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アヤカシ太夫♂とイロオトコ  作者: 駿馬
妖神(アヤガミ)
35/53

妖神(アヤガミ) ─叁、

 



「…… そう言えば、この頃からでした」


 ふと、思い出す様に鍬刃が漏らす。


「人妖魂混に、あの野衾が混ざり始めた辺りです」

「"野衾"……」

「左様、」


 一呼吸。当時の其れを辿るかの如く、凛とした空気を胸に溜め。


「翌日の人妖魂混。何やらほんの少しだけ様子が違ったのは……

 今にして思えば、私の勘違いでは無かった様ですね」


 腕を組んだまま、す、と目を閉じる。

 暫し思考を巡らし、言葉を選ぶ様に、ゆっくりと言を紡ぐ。


「…… 三月二十日。

 この日の人妖魂混は、…… 細切れにされた妖が一体、少し齧られた照兜魚(てるとうお)、尾を落とされた鰻男。

 細切れのあれが、駄韋監視役が帰還後に語った"野衾"であったと思われます。

 人型の大蝙蝠、未知の妖……暫定的に野衾としました」

「人型の……蝙蝠、ですか?」

「左様。"人型"です」


 鴉獄の膝を握っていた拳に、僅かに力が入る。


「……細切れにされた"其れ"、私が見た限りでは欠けはありませんでした。強いて言えば、指が一本無い程度。

 儀は開始されました。依代の周囲に妖が配置され、溶解する直前です。

 ……見間違いで無くば、あれは"笑った"」

「笑っ…?」

「口角を上げ、ゲ…、とだけでしたが。次の時には、あれだけが"鮮明な赤"の液体となっていました」


 ……細切れにされ、尚"生きていた"。

 肌が粟立つ。


「一寸三分程度でした。

 他の妖の赤黒い液体、そして野衾の鮮明な液体。

 依代に取り込まれた時、彼は"反応した"」

「? 其れは如何言う、」

「目が見開かれ、あの身がガタガタと震えていた……

 同時、何か…… 一瞬だけ、肌を刺す気配を感じました。

 嗚呼、忘れもせぬ……

 昔感じた……あの、(やすり)を宛がった様なざらりとした……」


 瞼の隙間より覗かせた瞳に、行燈の光が揺れる。


「依代は、満たされた様な顔でした。満腹とでも言いたげな、恍惚たる顔……

 そして、周囲は気付いていませんでしたが。

 瞳の色が、変化していた」

「…… 其れは、」

「薄っすら、瞳に"金"が宿り始めていました。

 同時、"白目に朱が混じり始めていた"。

 当時は単なる充血かと思っていましたが、……あの時からだったようですね」


 充血、ではなく。


「"鬼神の目"です」




 * * * * * * * * * *




 参月弐拾弐日。



 前日より駄韋監視担当・空眺からの連絡無し。


 また二人、陰陽師が行方をくらましたとの報。

 五人目だ、と分所中騒いでいたが、招集や会合は行われず。

 廊下を通る清慈に様子の違う所は見受けられず。


 午後、人妖魂混の儀。

 野衾二、切傷、しかし何れも身体の欠け見受けられず。……双方生存。

 川虎、両腕喪失、死亡。

 百々目鬼、一部の眼球喪失、死亡。……駄韋監視担当・空眺の殉職確認。


 野衾二、前回に同じく鮮明な赤の液体。

 依代、痙攣。後、恍惚の表情。一寸二分。


 依代の目、朱色に変化。……白目、充血?顕著。



 儀終了直後、清慈は駄韋へと歩み寄り、頬を強く叩く。


「……清慈、様……?」

「依代の変化が此度で急激に進んだ。

 この意味が分かるか?」

「……?」

「此度の野衾、お前は喰らわずに用いた。

 妖を喰らえば其の分依代が喰らう量と質が落ちる。

 "お前が喰らった故に妖神化が進まなかった"……違うか?」

「……、」


 踵を返す清慈、無言の駄韋に「二度は無い」と言を投げ退室。

 駄韋、其の場で沈黙。




 参月弐拾参日。



 夜、駄韋監視再開。

 危険性を考慮し頭領による監視へ切替。




 * * * * * * * * * *



