第五話 魔獣討伐(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。身寄りがなくヒロシと一緒に生活を始める
初歩的な魔法が扱える駆け出し魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
亜人の戦士ヒナタとツキヨを仲間に迎えてから、すでに一ヶ月が過ぎていた。
の間、ダレル王からの呼び出しなどは無く、ヒロシたちは平和な日々を過ごしていた。そんなある日、ヒロシの家で全員が揃ってくつろいでいると、木の椅子に座っていたヒナタが急にわっと声を上げた。
「ヒマだニャ! 退屈だニャ! つまんねーのニャ!」
駄々をこねる子供のように手足をジタバタさせ、ヒナタは喚いた。
普段から活動的な彼女にとって、ただ家でじっとしているのはすでに限界を迎えつつあった。ソファで本を読んでいたツキヨ、テーブルで読み書きの勉強をしているヒロシとメリアの視線が同時にヒナタへと向けられる。
「せっかくパーティー組んだのに、なんもしねーで過ごすなんて青春の無駄遣いニャー! ダラダラするのは好きだけど、退屈は大ッキライなのニャ!」
プンスコと怒るヒナタの愚痴に、ツキヨは読みかけの本を閉じて言う。
「私とヒナタがここへ住まわせてもらってからというもの、特に何事もなく過ごしてきましたが……確かにそろそろ仕事を受けた方がいいかもしれませんね。今後の蓄えや生活費のこともありますので」
ツキヨの言う通り、仕事を引き受けておきたいのは事実であった。
四人分の食費や生活費はもちろんのこと、装備の更新や消耗品の補充や、いざという時のためにも資金を稼いでおく必要がある。働かざるもの食うべからずというのは、この世界でも変わらない原則であった。
「そうだなあ、仕事を探しに行く前に、もう一度俺たちの役割なんかを確認しておこう」
ヒロシが言うと、まずメリアが立ち上がってぺこりとお辞儀をする。
「私は魔法が使えます。まだ未熟で経験は足りませんけど、頑張ります」
続いて木の椅子に座ったままのヒナタが、両手を頭の後ろに回したまま言う。
「アタシは接近戦が得意だニャ。武器はかぎ爪と、一応弓も扱えるニャ。こう見えても村じゃ一番強かったんニャよ」
ヒナタが言い終わると、ソファに座っていたツキヨが背筋を真っ直ぐにして立ち上がる。
「私は一通りの武器が扱えますが、特に剣と槍、そして弓を得意としています。どのような場面でもお役に立てるかと」
三人が言い終わると、最後のヒロシに視線が集まる。ヒロシも立ち上がってはみたが、なかなか言葉が出てこない。
「あー、えっと……俺はその、なんていうか……」
三人はじっと次の言葉を待っていたが、ヒロシは謎のプレッシャーに押し潰され、思わず男泣きしてしまう。
「俺はッ! パーティのお荷物ですブヒィッ! 出来ることがないっ……!」
鼻水を吹きながら号泣するヒロシを見て、ヒナタは腹を抱えて笑っている。
メリアが鼻紙をもってきて差し出すと、ヒロシは盛大に鼻をかんで顔を上げた。
「せめて荷物持ちとかで頑張るから……」
しょんぼりしているヒロシを横目に、ツキヨが口を開く。
「ひとまず数は揃っているので、形にはなるでしょう」
気が済むまで笑っていたヒナタも、そこへ付け足すように言った。
「そーそー、依頼主が非戦闘員なんて、わりとよくある話ニャ」
「後衛は戦場を広く見て、死角からの接近や攻撃に警戒してくれれば、それだけでも助かります」
気を遣われてしまったようで情けないが、せめてそのぐらいの役目はこなそうと、かたく心に誓うヒロシだった。
「よ、よーし。仲間の理解も深まった所で、仕事を探しに行ってみよう」
ヒロシたち四人は冒険者ギルドへ赴き、いい仕事が入っていないか探すことにした。せっかく四人いることもあり、多少難度が高くとも実入りの多い仕事がいいだろうと考えていると、破格の報酬が提示されている仕事が目に入った。
