第十四話 力の魔将
そのハンマーは直径が約一メートルほどもある円柱形の巨石に鋼鉄製の柄を取り付けただけという、およそ武器というには大雑把すぎる作りをしていた。だが、それが軽々と肩に担がれているという光景は、思考を軽く混乱させるには十分な迫力があった。まさに悪鬼のような威圧感で一歩ずつ迫る大男――力の魔将ギリュウだったが、身構えるヒナタやメリア、ヒロシらの姿を順に睨んだ後、ふと足を止めた。
「あん? ちょっと待てよ……ケモノ女に緑髪の小娘、それと取り柄もなさそうな若造……もしかしてお前ら、どっかの港町でイレーナを追っ払った連中か?」
顎の先を指でポリポリと掻いて首を傾げるギリュウに、低く身構えた臨戦態勢のヒナタが叫ぶ。
「だったらどーだってんのニャ!」
ギリュウはギロリと恐ろし気な目つきでヒナタを睨むが、すぐに左手で自分の目元を覆い、肩を震わせて笑い始めた。
「くっくっく……だーっはっはっは! あのクソ生意気な女、さんざん偉そうな口を叩いておいて、こんな雑魚どもにやられてノコノコ帰って来たってのかよ! こいつぁ傑作だぜ!」
武器を持って睨み合っていることなどすっかり忘れた様子で、ギリュウはゲラゲラと声を上げ、笑いを堪えるのに必死そうであった。
「あー、ちょっとだけ気が変わったわ。お前らをぶっ潰すのは既定路線だけどよー、その前に四魔将の恐ろしさってもんをしっかり分からせてからにしてやる。とりあえず誰でもいいから俺を殴ってみろよ。武器でも魔法でも構わねえ。それで一滴でも血が出たら、お前らの勝ちってことにしてやるぜ」
ニヤついた笑みを浮かべ、ギリュウは巨大なハンマーを地面に下ろす。それだけでもズシンと振動が伝わり、ハンマーの異様な重さも窺い知れようというものであった。腕を組んで仁王立ちするギリュウに、真っ先に飛び掛かったのはヒナタだった。
「だったら遠慮なくその首もらってやるニャ!」
ヒナタは矢のように真っ直ぐ突っ込み、電光石火の速さでかぎ爪をギリュウの喉元に突き立てていた。しかし鋼鉄の刃はどういうわけか皮膚を切り裂くことはなく、硬い岩にでもぶつかったような硬質な音と共に欠けてしまっていた。
「うにゃッ……!?」
「いきなり喉を狙ってくるたぁ、なかなかえげつねえなケモノ女。だが狙いは悪くねえ。ほれ、もっとやってみろよ」
口の端を持ち上げたまま微動だにしないギリュウに対し、ヒナタは鎧に覆われていない上腕を狙ってかぎ爪を振り下ろす。しかし同様に硬い金属音が響き、その刃はギリュウの皮膚一枚すらも傷付けることが出来なかった。
「おい、ちゃんと研いでんのかそのナマクラ。そんなんじゃ虫けら一匹殺せねーぞ」
「こ、こいつどうなってんのニャ!? まったく武器が通じねーニャ!」
普通では到底考えられない状況に焦るヒナタに、背後からツキヨが跳躍しながら叫ぶ。
「下がれヒナタ! 次は私がやる!」
ツキヨは両手に構えた槍に全体重を乗せ、ギリュウの左鎖骨付近を狙って身体ごと突き刺した。だが、やはり刃はギリュウの皮膚すらも傷付けることなく、硬質な音と共に弾かれてしまう。ならばと槍を手放し、腰の剣を抜いて斬りかかるが、やはり組んだままの腕を傷つけることが出来ず、跳ね返されてしまう。
「お前ら一応は戦士らしいが、ずいぶん頼りない連中だな。こんなザマで魔王軍の基地に乗り込んでよお、生きて帰れると思ってたのかぁ?」
ギリュウは一歩も動かず、それでいて明らかに見下した目つきでヒナタとツキヨの二人を眺めている。
「気のつええ女は好きだがよ、ケモノは趣味じゃねーんでな。尻尾でも振って踊ってりゃ、見世物としてお前らだけ生かしてやってもいいぜ、くっくっく」
