第十話 吉田さんと教会
転移八日目、攻略開始から六日目 到達階層六階
そんなことがあった二日後、ダンジョン攻略を終えて夕方ギルドへと帰って来ると、珍しく整骨院転移の吉田さんがギルドに居た。山田さん渡辺さんとお茶を飲みつつ話をしている。
「吉田さん、何かあったんですか?」と、久しぶりにオレ達とダンジョン討伐に参加していたおっさんが声を掛けると、吉田さんは振り返ってこっちを見て、イケメン芸能人や一般欧米人のように歯を見せてにかっと笑った。
と、歯が白い。まるでセレブとか呼ばれるアメリカ人や、風雪に色褪せても尚白い、ポスターでニカリと笑う政治家のそれのように、ぴかりと輝く歯並びも見事な歯である。
「あれ? 入れ歯を新調したんですか?」おっさんが聞くと、古い映画で見た欧米人のように一本立てた指を振り、「新調? 新しく生えてきた自前の歯だよ」と誇らしげに言い、笑顔のままガチガチと歯を鳴らした。
ん? 永久歯が生えてきたの? 確かサメなんかは、予備の歯が列になって後ろに控えていて古い前の歯を押し出し、その鋭さを保つ永久機関的な生え替わりをすると聞いたことがあるけれど、人間の永久歯は乳歯と生え替わって以後、永久に生えてこないからの永久歯なんじゃないか? そう思って佐藤、鈴木と顔を見合わせる。
おっさんが続けて話を聞くと、何だかどうも入れ歯の調子が悪いからと、常連だった元整骨院の教会に行ってみたらこうなった。とのことだった。
「こうなるとゲンコツみたいに堅いお煎餅が食べたいねえ」などと言いつつ、目の前のお茶を啜って、呵呵と笑っている。
この一連の話を聞いた中村係長が、一陣の風のように走り去って行った。
十五分後、ギルドに居た皆の衆目を集めながら、中村係長が吉田さんの光り輝く歯にも劣らない笑顔で帰還した。走って帰ってきたのか少し息が荒い。スキルカードの入ったスキルショップ店内のショーケースに映る自分を見て、にかっと笑った後、いそいそとこっちにやって来た。
その見た目は変わらない。が、中村係長は「いやー腰が治っちゃったよ」などとは言わないので、何か言って良いのか分からない。おそら個人的な、大きな問題が解決はしたのだろうが、それが何かは不明である。なぜ来た中村?
ギルド内のそんな微妙な雰囲気など、まったく気にした様子もなく、中村係長はフンフンと鼻歌交じりの上機嫌である。ミュージカル的音楽でもあれば、今にも踊りだしそうだ。
そこへ眼鏡っ娘属性が消えた書店転移女子高生の松本さんが登場した。こっちも笑顔だ。
そして「中村さん、眼鏡から開放されちゃいました」と、ぱっと明るく笑った。
そこで二人が見つめ合い、両手を広げてポーズを取ってから、たたたと小走りに歩み寄って、互いにその手を取って踊り出す。なんてことはなかったが、中村係長が急ぎ教会へと向かう道すがら、どうやら二人は出会ったらしい。
中村係長が吉田さんの話を松本さんにして、二人で教会へと突撃したようだ。
そこから、ギルドの女性メンバーが教会へと殺到した。教会ブームだ。
まるで世紀末の免罪符バーゲンセール初日のような様相を呈する教会を、遠巻きに眺めるオレ達を尻目に、肩こりやソバカス、巻き爪など、日頃の悩みが消えたと笑い合う彼女たちはそれだけで、いつもよりも五割増しにキレイになったように見えた。
と、教会から出てきたホットヨガ転移な山崎さんが、クンクンと、――本人に聞けば、おそらくまだまだお年頃な女性としては、――人前ではどうか? という仕草で身体のあちこちを嗅ぎまわり、「服の汗の臭い、臭いが消えたわー」と吠えた。吠えた? そう吠えたのだ。
山崎さんはもっとキレイになれるのならばと、金貨を一枚追加で治療をしてもらったらしく、その効果で、服や靴まで新品同様になるスーパーリフレッシュ効果となったようだ。