「報酬一万!? すごいな、死霊使いの時にもらった全額の、さらに倍もあるじゃないか」
金一万ともなれば、数か月は遊んで暮らしていてもおつりがくる額である。
しかし報酬の高さばかりが目を引くが、仕事の内容はというと『北の古戦場跡に出る魔物を退治せよ』と書いてあるだけで、具体的な内容がどこにも書かれていない。
「マスター、この仕事って魔物を倒せとしか書いてないんだけど、どういうことなんだ?」
ヒロシが依頼の一覧表を見せて尋ねると、冒険者ギルドのマスターは少し難しい表情をした。
「ああ、その仕事か。書いてある通り、北へ向かう街道の途中で古戦場跡の遺跡を抜ける場所があるんだが、そこに狂暴な魔物が出るそうなんだ。すでに何台もの馬車や商人たちがやられてる。だがその魔物ってヤツは用心深くてな、どこからか突然現れて、人間や馬車を襲った後は風のように消えちまうらしい。だから詳しいことが全然分かってないんだよ。ここだけの話、王様の命令で向かわせた小隊が、手も足も出ずに逃げ帰ってきたって噂もあるんだ」
「な、なるほど……道理で賞金が高いわけだ」
ヒロシは躊躇したが、横で話を聞いていたヒナタは手を上げて声を上げた。
「はいはーい、この仕事引き受けたニャ! スリリングでおもしろそーなのニャ!」
「いや面白そうって、ハイキングに行くんじゃないんだから」
「ヒロシは分かってねーのニャ。退屈で鈍ったアタシの身体が、刺激とカネを求めているんニャ! やっすい仕事でチマチマ稼ぐより、一発勝負でドカンと稼ぐ! これが浪漫ってもんだニャ!」
「なんかものすごいダメ人間みたいなこと言ってるこの人!」
ギャンブル中毒のおっさんみたいな台詞を吐くヒナタに、ヒロシは開いた口が塞がらない。ともあれ勝手に二人だけで話を進めるのは良くないと、ヒロシはメリアとツキヨを呼ぶ。
「この仕事、二人はどう思う?」
メリアはヒロシ同様、この業界にはあまり詳しくないので判断はヒロシに任せると言ったうえで、
「これだけお金があったら、新しいお鍋や食器が買えますね。お花の種も欲しいものがあって、あれとかこれとか……」
などと彼女らしい使い道について考えていた。
そしてツキヨは少し考えこみ、いつもの通りあまり表情が変化しない顔つきで言った。
「足りない情報、正体不明の魔物、積み上がった賞金の高さ。この仕事、我々の想像以上のリスクがあると考える方が賢明でしょう。ですが、同時に大きなチャンスでもあります」
「チャンス?」
ヒロシが聞き返すと、ツキヨはこくりと頷く。
「王国の小隊ですら逃げ帰るような魔物を討ち取ることが出来れば、我々の名も相応に上がることでしょう。そうなれば国王もヒロシどのへの態度を改めざるを得ません。それに今後、国王からの依頼を受ける際にも手厚い支援を期待できるはずです」
「な、なるほど……頭がいいんだなあツキヨは。俺はそこまで考えが回らなかったよ」
「この仕事は大きな危険を伴います。最悪の状況となる可能性も低くはない。ですが、それだけに成功すれば得るものも大きい。ヒロシどの、どうしますか?」
話は責任重大である。自分や仲間の命がかかっている以上、軽率に判断するわけにはいかない。しばし考えこんだ後、ヒロシはぐっと真面目な表情で言った。
「俺はこの世界に来るまで、挑戦することからずっと逃げてた。失敗するぐらいなら、なにもしない方がマシだって……確かに安全だったよ。でも、なんの思い出も残らなかった。あの時ああすれば良かったとか、こうすれば良かったとか、ずっとその繰り返しでさ。全然面白くなかったなあ」
酒場の天井を見上げ、ヒロシはふうっと息を吐く。
それからメリア、ヒナタ、ツキヨの顔をそれぞれ見て深く頷く。
「でも今は違う。昔は自分一人だけだったけど、今は頼れる仲間がいる。俺にはみんなを信じる事しかできないけど、きっと上手く行くはずだ」
「では決まりですね。全員で力を合わせて頑張りましょう」
ヒロシに続いてメリアが言うと、ぞの場の全員が力強く頷く。
