第十七話 夢
転移二十八日目、攻略開始から二十六日目 到達階層二十五階
小学校の頃、将来何になりたいですか? と言う発表会があって、
みんなが「サッカー選手」とか「宇宙飛行士」、「ユーチューバー」や「女子アナウンサー」と答えるなか、「良い人間になりたい」と言ったらクラスで変人扱いされたことがあった。
以来、オレの夢は宇宙飛行士、アストロノーツだ。
夕食時のおっさんとの四方山話のなか、なんとはなしに宇宙飛行士とかいいなと思っている。とおっさんに話すと、おっさんはこんなことを話し出した。
宇宙飛行士はアメリカと共産主義時代のソビエトが作り出した、新しいヒーローです。
歴史上類例を見ないような強大な力を持った二大国家の代表として、銃を持たずに同じような強大なライバル国と戦うエリート兵士です。
その当時、彼らの資質として何よりも重要だったのは、指示されたことを絶対に間違えないことでした。
宇宙空間は、ただその場所に居ることだけでも人間には難しい場所です。空間です。
空気が無く、温度もない。人体に有害な宇宙線が飛び交っている。そこから歩いて帰ってくることすら出来ない。
そんな場所で、決められたことを忘れて、ふと動かした宇宙服の袖が、狭い船内の壁のスイッチに触れてしまう。
数時間ごとに確認しなければいけない計器のチェックを、ふと失念してしまう。
そんな小さな間違いが、彼の命を奪うことにも繋がりかねない。
莫大な予算を掛けて作られた宇宙船が、競争相手国に対して保っていた優位が、国家の威信が、たったそれだけのことで塵となって消えてしまう。
だから宇宙飛行士は、テストでは常に百点満点を取る必要があるわけです。九十九点では不合格なんです。なぜなら間違えたその一点すらもが、致命的な間違いとなるかも知れないからです。
現在の就職用のテストでも一般的になった誤謬率が、採点の指標として最重要視されていたわけです。
ミスをしないということは、プロスポーツでも普通の事務仕事でも重要なことです。失点がなければ、勝てないまでも負けないのですから……。
そうしたテストは、正解数がそのまま得点となる学力テストのように出題する問題の難易度、予想される正答率を調整して、他者との優劣を作り出すことを第一目的としたものではありませんが、それでも、要求されたことに対しては絶対に間違えない。間違えてはいけない。
機械のようにそれが出来ると判断されたものが、選抜されて厳しい訓練を受ける。そしてまたその中から、実際に宇宙へと行くものが選ばれる。
宇宙飛行士が間違いを犯すというのは、絶対にあってはならないことだったんです。
もちろん、そんな昔とは違い、様々《さまざま》な知見を得て、技術開発が進んだ今では、煩雑な作業の多くが自動化されて、間違いを起こさせないようなフールプルーフ装置が色々と出来て、それこそ軍人のような強い自制心を保ったまま任務を遂行するような状況ではないと思いますがね……
どうです? 君は常に百点を取り続ける自信はありますか? と挑むように問いかけてきた。
オレは言葉に詰まった。英語も得意だし、頭だって悪くはないはずだ。
だったらみんなが憧れる宇宙飛行士にだってなれるかも知れない。
宇宙ステーションで、いろいろな国の仲間たちとミッションをするなんて、仕事として最高じゃないかと、ふわっとした思いつきで決めた、今では顔も思い出せない、小学校時代の彼を真似た夢だったからだ。
オレが無言でいると、オッサンは言葉を続けた、
語る夢の大きさが、その人物の価値を決めるわけではないんです。
夢を持つ、抱くのは大切なことですが、現実を知った上での夢でなければ虚しいだけです。
自分がどういったことが他の人間と比べて得意なのか? どういったことが不得手なのか? 何が好きなのか? それはどうしてなのか? そう問いかけること。考え続けることは大切です。
しかし日々の生活、学校での集団生活の経験だけでは見えてこないことも多い。
おそらくはスポーツに熱心に取り組んでいる子たちのほうが、自分のことを知りやすいのでしょう。なぜなら競争の場では、自分を知らなければ、相手に勝つことは難しいからです。
チーム競技であれば、チームメイトのことをより知らなければならない。自分のことをチームメイトに知って貰わなければならない。
さらに言えば、社会は優しいだけの場所ではない、本質的には戦いの場所なんです。
「経済的」と言うのは、出来るだけ少ない労力で、人よりも多くの報酬を手することなんです。
しかし、それを教えてくれる大人は少ない。
自分の子供にすら絵本を読み聞かせて、世界は優しい場所だと教えこそすれ、その後はほっぽり出してしまう。それを自分の経験で知っているにも関わらず。そのことは教えない。
自分たちがそうであったように、生活のなかで気付けば良いと思っている。もしくは大人の私でも恐ろしいと思うような内容の絵本でショックを与えて、それで優しいだけの世界ではないことを教え込んだと思い込んでいる。
結局、優しい子供ほど、現実を知ったときに傷つくことになるんです。
そういう意味では、このダンジョンは君たちを成長させる、絶好の機会のようなものなのかも知れませんね。と言って優しく微笑んだ後、
しかしスポーツのなかで得たものが、現実社会でどれだけ有効なのかは、その人次第になるんでしょう。
ある競技で世界一だからと言っても、世界で一番優れているのは、そのスポーツ競技のなかだけのことです。
古代ギリシャ寓話の「ハリネズミとキツネ」で言えば、その特定の競技で、ハリネズミとして成功はしたのでしょうが、勝利を齎したそのハリが、実社会の中でも万能だと考えるのは愚かなことでしょう。と続け、自嘲気味に困ったように笑った。




