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ぽっくりボタン  作者: 瀬川雅峰


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5章 デスゲーム(Ⅰ)

 三年前の夏、一人の男が死んだ。


 名前は原田康司はらだこうじ。電化製品を手掛ける中堅企業の営業部長だった。自宅マンション、屋上からの転落死。遺書はなかったが、状況から事件性なし……自殺と判断された。


            ◇


 四人への呼び出し状は、同じ日に届いた。


 封筒に差出人の名前はあったが、四人とも覚えのない名前だった。配達日指定で、確実に手に渡るよう書留扱いになっていた。

 封筒の中には一枚の紙。用件は簡潔だった。


『八月二十二日、夜十時、指定した建物の四○一号室へ来ること。さもないと、原田康司の死について、あなたの秘密を公開する。』


 封筒を受け取った四人は、無視できなかった。

 妻の原田由紀子はらだゆきこには、娘に話していない秘密があった。

 原田の部下だった山内慎也やまうちしんやは、三年間誰にも言えなかったことがあった。

 由紀子の兄で原田の取引先でもあった桐島宗介きりしまそうすけは、あの頃のことを今でも夢に見た。

 原田の母・文子あやこは、息子の最後の夜のことを、誰にも話していなかった。


 四人はそれぞれの事情を抱えて、指定されたビルへ向かった。




――午後九時五十八分


 桐島宗介は、手紙に書かれた時刻の2分前、建物の前に着いた。


 最寄りの駅から十分ほど歩いた場所にある、築三十年は越えてそうな雑居ビルだった。一階にコインランドリー、二階から上はテナントの入れ替わりが激しいのか、表札の半分が空白だった。

 半分は簡単な手書きの店名や、連絡先の名刺が入っていた。エレベーターは六人乗りだったが、男性なら四人も乗れば満員になってしまうほど、古くて狭かった。


 宗介がエレベーターを四階で降りると、蛍光灯が一本切れかけた廊下が伸びていた。


 指定された部屋の前まで来ると、玄関に大きなプッシュナンバー式の南京錠が、解除された状態でかけてあった。元は事務所だったところを、時間貸しのレンタルスペースにして、細々と稼いでいるのだろう。

 受け取った手紙には南京錠のナンバーが書いてあったが、鍵は既に解除されている。

 ……ということは、既に部屋に誰かがいる。緊張しつつ、ドアを開けた。


 ドアの先にはガランとした部屋があった。十二畳ほどの白い壁に、装飾もない。正方形の小ぶりなテーブルが中央に置かれ、周囲に椅子が四脚。天井の蛍光灯が、部屋を白く照らしていた。

 そして、彼の前に、既に部屋に入っていた先客3人の姿があった。


 部屋の奥右側に、妹の原田由紀子。左奥には由紀子の義理の母になる原田文子。そして手前に、原田の後輩だった男性、山内慎也がいた。椅子が四脚ということは、自分で全員揃った、ということか。全員が手に封筒を持っていた。


 テーブルの上には、白い小箱が一つと、真っ白な封筒が一つ置かれていた。

 宗介も含め、四人は事情がわからない様子のまま、ほんの少しの間、テーブルのまわりに立っていた。


     ◇


 由紀子がテーブルに載った封筒を手に取った。

 中には畳まれた紙が一枚入っていた。彼女をそれを開くと、残りの三人に聞こえるよう、声に出して読み始めた。


「原田康司を死に追いやった者が四人の中にいる。午前零時までに、その者が自らぽっくりボタンを押さなければ、原田康司の一人娘、りんが、三年前に撮影された映像と全ての証拠を受け取り、真実を知ることになる。映像には、父親の死の直前、四人のうち誰が何をしたかが映っている」



 由紀子の声は次第に小さくなり、読み終わる頃には震え声になっていた。

 凜は今、由紀子のもとで育っている。

 原田が死んだとき、まだ十二歳だった。由紀子は夫の死を自殺だったと説明し、凜はそれを信じている。三ヶ月前に十五歳になった凜は、先日、原田の命日に「本当のことを教えてほしい」と由紀子に言った。

 由紀子はその日から、また眠れない夜を過ごすようになった。


 ぽっくりボタン、というものは知っていた。押すと苦痛なく死ねる、自然死扱いになる、という都市伝説だ。白い箱をそっと開けると、中にプラスチックの台座とその上の真紅のボタンが見えた。


「誰が、こんなものを」

 声が震えた。

 由紀子は手元の紙を、不吉なものでも手放すように、ボタンの横に投げ出した。


 沈黙に応える者は、誰もいなかった。


     ◇


――午後十時二十八分



 四人は椅子に座って、テーブルの上の白い箱を見ていた。部屋の壁が薄いのだろう。隣から時折かすかな物音が聞こえてくる。

 椅子に座るときに、それぞれ四人は自身の名前と、原田との関係を簡潔に話してお互いに紹介をし合った。全員と面識があるのは宗介だけで、文子と由紀子は山内のことは知らなかった。


 自己紹介の後、長く続いた沈黙を破って、山内が口を開いた。


「自分、原田康司さんのことには関係ないですよ」

 さっさと終わらせたい、という態度が垣間見えた。


「原田……康司さんと会社で一緒に仕事はしていましたが、三年前の……あの夜は会社にいたんです。記録も残ってるはずです。アリバイというのもなんですが……康司さんの死にかかわることは不可能でした」


 山内がそう言い終わった瞬間、部屋のどこかからスピーカーの音がした。

 原田康司の声だった。切羽詰まった、低い声がノイズまじりで聞こえた。


『山内くんに迷惑はかけない。なんとかする。俺が全部引き受ける。だから、もう少しだけ待ってくれ』

 スピーカーの音はプツリと切れ、静寂が戻った。

 山内の顔が一瞬で真っ白になった。

 宗介がテーブルの下を検めた。全員の足下、テーブル中央の真下に、小さな電池式のスピーカーが置かれていた。音源と無線で接続するタイプに見えた。

「今のはいつの録音だ」

 スピーカーをにらみ付けながら、食いつくように宗介が言った。山内は答えなかった。


 荒い呼吸をする宗介と、その視線を受ける山内、緊張した顔の由紀子と文子……数十秒続いた張り詰めた空気を、宗介の言葉が中断させた。


「こんなもの……映像とやらが本物かどうかもわからないでしょう。こんなのハッタリかもしれません」

 宗介が皆を落ち着かせるように、ゆっくり、少し気の抜けた声で言った。

「こんなところで座らされて、バカバカしいと思いませんか。無視したら、それで終わりでしょう」


 余裕のある口調で続けながら、大股でドアに向かった。

 ノブを掴んで回そうとした。


 ドアはほんの少し開く方向に動いたが、そこから動かなくなった。外から、何者かによって鍵がかけられていた。


「……なんだ、これ」

 いらついた宗介の声に応えるように、

「私は無視できない!」

 由紀子が言った。

「凜は今年、父の命日に本当のことを教えてほしいと言った。映像が届けば……」

「そんなのは……由紀子、届いてから考えればいい。誰かを生け贄にするような話は馬鹿げてる」


 それまで黙っていた文子が、静かに言った。

「生け贄という言葉は、使わないでください」

 彼女は落ち着いた様子で、宗介を、そして残りの二人を見回して続けた。

「康司は、殺されたのですか。あなたたちは、何を知っているんですか?」


 また、誰も答えなかった。

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