42.舌戦
「テオ!」
衛兵達によって無理矢理ロザリアはテオドロスから引き離される。そして彼は膝をつかされて拘束された。
その姿を見て、ロザリアは腹の底からカッとした怒りが沸く。
「離しなさい! お前達、何をやっているのか分かっているの!?」
夫の受けている屈辱に、ロザリアは衛兵達を怒鳴りつけた。彼らにとってはまだロザリアは立場が上の存在、という意識が強いらしい。
そのおかげで怯ませることには成功したが、それも一瞬のことだった。衛兵達はテオドロスを拘束する力を強める。
「お控えください、オルブライト夫人。これは陛下の命です」
「誰の命かなんて関係ないわ、なんの罪で拘束しているのか言いなさい!」
感情のままに怒鳴ってから、ロザリアは一呼吸して毅然とした声を出した。
「私は、ロザリア・アスター・オルブライト。アスター公爵家の公女よ、私の夫を拘束しているのだからそれ相応の理由があるんでしょうね?」
そう告げると、彼らはぎょっとした。
「こ、国家反逆罪としか、我々は聞いていませんが……」
「だったらきちんと確認してきなさい! 勘違いでは済まないわよ!」
ロザリアが抗議することは想定していたらしいが、彼女がアスター公爵家の公女になっていたことまでは知らなかったのだ。確かに他国の公女の夫を理由もなく拘束すれば、国際問題になりかねない。
「そ、それは……」
「もう一度確認してきた方がいいんじゃないか……?」
彼女の厳しい口調に、衛兵達は目に見えて動揺しだした。
そして慌てたのは、テオドロスである。彼がひどい侮辱を受けているのが耐えられないらしく、可哀相なぐらいロザリアは動揺している。
最愛の妻が今にも泣きそうに傷ついている姿を見て、このままにしておける筈がなかった。
テオドロスは、すぐさま自分を拘束している槍の柄を両手で掴むと、グルリと縦に回転させた。
するとロザリアに注目しテオドロスへの注意が疎かになっていたのが幸いして、槍を持っている衛兵が見事に床に転がる。
「ぐわっ!?」
「な、なんだ!?」
槍を持っていた衛兵とその近くのもう一人が巻き添えで派手に転倒し、テコの原理でテオドロスはひょい、と立ち上がった。それからニッコリとお手本のように微笑む。
「まあまあ皆さん、落ち着きましょう」
「……テオ?」
どの面下げてのセリフであろうか。
降参のジェスチャーをするテオドロスにしばし呆然としたものの、そこはさすがに城の衛兵。彼らは警戒を強め、武器を構えた。
テオドロスは、護衛のニライによって引き続きロザリアが安全圏にいることを確認する。リッカの方は何かあれば加勢してくれようとしている位置取りだ。
その気持ちは有難いが、自分の所為でアスター国の武官にアシュバートン城内で暴れられてはそれこそ国家反逆罪だの国際問題だのになるので、こちらも御免被りたい。
「私の名前を知っているということは、我々が今回何故アシュバートンに帰国したのかも知っているんでしょう」
テオドロスが朗々と言うと、衛兵隊長は頷いた。
授爵式は内々で行われるので城下街の平民達は知りようもないが、城内にいる者ならば警備の配置が変わったり諸々の準備が必要だったりと、日々数ある『城のイベントの一つ』として彼らも把握している。
「それは重畳……では、何故誉れある授爵を受ける私が国家反逆罪などという真逆の嫌疑を掛けられているのでしょう? ……これは少し変じゃないですか?」
不安の隙を広げての心理誘導が上手い。
ロザリアは感心しつつも、今だ彼に刃が向けられている状態にハラハラとしていた。馬鹿な者がほんの少し踏み込めば、その切っ先はロザリアの愛する男の胸を貫ける位置にあるのだ。
「国王陛下が授爵式を餌に私をおびき出した? 陛下ともあろう方がそんな回りくどい手段を取る必要があるでしょうか? 私はアシュバートンに仕える者の一人。陛下の命が下れば、餌などぶら下げられなくとも帰国して馳せ参じます」
「た、確かに……」
実際には再三の帰国嘆願を無視していたのはロザリアで、ルイスは餌をぶら下げてテオドロス共々彼女を帰国させたのだ。テオドロスは外交官を辞めて、帰国命令を断ろうかとしていたし、実際の事情の方が作り話のようで信じてもらえそうになかった。
「では、国家反逆罪とはどこから出たのでしょう? 本当に陛下の命ですか? ……本当に?」
テオドロスはいかにも疑わしい、とばかりに首を傾げてみせる。
実際には衛兵達に下る命が直接ルイスからのものであるかどうかは関係ないが、先にロザリアが「勘違いは許さない」と宣言していたことも効果があり、衛兵達の中に混乱と不安が広がった。
声の強弱、視線での意識の誘導。テオドロスは外交官としての対外交渉のスキルを存分に発揮して、自分の優位に話を進めている。
「今ここで私を拘束して万が一命令間違いだった場合の損失よりも、私を監視しつつ命令の正否の確認をする方が賢い選択だと思いませんか?」
「監視?」
「ええ。ただ解放するだけでは、国家反逆罪が事実だった時に不味いでしょう……勿論、私は己の潔白を知っているので監視がつくことになんら問題はありません」
にこ、とテオドロスは人畜無害な笑顔を衛兵の皆に向ける。
ロザリアが怒鳴りつけた時は彼らも緊張し萎縮していたのに、今は既にテオドロスの提案を呑む空気が出来上がっていた。
「それなら、まぁ……」
「いつでも捕らえられるわけだし……」
ぼそぼそと衛兵達は相談し、最後に隊長が大きく頷いた。
「ああーその、失礼した、オルブライト殿。我々もこれが仕事なものでな……」
「構いません。衛兵の皆さんが職務に忠実であることは、アシュバートンの民の一人として頼もしく思います」
「そう言ってもらえると助かる……では、一旦我々は退いて、事実確認を行って来る。このテッサを監視……もとい、連絡係として付けるのでいつでも居場所の分かるように過ごしてくれ」
「分かりました」
ちょっとサービスが過剰なのでは? とロザリアがムッとするほどに愛想を振りまき、テオドロスは彼らを上手に煙に巻いた。見事な手腕である。
かくて、当初の物々しさが嘘のように、新人衛兵のテッサ青年を一人残して、彼らは退いて行った。
彼らの姿が見えなくなった途端、リッカは拍手する。
「いやいや! 見事な弁舌だった妹婿殿!」
「私はあなたを義兄と認めていないので、その呼び方はやめてください」
肩を組もうとしてきたリッカをするりと躱し、テオドロスは一目散にロザリアの下へと向かった。




