第十二話 女神の島
その島は背の高い木々の森で覆われており。島の中央に向かって参道らしき道が伸びているのと、海岸に小さな桟橋があるくらいで他に人工物らしいものは見当たらず、まさに無人島と呼ぶにふさわしい場所だった。船乗りたちを船に残し、ヒロシたちが船を降りると、破損した船をこの島まで引っ張ってくれたクラーケンが沖から顔を出して触手を振っていた。
「んじゃ、あたしはここまでだねー。パパとママが心配してるだろうし、一度ウチに帰らないと。この船は家来に港まで送るよう頼んどくから、安心していーよ。ほんと、助けてくれてありがとね! また困ったことがあったら手伝うから、いつでも呼んでよね!」
見た目は途方もなく巨大な白いイカだが、実に気さくな性格である。島まで船を引っ張っている間もよく喋り、鼻歌を唄っていたりと元来おおらかで明るい性格のようである。
「あ、そうそう。あたしの名前はエリザベスっていうの。でも友達からはエリーって呼ばれてるから、みんなもそう呼んでいーよ。んで、あたしを助けてくれたおにーさんの名前は?」
そういえば名前も名乗っていなかったことに気付き、ヒロシはクラーケンことエリーに向かって手を振りながら言う。
「俺はヒロシだ! 島まで送ってくれて助かったよ!」
「りょ、ヒロシだね! 今日はバタバタしちゃってゴメンだけど、またゆっくりお礼させてよ。それじゃみんな、まったねー!」
エリーはそう言うと巨体を海中に沈め、元気よく去っていった。彼女の姿を見送った後、ヒロシたちは参道の奥にあるであろう託宣の神殿へと足を向けた。森の中を十分ほど歩くと、ふいに森が開けた場所に出た。そこはかつて人が作った形跡があり、地面には石材が敷き詰められ、いつの時代の物か分からない石柱が何本も並んでいる。いずれも表面に緑の苔が生え、長い間手入れがされていない様子であった。奥へ進むと雨水の貯まった小さな池があり、その中央には大きな自然石の台座が敷かれ、その上に高さ三メートルほどの楕円形をした、大きな石碑らしきものが立っていた。
「ここが託宣の神殿? 思ってたより小さいなぁ」
ヒロシが周囲を眺めて言うと、同じく周囲の様子を確かめていたヤクモが口を開く。
「託宣の歴史は古く、この神殿も建てられた当時のままの形を残している。と、王様より頂いた資料には書いてありましたね」
「なるほど。そう頻繁に人が来る事もないだろうし、これで十分ってことかな」
などと納得していると、メリアが石碑の前に歩み寄り、苔むした表面にそっと手で触れる。彼女はじっとそうしていたが、やがて眼を閉じて黙り込んでしまう。
「……」
ヒロシはしばらく様子を見ていたが、メリアがなかなか目を開かないので、そっと肩を叩いて声をかけた。
「メリア、どうしたんだ? この石碑になにか感じたのか?」
メリアはゆっくりと目を開き、ヒロシの方へ顔を向ける。
「はい、確かに感じました。この場所へ来るのも、この石碑を見たのも初めてなのに……私、これを知っている気がするんです」
「王様が言ってたっけ。託宣の巫女を務める木精は『女神の娘ら』と呼ばれているって。これがそういう事なのか」
「詳しくは私にも分かりませんけど……でも、上手くできると思います」
「うん、それじゃ頼んだよ。女神様の言葉をを俺たちに聞かせてくれないか」
「はい、やってみます……!」
メリアは石碑の前に跪き、両手を胸の前で組んで祈り始めた。ヒロシたちの目にはずっと祈り続けるメリアの姿しか目に映らなかったが、しばらくするとメリアは無言のまま立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。彼女の見た目に変化は無く、いつも通りかと思ったが、どこか目つきが違って見える。そんな風に思っていると、メリアから口を開いた。