皆とんぼ返りで、またもや教会に殺到である。
しかし教会のリフレッシュ効果は素晴らしいものだ。おまけとしてお風呂効果も確認され、ホットヨガ宿屋の狭いシャワールームからも開放された。異世界チート万歳である。
今ではほぼ全員が毎日のように、教会のお世話になっている。
この際、この教会が本来、どういった場所なのかは考えないことにした。ちなみにオレの家の宗派は、浄土はあるけど地獄がないという、信者に優しい浄土真宗だ。アーメン。
攻略階層が七階八階と上がっても、出現するゾンビの強さ(あるいは弱さ)は変わらなかった。
ドロップする金貨も相変わらず一枚だけだ。
金貨を落とす確率が二分の一くらいに上がったけれど、所詮は学力、記憶力、受験テクニックがライバルたちより一寸ばかり秀でていようが、本当の強さとはまったく関係がないという、予備校生どんぐり設定なんですかね? と、おっさんに聞くと――
ドロップ確率が上がったことを、単に確率の数字を並べただけで簡単に考えてはいけません。33・3%と50%という風に並べて比べれば、その差は全部で100%のなかの16・7%のように思えてしまいます。でも、そうじゃないんです。
100%という数値は――数学的に考える前提のように思えてしまいますが――実はまったく関係がない、むしろ邪魔な数値です。
確率が33・3%から50%に上昇したのならば、33・3%から約一・五倍、50%も増えたということなんです。これは決して軽視して良いような数字ではありません。
実感として捉えるのならば、最近よくあるエスカレーターの一階から三階までの低層階用のゆっくりとした速度は、勾配が一般的な三十度の場合は分速二十メートルで、三階以上の昔ながらの普通の速度が分速三十メートルであることが多いです。
両者の速度差は、ゾンビの金貨ドロップ確率の変動と同じく50%になります。
例えば確率が8%から10%へと変動したならば、その差はたったの2%のように見えてしまい勝ちですが、実際には10%は8%の一・二五倍なんです。パーセンテージで正しく表せば125%、つまり2パーセント増ではなくて25%増ですよ。
物事を判断する時に視点の置き方、考え方を間違えると、そこから導き出された間違った結論が出てくる。そしてそれを、まるで正しいことのように錯覚してしまうことになります。
更に悪いことにはそれを、自分が一度考えてみたことなんだからと盲信してしまう。これは非常に危険なことなんです。
AIの機械学習だって、人間側が考えるアルゴリズムがそうした勘違いで根本的に間違ってしまっていれば、いくら処理能力の高いスーパーコンピューターを使ったところで、その結論は正しくないものになるんです。
だから「ビッグデーターを使ったAIがこんな予測を出した」などとニュースや新聞で報道されても、それに飛び付いてはいけない。
その予測には、AIの機械学習の方法を作り出した人間の誤解や、自分たちの目的と合致したその結論を選んで、権威の裏書きにして報道したいと考えているメディアや研究者の恣意が、介在している可能性をまずは考えなければならないんです。と強い調子で注意された。いつになく真剣な表情だ。
なるほど。と納得し、ふと何かが、ぱっと閃きそうになったのだが、その後もおっさんの蘊蓄は続き、預金十万円の利率を3%と5%と仮定した場合の十年後の複利の利息の悲劇的な乖離だとかを、小数点三桁レベルの数値で説明し出したので、忘れてしまった。
うーん、なにかとても大切な、オレの生活にも直接影響のあることだったような気がするんだけど……
結局その日は眠るまで頭を捻っていたのだが、閃きが再度輝くことはなかった。




