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第二十五話 新たな転生者

登場人物


ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性

    特別な能力がなにも無い『無能』の人


メリア:木精(ドリアード)の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明

    魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い


ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士

    かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある


ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士

    剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格


ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ

    非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる


ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる

    少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている


タバサ:いつも酒場で飲んだくれている自称、大魔法使いの女性

    メリアの素質を最初に見抜き弟子に取った


ダレル王:王都ストームサングの王様。ドライな性格


リィナ姫:ダレル王の娘。ツンツンな性格



 ヒロシ達とリィナ姫の話が落ち着いて雑談に興じていた頃、再び家のドアを叩く音が響いた。それもやけに慌ただしく、ヒロシがドアを開けてみると、王都の兵士と、その後ろには大きな馬車が止まっていた。


「ヒロシどの、王様がお呼びです。王宮まで急ぎ来られるようにとの事です」

「な、なにか事件でもあったんですか?」

「我々も詳しくは聞かされておりませんが、とにかく王宮へ参られよと」

「わ、わかったよ、すぐに準備するから」


 ヒロシは仲間たちとリィナ姫に事情を説明し、迎えの馬車に乗って王宮へと向かった。ヒロシたちが案内されたのはいつもの謁見の間ではなく、中庭の一角にある兵士たちの訓練場であった。そこにはダレル王とローブを纏った数人の魔術師らしき人物、二十人ほどの鎧兜に身を包んだ兵士と、そして簡素な布の服を着た、見覚えのない少年が一人立っていた。栗毛の頭髪とあどけなさを残す顔つきをしており、身長は百五十センチ程でまだ成長途中といった感じである。少年は落ち着きのない様子で周囲をきょろきょろと見回していたが、それは不安の表情を伴うものではなく、むしろ目を輝かせて興味津々の様子であった。ヒロシたちが顔を出したことに気付くと、ダレル王はその少年を伴って近付いて来た。


「む、来たかヒロシよ」

「ええと、急に呼び出したりして何かあったんですか?」

「うむ……驚くべき事態だ。実は新たな転生者が出現したのだ」

「えっ!?」


 その言葉にヒロシのみならず周囲の兵士たちからもざわめきが起こったが、ダレル王はそれを手で制して続ける。


「それがこの少年だ。まだずいぶんと若いが、間違いない」


 ダレル王に促されて前に出て来た少年は、ヒロシを見上げて右手を勢いよく振り上げ、ニカッと笑う。


「ねーねー、おれハヤトって言うんだ! なんかてんせーしちゃったらしいんだけど、お兄ちゃん意味わかる?」


 無邪気にそういう少年に、ヒロシはただ唖然としてしまった。


「て、転生者がこんな子供なんて……本当なのか?」

「うん、そこのヒゲのおっさんとか、ヘンな人たちがそう言ってた。ねえ、ここってドコなの?」

「あー、それは話すと長くなるから、また後でゆっくり説明するよ。ところでキミ、年齢は?」

「十二歳!」

「じゅ、じゅうに……まだ小学生じゃないか!」

「そんなことよりさー、大人が持ってる剣とか鎧って本物なのかな! すげー!」


 ハヤトと名乗る少年は兵士たちを見ては両目をキラキラと輝かせ、興奮冷めやらぬといった具合である。ヒロシは彼の扱いに困ってダレル王を見ると、ヒゲのおっさん呼ばわりされたダレル王も小さく息を吐いてから言った。


「転生者がこのような少年とは思いもしなかったが、それはこの際目を瞑ろう。問題はこの少年が宿した『能力』の事でな」

「そ、そうだった。彼はちゃんと『能力』を授かったんですか?」


 ヒロシは自分の時のことを思い出し、まさか同じように『能力』が無かったりしないかと心配になってしまったが、ダレル王は深く頷いた。


「うむ。その見極めをこれから行う予定なのだが、お前たちにも立ち会ってもらおうと思ってな」

「な、なるほど……でも見極めって、なにをするつもりなんです」


 ヒロシが尋ねると、ダレル王の合図によって一人の兵士が木剣を用意し、それをハヤトに手渡す。ハヤトはそれを玩具のように振り回して興奮していたが、そんな彼に向かってダレル王は言う。