「あら、ずいぶんと久しぶりですね。人間たちが私の声を欲するのは、何年ぶりだったかしら」
姿はメリアそのものだが、彼女の口から出る言葉や声は明らかに別人のそれである。
「しばらくの間、託宣の巫女が途絶えてしまっていたようですね。もう人間は私のことなど忘れてしまったのかと思いました」
その声は優しげでありながら、どこか底知れない畏怖を感じさせる。不穏な気配は感じないが、急変したメリアの様子も含め、ヒロシたちの間に緊張が走る。
「ええと、あなたは女神様ですか? メリアではなく?」
ヒロシが恐る恐る尋ねると、メリアはにっこりと微笑む。
「はい、その通りですよ。私はこの世界を見守る者。人間が女神と呼ぶ存在です。今はこの娘……巫女の身体を借りてあなたたちと言葉を交わしています」
「や、やっぱりそうなのか。それじゃさっそくだけど、俺たちは魔王について知りたくてここまで来ました。魔王が何者で、どうして転生者を部下に従えてるのか、他にも魔王について知ってることがあれば、全部教えてください」
ヒロシの質問に、メリアの姿をした女神はじっと押し黙っていた。しばしの沈黙の後、再び彼女は口を開く。
「そうですか。あなたたちはいくつもの困難を乗り越え、魔王の正体に迫ろうと考えるに至ったのですね。それはとても素晴らしい事です。えらいえらい」
女神は子供をあやすように言い、両手をぱちぱちと叩いて微笑んでいる。そんな態度に少し面喰いつつも、ヒロシは次の言葉を待つ。
「すでに聞いているとは思いますが、魔王はこの世界の脅威であり、この世に生きる全ての生命の敵です。そして異世界より召喚された転生者は、天より与えられた『能力』を用いて魔王へ立ち向かう。それがこの世界の理なのです」
それは王様から聞いた話と、なんら変わらない。ダレル王が語った言葉は、確かに女神の言葉をそのまま受け取ったもので間違いはないだろう。だが、それを聞くためにわざわざ孤島まで足を運んだわけではない。
「それは王様から聞きました。けど、俺たちが知りたいのはもっと具体的な……魔王の正体がなんなのか、どうして転生者が魔王と戦うことを運命付けられているのか、どうして魔王はその転生者を配下に加えているのか、分からないことだらけなんですよ。これで魔王と戦えと言われても、納得するには無理があると思いませんか?」
ヒロシの矢継ぎ早な問いかけにも動じることなく、メリアの姿をした女神はじっと微笑んだままである。感情に揺らぎが無く、常に微笑んでいるというのは少し気味が悪くもある。
「……」
緊張感の漂う沈黙の後、女神は少し小首を傾げて言う。
「ええと、なんの話でしたっけ?」
間の抜けた返事に、ヒロシたちはガクッと力が抜けてしまう。
「だから、魔王の事ですよま・お・う! 魔王が世界を侵略する目的とか、どんな相手なのか全然分からないんですよ。それと転生者についても、なぜこの世界に呼ばれて、特別な『能力』を与えられて魔王と戦うのか。それにこの世界そのものだって、俺から見たら色々と違和感がてんこ盛りなんですよ。そのくらい、女神様なら知ってるはずでしょう?」
ヒロシは改めて疑問を並べて女神に問いかけたが、やはり彼女はその微笑を崩すこともなく、じっとヒロシを見つめている。
「あなた……ヒロシと言いましたね」
「は、はい」
「余計なことに気を回すと、長生きできませんよ」
平然とした口調で言い放たれたその言葉に、ヒロシは心臓をぎゅっと握られたような気分になった。
「……女神様が人間の俺を脅すんですか?」
「まあ、人聞きの悪い。これは忠告です。この世には、まだ知るべきでない事があるのです。下手に知識を得てしまうと、それが足枷となり、自らを窮地に追い込むこともあると覚えておきなさい」
「……」
