5章 デスゲーム(Ⅲ)
全員が文子を見た。
「息子から手紙が来ました」
声は静かなまま、揺れない。
「全部話して終わりにしたい、と書いてあった。あの夜、屋上で待っている、と書いてあった。私は行きました。息子を止めなきゃいけないと思った。なにより声をかけてあげたかった」
「それで……」と由紀子が言った。
「康司は、手すりの外側に立っていました。私は大声で康司、と呼んだ。息子は振り向いて、その瞬間――落ちた」
部屋が静まった。隣から聞こえていたかすかな音も、止まっていた。
「……私のせいで落ちたのかもしれない。びっくりさせたから。そうじゃないかもしれない。今となってはもう……」
文子の独白は続く。
「でも私はあの場にいた。それだけは本当のことです。凜に知られたくない。あの子には、せめて父親が自分の意志で逝ったと思っていてほしい」
文子がゆるっと首を回した。
ボタンの箱に目をやる。口元をほんの少しだけ緩めて……そっと手を伸ばした。
◇
ドアが激しく開いた。
飛び込んできたのは、小柄な少女だった。
「やめて」と凜は言った。
「やめてください」
涙を流しながら、彼女は叫ぶようにそう言った。
文子の手が空中で止まった。
全員が動きを止めた部屋に飛び込んできた凜は立ちすくみ、放心したように周りを見渡した。彼女の目に、四人の大人の顔が順番に映った。
それからテーブルの上の白い箱を見て、「ごめんなさい」「ごめんなさい」と何度も繰り返した。
誰に向けた言葉なのか、もう、凜自身にもわからなかった。
◇
宗介がさっと身を乗り出して、テーブルの上の箱に手を伸ばした。
自分の方に引き寄せて、箱の上に手を乗せたままにした。
凜は宗介の手の下にある箱を、泣きながら目で追っていた。
「どこで手に入れた」
宗介が優しい声で訊いた。
「凜、ゆっくりでいいから、ちゃんと話して」
凜はしばらく黙ってしゃくり上げていたが、次第にそれも落ち着いてきた。
そして、近くにいる宗介がどうにか聞こえるくらいの声で、ぽつぽつと話し始めた。
――父が死ぬ直前、追い詰められていく父を見ていた。
酷い様子で、電話口で取り乱したり、謝ったり、怒鳴ったり……何が起きているのか気になって仕方なかった。特に深刻そうな電話をしていた日、こっそり父の声を録音した。何か少しは事情がわかるんじゃないか……ただ父が心配でやったことだった。
直後に父が死んだ。父の死の後、家族の様子も明らかにおかしくなった。
ある日、アパートのポストに箱が届いた。都市伝説で見たことがあるものだ、とすぐに思った。送ってきた相手に心当たりはなかったし、気味が悪かったけど、捨てられず、ずっと持っていた。
父の死のことをちゃんと知りたい、という思いは、時間が経つにつれ、だんだん大きくなった。
周りの大人はみんな凜に優しくする。
訊いても、誰も、本当のことを話そうとしてくれない……そう思ったとき、ボタンを使ったら、と考えてしまった。
「映像なんてなかったです」と凜は言った。
「最初からなかった。ごめんなさい。こんなことなら、しなきゃよかった」
凜が声を上げて泣いた。幼い子どものような泣き方だった。
◇
由紀子は凜の前に立った。
泣き止まない娘の顔を見て、何か言おうとしたが、かけられる言葉が見つからなかった。だから、そっと凜の肩に手を置いた。
「凜、おばあちゃんと、二人で話しましょう」
横から、穏やかな文子の声がした。
凜が文子を見た。文子は凜を見た。
大丈夫、と文子の目が言っていた。
宗介が由紀子の隣で「行こう」と促した。
由紀子は立ち上がると、山内に静かに一礼した。
三人で無言のままドアを開けて外に出るとき、宗介は背後をちらりと振り返った。
◇
部屋には、文子と凜が残った。
宗介が持っていったボタンの箱は、もうここにはない。
白いテーブルの上には何もなくなった。
凜は椅子に座ってまだ泣き続けていた。
でも、隣に座った文子が凜の手をそっと握ると、凜はその手に少しだけ力を入れて握り返してきた。
夜明けまでには、まだ長い時間があった。