それは文字通り、人を見る目ではなかった。ヒナタとツキヨにしてみれば幾度となく向けられてきた視線だが、久しぶりに味わう不快感に二人は身の毛もよだつ思いだった。
「ざけんじゃねーニャ! おめーみたいなゲスの筋肉ダルマなんてこっちから願い下げニャ、アホー!」
「まったく同感だな。お前たちがその目で私たちの村を踏み潰していったこと、死んでも忘れるものか!」
二人はギリュウと向かい合ったまま対峙していたが、背中に浴びせられる気配を敏感に感じ取ったのか、二人は間を開けるように左右へ飛び退く。それと同時に電撃の一閃がギリュウに直撃した。
「武器がダメでも、魔法なら……!」
後方からメリアが放った雷魔法はギリュウの全身を駆け巡り、その身を焦がす――はずだったのだが。
「おー、今のはちょっとだけビリッと来たぜ。マッサージの代わりにゃあなるかもなあ」
ギリュウはまるで影響がない様子で、相変わらず腕を組んだままビクともしない。
「それじゃ、これは――!」
続けてメリアが火球の魔法を放ち、燃え盛る火の玉はギリュウの顔面に直撃する。だがギリュウは一向に取り乱す様子も見せず、フンと息を強く吐き、一息で炎を散らしてかき消してしまった。
「ま、芸としちゃ面白いんじゃねーか? 俺にはどうってこともねーがな」
「そんな……魔法も通じないの……!?」
メリアは杖を握り締めたまま、目の前の光景が信じられず青ざめた顔をしている。
「で、そっちの男どもはナニができるんだ? ひょろっとしたヤローと、見るからに能無しって感じの金魚のフン、お前らだよ」
ギリュウは腕を組んだまま、ヒロシとヤクモを見下した目つきで眺め、挑発的にふんと鼻で笑う。
「だれが金魚のフンだッ! よーしゴーレム、電光石……じゃなかった、なんかいい感じに攻撃だ!」
ヒロシがどこかのトレーナーよろしく指を差すと、ゴーレムはズシンズシンと足音を立ててギリュウに迫り、右拳で殴りつける。
――ガギンッ!
およそそれは人間から聞こえるような音ではなかったが、硬質なものがぶつかり合う響きが周囲に広がった。ギリュウは姿勢こそ変えていないが、両足は数センチほど床にめり込み、周囲には亀裂が走っている。
「ほう、やるじゃねーか。まだこんな状態のいい機械人形が残ってたとはなぁ。お前ら、どこでコレを手に入れた?」
「そ、そんなのお前には関係ないだろ! ゴーレム、もう一発だ!」
ヒロシが命令すると、ゴーレムは左拳を振り上げてギリュウに殴りかかろうとする。ところがギリュウはそこでずっと組んでいた腕を解き、ゴーレムの手を掴んで握り返す。
「おっと、さすがにこれ以上は床に穴が開いちまいそうなんでなぁ。せっかくだから力比べと行こうぜ!」
ギリュウとゴーレムは互いの両手を組み合う、いわゆる手四つの力比べの体勢となる。最初はゴーレムが両目を光らせて押し込んでいたが、ある位置を境にその動きがぴたりと止まり、ニヤついた顔のギリュウがぐいぐいと押し返していく。
「う、嘘だろ……!? あいつはゴーレムのパワーも押し返すのか!」
以前、ゴーレムは魔獣ギラムとも互角に渡り合い、その巨体から繰り出されるパワーにも劣らない怪力を見せていた。そして女神の計らいで失った力の一部を取り戻しているはずだが、それでも魔将ギリュウには及ばないという現実が目の前に存在していた。ゴーレムも両足で床を踏みしめ踏ん張るが、どんどん足元が床にめり込み、周囲に亀裂が入っていく。そしてゴーレムの腕関節からは、高い負荷がかかり過ぎたせいか白煙が上がり始めていた。
(まずい、ゴーレムが壊されたら転送装置の破壊どころか、帰れなくなるかもしれないぞ……!)
