41.アシュバートン入国
数日かけて、アシュバートンに辿り着いた。
一行はまず、城下街の宿屋を兼ねた食堂で昼食を済ませ一息つく。久しぶりのアシュバートン料理は、アスターのそれに慣れていたロザリアにとって、さすがに故郷の味で美味しい。
その後、上階の宿の部屋を時間で借りて、それぞれに旅装を解き登城する支度をすることにした。
ベルとフリュイがロザリアの髪を丁寧に梳かしてくれて、今日のところはアシュバートンのドレスを着る。
わずかに光沢のある濃紺の生地で作られた、シンプルな昼間用のドレスだが襟や袖には細かいレースが飾られていてシックで美しい。
「お綺麗です! ロザリア様!」
「ありがとう」
久しぶりのコルセット。彼女の姿にフリュイが感激した様子で言い、ベルもコクコクと頷いた。
そうしていると扉がノックされて、外からテオドロスの声がかかる。
「ロザリア、支度出来ましたか」
「入っていいわよ」
応じるとやがて扉が開き、彼が中に入ってきた。テオドロスは、ロザリアの装いをまじまじと見つめて口元を手で覆う。
「テオ?」
「まこと、私の妻は美しい」
ほんのりと頬を赤くし陶然とした表情で言われて、ロザリアも頬が赤くなった。彼はいつも大仰だ。
「毎日見てるじゃない」
「毎日見ていても、いつも思うのです。いつ見ても、いつも貴女の素晴らしさに感じ入ります」
「大袈裟ね」
そう言うと、手を握られる。手袋をしていないむき出しの指先は、触れる際にいつもほんの少しだけ躊躇しているのがいつまで経ってもいじらしい。
「アシュバートンに戻った所為でしょうか? ……以前この国にいた時は、貴女に触れることの許されぬ身だったことを思い出します」
「そんな時もあったわね」
ロザリアの方からも、彼の手をしっかりと握り返す。
かつてアシュバートンにいた頃、ロザリアは国王の妻である王妃であり、テオドロスは外交官の一人に過ぎなかった。
話しをする距離に近づくことは許されても、手を触れることは決して叶わない関係。
それが今は、ロザリアの体でテオドロスの触れていない場所などない。そしていつでも触れていいのだと、他ならぬロザリア自身がテオドロスに許してくれている。
「貴女のそばにいることのできる幸福を、毎日噛み締めています」
「そう……そうね、私も」
指を絡める。
「私も……好きな人と結婚出来るなんて、思ってもみなかったわ」
潤んだ瞳で微笑むロザリアを見ると、テオドロスはたまらない気持ちになる。その勢いのまま思い切り妻を抱きしめてしまい、髪が崩れる! とメイド達が慌てるのだった。
「いつまでイチャついてるんだよ、夕刻までに城に行くんだろ?」
わいわいと騒いでいると、こちらもアスターの正装に着替えたリッカが呆れた様子で顔を出した。武人らしいがっしりとした体に、細かい刺繍の施されたアスター織の正装はよく映える。
彼は、アスターからの来客としてテオドロス達外交官一向に同行している体だ。
「イチャついてないわ、通常通りよ」
「尚悪い」
リッカはからりと笑い、先に宿の前に着けた馬車へと乗り込む為に降りて行った。その足音が聴こえなくなった頃、二人は視線を合わせて微笑み合う。
「……では参りましょう、奥様」
「ええ、旦那様」
くすくすと笑いながらようやく二人は部屋を出て、リッカの後に続いた。
さて、久しぶりのアシュバートンである。ロザリアが王妃を辞して、国を出てからいつの間にか二年近い月日が流れていた。
その間に国王ルイス陛下は賢君として認められたおかげで、かねてからの恋人だったアンジェリカ・コルトー子爵令嬢を王妃に迎えている。そして順調に懐妊したアンジェリカ王妃は、つい最近男児を出産したのだ。
当然ロザリアは可能な限りアシュバートンの情勢も調べていたので、その辺りのことは知っている。
お祝いの品と手紙を贈ろうか迷ったが、懐妊しなかった元王妃が王子を産んだばかりの現王妃に贈り物など、周囲にいらぬ不安を招きそうで止めておいた。
離縁して国を出た時点で、ロザリアはアシュバートンのイチ平民になったのだ。そして今やアスターの公女などという、どう扱っていいのか分からない複雑な立場になっている。
下手に故国の者をハラハラさせたくなかったのだ。
「王城が懐かしいですか?」
馬車の車窓から城を見上げていると、テオドロスが穏やかな声で尋ねる。彼にピッタリと並んで座るロザリアは、首を横に振る。
「王妃となる前から、二年で出て行く場所だと決めていたもの。仮の住まいを懐かしがる気持ちはないわ」
「そうですか」
「私の帰る場所はお前よ、お城にまで嫉妬するのは止めなさい」
「狭量な夫で面目ないことです」
「……お前ら、隙あらばイチャつくな……」
ガラガラと音を立てて走る馬車の中、他国なので大人しくしておこうとこちらに乗ったがこんなことならば騎乗して城に向かえばよかった、とリッカは後悔する。
一方的にリッカに精神的苦痛を与えつつ、馬車は王城に入った。先にテオドロスが登城することを告げていたので、スムーズに指定の停車場まで導かれて停まる。
扉が開くと、まずテオドロスが降りてロザリアが降りるのに手を貸し、最後にするりとリッカが降りた。
今日の登城は、授爵式前にルイス陛下に謁見する予定だ。謁見にはアンジェリカも立ち合うらしく、久しぶりの再会をロザリアは楽しみにしている。
「オルブライト様、ご案内いたします」
出迎えにやってきた文官が慇懃に一行を迎え、謁見の間へと先導する。
テオドロスにエスコートされて歩きながら、そういえばルイスに「愛することはない」と宣言された全ての始まりは、同じ謁見の間だったことをロザリアは思い出した。
クスリと笑うと、テオドロスがこちらを目ざとく窺ってくる。
「そうね、少しは懐かしいわ」
「はい」
城内の廊下を進んで行くと、もう少しで謁見の間というところで急に衛兵達がバタバタと駆けつけてきた。
テオドロスはすぐさまロザリアを抱き寄せて庇い、入場に際して武器を取り上げられていたリッカとニライは素手で構える。
しかし、衛兵の目的はテオドロスであったらしく、彼を取り囲んで刃を向けた。
「テオドロス・オルブライト! 王命により、身柄を拘束する!」
隊長らしい男が一歩進み出て、そう宣言した。