ヒロシはギルドのマスターを呼び、古戦場跡の魔物退治を引き受けるのだった。
王都ストームサングから北に延びる街道は、遥か先への砦へと続いている。
今回の目的地はその中間に位置する、古い時代の戦場跡とされる遺跡群だった。
そこは無数の瓦礫が今も散乱したままで、現在の様式とは全く違う文明の跡が垣間見える。だが、長い時を経て土と砂に埋もれた残骸からは、もはやこの地でなにが起きたのかを読み取ることは出来なかった。
古戦場跡の入り口で馬車を降りた四人は、馬車を安全な場所まで避難させると、周囲を警戒しながら遺跡の中へと足を踏み入れた。古戦場跡には背の高い住居跡なども多く残っており、想像よりも視界が悪い。
あちこちに死角があるので、用心しながら進むのは意外なほどに神経を使わされた。しばらくすると前を行くヒナタとツキヨが立ち止まり、特徴的なネコの耳とウサギの耳をピクピクと動かしていた。
「なんか近付いてくるニャ。ヒロシ、メリア、油断するニャよ」
「六、七……いや十匹以上だ。来る!」
ヒナタが手甲からかぎ爪を伸ばし、ツキヨが槍を構えるのとほぼ同時に、周囲の瓦礫の上から無数の人影らしきものが現れた。
「ヒョヒョッ! ホーッ! ホーッ!」
奇妙な鳴き声を発するそれは、ゴブリンに似た魔物の群れだった。
ただし肌の色は黄色っぽく、体格もゴブリンより一回りかそれ以上は大きい。
手には棍棒や石斧、石の槍といった原始的な道具を持ち、そして一番の特徴は、両足が毛をむしったウサギか鳥の脚のような形をしており、足の付け根部分はとくに発達した筋肉が見て取れた。
「ハネコブルだニャ! みんな頭上に注意するニャ!」
ヒナタがそう叫ぶと同時に、ハネコブルと呼ばれる魔物たちは一斉に動き出した。ハネコブルたちはノミやバッタのようにぴょんぴょんと跳ねながら素早く移動し、ひと飛びで四、五メートルもの高さまで跳躍すると、頭上から得物を振り下ろしてきた。
「……!」
攻撃をかわしたヒナタやツキヨが攻撃に転じようとした時には、すでにハネコブルはその場から飛び去り、再び周囲の瓦礫の上に登ってこちらを見降ろしている。
「は、速い! それにこの地形、あいつらにものすごく有利なんじゃないのか!?」
ヒロシの心配通り、周囲の残骸はハネコブルたちにとって安全地帯として機能し、地面で迎え撃つのは分が悪かった。
「ええ、奴らは岩場や瓦礫を好み、それらを巧みに利用する魔物です。動きに惑わされず、冷静に対処してください」
ツキヨは周囲を飛び跳ねるハネコブルの動きを冷静に見極め、槍の切っ先を向けてけん制する。そして一匹が横から飛び掛かった瞬間、素早く身体の向きを変えてハネコブルの胴体を槍の一突きで貫いた。
「ギエーーーーッ!?」
空中で槍の先端を引き抜くと、ツキヨは落ちてきたハネコブルに蹴りを見舞い、瓦礫の向こうへと吹き飛ばす。
隣のヒナタも別のハネコブルが振り下ろした石斧をかぎ爪で受け止め、がら空きになった胴体に小さな跳躍からの両足蹴りを叩き込む。矢のように吹っ飛んだハネコブルは瓦礫に頭から叩き付けられ、紫色の血飛沫をべっとり付けて動かなくなった。
「甘いニャおめーら。こんなんじゃアタシに指一本も触れないニャよ! それから……」
ヒナタはぐっと身を屈め、そこから地面を蹴って一気に跳躍した。
普通の人間では到底届かないような高さまで、彼女は一息で飛び上がってしまった。そのまま瓦礫の上に着地すると、こちらを見降ろしていたハネコブルへと肉薄する。
「飛んだり跳ねたりでアタシらにケンカ売ろうなんて、百年はえーのニャ! オラオラオラー!」
瓦礫から瓦礫へと飛び回り、ヒナタはハネコブルの群れを蹴散らしていく。
地上でそれを見上げていたツキヨも、槍から弓に武器を持ち換えて言った。
「では、私もラビト族の技をお見せしましょう。はっ!」
ツキヨは弓を構えたまま一瞬身を屈め、バネのように垂直に飛び上がった。