咄嗟に状況の不利を悟ったヒロシは、すかさずゴーレムに「もういい戻れ!」と叫んだ。ゴーレムの手はギリュウががっちりと掴んでいて簡単に離そうとしなかったが、ゴーレムは瞬間的にタマゴ状の待機形態へと変形すると、ギリュウの腕をすり抜けて転がりながらヒロシの方へ戻って来た。
「おいおい。イイ所だったのに萎えるぜ、そういうのはよー。この欲求不満をどうしてくれんだテメーら」
やり場のなくなった両手をブンブンと振り、ギリュウは不機嫌そうにヒロシを睨みつける。そこへ視線を遮るように割って入ったのがヤクモだった。
「では、最後は私がお相手するとしましょう。満足頂けるかは保証しませんが」
ヤクモは丸腰のままでギリュウの前に立ち、構えすらせずに目の前の巨体を見上げている。
「おい、なんのつもりだそりゃ。お前みたいなヒョロガリ野郎が得物も持たずに俺とやり合うつもりか?」
「魔将というのはずいぶんと情け深いようで。私はてっきり真逆だと思っていましたが」
「……言うじゃねえかこの野郎。だったらお望み通り、スイカみたいに叩き潰してやるぜ!」
ギリュウは握り締めた拳でいきなりヤクモに殴りかかった。それはもはやパンチというより、巨大な杭や丸太が勢いよく迫ってくるようなものだったが、ヤクモは流れるような動きで身体の向きを変え、紙一重で直撃を避ける。
「……確かに恐ろしい腕力だ。直撃をもらえば、私の胴体など一撃でバラバラになってしまうでしょう」
「へっ、どうやら武術の心得があるらしいな。だがな、そういう奴にはこの手に限るんだよ!」
ギリュウはニヤリとほくそ笑んで言うと、やたら滅多にパンチを繰り出し始めた。ヤクモは最小限の動きでそれを避けてはいるが、絶え間なく続く攻撃に押され、次第に厳しい表情へ変化していく。いかに無駄のない動きだろうと、人間の体力は無限ではない。ましてヤクモは前衛の戦士ではなく、体力や身体の頑丈さに優れているわけでもない。
「ホレホレどうした、だんだん苦しそうなツラになってきたぜえ! 俺は一日中でもこうしていられるがよお!」
ヤクモは早々に体力の限界が来てしまったのか、一瞬だけ足がもつれたようにその場で動きを止めてしまう。その隙を待ってましたとばかりに、ギリュウは右拳を大きく振り上げて殴りかかった。
「真っ赤に潰れな!」
ギリュウの拳がヤクモの顔面に届こうとしたその瞬間、ヤクモは一足早く身を屈めて拳を避け、同時に前方へ踏み込みながらギリュウの伸び切った手首と脇の下に自分の両手を差し込む。そして一瞬強く息を吐いて身体の向きを反転させる動作をすると、同時に、ギリュウの巨体はふわりと宙に舞い上がり、頭から床へと派手に叩き付けられた。ギリュウは自らの重みのせいで肩まで床にめり込んでおり、部屋が揺れるほどの轟音と振動が周囲に広がった。
「す、すごい……あの巨体を投げ飛ばした……!?」
その様子を見ていたヒロシは驚いたが、ヤクモは警戒の表情を崩さずに言った。
「相手が誘いに乗ってくれて上手く仕掛けられましたが……それよりヒロシどの、今のうちに転送装置を。おそらく同じ手は二度と通じません!」
咄嗟の事で状況が整理できていなかったヒロシだが、ヤクモが不思議な技でギリュウを投げ飛ばして動きを止めた、今が千載一遇のチャンスである。
「よしゴーレム、こっちだ! 転送装置を使えないようにしてくれ!」
