第三十四話 荒野の決戦(7) 勇者の証
「アンジェラ!」
思ったよりも硬い手応えにハヤトは剣を突き立て、足元を切り裂く。
その奥に小さな光が見えるが、もっと深くまで掘らなくては届きそうもない。
そしてハヤトの背中には無数の怪物が殺到し、執拗に攻撃を仕掛け苦痛を与えてきた。
「うぐぐ……こ、このくらいで負けるか……アンジェラはもっと、ずっと……!!」
背中越しに重い打撃を受け続けながらも、ハヤトはひたすら、硬い肉のような感触の床を掘り続ける。爪が割れ指先から血が出ても構わず、ただ必死に掘り続ける。
そしてついに、透明な丸い壁に包まれ、その中で身体を縮めて丸まった姿の少女を見つけた。
薄紫色の服を着て、白っぽい髪の毛の女の子――アンジェラに間違いなかった。
ハヤトは穴に身体を突っ込んで彼女に手を伸ばすが、透明な壁に阻まれてどうやっても触れることが出来ない。
「アンジェラ、オレだよ! 迎えに来たんだ!」
ハヤトは叫ぶが、アンジェラは横たわったままぴくりとも動かない。
「こんな場所にいちゃダメだ、オレと――!」
そう叫んだ時、周囲から黒い炎が染み出して来てハヤトの身体を取り囲む。
「わあああああっ!」
本来なら生物が触れれば即死する程の危険な炎だが、タバサのかけてくれた加護によってハヤトはその影響を軽減できていた。だが、即死せずとも身を焼く熱は激しく、黒い炎が両腕に燃え移っていく。
「うわーーーーっ!!」
熱さに耐えかねハヤトは絶叫するが、伸ばした両腕を引くことだけはしなかった。ここで引いてしまったら、二度とアンジェラに届かなくなる。強くそう感じながら、火に焼かれ黒ずんでいく腕を伸ばし、ハヤトは言う。
「き、聞いてよアンジェラ……ぐっ……お、俺、アンジェラと行きたい場所とか、見たいものとかいっぱいあるんだ。だ、だから……」
その時、風もなくアンジェラの顔にかかった白い髪がはらりと動いた。
その下に隠れていた彼女の両目から、小さな雫が溢れるのをハヤトは見た。
その時、ハヤトを包む黒い炎が音もなく消え去っていく。
周囲に群がっていた怪物たちも闇へ解けるようにして消え、ハヤトの身体がフッと楽に軽くなる。そして行く手を阻む透明な壁が無くなり、穴の奥へ落ちたハヤトは這いずりながら、焼けた両腕でアンジェラを抱きしめた。
「……遅くなってごめん」
アンジェラは何も言わない。
それでも伝わる体温を感じ、ハヤトはニッと笑顔を見せた。
「約束するよ。オレ、ずっと一緒にいる。もうアンジェラが泣かなくていいように。だからさ……ほら、ここから出よう」
その時、じっとしていたアンジェラの身体がわずかに動く。
彼女は両手でハヤトにしがみつき、小さな身体を震わせる。
言葉もなく双眸から溢れる雫は温かく、その理由は今までとは全く別のものだった。
「――あ、あれは!?」
戦場で大巨人の動きが止まり、それを見上げていたヒロシたちは異変に気付いた。喉元に開いた黒い穴から、アンジェラを抱えたハヤトが飛び出してきたのだ。
だがその先には足場がなく、二人は逆さまに落下してゆく。
「ゴーレム!」
いざという時のために待機させていたゴーレムに命じると、ゴーレムは背中に出現させたブースターに点火、一気に空中を飛んで落下する二人を受け止めて戻ってきた。
アンジェラは気絶しているだけで目立った傷はなかったが、一方のハヤトはボロボロで、特に両腕はひどい火傷を負っており、それを見た者が思わず声を出してしまう程だった。すぐに清潔な水をかけて回復魔法を施したが、その一方で戦場にそびえ立つ大巨人は、その姿を維持したままだった。
「どうなってるんだ、この子を連れ出したのに巨人が消えない!」
アンジェラが離れれば大巨人も力の源を失って崩れるかと思っていたヒロシだが、大巨人はその身に宿した魔力が膨大すぎるがゆえに、すぐには消滅することなく活動を続けていた。
大地を揺るがす巨大な手で這いずり前進してきた大巨人は、その顔をヒロシたちの居る連合軍本陣に向けた。
「ま、まずい――!?」
その瞬間、誰もが同じことを思った。
自分たちめがけてさっきの凄まじい光線が放たれれば、一人残らず蒸発してしまう。だが、その圧倒的巨体を、恐るべき光線を止める方法などあるはずもなかった。
味方の内に動揺が走りざわめく中、突然ハヤトが起き上がり、周囲の制止を振り切って走り出したのだ。ハヤトは赤く爛れた腕で剣を構え、大巨人と一人向かい合う。
「これ以上は行かせない! みんなには指一本触れさせないぞ!!」
まだ少年であるその身体のどこから出ているのかと思うような、猛烈な気迫がハヤトを支えていた。
その気配を脅威と察したのか、大巨人は口を開き、喉の奥を光らせ始めた。
「ダ、ダメだ、もう間に合わな――!」
もはや打つ手がなく、誰もが呆然とする中、桁違いの破壊エネルギーを収束した光線が発射された。
恐怖や後悔すら感じるヒマもなく、一瞬で全てが終わる――
思わず目を瞑ってしまったヒロシがもう一度目を開けると、激しい光を放つ破壊エネルギーの塊を、たった一人の少年が剣で受け止めていたのだ。
「うぐぐっ……!」
暴れ狂うエネルギーの塊を押し留めるハヤトの全身からは血が噴き出していたが、それでも少年は決して地に膝を付くことはなかった。
「お、オレには勇者のチカラがあるんだろ……だ、だったら!