一瞬にして五メートルほどの高さまで跳躍すると、目にも止まらぬ速さで弓を連射し、三体ほどのハネコブルを一息で射抜いてしまっていた。
そのまま着地した彼女の顔は、いつものように冷静そのものである。
「す、すごい……! 普通の人間じゃこんな動きはできないよ」
ヒロシが驚いていると、視界の外から一匹のハネコブルが飛びかかってくる。
反応が遅れたヒロシは腕で防御の体勢を取るしかなかったが、そこへすかさず声が響いた。
「凍り付きなさいッ!」
メリアが杖をかざした瞬間、空中にいたハネコブルの身体が氷に覆われて固まり、そのまま地面に落下して砕けてしまった。
「やった、新しい魔法も上手く出来ました! ヒロシ様、怪我はありませんか?」
「ああ、おかげさまでなんともないよ」
危ない所をメリアの魔法に救われ、ヒロシは胸を撫で下ろす。
ふと回りを見れば、ヒナタとツキヨの活躍でハネコブルの群れは完全に勢いを削がれ、ヒィヒィと情けない声を出しながら退却を始めた。
ひとまず危険は去ったかと思っていたその時、突如として一匹のハネコブルが空中で腹から血を拭き出し、ブチッと嫌な音を立てて潰れた。
「な……なんだ……!?」
なにが起きたのか分からず驚いていると、今後は瓦礫の上にいた別のハネコブルの胴体が上下に分かれ、上半身だけが瓦礫の壁へと吹き飛んで潰れた。
目の前で起きている出来事が理解できず目を見開いているヒロシたちの前で、地の底から響くような唸り声が聞こえてきた。
「ヒロシ様、なにかいます! とても大きな……!」
メリアが指した方に目をやると、そこだけ空気が歪んでいるように見え、ゆっくりと動いている。
最初は目の錯覚かと思ったが、それは気のせいなどではなかった。
「グルルルル……!」
今度はハッキリと唸り声が聞こえ、重いものが地面に着地したような音が聞こえた。そして間を置かず、空中に無数の電流のような光が走ったかと思うと、今までなにも居なかった場所に、黒く巨大な四本足の獣が現れていた。
体高はおよそ三メートル、体長は六メートル近くもあり、ヘビのように動く長い尻尾を持っている。身体は暗黒の体毛でびっしり覆われていて、輪郭が分かりづらく黒い塊のようにしか見えない。
顔はトラやライオンに似て長い牙が生え、恐ろしげな形相をしている。刃物のような五本の爪が伸びた前足はヒロシの胴体よりも太く、その牙や爪にはハネコブルのものであろう紫の血が付着していた。
「こ、これが古戦場跡に住み着く魔物……!?」
真っ黒な顔の中で、黄色く光る眼と白い牙だけが強調されて見える。
怪物は瞳孔を細く絞り、周囲の空気が震えるほどの咆哮を発した。
「グアアアアアアアアッ!!」
鼓膜が破れそうなほどの声に思わず耳を塞いだヒロシたち四人は、それだけで圧倒されそうな威圧感を感じていた。
突然の出来事にただ戸惑うヒロシの前で、ツキヨが珍しく動揺した声を出した。
「暗黒の毛皮が、昼間でも夜の如く身を隠す……間違いない、こいつは……!」
彼女の表情は強張り、目を見開いて巨大な魔物を見上げている。
「ツキヨはこの魔物を知ってるのか?」
「これは魔獣ギラム……故郷の伝承に語られていた、恐るべき獣です! 本来はずっと北の険しい山脈を住処にしているのですが……そんなことよりも、とにかくまずい!」
ツキヨがそう言った瞬間、ギラムと呼ばれる黒い魔獣は、見た目からは想像もできない速度で引っ掻いてきた。ツキヨは咄嗟に槍で爪を受けたものの、丸太よりも太い前足の力に耐え切れなかった。
ヒロシとメリアもその巻き添えとなり、三人まとめて後方へ弾き飛ばされてしまう。
「うわっ!?」
「きゃあっ!」
二人でツキヨの身体を受け止める形になって地面に転がったものの、どうにか全員無事ではあった。だが、すぐに身を起こしたツキヨは折れてしまった槍を捨て、腰の剣を抜いて叫ぶ。
「逃げてください、早く! こいつは我々では勝てない!」
その言葉の意味を、ヒロシたちはすぐに思い知る事になった。
諸事情により次の投稿は水曜日夕方以降の予定です