「私は勇敢な人間がむやみに命を散らすことを望んではいません。ですが、この世界の歴史については伝えておきましょう」
女神はそう言うと、静かに語り始めた。
「まず最初に……魔王という言葉は本来、特定の存在を指す言葉ではありません。この世界では時代によりその都度、魔王と呼ばれる魔物が出現しています。もちろん、いずれも強い力を持ち、人間にとっての脅威という点は共通していますが。そしてその度に勇気ある者たち、あるいは転生者が魔王を打ち倒し平和を勝ち取る……そうした営みを繰り返しているのがこの世界です。ですが、これから私が語る『魔王』だけは、それらと一線を画す別物と認識しておいてください」
魔王が複数存在し、時代ごとに出現する。それだけで眩暈がしてくるが、これから女神が語るのは、その中でも特別な存在の話であるという。
「時を遡ること千年の昔……世界は強大な力を持つ魔王によって蹂躙され、滅びの危機に瀕していました。私は人間たちを率いて、魔王の軍勢と激しく戦いました。そこで大きな働きをしたのが転生者です。彼らに与えられた『能力』、その力は魔王にさえ届き得るものでした。当時、魔王は己の力に絶対の自信を持ち、そして転生者の『能力』を侮り、完全に油断していました。その油断を突き、私と人間の軍勢は、ついに魔王を討ち取ることに成功しました。その戦いの中で私自身も力の大半を使い果たし、今はこうして世界を見守る事しか出来ません。ですが人間たちは時が経てば、遠い戦いの記憶を忘れてしまう。だから託宣として、私は魔王の脅威を人間たちに伝え続けて来たのです」
女神の語る壮大な歴史に言葉もないヒロシだったが、女神はさらに驚くべき事実を語った。
「ですが……今になって予期せぬ出来事が起こりました。私たちがかつて倒したはずの魔王が、どういうわけか戻ってきてしまったのです」
女神の口調は重く、深刻な雰囲気を醸し出している。だがヒロシにはまだ、その意味がピンと来ていない。
「倒したはずの魔王が蘇っちゃったんですか。どうしてそんな……いやまあ、確かに魔王とか復活しがちだけど」
ヒロシがそう呟いた途端、初めて女神の纏う雰囲気が目に見えて険しくなる。その無言の圧力に気圧されるヒロシに、メリアに宿る女神は変わらぬ口調で続ける。
「魔王はその強大な力と肉体を失い、二度と蘇ることはないはずでした。しかし魔王は戻ってきた……これは私にとっても大きな誤算でした。蘇った魔王を打ち倒すべく、これまでに幾人もの勇敢なる者たちや転生者が魔王に挑みましたが……誰一人として戻った者はいませんでした。そして魔王に挑んだ転生者のうち、魔王に唆されて人間の側を裏切った四人が、魔王配下の四魔将を名乗っているのです」
「やっぱり先生の言ってた通り……四魔将は転生者だったんだな……!」
「魔王はかつての強大な力を失っている、それは確かです。もし本来の力を取り戻しているのなら、この私を放っておくはずがありませんから。ですが転生者を退け、配下にも従えている事実は重く見るべきでしょう。くれぐれも魔王を甘く見ないことです。その力も、恐ろしさも」
女神の言葉に場の空気はしんと静まりかえっていた。ヒロシはごくりと唾を呑み、それから首をひねって考え込む。
「ええと、ちょっと待ってくださいよ。これまでの話を簡単に整理すると……魔王の目的は女神様に復讐するってことですか?」
「もちろんそれもあります。魔王は私を特に強く憎んでいるはずですから。ですが、それ以前に魔王はこの世界に生きる全ての敵。魔王の存在を許すという事は、世界の破滅を意味する。このことだけは、どうか忘れないでください」
魔王という存在に対する女神の評価は、絶対的な脅威として揺るがないものである。失った力を取り戻し、その原因である女神への復讐が魔王の行動目的だとすれば、王都や人間社会への侵略が第一の目的ではなく、四魔将の行動が嚙み合っていない事にも一応の説明は付く。