 頭内に収納された報告書を其処まで読んだ所で、再び鍬刃は目を閉じ、暫し黙する。

 遠く鳴く虫の音のみが静かに空気を震わせ、鴉獄の肌を逆撫でし、去っていく。


「其の日、駄韋は少し遠出の後、牛女と蜂王を狩猟、途中うろついていた野衾を狩猟。

 其の、帰りです。……

 ……分所の土地に、常時薄く結界が張られていました。

 十八年前まではあの"社"が何か影響していたらしく、周囲に妖が現れる事が無かったのですが、…社内の"異物"が持ち出されて直後、結界が張られた模様でした。

 駄韋は其の日、其の"結界"のすぐ外にいました」


 ゆっくり、大きく息を吸い、吐く。

 瞼は開かぬまま、鍬刃は続ける。


「黒い装束を、駄韋は其の日着ていました。

 否、其れのみは然程おかしい事ではありません。我々と同じ理由でしょう。

 ……駄韋が操る式神は"漆煙(しつえん)"。狼の形をした黒い靄です。

 其の時は、……もう一つ、……もう"数体"、周囲を覆っていた」

「……式神が、増えた?」

「否……不明です。

 あれは…… 大蝙蝠でした。人型ではない、烏程に大きな、五体?……否、八体」


 まるで、今目撃しているかの様な口振り。


「駄韋は、何かを待ち構えている様に、枝に乗り、じっとしていました。

 半刻。…… 敷地を抜け、二人の陰陽師。

 結界を出てもう少し歩いた所で立ち止まり、何かを待っている様子。

 駄韋は、蝙蝠を二人に襲わせた」


 鍬刃の顔が、逸れる。

 瞼の奥で眼球が動いている様子が見える。


「暗闇の森の中、蝙蝠の姿など見えないでしょう。

 陰陽師達は為す術無く蝙蝠達に襲われ、……逃げ帰りました。

 複数個所噛まれた様で、白の狩衣に所々血が滲んでいました」

「……噛まれた、だけ……ですか?」

「左様。……致命傷の様なものではありません。猫に掻かれた程度の怪我ばかりでした。

 しかし、駄韋は満足気に笑みを浮かべていました。

 まるで、"成し遂げた"様に」


 ふ、と息を吐き、鍬刃は鴉獄を見遣る。

 途端、はっ、と思い出した様に。


「!……そうだったんですねぇ……

 過去の絵を追った今、気付きました。

 ……嗚呼……もっと早く気付いていれば……」

「……其れは、」


「月明りを映した駄韋の目……

 瞳孔が、"横長"に変化していました」




 * * * * * * * * * *



 参月弐拾肆日。


 陰陽師二名が体調不良との報。

 分所内の噂によると、発熱、倦怠、そして光に過敏になっているとの事。


 午後、人妖魂混の儀。

 野衾一、切傷、身体の欠け見受けられず。生存。

 牛女、切傷あるが喪失無し、死亡。

 蜂王、切傷あるが喪失無し、死亡。


 野衾一、前回に同じく鮮明な赤の液体。

 依代、痙攣。後、恍惚の表情。八分。


 依代の目、蜜柑色に変化。……白目、充血?更に顕著。珊瑚朱色に変化。



 参月弐拾伍日。


 陰陽師二名、行方不明の報。


「この日は外縁結界付近に野衾が二体うろついていました。

 駄韋は其れ等を何時もの様に狩り、生き暴れるも意に介さず麻袋に詰めて持ち帰りました」




 * * * * * * * * * *



 参月弐拾陸日。



 朝、離れより出る総次郎に樹が接近。

 両手に持つ盆の上に乗せられた食器を見、顔色を変える。


「…… 蘭樹は、食べなかったのか?」


 手付かずの食事を見、総次郎は頷く。


「……六日前より、何も口にしなくなりました。

 朝起き夜眠りますが、其れ以外は何も反応しなくなりました」

「……」

「樹様…… 蘭樹は、このまま……」

「…… 喜ぶべき、なのだろうか……?

 私には…… 出来ぬ」


 震えながら顔を逸らし、樹は其の場を後にした。



 午後、人妖魂混の儀。

 野衾三、切傷、身体の欠け見受けられず。生存。


 儀直前、椿が清慈の開始号令を止める。

 清慈以下陰陽師、椿へ注視。


「清慈様。この儀は続けるべきではありません」

「……ほぉ?