ヒロシはゴーレムを連れてそびえたつ巨石――転送装置の前に駆け寄り、ゴーレムに指示を出す。ゴーレムが両目を光らせると、巨石もそれに反応するように表面に文字が浮かび上がる。
『アクセス確認。レベル3 上級管理権限者 指令をどうぞ』
たくさん流れてくる文字のほとんどは読めなかったが、そう書かれている文字が浮かび上がったのをヒロシは見た。ゴーレムが再び両目を光らせると、次々に変更されていく文字列が『自爆指令』というところで停止した。
『コマンド承認。機密保持のため、当システムは五分後に爆発消滅します。周囲の作業員は速やかに避難してください。避難用の緊急ポータルを展開、転送先は直前に使用した座標に固定されました』
その文字が浮かび上がって点滅し始めるのと同時に、周囲にけたたましい警報音が鳴り響く。巨石は表面から真っ赤な光を明滅させ、緊急事態であることを分かりやすく示していた。
「よし、細工は出来た! 急いで脱出を――!」
操作を終えて振り返ったその時、ギリュウが地面に両手を付けて埋まっていた頭を引き抜く所だった。
「あークソ、いてえなこの野郎……誰が抵抗していいつったゴラァ!!」
ギリュウは一瞬にして豹変し、憤怒の表情でヒロシたちを睨み付ける。見る限り痛みを与えた以外に大したダメージも無い様子である。
「自分で殴れって言ったくせに……」
そう呟いた瞬間、ヒロシの脳裏に思い出したくない記憶が蘇る。この世界へ転生する前、毎日のように自分を怒鳴っては理不尽な命令を続けてきた上司と、ギリュウの言い方や態度がそっくりだと思ってしまったのだ。
(どうして急にこんなことを……いや、それよりも今は)
ヒロシは雑念を振り払い、新たに出現した楕円形のポータルを指して言った。
「みんな脱出だ! あと五分でここは吹っ飛ぶぞ!」
ヒロシの言葉にその場の視線が集まるが、ギリュウは床に置いていたハンマーを足で蹴り上げながら担ぐと、両足が地面にめり込むほどに踏ん張る姿勢を取った瞬間、ロケットのような勢いで高く跳躍し、ポータルの前に着地して立ちはだかった。
「痛みも感じねえうちに潰してやろうと思ってたのによお……コケにしやがって。もう許さねえ、一本ずつ手足をへし折ってから息の根止めてやる!」
ギリュウはまさに悪鬼のような表情で、手にした巨大なハンマーを床に叩き付ける。周囲には砕けた破片が飛び散り、床はハンマーと同じ形に窪んでしまい、その重さと威力を見せつけていた。
「こうなった以上、全員で仕掛けて隙を作るしかなさそうだ。ヒナタ、援護を頼む!」
「まーかせとけニャ!」
ツキヨとヒナタはいち早く状況を理解し、ギリュウへと果敢に飛び掛かって行く。二人の身のこなしは傍目にも目を見張るほど素早かったが、ギリュウは彼女たちの身体よりも巨大なハンマーを嵐のように振り回し、彼女たちを近付けさせない。直撃をもらえばひとたまりもない攻撃に、ツキヨとヒナタはなかなか攻めへ転じる糸口を見いだせなかった。
「こんな巨大な武器を小枝みたいに振り回すとは、なんという馬鹿力だ」
「コイツ脳みそまで筋肉で出来てるんじゃねーのニャ? それに近付いても攻撃が通じなかったらどうしようもねーのニャ」
「ああ、実はそこなんだが……」
ツキヨが手短に耳打ちすると、ヒナタの耳がピンと跳ねる。
「ははーん……試してみる価値はありそうニャ!」