「私が魔王について語れるのはここまでです。他に聞きたいことがあれば、遠慮なくどうぞ」
語り終えた女神の口調はどこか事務的にも感じられるが、ヒロシは気を取り直して質問する。
「じゃ、じゃあ次は転生者について教えてください。なぜ別世界の人間が特別な『能力』を与えられ、この世界に生まれ変わるのか? 誰がどうやって、なんのために転生者を選んでいるのか、その理由が知りたいんです」
ヒロシの問いかけに女神は黙って耳を傾けていたが、その後もじっと微笑んだままで返事が無い。
「あの、俺の話聞いてました?」
心配になってヒロシがもう一度尋ねると、メリアに宿る女神は口元に手を当てて笑う。
「うふふ……」
「いやうふふじゃなくて、転生者について教えてくださいよ」
「なぜこの世界に転生者が現れるのか、という問いについてですが……そういうものだと思ってください」
「えっ?」
「あえて理由を挙げるとするなら、この世界が『そう出来ている』としか答えられません。別世界の人間が特別な『能力』を与えられ生まれ変わる……ここはそういう場所なのです」
「あの、全然答えになってない気がするんですが……」
「鳥が空を飛ぶ。魚が水の中を泳ぐ。雨が降り、川となって流れ、やがて海となる。転生者も同じ『そういうもの』です」
「えーと……つまり女神様も、よく分かってないってことでいいですか?」
突然嚙み合わなくなった話にヒロシが呆れながら言うと、女神は小首を傾げるような仕草をして微笑む。
「それはヒミツです」
あまりにもふんわりした回答にヒロシはズッコケそうになるが、これ以上同じ質問をしても無駄そうであると思い、続く疑問をぶつけてみることにした。
「それじゃ次は、どうして俺は転生者なのに、特別な『能力』が無いんですか? おかげでずいぶんとひどい目に遭いましたよ」
ヒロシの言葉に女神は怪訝な表情をし、ヒロシをジロジロと眺めた。
「あら……よく見ればあなた、転生者なのに『能力』がありませんね。身体も頭脳も並、容姿も普通でこれといった取り柄もない……無能の人、といった所でしょうか」
「ぐぎぎっ……女神様まで無能呼ばわりするんかいっ! てか容姿は関係ないでしょうが容姿はっ!」
「珍しいことではありますが、『能力』を持たない転生者は他に例が無かったわけではありませんよ」
「えっ、本当ですか!? でも王様は前代未聞だって言ってましたけど……」
「それはそうでしょう。なぜなら、『能力』を持たない転生者は決まって早死にしてしまうのですから」
しれっと返される女神の言葉に、ヒロシは血の気が引く思いだった。
「名を上げる前に命を落としてしまえば、それは居ないのと同じこと。だから世間的には『無能』の転生者など存在しないのです」
転生者に『能力』が無いと分かった時にどんな扱いを受けるか、ヒロシはそれをよく知っている。そうでなくとも魔物がはびこるこの世界で、異世界の人間が生き延びるのは、それだけ難しいという事なのであろう。
「あの、そもそも『能力』ってなんなんですか。どうして転生者だけ、あんなルール無用みたいな強力な力が与えられるんです?」
ヒロシの問いかけに、女神はまたも沈黙し、小首を傾げて微笑む。
「それもヒミツです」
「またかいな!? ていうか秘密多くないですか女神様!?」
「全ての真実を知ることが最善とは限りません。今はまだ、知らない方が良いのです」
肝心な部分を誤魔化す女神の態度に胸がつかえるような気分だったが、そんな心情を見透かしてか女神は続ける。