 犬養と同じ事を宣うか」


 椿へ向けられる冷ややかな視線。

 動じぬ椿、言を続ける。


「依代のあの瞳、私は見た事がございます。

 あれは、妖神の目ではありませぬ」

「何の目と、」

「"鬼神"の目に相違ありませぬ」


 奥間内、騒然。


「鬼神?」


「私は見ました。

 依代を…蘭樹を身籠ったあの日、鬼神・"朔天童子"様が私の目前に現れました。

 あの目と、依代の目は……」

「一体何を宣っておるのだ?椿よ」


 冷ややかに見下す視線。

 四八方より椿へ注がれる視線は皆同じもの。


「どうか、どうか、取り返しがつかなくなる前に。

 立ち止まるご決断を」

「息子の妖神化を前に日和ったか?

 人が鬼神に?妖神が、式神が鬼神になると?如何様にして?」

「…其れは……しかし、今止めねば」

「もとい! 樹、連れ出せ」

「……」

「樹!」


 樹、苦々しく目を伏せた後、椿と共に退室。


 野衾三体共、鮮明な赤の液体。

 依代、長く痙攣。後、恍惚の表情。五分。


 依代の目、黄金に近く変化、薄く光を反射し始める。

 ……白目、茜色に変化。

 意識混濁が始まり、表情に生気が薄れる。





 参月弐拾漆日。



 朝、離れ内部。

 日課の如く離れへ食事を運び入れる総次郎。

 鍵を開け、入室。後、声が漏れる。


「……蘭樹?」


 近頃の依代は布団に寝かされたまま、身じろぎすらせず人形の様に呼吸のみを繰り返していた。

 この日、首のみを動かし、じっと何かを見ていた様子。


「蘭樹、 …如何した?」


 依代が見るは、窓の鉄格子越しに見える、遠く"南西の空"。

 食事を置き、総次郎は其の頬を撫でる。……反応なきまま、金と紅の視線は南西の空より離れない。

 総次郎が南西の空を見れど、何もない…… 否。

 はるか遠くに、椋鳥(むくどり)?沢山の黒き粒が羽ばたいている様子。

 ……其れにしては、まるで渡り鳥の如く揃っている様にも見得る。


「…椋鳥の群れを眺めていたのかい?」

「……」

「此処からならよく見えるね、蘭樹…… 今度、鳥の餌を持って来ようか」

「……

 そ……ちゃ……」


 総次郎の表情が固まる。


「蘭樹?……今、喋って…」

「…… そう……ちゃ…ん…… 」

「嗚呼、蘭樹、俺は此処にいるよ」


 久方振りに聴く声。

 か細くも苦し気にも聞こえる其れを拾わんと、依代の口元に耳を近付ける。


「ゆっくりで良いよ……言うてご覧、」

「…… く……る……」

「……えっ、」


 聞き間違いか。耳を疑いつつ、聞き返す。が


「…… 来、る……」

「!?」

「総次郎君!」


 …外より、樹の呼ぶ声。

 数瞬依代を見遣った後、出入口の鉄扉へ。


 すぐ外に佇んでいる樹は、少し慌てた様子に見える。

 ただ事ではない、其の空気を察し、総次郎の眉根が寄る。


「樹様、」

「総次郎君、きみはこの離れより出るな」

「? 何が起き……」


 言い掛け、見上げる南西の空。

 樹も又見上げた先。


 先に依代が見ていた空……黒く覆いつくす其れ等は、椋鳥ならぬ。

 黒雲の如く此方へ向かい来ている其れは、大蝙蝠の群れ。


「あれ、は……」

「分からぬ。だが、あれがあのまま外縁結界に当たれば大事だ…

 良いかい総次郎君」


 肩を、大きく細い両の手が掴む。


「蘭樹を、守ってくれ。頼む」


 不安な面持ちにて、総次郎は頷く。

 其れを確認し、樹は少しばかり微笑み。

 其のまま踵を返し、足早に西へ向かった。




 南西、外縁結界付近。

 既に二十程の陰陽師達が集結し、一斉に樹の到着に目を向ける。


「樹殿、」

「状況は?」

「真っ直ぐに此処へ向かい来ております……あれは一体、」

「……」


 口を噤んだまま、樹は正面、森の向こうを見遣る。

 ……近付いてくる、空気を揺るがすかの如き無数の羽ばたきの音。

 木々の向こうよりつんざく、キチキチキチと甲高い鳴き声。

 ざわざわと揺れながら近付いてくる、闇。


 "ざ、"


 木が、揺れ。


「……来るぞ!!」


 "ザ ァ ! ! ! !"