「転生者ハヤトよ、これよりそなたの授かりし『能力』の確認を行う。その木剣を使い、我が兵士と手合わせをしてもらいたい」

「手合わせ? 手合わせってなに?」

「つまり、そこの兵と勝負して見せよということだ」

「えっ、なんかかっけー! やるやる!」


 ハヤトは状況を深く理解せず、ただこの状況を面白がって頷いた。


「ちょ、ちょっと王様、大丈夫なんですか。こんな子供が大人と勝負だなんて」

「だからこそ意味があるのだ。この少年の『能力』がいかほどのものか、ヒロシもよく見ておくがいい」


 ダレル王の指示により、一人の兵士が木剣を持って訓練場の中央に立つ。鉄製の鎧兜に身を包んだ、武器以外は実戦と変わらぬいでたちである。ハヤトは物怖じする様子もなく、木剣を手に兵士の前に駆け足で進み向き合った。


「互いに位置に付いたようだな。では始めいッ!」


 合図の声とともに、兵士は木剣を上段に振り上げ、ハヤトに向かって踏み込む。そのまま頭上から振り下ろした木剣がハヤトの頭に直撃しようかという刹那、硬い木剣同士がぶつかり合う音が響く。ハヤトは目を見張るような速さで木剣を振り上げると、兵士の木剣を簡単に弾き飛ばしてしまう。その衝撃に手がしびれて一瞬動きが止まった兵士の胴体に、鎧の上からハヤトは横薙ぎの一撃を叩き込んだ。


「ぐわっ!?」


 直撃を受けた鎧はひしゃげ、兵士は吹き飛ばされて地面に倒れ込んでいた。ハヤトは自分の動きに驚いたようで、両手や木剣を交互に見てぱあっと表情を明るくする。


「すげー! なんか身体が思ったように動く! ねーねー、みんな今の見た!?」


 わずか十二歳の少年が、鎧に身を包んだ大の男を一撃で倒した事実に、状況を見守っていた他の兵士たちやダレル王の家臣らもざわざわと騒ぎ始める。


「おお、今の一撃は素晴らしい太刀筋であった。転生者ハヤトよ、今一度立ち合いを続けてみたいか?」

「うん、やるやる! なんかヒーローになったみたいだ!」

「よろしい。ならば次は一人と言わず、多勢を相手にしてみせよ」


 ダレル王の指示により、今度は兵士十人が木剣を持ちハヤトを取り囲む。


「いくら何でも無理ですよ、この人数を一人で相手にするなんて」


 その状況を心配したヒロシが言うが、ダレル王は静かに首を振る。


「大丈夫だ。少年の『能力』が鑑定通りであれば、兵士の十人や二十人など物の数ではないはずだ」


 そう言って、ダレル王は手を振り上げ合図をした。


「転生者ハヤトよ、そなたの『能力』を我らに示して見せよ! 始めッ!」


 王の声と共に、木剣を手にした兵士たちは雪崩を打って襲い掛かった。前後左右から攻撃されてはひとたまりもないと思った次の瞬間、ハヤトは素早く真上に飛び上がり、重なり合って殺到する木剣の上に立っていた。その神業のような身のこなしに兵士たちが目を剝いた次の瞬間、ハヤトは瞬きする程の間に無数の攻撃を繰り出し、兵士たちを鎧や兜の上から打ち据えていった。そしてひらりと跳躍して後方宙返りからの着地を決めると同時に、兵士たちは全員が地面に倒れ込み起き上がれなくなっていた。


「よっしゃー! なんかオレ、すげー強くなってる! うおー!」

「す、すごい……!」


 まだ身体も成長しきっていない少年が、かすり傷ひとつ負うこともなく十人の兵士を一瞬で倒してしまったその光景に、ヒロシは思わず息を呑んだ。


「お、王様、彼の『能力』って一体……!?」

「魔術師の鑑定によれば、転生者ハヤトの『能力』は『勇者の魂』だということだ」

「ゆ、『勇者の魂』……?」

「これは数ある『能力』の中でも特殊でな。今までに確認されてきたそれらの中でも特別なものだ」

「そ、そんなに凄いものなんですか?」

「うむ。遥かな古代、女神と共に魔王と戦い討ち果たしたという転生者が、『勇者の魂』と呼ばれる『能力』を備えていたという。だがそれ以来、この『勇者の魂』を持った転生者は記録されておらん。それゆえにどういった力なのか、具体的には分かっていないのだが、魔王に対抗しうる力であることは間違いなかろう」