ヒナタは大きな瞳をギラつかせ、低い姿勢から一気にギリュウへと肉薄する。ギリュウもハンマーを頭上に振り上げ迎え撃とうとするが、ヒナタは直前で急制動し、横っ飛びでいきなり進行方向を変えた。ハンマーはそのまま振り下ろされ床を抉るが、それを乗り越え踏み台にしながら、ツキヨが高く跳躍しギリュウの頭上を取った。ツキヨは空中で剣を真下に向け、両手で柄を握って全体重を乗せながら落下する。
「覚悟!」
「へっ、こんなモンで隙を突いたつもりかよ!」
ギリュウは不敵な笑みを浮かべると、叩き付けたばかりのハンマーを強引に腕力だけで引き上げ、振り降ろしと逆の軌道で叩き付けようとした。だがツキヨはその動きを見越していたとばかりに剣を引き、両膝を抱えるようにして身体を縮めながら身体をひねり、皮一枚の所で直撃を避けた。
「なんだと!?」
武器を振り上げてがら空きになったギリュウの懐には、いつの間にかヒナタが滑り込むように入り込み、間髪入れずかぎ爪を横なぎに降り抜いた。
「ぐっ……!?」
ギリュウは咄嗟に空いていた左腕で防御の動作を取り、その腕には三本並んだ切り傷が走り、血を流し始めていた。
「ツキヨ、やっぱり予想通りニャ!」
ヒナタは素早くギリュウの間合いから飛び退き、先に着地していたツキヨの隣に並ぶ。
「ああ、やはりさっきのように攻撃を弾くには、動きを止めていなくてはダメらしいな。動いている最中の死角や意識外からの攻撃なら勝機はある!」
「攻略法が分かったらこっちのもんだニャ。おめー、さっき一滴でも血を流したらアタシらの勝ちとか言ってたよニャ!」
ツキヨとヒナタが次の攻撃の機会を伺いながら言うと、ギリュウはわなわなと肩を震わせ、血が滴る左腕を強く握り締める。すると腕の筋肉がグッと盛り上がり、三本並んだ切り傷がぴたりと閉じてしまう。
」
「調子に乗ってんじゃねえぞテメェら! その手が通じるかどうか、もう一度試してみろやオラァ!」
ギリュウは目を血走らせ、興奮した様子で鼻息荒く近付いて来る。その姿には絶対の自信があり、彼の身体にみなぎる必殺の気配に肌が焼けるような錯覚すら覚えるほどだった。
「いけない二人とも! 今の目的はこの場を脱出することです! 奴とまともに向き合っては――!」
嫌な予感を感じて叫ぶヤクモだったが、時すでに遅し。ギリュウは腕を振って足元に散らばる床の破片をかき集めると、それを力任せに投げつけてきた。瓦礫をただ投擲するという原始的な攻撃だが、そこに魔将の圧倒的な腕力が加わった時、それは恐ろしい殺傷力を秘めた散弾へと変貌し、ヒナタとツキヨを襲う。
「うわ……ッ!?」
「ぐっ……!?」
かろうじて頭部や顔面への直撃は避けたものの、ヒナタとツキヨの手足や身体には無数の破片が直撃し食い込んだ。二人はその場から弾き飛ばされ、地面に倒れ込んで起き上がれなくなってしまった。
「あう……油断したニャ……」
「は、破片を投げただけでこの威力とは……ううっ……」
二人の様子からして、内臓や骨にもダメージを負っている可能性が高い。そしてこうしている間にも、自爆へのカウントダウンは刻一刻と迫っている。
「チッ、手こずらせやがって。やっぱりケモノ女なんざ生意気でロクなことがねーな。潰れて死ね!」
ギリュウは巨石のハンマーを担ぎ、二人めがけてそれを振り下ろそうと頭上に振り上げた。
「やめろ! ゴーレム、二人を助けてくれ! 新しい武器とかあるんだろ!?」
