(六)
植物体の一声によって、果実屋で商品を見比べていた数十人の青い集真藍の植物体が、あっという間に紫を囲い込む。
「まだ白いままだったとは。はやく園芸師たちに助けを求めてください」
「果物も白い子には効果がないなんて、かわいそうだわ」
「紫にベタベタ触るなって!」
「赤い子よ、どうか私達の王の言葉に従って。私達と同じ色になれば、良いお友達になれます」
青い萼を持つ集真藍の植物体は、どの色の集真藍よりも圧倒的に数が多いため、萼の色を変えるのは自分たち以外であると、心の底から信じきっているらしい。
さらに、青い彼らは他色の集真藍のために果実を配っている最中なのだと、寝ぼけたことを言い始める。
初めに声を上げた植物体が、マチのある角底袋から黄色い果物を取り出した。
近距離から滑らかな手が伸びてきて、不意におれの右手を掴むと、強引に指をこじ開けられた。
おひとつどうぞ、と楕円形の果実を掌に乗せてくる。
同じ植物を身体に宿しているというのに、青い植物体の手から伝わってくる均一な体温と、肌に吸い付くような感触が不快で寒気がした。
そもそも、園芸師の研究とはいえ、小さな果実一つで植物の色素が変わるなんて話には懐疑的だった。
そんな簡単な方法があるなら、アザミの植物体やネズミの園芸師の間で、例の秘薬が流通している現状に説明がつかない。
選択の余地を残さない青い植物体の態度にうんざりしていると、集団の同調圧力に飲まれた紫は、輪の中央で縮こまっていた。
青い萼の彼らに囲まれた紫は、集真藍の咲く腕を抱きしめている。
その姿を見た瞬間、先程まで心を覆っていた苛立ちがすっと引き、代わりに別の憤りが一気に込み上げてきて、奥歯を噛み締めた。
青い彼らの一方的な主張で、紫の笑顔を奪ったことが許せなかった。
無意識に舌打ちが出て、青い植物体の手を強く払い退けた。
黄色い果実が地面に落ちて、未だ協議中のリスたちの側をコロコロと転がっていく。
「構うなって。おれたちは人になるんだから、関係ねぇよ」
もう行こうぜ、紫。
なるべく穏やかな口調で声をかけると背中を丸めていた紫は、ばっと勢いよく顔を上げた。
瞳を左右に揺らし、浅い呼吸に合わせて鎖骨の白い集真藍が上下する。
やっと目が合ったかと思えば、鼻をスンっと鳴らして冷たい指先を絡ませてきた。
よく知っている兄の手に触れられて、おれは安心しきって、紫を連れてこの場から離れようとした。
「え、ちょっ……! 紫!?」
ぐいっと想定外の力で引っ張られ、青い集真藍の群れを押し分けて駆け出した。
紫は周囲の動物たちに目もくれず、前を歩く植物体にぶつかりながら追い越していく。
「っ、当たってごめん! 紫、危ないから止まれって!」
風の音に耳が塞がって、おれの声が紫に届いているのかどうかもわからない。
走りながら顔を上げると、ひつじ雲が空一面に広がっていた。
その隙間から白く澄んだ光がいくつも地上に落ちて、規則的に揺れる集真藍の花びらの縁が柔らかく透ける。
葉の濃い影が、ところどころ装飾花に被さり、光沢のある緑と白の対比がひときわ際立つ。
何者にも侵食を許さない神聖さを強調するかのような色彩に、おれはおもわず息を飲んだ。
兄は紫のように突発的な行動を起こす人ではなかった。
いつも、おれや花を気遣い、なにも言わず後ろから静かについてきてくれるような人だった。
兄と紫を比べても意味がないのに、記憶の中の兄とは違うその背中を眺めていると、どう接すればいいのか頭が混乱する。
紫に手を引かれるまま、買い物客で賑わう大通りを抜けると、紫の肩に乗って顔を伏せていたリスが、ぴょこっと小さな頭を上げた。
「また、あいつらさ。あの青い植物体たち、いつも複数人で群がって市場で見かけた小型の園芸師に声をかけているんさ」
「園芸師に? どうして?」
「知らないさ。でも、集真藍の王に気に入られて大きな仕事を任されたって、店の人に自慢してたのを聞いたさ」
青い奴らが集真藍の王に気に入られた?
だから、紫の白い集真藍が気に入らないのか。
走り続けていると、舗装された道が途切れるのと同時に店もぽつぽつと数えるのみ。
砂利を押し鳴らしながら、歩幅を仔に合わせて進むシロサイの親子がこちらに向かってくるのが見えた。
息を切らし始めた紫は、だんだんと走る速度が落ちる。
雑草の生えた石畳の隙間に疲労した爪先が引っかかり、紫の身体が大きく前方へ傾く。
おれはすかさず、彼の薄い腹部に手を回したが間に合わず、二人して地面に激しく倒れ込んだ。
お互いの腕を庇い集真藍は潰さずに済んだものの、その反動で紫の肩に乗っていたリスは、空中に投げ飛ばされる。
運悪く、彼の長い尻尾は、立派な角を持つシロサイの太い脚に挟まれて、身動きが取れなくなってしまった。
紫が真っ先に立ち上がり、おれもすぐにリスの元へ駆け寄る。
しかし、リスは思いもよらない事態にパニックになり、自ら尻尾を引きちぎると目にも留まらない速さで、脇の草むらに飛び込み青々と茂った常緑樹に登って去っていった。
「陽……、陽……これっ」
「リスの尻尾は自己防衛のために、時折ああなるんだ。かわいそうだけど、おれたちにはどうしようもできないよ」
「で、でも……」
リスの自切は、トカゲのように生え変わったりはしない。
悲しみや痛みがあるかどうかは、彼らでなければわからないから、これ以上は黙っておくことにした。
千切れた尻尾を目の前にして、狼狽える紫を宥め、膝や肘についた土を順番に払う。
「……青い集真藍の奴ら、変なこと言ってただろ。大丈夫か?」
紫は薄い唇を軽く噛んだ。
「話の内容はわからなかったけど……。腕の集真藍を触られて、すごく嫌な感じがしたんだ」
おれも青い彼らの手の感触を思い出すと、全身がゾワゾワと総毛立ち、ひどく気分が沈む。
「それに、陽が大切な集真藍だって言ってたから、守らないとと思って」
「紫……」
急に走ってごめん。
リスさんにも悪いことをしちゃったね、と残された尻尾を拾い上げて呟く。
「実がなったら野菜を分けてくれるって言ってたし、また今度、詫びも兼ねて様子を見に行こうぜ。ほら、そろそろ靴屋に行くぞ」
ゴツゴツとした石材の道を、裸足で走り続けるのは流石に限界だった。