「そ、そんなに凄いんですか。まるで救世主か伝説の勇者みたいだ」

「正直、わしも半信半疑であったのだが……この状況を見れば信じざるを得まい。運命のいたずらか、天が我らに与えた幸運か……いずれにしても、ハヤトの存在は王都の未来を握ることになるはずだ」


 こうして転生者の中でも上位と目される『能力』を持ったハヤトの名は、瞬く間に王都へと広がっていった。度重なる魔物の襲撃に疲弊していた王都の住民らの間では、ハヤトの活躍を期待する声が日に日に高まっていた。ハヤトは待ち望まれた『正しい転生者』として王宮の部屋を与えられ、不自由のない生活が保障されているとの事だったが、王宮の外で暮らすヒロシたちにはそれ以上の詳しいことは分からなかった。それから一週間ほど経ったある日、王都の正門で騒ぎが起きていた。


「おい、なにがあったんだ!?」


 正門前にはボロボロになった数台の馬車と、着の身着のままといった衣服の人々が大勢集まっており、自分たちの窮状を兵士に訴えていた。


「ド、ドラゴンが……ドラゴンが村を襲ったのじゃ……!」


 正門前に集まっている人々の代表であろう老人が、恐怖に震えた声でそう答えた。



 ドラゴンが出現した――その報せはすぐに王の耳にも入り、会議が開かれた。ドラゴンは魔物の中でも特に上位の存在であり、その中には神と並びうるような力を持つ個体も存在するという。しかしその強大な力ゆえか個体数は少なく、この世界にあっても半ば伝説のような存在であった。王都の歴史でも最後にドラゴンの出現が報告されたのは数十年も昔の事であり、それも王都近くの上空を通過しただけというもので、具体的な習性や対策を記した文献や資料は、ほとんど存在しないというのが現状であった。


「――つまり、ドラゴンとどう戦えば良いかは、誰も知らぬということか」


 ダレル王の重苦しい言葉に、会議の間は静まり返った。その場には王都の重臣以外にも学者や魔術師といった面々も顔を揃えていたが、実際にドラゴンを見たり相手をした者はおらず回答に窮するばかりであった。そうした沈黙が続いた後、席に座る一人の人物が静かに手を挙げた。


「王様、僭越ながら私の意見を述べてもよろしいでしょうか」


 そう言ったのは短い金髪の若者で、一見すると穏やかな文官のような印象の男だった。その場の注目を一身に集めた若者に、ダレル王は思い出したように言った。


「そなたはデーヴィドか。申してみよ」


 デーヴィドの名が出た途端、その場はにわかにざわついた。まだ記憶に新しい王宮乗っ取り事件の首謀者にして、王都軍の指揮官であったゲオルク卿の弟である。周囲からひそひそと喋る声を耳にしながらも、デーヴィドは動じずに頭を下げた。


「発言をお許し頂き、ありがとうございます。ドラゴンについてですが、当然ながら私も実物を見たことはありません。ですが古来よりドラゴンは力と恐怖の象徴ともされており、息は炎となって全てを焼き払い、翼は嵐を巻き起こすと伝えられています。そのようなドラゴンを討伐したという伝説やおとぎ話を思い返してみると、それを成し遂げたのは将の率いる軍隊ではなく、一握りの英雄であることがほとんどです。これが何を意味するか私なりに考えてみたのですが、ドラゴンと戦うに当たって、我々人間が数で挑むのはそもそも分が悪いのではないでしょうか。ドラゴンの強大な力に対抗しうる力や加護を持たぬ限り、兵団を差し向けてもいたずらに犠牲を増やす結果に繋がるのではと私は思っているのです」


 整然と、滑らかな口調で語るデーヴィドに誰もが驚く中、ダレル王も少し目を見開いた後、しばらく考えてから口を開いた。


「確かにそなたの言う通りかもしれん。つまりドラゴン討伐には精鋭を選りすぐって向かわせろということか」

「おっしゃる通りでございます。そして最も適任なのは……」

「転生者ハヤトしかおるまいな。だがいくら『能力』を備えた者とて、一人でドラゴンに挑むには荷が重かろう。ハヤトの戦いを支援する者を選抜せねばならんな」

「それについては、冒険者ヒロシとその仲間に依頼するのがよろしいかと」

「うむ、わしも同意見だ。彼らには多くの魔物と戦い退けて来た経験がある。これ以上の適任はあるまい」

「ご理解頂き恐縮です。それと、ひとつだけお願いがございます」

「なんだ、申してみよ」

「新設した古代兵器の小隊、そしてその指揮官として私もドラゴン退治に同行する許可を頂きたい」


 ゲオルク卿の後任として職に就いたばかりの指揮官が、直接戦いに参加したいというのは異例のことであり、普通では考えられない判断である。この提案にはさすがにダレル王も驚きを隠せず、デーヴィドに聞き返した。