ヒロシがゴーレムに向かって叫ぶと、ゴーレムは「むっ」と返事をして両目を光らせると、数歩前に出て両腕を交差するポーズを取った。するとゴーレムの全身に青白い光の線が走り、肩や腕、脇腹や両足の部分が開くと、ずらりと並んだ小型のトゲのようなものがせり出し、百かそれ以上はありそうなそれらが一斉に発射された。小型の飛翔体はギリュウめがけて飛来し、着弾と同時に小規模な爆発を次々に引き起こした。
「うわっ!? こ、小型ミサイル!?」
爆炎に包まれるギリュウと殺到する小型ミサイルに驚きつつも、ヒロシは倒れているヒナタとツキヨの元へ駆け寄る。いそいでヒナタに肩を貸して立たせると、隣で同じようにヤクモがツキヨを立たせて背負い、すぐにその場から離れ脱出用のポータルが開いている方向へ走る。
「クソどもがぁ……こんなコケおどしが俺に効くかよ!」
ギリュウは降り注ぐ小型ミサイルの雨を全身で受け止めた後、床を蹴って猛然と突撃してきた。そのままゴーレムに体当たりして吹き飛ばすと、すぐにヒロシたちの方に視線を定める。
「そのカスどもを抱えて俺から逃げられると思ってんのか? 言っただろうが、全員この場で潰し殺すってよ」
確かにギリュウの言う通りであった。負傷した彼女たちを背負ったまま、この場を無事に逃げおおせるのは不可能に近い。どうあれ目の前の魔将ギリュウは、自分たちを生かして返す気はないのである。
(こうなったらもう……腹をくくるしかないのか……!)
ヒロシは心の中で決心すると、近くにいたメリアにヒナタを預け、両足の震えを懸命にこらえながらギリュウの方へ一歩進む。
「あ? なんのつもりだ金魚のフン野郎」
「……す」
「なんだって? 聞こえねえぞオイ」
ヒロシはぶるぶると身体を震わせた直後、勢いよく両膝を揃えてその場に座り、両手と頭を深く床に付けて叫んだ。
「お願いします、見逃してくださいッ!」
それは見事なまでの土下座であった。ギリュウはおろか、他の仲間もなにが起きたのか理解が出来ず、ただ唖然とするばかりである。
「なんだそりゃ? テメェふざけてんのか、あ?」
「いいえ、大真面目ですよ。だからこうして頼んでるんじゃないですか」
ヒロシは床に頭を擦り付けたまま、震える声でそう答える。ギリュウはしばらくポカンとしていたが、ヒロシのその姿を見てゲラゲラと大声で笑い始めた。
「くくっ、がはははは! こんな状況で土下座する奴なんて初めて見たぜ! お前よお、恥とかプライドってもんがねーのか?」
「こ、こっちも必死なもんで……恥だのなんだの言ってられないんですよ」
「さっぱり理解できねえぜ。もしかしてお前、必死にアピールすれば自分だけ見逃してもらえるとか思ってんじゃないだろうな」
「そこをなんとか……勘弁してくださいよ」
ヒロシは顔を上げず、土下座したままじっとしていたが、ギリュウはそんなヒロシを侮蔑の色を滲ませた眼で見下ろすと、彼の頭に唾を吐き捨てた。
「あーあー、そういや思い出したわ。こっちに来る前の話だけどよぉ、テメーみたいな役立たずのみっともねえ奴が部下にいたんだよ。人並み程度に働くしか能が無くて、いつも他人の顔色伺って、コメツキムシみてーにペコペコしててな。歳は違うがテメーにそっくりだったぜ。人間、腐ってもあんな風にゃあなりたくねえと思ってたもんだ」
(……!)