「ただ、転生者に与えられる『能力』には一定の法則があります。『能力』とは無作為に与えられるものではなく、本人の資質によって決まります。人間としての強い個性、執着、渇望。そうした適性によって、転生者に与えられる『能力』は選ばれているのです。人品骨柄などではなく、純粋なる資質……それが転生者であるとも言えますね」
なかなか理解の追い付かない話ではあるが、魔王に寝返った四人の転生者が実在することを考えると、人格が転生の条件に含まれていないのは事実のようである。
「だとしたら……どうして俺はこの世界に呼ばれたんだ。取り柄もない、自分一人じゃなにもできない俺なんかが、この世界に転生したことになんの意味があったんだ! 嫌がらせにしては手が込みすぎだろう!」
資質によって転生者が選ばれるのだとすれば、『能力』を持たない自分の存在は大きな矛盾である。訳も分からず放り出され、過酷な状況に置かれ続けた怒りが、今になって沸々と湧き上がってきた。
「……」
その瞬間、ふとメリアの表情が悲しげに曇る。それがメリア本人のものか、彼女に宿る女神のものかは見分けが付かなかったが。
「私は女神と名乗ってはいますが、全てを見通せる訳ではありません。先ほども語った通り、力の大半もすでに失っています。ですから『能力』を持たないあなたが転生者として現れた理由は、正直に言って私にも分かりません。ですが……」
メリアに宿る女神は怒りを滲ませるヒロシの手を取り、優しげな口調で言った。
「あなたがこの世界へ来たこと。苦難を乗り越え、頼れる仲間を得て共に私の元へ辿り着いたこと。それらにはきっと、大きな意味があるのだと私は信じています」
不思議と、胸の奥に湧き上がる怒りが静まっていく気分だった。もちろん引っ掛かる部分は多いが、自分の存在に意味があるのなら。そう思えば振り上げた拳を下ろしてもいいと、ヒロシはそんな気分になるのだった。
「……分かってくれたのですね。ありがとうヒロシ」
「まだ納得はしてませんけどね。でも、ここで八つ当たりするのも違うだろうし。その代わり、次はヒミツにしてる話とか色々教えてくださいよ! そういうのなんか、すっごくムズムズするんで!」
「ええ。あなたたちが困難を乗り越え、魔王と対する時が来たなら……微力ながら、私も手を貸しましょう。そしてその時、私の知る全てをお伝えします」
女神はヒロシの手を握り締めた後、そっと手を離す。
「ヒロシ、私からひとつお願いがあります。この子を……メリアを大事にしてあげてください」
「ど、どうしたんですか急に。そりゃまあ、大事にはしてるつもりですけど……」
「木精は力を失った私に代わり、人々を導くために生まれた一族です。この子たちは私の力を受け継いでいて魔力の感受性が高く、精神や思考、感覚に対する攻撃には高い耐性を持っています。一緒に連れていれば、そうした術を破る助けになるでしょう」
「メリアにはもう何度も助けられてますよ。って、待てよ……? もしかして俺がイレーナの『魅了』から抜け出せたのって、メリアがいてくれたから?」
「ええ、その通りです。この子が近くにいたからこそ、『魅了』の魔力を弱め、支配から抜け出すことが出来たのです。私とメリアのお手柄ですから、うんと褒めなきゃダメですよ?」
女神はふんすと胸を張り、得意げな顔をしながらヒロシを期待の眼差しで見ている。
「え、えーと……えらいっ! メリアはえらいっ! あと女神様もえらい!」
とりあえずで雑な褒め方になってしまったが、それでも女神は嬉しそうに笑っていた。
「ふふ、褒められるというのはなかなか気分が良いものですね」
「なんというか、思ってたより俗っぽい感じですね女神様って」
「ギャップ萌え、と言うんでしたっけ。こういうのも悪くはないでしょう?」
「なんでそんな言葉知ってるんだ……」