 無数の大蝙蝠が溢れた。

 バ、ババ、と結界を身で叩き、其れらが黒き幕の様に纏わりつく。

 野衾も現れ……三体?否、五、七……十数体。結界に取り付き、掻き、バチバチと稲妻を走らせる。


 樹の右腕が薙ぐ。

 一陣の旋風が陰陽師達の足元を固め。


 樹の目が漆黒共を捉え、命じた。


「殲滅」


 陰陽師達が一斉に形代を浮かべ印を組む。

 結界外に式神が呼ばれ、現れた異形達が一斉に吠える。

 樹も又形代を浮かべ叫ぶ。


「出でや、樹蔭(ジュイン)


 他の式神よりも一際大きな大蛇の式神。

 女の悲鳴の様な雄叫びにて、野衾達を圧倒する。


荊棘(おどろ)


 唱えれば、大蛇より飛ばされる無数の棘。人より長き其れが何十体もの蝙蝠を、野衾を串刺しにし、ボトトと落ち。


 ……否。

 其れらは一度地へ落ちるも、棘を刺したまま再び飛び立ち。

 傷など意に介さぬ様子で再び結界に集りだす。

 薄玻璃の結界に鮮血が幾度も飛び散り、貼り付き、音を立てて蒸発した。


 ……樹の印を組む手が、汗ばむ。

 視界の端に過る――あの、"生きた妖"。

 首筋が、凍る。


「…… 蘭樹が取り込んだ"あれ"と同じか……」

「樹様!彼奴等、」


 他の者達も気付いたのだろう。半ば悲鳴に近く、樹を呼ぶ。


「減りません……!!」


 焦がせど、立つ。

 刺せど、飛ぶ。

 食えど、腹を突き破る。


 式神が押され、減る。


 "ビキ……"


 結界が悲鳴を上げる。

 樹の肌が、粟立つ。


 黒き其れらは更に数を増し、罅入った其れに尚も群がり。


「退避!!」

 "バ リ ィ ン ! ! ! ! !"


 咄嗟に口を突いた樹の命令と、同時。

 薄氷の如き結界が、雲母の輝きを散らしながら、割れた。


 漆黒が津波の如くなだれ込み、耳をつんざく奇声と共に襲い来る。

 視界が塞がれ前線が一歩下がった。

 退く事許されず各自応戦。


「御、雷神!」


 飛び掛かる野衾に雷を当てるも怯まず。

 真正面より倒され、肩の肉に牙が喰い込んだ。

 視界を舞う血。太腿、脇腹、痛覚が鋭く走る。

 覆い被さる野衾の喉を掴み引き剥がした。

 自らの肉が裂かれるも怯まぬまま、樹、唸る。


()ね!!」


 "バン!!"


 頭を掴み無詠唱の禁術。爆ぜ散り首を失くした野衾、視界を失い転倒した。


「頭を狙え!!」


 号令。が、更なる大蝙蝠が樹に食らい付く。

 視界塞がれ、耳塞がれ、其れでも蝙蝠達を掴み、頭を千切り、吹き飛ばし、食われ、食われ、食われ、



「出でや、天ノ(てんのめ)