今ここで、みんなを守れなきゃ意味がないじゃないか!!」
その瞬間、ハヤトの身体から放たれた謎の力は、圧倒的な破壊エネルギーにさえ劣らないものだった。傷だらけの全身に満ちるその力は少年の両腕に宿り、彼が握り締める剣へと流れ込んでいく。
「うああああああーーーーーーーーっ!!」
絶叫と共にハヤトは踏み込み、剣先を回転させるようにして力の流れを変え、裂帛の気合と共に剣を振り下ろす。
その瞬間、奇跡は起きた。
――ズガァァァァンッ!!
全てを消し飛ばすはずだった破壊光線はそのまま跳ね返され、大巨人の頭部に直撃。一瞬で跡形もなく蒸発させてしまった。
残りのエネルギーも遥か上空へと伸び、やがて雲散霧消し消えていった。
頭部を失った大巨人はそこで動きを止め、光線が直撃した衝撃で背筋が伸びたような姿勢になっていた。誰もが目の前で起きた光景が信じられず唖然とする中、ゴーレムが前に出て胸部の装甲版を手で開いた。
「――むっ」
そこに内蔵された装置から、大巨人の胸部分に向けて細い光線が横薙ぎに一瞬だけ照射された。それにどんな意味があるのかと思われた次の瞬間、大巨人の胸部で凄まじい爆発が連続で起こり、形を留めない程に破壊していた。
「な、なんだ今の!?」
信じられない光景の連続に開いた口が塞がらないヒロシだが、以前見たゴーレムの武装の中にあった言葉を思い出す。
ポジトロンボルト――それは陽電子砲の一種であり、元の世界で見たSFアニメなどに登場する、照射した対象を対消滅のエネルギーによって破壊するという、超強力な兵器の名前であった。
「ゴーレムお前……こんなすごい武器まで内蔵してたのか」
ヒロシはただ驚嘆するしかなかったが、そこで大巨人を形作る魔力の気配が消え失せ、指先から腕、腕から身体へと崩壊を始めた。
両腕が崩れた後、大巨人は背伸びをするように真っ直ぐ伸び上がった後、仰向けの形で背中からに倒れていく。魔王軍の一部はその下敷きとなり、押し潰された兵士や魔物の数はおびただしいものとなり、魔王軍は大混乱に陥ったのだった。
森の中に作られた救護用テントでは、両腕を包帯でグルグル巻きにされたハヤトが簡易的なベッドに寝かされていた。隣のベッドには彼が連れて来てたアンジェラも気を失ったまま眠っている。
二人の様子を見ながら、ヒロシは近くにいた救護班の軍医に尋ねた。
「――怪我の具合は?」
灰色がかった髪の初老の軍医は、処置を終えたハヤトの腕に目を落としながら言う。
「タバサ様の加護のおかげでどうにか持ちこたえましたが、下手をすれば両腕が無くなっていたでしょう。まだ子供だというのに、大した精神力ですよこの少年は」
感嘆する医師の言葉に、ヒロシもホッと胸を撫で下ろす。
一緒にいたメリアと共に少年の顔をじっと見つめていると、ハヤトはゆっくりと目を開けた。
「……アンジェラは?」
開口一番にそう言うハヤトに、ヒロシは隣のベッドを指す。
ハヤトが顔だけを動かすと、ベッドの上で静かに眠る幼い少女の姿があった。
「すごいぞハヤト、大手柄だよ。本当によく頑張ったな」
「……へへっ。オレ、カッコよかった?」
「ああ、ハヤトは本物の勇者だよ。あんなでっかい怪物をやっつけたんだもんな」
「夢中で飛び出しちゃったけど、跳ね返す技が上手くできて良かったよ。
あ、そうだ、ヒナタのねーちゃんは?」
「無事だよ。ついさっき治療が終わって、ハヤトと入れ替わりで出て行っちゃったけど」
「そっか。あとでねーちゃんにもお礼言わなきゃ」
ハヤトは安堵した様子で、いつものような明るい笑顔を見せた。
その顔を見たヒロシは目を細め、ハヤトの頭を軽く撫でてやる。
「俺も見習わなきゃな。ここから先は大人に任せて、ハヤトはその子の……
アンジェラの傍に付いててあげるんだ」
「……うん」
ヒロシは後を軍医に任せ、メリアと共にテントを出て本陣へと戻る。
そこでじっと戦場を見つめていたヤクモは、静かに告げた。
「大巨人は消滅しました。この戦、我々の勝ちのようですね」
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