「待てデーヴィド、そなたが直接赴くことはなかろう。王都の兵を束ねる者に万一のことがあっては――」

「だからこそ行かねばならないのです。私は過ちを犯した兄の後を継いだに過ぎぬ身。今ここで覚悟を示すことが出来なければ、この先も永遠に信頼を得ることは出来ないでしょう。王よ、どうかお願いいたします」


 すでに肚は決まっている――デーヴィドの眼にはすでに固い決意が秘められていた。ダレル王はしばし考えてから、深く頷いた。


「よかろう。ドラゴン討伐の指揮はそなたに一任する。ただし無駄にその命を散らすでないぞ、よいな」

「はっ、ありがたく存じます」


 デーヴィドが深く頭を下げ、ドラゴン討伐に関する会議は幕を閉じた。それからほどなくして、ヒロシたちの元へ通達が届くのであった。



「え"っ……」


 ドラゴン討伐に参加せよという王からの手紙を見た瞬間、ヒロシは引きつった表情で青ざめていた。魔物が闊歩するこの世界に来てから、いずれこんな日が来るのではと思っていたのが、ついに現実となってしまった。手紙を持って固まっているヒロシの手から、ヒナタが手紙をひったくって中身を読むと、フッと笑みを浮かべてヒロシの頭をポンポンと叩いた。


「なーんでそんな顔してるニャ。アタシらは四魔将のうち三人も相手してきたんだし、今更ドラゴン一匹くらいでビビったりしねーのニャ」


 ヒナタは普段と変わらぬ調子で言うが、ヤクモとツキヨはヒナタから受け取った手紙の内容に目を通しており、ウィルはヒロシと同じように不安な表情を浮かべてリビングをウロウロしている。メリアはドラゴンについてあまりピンときていないらしく、引きつった表情のままのヒロシに尋ねた。


「あの、ヒロシ様。ドラゴンというのは、そんなにも恐ろしい魔物なのですか?」


 メリアの声にヒロシは我に返り、目を丸くしたまま彼女を見た。


「恐ろしいもなにも、ドラゴンといったら魔物の親玉というか頂点みたいなもので、デカくて強くて火を吐いてくるって相場が決まってるものなんだよ」

「そうだったんですね。すみません、私あまり魔物には詳しくなくて。魔法の勉強で名前は知ってたんですけど」

「ああ、別に謝らなくていいんだよ。ただ個人的に、火にはちょっといい思い出がないからさ」


 ヒロシは以前、四魔将の一人ルークと対峙した際に大火傷を負わされたことを思い出し、苦い顔をする。


「私の魔法でドラゴンの火が防げるでしょうか……」


 メリアは想像上のドラゴン相手にどう対抗するべきか考えてみたものの、やはり実物を知らない相手では具体的なイメージが固まらなかった。一人を除いてそれぞれが難しい顔をしている中、手紙を読み終えたヤクモが口を開いた。


「今回の依頼ですが、我々の役目は支援となっていますね。つまりドラゴンと正面から戦うわけではないと」

「そ、そうなんですか、よかった」


 そう聞いて安堵するヒロシだったが、ふと気付いてヤクモに聞き返す。


「あの、それじゃドラゴンと戦うのって、まさか……」

「ええ、転生者ハヤトを中心にした少数の精鋭部隊、その一翼が我々ということです」

「そんな、いくら強い『能力』があるったって、あんな子供をいきなりドラゴンと戦わせるなんて!」

「……いえ、これは極めて合理的な判断だと思います。ドラゴン相手に数で挑むのは愚策とされていますし、転生者ハヤトの『能力』の真価を計るにはこれ以上ない機会でしょう。ドラゴン一匹に後れを取るようでは、魔王に挑むなど夢物語ですから」