 低き、落ち着いた声が聞こえた気がした。

 途端、闇に覆われていた視界に閃光が走る。

 闇達は怯み、離れ、押され、叫び、首を失くしたものは塵となっていく。


 開けた視界の向こう側、清慈が佇んでいた。

 頭上高く、光の球。……中心に漆黒の一つ眼を持つ、其れは清慈の持つ筆頭式神"天ノ眼"であった。


 蝙蝠の大群は、気付けば森の奥へと消えていた。

 余りにも呆気無く。



 跪き、息を整える樹。

 傍に、清慈が立つ。……冷ややかな目にて、彼を見下ろした。


「無様だな」

「……"兄上"、」

「報告を纏めよ。午後より緊急会合を開く」


 冷たく言を投げ、袖を翻し、去っていった。


 …… 周囲を見る。

 皆、噛まれ血を流している……が、立ち上がり、重傷の者は見受けられない様子。


 さわさわと、午前の風が吹いている……

 桜の花弁が一枚、ひらりと吹き抜け。


 自身の純白の狩衣が真っ赤に染まっている事に気付き。

 大きく、樹は息を吐いた。



 其の、遠く背後。

 唇を噛みしめ様子を見詰める駄韋が居た事を、誰も知らぬままであった。





 午後、緊急会合。


 椿に突貫で手当をして貰い、足早に本殿内部の会合部屋へ向かう。

 扉を開けば、五家当主が一斉に彼を見遣った。


「遅い」


 清慈が投げる。


「……申し訳ございません」


 下座に座り、深々と頭を下げた。


「状況報告」

「……御意。

 朝五つ半、南西方角より大蝙蝠と野衾の群れが分所外縁を襲撃、外縁結界申ノ門周辺が決壊しました。

 防衛陣頭二十、全員怪我はあるものの重傷者はありません」

「野衾か?……最近良く依代の餌になっておる様子だが」

「"刺しても死なぬ人型の大蝙蝠"、恐らく同じ妖と思われます」


 部屋の空気が、一段冷える。


「周囲で野衾が増えていると言う事か…」

「近頃増え続ける所員の失踪と関係があるやも知れぬ」

「其れより重大なのは結界が破損した事だ……寄りに寄って裏鬼門を。

 樹、やってくれたな」

「……返す言葉もございません」

「あれは夜通し作業したとて張り直しに十日は掛かる、其の間の警備にも人員を裂かねば」

「防衛陣頭は皆軽傷なのであろう?あれらを回すしか無いであろうて」

「最終二儀式に必要な最低人員は、」

「女子供除く"全員"だ 」

「…… 十程、防衛陣頭に残せぬであろうか?」

「佐原の十三人は依代の血統故必須であろう、今は他士族も……」


 四家当主達が口々に論を交わす中、上座の清慈は口を開かず、じっと樹を見詰めている。

 樹は……顔上げぬまま、石の様に動かぬまま。


「…… 何れにせよ、最終二儀式を終わらせるまでは持たさねばなるまい……

 まずは此度の混乱が他の者に動揺を与えぬ様緘口令を」

「儀式中止論が広がっておる、其方も併せて」

「…… 聴いたな?佐原よ」


 清慈が、低く零す。


「儀中止論の火元はあの女だ。

 椿の手綱、しっかと握っておけ」


 顔を上げぬまま、樹は絞り出す様に、返した。


「…… 御意」




 会合後。

 最後の人妖魂混の儀を前に、樹は離れへ足を運ぶ。


 椿と総次郎が、離れの前に居た。

 椿が少しばかり取り乱している様に見受けられる。


「樹様、」


 総次郎が顔を上げる。


「お怪我されたと聞きました」

「嗚呼、私は問題ないよ。

 先は心配をかけた、蘭樹を守ってくれてありがとう。

 ……しかし。如何したのだ、椿?」

「……樹様、」


 見上げた椿の目が、少し赤い。


「情は無用と切り捨てておったつもりでしたのに……

 蘭樹を失くす事を思うてしまい、苦しゅうて」

「……椿は、良く頑張ってくれておるね」


 背を撫で、抱きしめる。


「蘭樹は……如何なってしまうのでしょう」

「、」

「あの子が式神となる事すらも斯様に苦しいのに……

 あの"目"が……あの子を身籠った時に見たものと、同じ目が……」

「……、」

「……樹様、」


 総次郎が、不安気に声を上げる。


「蘭樹は……」


 見遣り、樹は優しい声色で、呟いた。


「あの子は、……蘭樹は、人の子だ。

 私達の、大事な子だよ」


 まるで、自分に言い聞かせている様にも、見受けられた。




 逢魔ケ時。

 人妖魂混の儀。最終。


 野衾五、切傷、身体の欠け見受けられず。生存。


 野衾五体共、鮮明な赤の液体。

 依代、長く痙攣。表情変えず沈黙。三分。


 依代の目、光を反射する黄金に変化。

 白目、深蘇芳色…… 乾いた血の如き深い紅に変化。



 運ばれていく、人形の如き我が子を見送った樹。

 ……ふらり、僅かによろけた。


 

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