな事を言ったんだろう?
母グロディアから父の最期の言葉を聞いた時、俺は少なからず怪訝に思った。
母と俺をハーリスに託し、隠し通路に逃がそうとした父に
『陛下を残して逃げるなど! 私も共に残ります!』
と母は聞き入れなかった。しかし――
『私の事なら心配は要らない。サンダーが私に危害を加えるような事はない。けれど、彼の想いを覆す事が出来るのは私だけだ。大丈夫、直ぐに迎えに行くから。それまで王子を……ロトを頼む』
そう言って、半ば強引に通路の扉を閉めようとした。
だが扉が閉まる直前、父は再び僅かに扉を開けて……
『けれど、もし私の身に何かあった時は……ロトを、この国を宜しく頼む』
『……えっ?』
『誰も恨むな。罪は全て私が背負って逝くから』
『陛下、一体何を……?』
『そして、彼らに伝えてほしい。サンダーに"其方は悪くない。全ては私の咎だ"と。そして、ブラッドには……』
それだけ告げると、予期せぬ言葉に戸惑う母とハーリスを後目に父は扉を閉めた。
そして再びその扉が開かれる事も、父が笑顔で母と俺を迎えに来る事も……なかった。
「どうして父上は最期の最期――母上との今生の別れ際にそんな言葉を遺したのか? 多分、その時は誰も解らなかったんだと思う。俺もそうだった。でもハロルドさんの話を聞いた時に解ったんだ。父上はこうなる事を全て覚ってたんだって!」
「……っ!?」
「だから託したんだ、母上と俺に。サンダー、あんたへの言葉を! あんたを救う道筋を!」
「そ、そんな……」
「時間がなかったから、多くは語らなかった。でも……」
――サンダー、其方の言葉を軽んじていた訳ではない。
其方がどれほど世界の安寧を望んでいたか。私の事を想っていてくれたのか。
それを、この私が見誤ったのだ。
この世界の平和を"力"で勝ち取る事は不可能なのだと……
焦らずとも、じっくり話せば解ってくれると思っていた。
時間はたっぷりあるのだからと……
何時も共に在るのだからと……甘えていた私の咎だ。
そこまで其方が傷ついていると……
世界を憂えていると……
そして世界の王の座に私を就けたいと、其方が切望している事を見抜けなかった私の罪なのだ。
だから其方が苦しむ事はない。
けれど、それでも己が許せないというのなら、ロトの――私の御子の手助けをしてやってほしい。
其方の息子と共に、私の御子の片腕として、共に世界の平和を築いてほしい。
それが其方の償いだ――
「多分、父上はそう言いたかったんだと思う」
「…………」
「あんたが生きる事を望んでるのは、ハロルドさんや俺だけじゃない! それを一番望んでるのは俺の父レグルス・ナスルなんだ!」
「ば、馬鹿な……そんな、そんな筈はない! 陛下は私を恨まれている筈だ!」
そう己に言い聞かせるように叫びながら、サンダーは自身の左手の甲を俺の方に差し出した。
「ロト王子殿下、これがその証です」
其処には三本の小さな傷が残されていた。
父レグルス・ナスルが身罷る寸前、サンダーにつけた傷。
その傷の痛みでサンダーは正気に返ったのだという。
「以前、何処かで聞いた事があります。強い恨みや憎しみを籠めてつけられた傷は癒える事が無いと……。あれから十数年、本来ならとっくに消えても良い筈の傷です」
確かにサンダーの言葉通り、その傷はつい最近つけられたものであるかのように生々しかった。
けれど、能力を持たないサンダーが気づかなかったのも無理はない。
その傷には柔らかな"光"が宿っている。
それは父の残留思念。
死して尚、いや、死して更に強く其処に残る想い。
それは恨みなどではなく――
「違う! サンダー、逆だ! これは恨みなんかじゃない! 父上はずっとあんたを護ってたんだ!」
「え……っ!?」
「あんたは、この傷の痛みで正気に返ったと言った。ブラッドの呪縛から解き放たれたと! そうなんだ! 父上はこの傷に想いの全てを込めた。この十数年、あんたはブラッドのマインド・コントロールにかかった事があるか? 突然、意識が無くなったり、とか……?」
「い、いえ。……ですが、それはブラッドにとって私が既に操る価値のない……」
「違う、そうじゃない! 父上の想いがずっとあんたを護ってたからだ。父上を失ったあんたの心がギリギリのところで壊れなかったのも、きっと……」
「陛下が護って下さっていたからだ、と?」
「ああ、父上は何時もあんたの傍に居たんだ!」
「陛下は私を恨まれていたのではない、と?」
「ああ」
「何時も私を護って下さっていた、と?」
サンダーの手を握り、力強く答えた俺の言葉に……
それまで生気の感じられなかった彼の顔に、生きる気力が戻ったような気がした。
その刹那――
「その通りだ」
背後で"声"が聞こえた。
初めて聞くその声に反射的に俺が振り返るのと、サンダーが俺の身体に覆い被さるのが……ほぼ同時だった。
「痛っ……! サンダー、どうし、た……?」
サンダーに圧し掛かられる形で床に倒れた俺には状況が掴めない。
「何故、生きて? ロト様、ブラッ……が……」
そこまで言うと、彼は口から大量の血を吐いて其の場に崩れ落ちた。
「サンダー!?」
彼を抱き上げながら起き上がった俺の手に、ぬるりとした嫌な感触が走る。
――まさかっ!?――
彼の背には、能力に因って放たれた"光の矢"が深々と突き刺さっていた――
(参考までに〜ですが)
二枚目の挿絵で、長い髪を一つに束ねていた紐をロトに切られて垂れ下がっていたサンダーの髪が再び束ねられているのは、髪の毛が垂れ下がったままだと邪魔だし、ロトに対して見苦しくて申し訳ないと、会話の合い間にサンダーが器用に結び直したからです←決して髪を束ねたサンダーの方がトトの好みだから、という訳ではありません。