「そうかもしれないけど、しかし……」


 どうしても引っ掛かるものをヒロシが感じて首を傾げていると、玄関の方からドアを勢いよく開ける音が響く。驚いてヒロシとメリアが様子を見に行くと、メシアの師匠であるタバサが立っていた。


「お、お師匠様? どうしたんですか急に」


 突然の師の来訪にメリアも驚いていたが、タバサは被っていたつば広の三角帽子を脱ぎ、珍しく真面目な顔つきで言った。


「はぁ、聞いたわよ。あんたたちドラゴン退治に呼ばれたんだってね」

「ど、どうしてそれを?」


 ヒロシが聞き返すと、タバサの肩にスズメほどの小鳥が止まり鳴き声を奏でる。


「私はなーんでもお見通しなのよ。ま、これが普通の魔物なら放っておいたんだけどさー。あんたらドラゴンのヤバさをイマイチ理解してないようだし、この大魔法使いの私が引率で付いてってやろうって言ってんの」


 気怠そうに言うタバサとは対照的に、メリアは嬉しそうな表情である。


「わあ、お師匠様が来てくれるなら心強いです!」

「ったく、こんなことで可愛い弟子にもしもの事があっちゃたまんないからね。世話が焼けるわ」


 溜め息をつきながらも、タバサは喜ぶメリアを見てふっと微笑む。なんだかんだと二人の師弟関係は良好のようだと、ヒロシも少しだけ嬉しくなってしまった。


「それじゃ、とっとと支度しな。すぐに迎えが来るわよ」


 タバサに促され、ヒロシたちが慌てて支度を済ませて間もなく、王宮からの迎えの馬車がやって来た。ヒロシたちは馬車に乗り込み、ドラゴンが出現したという村へ向けて出発するのだった。

 


 

 ドラゴンが出現したという場所は王都から北東、鏡の迷宮よりもずっと先の、山脈と海に面した小さな村だった。そこへ向かう馬車は三台あり、一台はやけに立派な作りで、そこにハヤトが乗っているのだという。さらにもう一台は馬車こそ普通だが、その後ろに発掘された数機の古代兵器と兵士たちが随伴し、ちょっとした行列のようになっていた。戦いに向かうには少々不釣り合いな馬車が気になりつつも、丸一日をかけてヒロシたちは問題の村へと辿り着いた。馬車を降りて目に飛び込んできたのは、焼かれ破壊され尽くした無残な建物の跡と、その残骸の上にうずくまる巨大なドラゴンの姿だった。ドラゴンに気付かれていない距離からでも分かるその巨体は、そこにいるだけで圧倒的な威圧感を放っている。以前戦ったワイバーンと比較してもその身体は遥かに大きく、頭の先から尻尾の先まで、ざっと見ただけでも二十メートルをゆうに超えている。全身は灰色がかった岩のような鱗で覆われ、その巨体を覆い隠す巨大な翼が背中に生えている。その姿は人間が手を出してはいけない存在なのだと、雄弁に物語っていた。


「わーっ、すげー! 本当にドラゴンだ! 空飛ぶのかな!?」


 興奮した様子で立派な外見の馬車から飛び出してきたのは、簡単な鉄の肩当てと胸当てを身に付け、背中に鞘入りの剣を背負った格好のハヤトだった。彼は相変わらず落ち着きがないようすで、ドラゴンの方を指したり飛び跳ねたりしている。


「ああもう、静かになさいまし! ドラゴンが起きたらどうするの!」


 そしてもう一人、耳に響く特徴的な声の主が馬車から姿を見せたことで、ヒロシは目を剥いて驚いてしまった。


「リィナ姫、どうしてここに!?」


 彼女はその辺を走り回るハヤトを従者に任せ、疲れた顔でヒロシの方へ歩み寄って来た。


「はぁ、どうもこうもないわ。あのハヤトっていう子、あまりにも落ち着きが無さすぎて手に負えないからって、私が世話係を任されちゃったのよ」

「そ、それはまた……あの年頃の子供はとにかく元気ですからねぇ」

「元気なんてもんじゃないわよ。すぐに走り回るし大声出すし、食事の仕方は汚いし気を抜くと鼻をほじったりして……! 今までどういう教育を受けてきたのか、親の顔が見てみたいわね、まったく」