「まあまあ、細かいことは気にしないでください。それよりヒロシ、あなたが連れているのはゴーレムですね。外観の程度は良好ですが、故障によって機能の大半が失われています。せっかくなのでここで少しパワーアップしちゃいましょう。ゴーレムよ、こちらへ」
女神が招くと、ゴーレムはいつものように「むっ」と返事をして石碑の前までやってくる。そしてゴーレムが石碑に手を触れると、石碑の表面に緑色に光る線と、奇妙な文字が浮かんでは消えていく。しばらくするとゴーレムは石碑から離れ、両目を光らせて「むっ」と声を発した。
「アップデートファイルの送信完了です。これで動力のエネルギー効率が上がり、半分程度まで出力が可能です。ついでに戦闘データも送っておきましたから、一部の武装も解禁されますよ。やはり火力は正義ですから」
得意げにペラペラと喋る女神に、ヒロシはつい呆気に取られていたが、気を取り直して問いかける。
「というか、女神様はこのロボットについてずいぶん詳しいみたいですけど、これって……」
「ええ、かつて魔王軍と戦う際に、私が用意した兵器のひとつです。いわゆる汎用人型決戦――」
「ああ! わかりましたロボット兵器ですね強そうだなあ!」
言い終わる前にヒロシに言葉を被せられ、女神は少し不満そうな顔をするが、すぐに元の得意げな表情に戻る。
「ただし、これ以上の修理と強化は専用の設備が必要ですね。音声ユニットも交換が必要ですし、どこかで古代の遺跡を見つけたら部品を探すと良いでしょう。ゴーレムには古代装置へのアクセス権を持たせておきますから、それまでは現状で我慢してください」
「今までもゴーレムには十分助けられてきたのに、それがもっと強くなるんならいう事なしですよ。ありがとうございます」
「むふふ、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてもいいんですのよ?」
(俗っぽいというより、結構オタク気質なのかもしれないなこの人)
そんなことを考えていると、女神はヒロシの方へ近づき、じっと見つめてきた。
「さて……そろそろ時間のようですね。魔王軍との戦いは厳しいものとなるでしょうが、くじけてはなりません。皆の力を合わせれば、どんな困難も乗り越えらえるはずです」
「はは、俺なんかがどこまでやれるか分かりませんけど……前向きに善処します」
「再びヒロシと言葉を交わせる日を楽しみにしていますよ。それではごきげんよう」
そう言い残すと同時に、メリアの身体からふっと独特の気配が消えた。メリアは緑の瞳でじっとヒロシを見つめていたが、無言のまま顔をヒロシの胸に押し付けるようにして抱き付いてきた。
「わっ、急にどうしたんだ? どこか具合でも……?」
ヒロシが照れ隠しに視線を泳がせていると、胸に顔を押し付けたままメリアは言った。
「話は全部聞こえていました。ヒロシ様……」
「う、うん?」
「ヒロシ様と出会えなければ、私はここに立ってはいられませんでした。だから意味はありました。あったんです……私にとっては……」
怒りに任せて口から出た言葉が、メリアを傷付けてしまったかもしれない。そう気づいたヒロシはハッとして、バツが悪そうにメリアの背中をポンポンと叩く。
「ごめん、つい頭に来て余計なことを言っちゃったな。でも、そう言ってもらえると俺も救われた気になるよ」
しばらく静かな雰囲気であったが、両手を頭の後ろで組んだヒナタが呆れ顔で言った。
「ところでオメーら、イチャつくんなら帰ってからにした方がいいニャよ」
その言葉を聞いた途端、メリアは耳まで真っ赤になってぴょんと飛び退いて身体を離す。ヒロシも宙を泳ぐ両手をわたわたと動かし、誤魔化し笑いを浮かべていた。その後ろでずっとノートに文字を書き込んでいたヤクモは、ノートを閉じて言った。