その時、床に頭を擦り付けたままのヒロシの目が揺らいだことにギリュウは気付いていない。
「テメーもどうせ、みじめでろくでもない人生送ってきたんだろ。これ以上生きてても無駄だからよ、俺がサクッと終わらせてやるわ」
ギリュウが呆れ顔でハンマーを持つ手に力を込めた瞬間、ヒロシは土下座のままで言った。
「……そりゃあ楽な人生だっただろうさ。面倒な仕事は部下に押し付けて、仕事中にパチンコ行くわ居酒屋で酒を飲むわ……それで手柄は全部自分のモノ、失敗は部下のせい。反抗的な相手は弱みを握ったり暴力で脅す……いつもそうだったでしょう、アンタは」
「あ? なに言ってんだテメー。なんでそんなの知って……いや、ちょっと待て。誰だテメェは!」
ヒロシはゆっくりと顔を上げ、ギリュウの顔を睨み上げる。その眼を見たギリュウは初めて驚きの表情を浮かべた。
「お、お前……ヒロシ!? いや、お前は歩道橋から落ちてくたばったはずだぞ!」
「それから色々ありましてね……おかげさまでまだ生き延びてるんですよ」
「この野郎……よくもノコノコと俺の前に顔を出しやがったな。テメーが勝手にくたばったせいで、俺がどんな目に遭ったか分かってんのか!」
「そりゃそうでしょう。あんたが勝手に引き受けてきた仕事や間違ったデータの整理、会議の資料作りから各方面への連絡と調整、備品の棚卸に工事の見積もり、その他にも色々と全部俺がおっ被せられてたんだから。おおかた俺が消えた尻拭いが間に合わなくて、あちこちからつつかれてたんじゃないですか?」
「その通りだよ馬鹿野郎! 社長には死ぬほど詰められて仕事までクビになって、おまけに警察が逮捕状持って俺んとこへ来やがった! それでワケも分からず車で逃げ出して……気付いたらこの変な世界にいたんだよ!」
ギリュウはかつてのヒロシの上司だった男である。本当の名前は伊藤義龍といい、高校、大学とラグビーで鍛えた体格と腕力にものをいわせ、押しの強さだけで強引に世間を渡ってきた男である。彼はヒロシの死によって長年にわたる自分の不正とパワハラが明るみになった後、職を失ったうえに警察に逮捕される直前に車で逃走を図った。その後、腹を空かせてコンビニで酒と食糧を買い込んで食べていたが、飲み過ぎによって気を失うように座席で寝てしまい、その間に吐いたゲロが気管に詰まって命を落としたのである。
「どうやらお互い、ロクな死に方じゃなかったみたいで安心しましたよ。まさかこっちの世界で再会するとは思わなかったけど」
「うるせえ! だがな、案外悪いもんじゃねえんだよこの世界は。なにしろ転生者ってヤツは、タダで反則みたいな能力をもらえるんだからな。おかげで今の俺は、元の世界よりずっとゴキゲンに暮らしてんだぜ」
「……魔王にへつらって、尻尾を振りながらだろ?」
「なんだと。もう一度言ってみろやテメェ」
「自分より上の相手にはゴマを擦って、弱い相手は踏みつける。なにも変わってないな、アンタは」
「それがどうした! あっちでもこっちでも関係ねえ、世の中は強ぇ奴が正義なんだよ!」
「つまりアンタは一生、魔王の手下として他人に使われながら生きて行くんだな。ずいぶん夢のある話じゃないか」
「おいコラ、テメェはいつからそんな偉そうな口を叩ける身分になったんだ能無し野郎。もう一度言ってみろオラァ!」
ギリュウはハンマーを振り上げてヒロシに叩き付けようとしたが、ヒロシはその行動を予測していたとばかりに前方へ転がり、隠し持っていた小袋をギリュウの顔面に投げ付けた。
「ぐわっ、なんだこりゃ!? 目が痛てぇ、ぐおおおおおっ!?」
それはかつて、ゴブリン退治の時に使ったトウガラシの粉が入った小袋だった。例の一件以来、ヒロシはお守り代わりに小袋をこっそりと持ち歩いていたが、それが思わぬ形で役に立ったのだ。