 彼女もハヤトの扱いには頭を悩ませているようで、盛大に溜め息をついていた。そんな二人の元へ、三代目の馬車から降りて来た男が近付き、丁寧にお辞儀をした。身長はヒロシよりわずかに高く百七十五センチほど、短めの金髪に温厚そうな表情で仕立ての良い服に身を包んだ若者だった。


「リィナ姫、そしてヒロシどの、お初にお目にかかります。今回のドラゴン討伐の指揮を任されたデーヴィドと申します。以後、お見知りおきを」


 その名前にしばらくピンとこなかったヒロシは、なにも考えずに差し出された手を握り返して握手をするが、その瞬間に彼がゲオルク卿の弟にして後任の司令官であるという話を思い出して、一気に血の気が引いてしまった。


「あわわわ……えっと、その、ご丁寧にどうも……」


 そんなヒロシの様子を見てもデーヴィドは表情を変えず、相変わらず穏やかな表情のまま言った。


「ヒロシどの、お気になさらずとも大丈夫です。兄は身の丈に合わぬ野心に目が眩み、そして報いを受けました。私はそのことで誰かを咎めるつもりはありません」


 デーヴィドの口調や表情からは、それが演技や社交辞令でないことは伝わって来た。完全な本心なのかまだ分からないが、ひとまず首の皮が繋がったような気分で、ヒロシは愛想笑いを浮かべていた。


「は、はは……そう言ってもらえると助かります」

「その話よりも、今は我々の成すべきことに集中しなければ。あのドラゴン一匹でこの有様ならば、まるで油断のならない相手です。我々の力がどこまで通じるか分かりませんが、お互いに全力を尽くしましょう」


 デーヴィドの態度は今の状況に真摯であり、恨み言をぶつけられる覚悟をしていたヒロシが拍子抜けしてしまうほどだった。ヒロシとデーヴィドの挨拶が終わると、二人の元へヤクモが近付いてきた。


「ヒロシどの、こちらの方は?」

「あ、ヤクモ先生。この人は――」


 ヤクモの名を耳にしたデーヴィドは、ヒロシが言い終わる前に一歩前に出て真っ直ぐヤクモを見つめ、右手を差し出した。


「私はデーヴィド。兄ゲオルクの跡を継ぎ、王都の軍を任されている者です。どうぞよろしく」


 ヤクモは普段通りの微笑みを浮かべたまま、差し出された手を握り返す。


「ヤクモと申します。今は縁あって、ヒロシどのと行動を共にしております」

「あなたの噂は私の耳にも届いていますよ。ダレル王も素晴らしい知恵者だと褒めておられました」

「それは恐縮です」

「それと機械部隊の再編に関する書簡に書かれていた内容は、実に見事なものでした。あれほど兵や部隊の状況を詳しく把握しているのは、王都の中でも数えるほどしかいないでしょう。機会があればぜひ、じっくりと腰を据えて話をしたいものです」

「ええ、私などでよろしければ喜んで」


 二人は性格が似ているのか、早くも気が合っているような雰囲気である。ともかく余計なしがらみを回避できたことに安堵しつつも、ヒロシは遠く村の中央に鎮座する巨大なドラゴンの姿に、ただ気が滅入るばかりであった。


「なーオメーら、いつまで立ち話してんのニャ。アタシらはナニをすればいーんニャ?」


 横から聞こえて来た声の方を見ると、待ちくたびれた様子のヒナタとツキヨ、そしてウィルがいた。彼らもそれぞれ武装を済ませ、準備万端といった状態である。


「ああ、待たせてしまってすまない。ハヤトどの、こちらへ」


 デーヴィドに呼ばれ、遠巻きにドラゴンを見て興奮していたハヤトは素直にやってきた。見た目こそ少年剣士といった趣だが、彼自身から醸し出される雰囲気は完全に子供のそれである。それからデーヴィドは部下に合図を送り、随伴してきた六機の古代兵器たちがずらりと並んだ。二脚のタイプが三機と、重機ゴーレム型がそれぞれ三機で、以前見たような機銃の他に、ロボットたちは新たに大きなボウガンのような装置を装備していた。


「今回のドラゴン討伐は、転生者ハヤトを中心とし、我々は彼の援護を行いつつ戦うのが作戦だ。ヒロシどの一行はドラゴンを牽制し、奴の注意を逸らすのが主な役目だ。私は機械部隊を率い、距離を保ちつつ射撃で支援を行う。いかに強大なドラゴンといえど、隙は必ず生まれるはず。そこを転生者ハヤトが突けば、勝機はあるものと私は見ている」