「さて、私も話を聞かせてもらいましたが……正直なところ、確信に迫るような情報は得られませんでしたね。収穫といえばメリアどのの存在が転生者との戦いに重要であることと、ゴーレムの強化。そして過去に一度倒されてから蘇った魔王を、女神がとても危険視しているという事でしょうか」
相変わらず要点をまとめて分かりやすく説明してくれるヤクモの発言に全員が頷き、ヒナタが続けて言った。
「てか、さっきのアレ本当に女神だったのニャ? 大事なコトはぐらかすし、なんか神様って感じじゃなかったニャ」
その言葉も、全員が薄々感じていた違和感を的確に言い表している。
「た、確かに思ってたのと違うというか……でもゴーレムのパワーアップもしてくれたし、嘘は言ってないと思うけど、うーん」
腕を組んで考え込むヒロシだが、女神との会話の中で特に一貫していたのは魔王についての警鐘である。魔王がどのような存在であるのかは相変わらず不明だが、女神は魔王の存在を強く危惧している様子である。
「ま、アタシは魔王をぶっ倒して村の仇を取れたらどっちでもいいニャ。ツキヨもそこは一緒だよニャ?」
ヒナタの考え方はシンプルだが、それゆえにブレや迷いが無い。目的を同じにするツキヨもまた、コクリと頷く。
「ああ、同感だ。魔王に近付いていけば、その謎もおのずと明らかになるはず。詳しい分析はヤクモどのにお任せします」
意見の一致を確認した二人は、頭脳労働担当であるヤクモに目を向ける。
「ええ、その件についてはお任せを。それともうひとつ、転生者が資質ゆえに選ばれ現れるのだとしたら、四魔将に続く裏切り者が現れないとも限りません。今後も転生者には十分注意しておいた方がいいでしょう」
その言葉を聞いて、ツキヨが懸念の色を浮かべた瞳を彼に向けた。
「新たな転生者が敵に回ることがあったとしたら……確かにぞっとしませんね。彼らの『能力』は、正面から相手をするには分が悪すぎる」
「なるべく他の転生者とは協力関係を築きたいところですが、状況次第ですね。ともあれここでの用事は済みました。一度帰還して、今後の方針をまとめることにしましょう」
ヤクモの提案に異を唱える者はおらず、ヒロシたちは神殿を後にし、来た道を引き返すのだった。海岸に停泊している船まで戻ると、船乗りたちが忙しく破損した部分の修理を行っている。一番大きなマストは折れてしまったが、船に積んであった予備の材料でどうにか修復を行い、一応の修理が終わる頃には翌朝になっていた。そろそろ出航しようという時間になり、ヒロシたちは船の甲板に立っていたが、そこでクラーケンのエリーが言っていた言葉を思い出す。
「そういえば帰りは家来が運んでくれるとか言ってたっけ。おーい、そろそろ帰りたいんだけど、誰かいるのかーい!」
ヒロシが海に向かって叫ぶと、沖の方から大きな影が近付いて来た。それは船の近くまでやってくると、水しぶきを上げながら姿を現わした。それは全身が暗い緑色のウロコで覆われ、その表面から無数の海藻を生やした巨人であった。巨人の顔に至るまで皮膚は緑色で、顔つきは人間よりも魚に近い。いわゆる半魚人という姿だが、海面から見えている上半身だけでも三十メートル近くはあろうかという巨大さであった。船乗りたちは驚きで腰を抜かす者もいたが、巨大な半魚人は大人しく、船に危害を加える様子は無かった。
「う……姫様の、いいつけ。おれ、お前たちの船、はこぶ」
巨大半魚人はたどたどしい言葉を口にしながら、手に持っていた極太のロープを船に括り付けると、それを引いて海の中を歩くように進み始めた。動きはゆっくりに見えるのだが、その一歩が長大なこともあり、船は風を受けるよりもずっと早く進んでいく。こうしてヒロシたちは港町リンドを目指し、帰路に就くのであった。
第12話 女神の島 おわり
次回の更新は金曜19時予定
作者体調不良につき更新が遅れる可能性があります




