第1話
玉座の間は、鉄錆のような血の匂いと焦げた肉の匂いが重く淀み、息苦しいほど充満していた。
ドスン……。
重い音を立てて、魔王が膝をついた。
巨大な黒い翼がゆっくりと折り畳まれ、床に広がっていた黒い血だまりに触れて、ぬちゃりと濡れた音を立てた。
「ハァ……ハァ……」
荒い息づかいが、静まり返った間にだけ響いていた。
魔王は血まみれの唇を歪め、赤く濁った瞳を細めた。
怨嗟と執念が渦巻く視線を、マサに向けながら、低く、喉の奥から絞り出すような声で呟いた。
「まだ……終わりではない……!」
マサの背後では、仲間たちが肩を激しく上下させていた。
リリィは片膝をつき、震える指で弓を強く握りしめていた。
ガンドルフは斧を地面に突き立てて、じっと立っていた。
セリーヌは震える手で癒しの魔法を必死に紡いでいる。
「マサ……! もう、持たない……!」
セリーヌが叫んだ。
彼女の白いローブは血と泥で汚れ、聖なる光が弱々しく揺らめいていた。
「この一撃で……終わりだ!」
マサは歯を食いしばり、剣を握る手に全力で力を込めた。
体中が焼けるように痛み、視界が激しく揺れ、足元がふらついていた。
それでも、彼は必死に一歩を踏み出した。
魔王が低く、嘲るように笑った。
「愚かな……お前たちに、勝ち目など……」
「黙れッ!」
マサは叫び、剣を高く振りかぶった。
その瞬間――
セリーヌの最後の癒し魔法が、温かな光となってマサの体を優しく包み込んだ。
ズキン……と鋭い痛みが引いていき、代わりに力が全身に湧き上がってきた。
ほぼ同時に、リリィが残りの魔力を振り絞り、風の矢を放った。
鋭い矢が魔王の肩を掠め、注意を一瞬逸らせる。
ガンドルフが咆哮を上げ、巨斧を大きく投げつけた。
斧が唸りを上げて回転し、魔王の守りを強引に削った。
「今だ、マサ!」
三人の声が重なり合い、玉座の間に響き渡った。
マサは大きく跳び上がり、全身の力を剣に集中させた。
「勇者最終奥義――ファイナルブレイブソード!」
キィィィンッ!
聖剣が眩い光を爆発的に放ち、弧を描いて魔王の首を一閃した。
黒い血が噴き出し、巨体がゆっくりと傾ぎ、ドスンッと音を立てて崩れ落ちた。
玉座の間が静寂に包まれ、荒い息づかいだけが残った。
「……終わった……」
マサは膝から力が抜け、ゆっくりと崩れ落ちた。
聖剣を地面に突き立てて体を支えながら、大きく、深く息を吐き出す。
体中の痛みが波のように引いていき、代わりに重い疲労が全身を包んだ。
仲間たちが一斉に駆け寄ってくる。
リリィが最初に飛びついてきて、涙をポロポロこぼしながらマサの腕にすがりついた。
「マサ……マサっ……!」
次にガンドルフがドンッと肩を叩き、いつもの豪快さとは裏腹に、声が少し震えていた。
「おい……よくやったな……」
セリーヌは勢いよく抱きつき、マサの胸に顔を埋めた。
彼女の肩が小刻みに震え、温かな涙が鎧を濡らしていく。
「……本当に、やったのね……」
マサは弱々しく、でも優しく笑った。
息を整えながら、みんなの顔を見回して呟いた。
「ああ……みんなの勝利だ。ありがとう」
玉座の間は、静かな嗚咽と安堵の吐息で満たされていった。