 デーヴィドはそれまでの穏やかな雰囲気とはうって変わり、兵を率いる者としての威厳を兼ねた口調で語る。だがその直後、これまであまり喋らなかったツキヨが口を開いた。


「作戦は理解したが、攻撃をあの少年一人に任せて本当に大丈夫ですか? 彼が普通の子供ではないのは分かりますが、それがドラゴンに届くかは誰も知らないでしょう」


 ツキヨの疑問はもっともであった。いかに『能力』を得た転生者とはいえ、一人の力に頼り切るのが危険であろうことは、口に出さないだけで誰もが思っている事だった。


「言いたいことは分かる。だが落ち着いて考えてみてくれ。彼の力が届かないのであれば、他の誰を連れてこようと同じことだ。ドラゴンが出現した時点で、我々は分の悪い賭けに乗るしか道はないのだ」


 デーヴィドの言葉に辺りは静まり返った。ハヤトは話の内容が頭に入っておらず、大人たちの顔を見て不思議そうな顔をするばかりだったが、そんな空気を壊すような気怠いため息が響き渡った。


「はぁ……ドラゴン討伐だとか意気込んでるから黙って聞いたけど、本当にそんなもんでドラゴンを相手に出来ると思ってんの?」


 つば広の三角帽子に着崩した黒い魔導士のローブ姿。切れ長の瞳と赤い唇が印象的なその女――タバサは、呆れた様子でデーヴィドの前に歩み出た。


「失礼ですが、あなたは?」

「私は大魔法使いのタバサ。この際だからよーく覚えておきなよ坊ちゃん」

「ぼ、坊ちゃん……」

「それでさー、ドラゴン退治の作戦なんだけど……私から言わせてもらっていい?」

「ど、どうぞ」


 仮にも王都の軍を束ねる司令官に対し、タバサは毛筋ほども臆さずに言い放った。


「あんたら全員死ぬわよ」


 その言葉に、その場の空気は凍り付いた。これだけ言い切るには根拠があるのだろうとデーヴィドは口を開きかけたが、それを先回りするようにタバサは続けた。


「この程度で殺れるとか思ってるなんて、ほんとドラゴンをナメるのも大概にしときなさいよ。あいつ、最初からこっちに気付いてるけどあえて動いてないの、分かってる?」

「えっ!?」

「いつでも捻り潰せる……そういう自信があるから居眠りキメてんのよあいつは。ドラゴンが本気を出したら、この転生者のチビッコだって、ご自慢の『能力』を出すヒマもないだろうね」

「し、しかし……ここでドラゴンを倒さねば、我々に未来は無い! たとえ無茶と言われようと、それしか――!」


 デーヴィドが珍しく語気を強めかけた瞬間、タバサは彼の唇に人差し指を当てて『静かに』と制止する。


「ふふ、熱くなれるのは若い証拠だわね。でも、そのまま戦えば勝ち目がないのは変わらない。だから私がここに居るんだよ」

「……もしや、あなたはドラゴンに対抗する方法を知っているのですか!」

「まーね。私は大魔法使いって言ったでしょ? 不可能を可能にするのが大魔法使いの役目ってもんさ」


 タバサはゆっくりデーヴィドから離れ、廃墟と化した村に身体を向ける。そして両手を正面に構えると、不思議な呪文を唱え始めた。魔力の言霊が周囲に響くと、地面に黄金の帯が無数に現れ、村全体を円で囲むように広がっていく。瞬く間に村全体を取り囲んだ黄金のそれは、とてつもなく巨大な魔法の結界であった。


「この結界の中でなら、あんたたちに魔法の加護を与えてあげられる。ドラゴンのブレスや攻撃にも幾分かは耐えられるはずだよ。だけど、その先はアンタら次第……本当にドラゴンを仕留められるか、私はここで見物させてもらうからね」


 異変に気付いたドラゴンは目を覚まし、長い首をもたげて招かれざる客を睨み付ける。そして身体を細かく振るわせ、二十メートルを超す身体を覆う程の巨大な翼を広げると同時に、鼓膜が破れそうなほどの凄まじい咆哮を放つのだった。


 

第25話 おわり 

次の投稿は金曜19時予定です

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