「こっちだって言いたいことは山ほどありますがね、それどころじゃないんだ。今回は俺たちの勝ちですよ」
「クソッタレがああああああああああ!!」
ギリュウは目を押さえたまま暴れ回るが、さすがに目が見えていなくてはハンマーの攻撃も空を切るばかりである。ヒロシは少しばかり走って距離を取ってから、わざと聞こえるように両手を叩く。
「どこ狙ってる! 俺はこっちだぞ、ちゃんと狙ってみろ! 能無し相手に指一本触れられないのかよ!」
ヒロシは大声でギリュウを挑発し、怒りが頂点に達していたギリュウは怒りに任せ、声のする方にハンマーを投げつけた。だが、それは素早く身を屈めたヒロシの上を通り過ぎ、背後にそびえ立つポータル発生装置に直撃する。
(やっぱりな……あんたはそうすると思ったよ。おかげで装置を確実に破壊できた)
轟音と共に巨石の三分の一ほどが砕け散り、表面に走る無数の青い線や文字がデタラメに光っては消えていく。この瞬間、ポータル発生装置は再起不能のダメージを負ってしまったのである。
「みんな、今のうちに逃げるぞ! 急がないと間に合わなくなる!」
ヒロシの言葉に頷き、怪我をしたヒナタとツキヨ、彼女たちを背負うメリアとヤクモが避難用ポータルへと飛び込んでいく。
「ゴーレムも急げ! あとは放っておいても大丈夫だ!」
ゴーレムもヒロシの言葉に従い、急いでポータルの向こうへと飛び込んで消えていく。
「よし、俺も脱出しなきゃ――」
ヒロシも仲間に続いてその場を後にしようとしたその瞬間、猛烈な勢いで突っ込んできたギリュウがヒロシの首を片手で掴み持ち上げていた。
「ぐはっ……!?」
「に、逃がすかコラァ……テメェだけはこの場で握り潰す!」
目潰しはまだ効いているはずだというのに、ギリュウは執念のみでヒロシの居場所を突き止め迫ってきた。ヒロシはギリュウの執念深さを見誤っていたことに後悔したが、力の差は歴然であり、もはや成す術がない状況であった。
「ヒロシよぉ……まさかこっちの世界で再会するとは思わなかったが、やっぱり目障りだぜテメェは。くたばりやがれ!」
ギリュウがヒロシの喉を掴む腕に力を込めようとした刹那、突然その腕に飛びつく影があった。それは今までどこに隠れていたのか、ずっと気配すら殺していたガンバの姿だった。
「ガ、ガンバ……!」
「なあヒロシ、お前なかなかの役者っぷりだったぜ。魔王軍の大物相手に面白いもん見せてもらったからよ、今回は特別サービスだ!」
そう言うとガンバはギリュウの手めがけて、鋭い前歯で思いっきり噛みついた。ギリュウは気を取られていたこともあって身体の高質化が間に合わず、ガンバの前歯は手の甲を貫いて反対側まで飛び出るほどだった。
「ぐわっ!? こ、このドブネズミがあっ!」
鋭い痛みにギリュウはヒロシの喉から手を離し、ヒロシは首の骨を折られそうな直前で自由となる。
「ほれ、さっさと行け! こいつは俺が抑えとく!」
「抑えとくって、無茶だガンバ! お前も一緒に……!」
「言ってる場合かバカヤロウ! 滅多にねえタダ働きを無駄にするんじゃねー!」
「し、しかし……!」
「いいから行けってんだ! 俺のことなんざ放っておけばいいんだよ!」
ガンバはギリュウの手にぶら下がりながら、ヒロシの背中を思いっきり蹴り飛ばす。ヒロシはそのままつんのめるようにして、避難用ポータルの光の中へと転がるようにして消えていく。
「ぐっ……あと少しの所で邪魔しやがって、このクソネズミ! 死ねっ!」
ギリュウの左手が迫るその瞬間、ガンバの口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
第十四話 力の魔将 おわり
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