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【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第18章『光と影の決着』
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驚がくと沈黙が広がった。



フラップが城の壁と、ガオルの背中の間に押しつぶされるさまを、


正面口の前にいた一同は息をのんで見上げていた。


いよいよ決着がつくと思われたその瞬間に、まさかこんなことが起こるとは。


決着がつくその時まで、どちらも相手に慈悲を与えるようなことは


けっしてない……そう思っていたのに。



しかし、ハルトとスズカは違った。二人は胸をなで下ろしていた。


自分たちのオハコビ竜が、とどめを刺そうとした相手を助け、


苦痛の身代わりになったのだ。一瞬だけ目を見張りはしたものの、


二人の胸の高鳴りはすぐに凪いだ……。



フラップの体が、下にむかってどろりと落下しかけた――。



しかしその右手を、ガオルの左手がつかんだ。


彼はフラップの体をぐいっと引き上げると、その首根っこをがっしりとつかみ、


反対の拳を振り上げた。あれほどのダメージを食らいながらまだ戦うのかと、


傍観者たちは緊張をつのらせた――



しかし、その一撃が放たれることはなかった。


ガオルは握り拳を下ろした――黒い肉体に蓄積した痛みと、


思いがけぬフラップの慈悲に、苦しみと動揺が交錯した表情をしていた。


歯と歯の間から血を流し、左目の上が痛々しく腫れあがっている。



「なぜだ――フラップ……お前、なぜこんな――」



ガオルは苦痛にあえぎながら言った。


宙に浮かぶ体が危なっかしくゆらいでいた。



「お前は、俺にとどめを刺そうとしていた。


なのに――わけが、分からん。いったいなんだと――」



「……まだ、気づかないんですか?」



フラップはゆっくりと首をもたげ、右頬に青い火傷を負った顔でニッと笑うと、


怒りのパワーが失せた弱々しい腕を上げて、城の正面口のほうを指さした――。


小石のように小さなハルトの姿が、階段の柵から身を乗り出し、


こちらを注意深く見上げているのが見える。


その隣には、不安そうな表情で同じくこちらを見ているスズカがいた。



「馬鹿な――いつの間に!」



ガオルの顔に、さらなる動揺が走った。



ガオルの手が、フラップの首から離れた……


ガオルは信じがたい光景を否定するかのように、


ゆっくりと自分の首を横にふっていた。



「スズカが、解放されて――子どもたちが、あそこから出したというのか――


精神移植を止めて? いったいどうやって――


記憶は? 記憶はどうなって――隣にいる少年は……?」



ガオルは見えない糸に引きよせられるように、


ハルトとスズカの元へ近づいていった。


しかし、フラップが彼の肩をつかんで引き止めた。



「細かいことは、分からない、ですけども……


隣にいるのは、ハルトくん、と言うんです」



うぅ~。フラップは痛む背中を手でさすりながら、


ちょっぴりうめき声をもらした。



「二人の、声が聞こえました――ぼくの名前をよぶ、声がね――」



「本当に奇跡が――起きたとでも?」



「あの二人の、声がなかったら、ぼく……


あなたを、再起不能にしちゃったかも、しれないです。


そんなの、間違いに決まってますから」



「間違い、だと?」



「バカだなあ、ぼくも――いつの間にか、ぼくの中で、


戦う目的が、すり替わっていたみたい――


スズカさんを、助けることから――あなたを、倒すってことに……」



「いや……お前の目的は、俺を滅ぼすのが正しい!」



ガオルは声を荒げた。しかしその身は、


フラップから三メートルほど離れていた。困惑ゆえだった。



「俺はお前から彼女を……友人を奪った。お前は当然、俺のことが憎いはずだ!


俺を滅ぼせば、お前はオハコビ隊員として、


最大級の責務をまっとうしたことになる。


オハコビ隊にとって大きな脅威を取り払った功績を、


浴びるほどに称えられるはずだ。なのにこんなこと――


敵ながら承服できない。決着を否定してなんの得がある!?」



「得なんて、なんにもないですよ……」


フラップはおだやかな声で答えた。



「ただオハコビ竜として……本当に大切なことを、思い出しただけですから。


――ねえ、あなたは――恋人を亡くした寂しさからぬけ出す方法を、


ずっと探していたんですよね。


そんな切実な願いを、ぼくらの力で問答無用に打ち砕くのは、


仲間としてどうなのかなって、思って――」



「仲間だと? 言っただろう、俺はお前たちとは違う――」



「あなたの意見はそうでも、これが現実なんです。


それは自分でも自覚しているのでは……?」



ガオルは、否定しなかった。それからフラップは続けた。



「あなたのお悩みを解決するのは、きっと、すごく難しい。


時間をかけるだけでは、決着のつかない部分も、あると思います。


それなのに、自分は普通ではないからといって、


かたくなに距離を取られてしまうと、


だれも手を差しのべることができない。でも――」



フラップは、ガオルのそばへ進み出ると、


彼らしい心地よいやわらかな雰囲気をかもしだしながら、


そっと右手を差しのべてこう言った。



「あなたが本気で望むのなら、ぼくらが……力のおよぶかぎり助けになりますよ」



沈黙――ガオルはあんぐりと口を開いたまま、瞳の焦点も合わず、


反論の言葉にも迷っているようだった。


今の今までだれからも、このようなセリフを言われたことがなかったのだ。


何度も拳を握りしめては開き、握りしめては開きを続けている。


彼の頭の中で、いくつもの考えがせめぎ合い、


目に見えない戦いを繰り広げているようだった。



やがてガオルは、堂々めぐりからフッとわれに返った……


それから、いつものように平静な顔つきになると、


ハンッ、と吐き捨てるようなため息をついてから、こう言った。



「……女々しい声で、女々しいことを言うな。虫唾が走る」



当たりの強い言葉とは裏腹に、ガオルの瞳は丸みをおびていた。


スズカの前で見せていた瞳のように。



その表情を見たフラップは、ようやく相手が仲間という言葉を


迎え入れてくれたことを喜ぶかのように、傷だらけの顔をほころばせた。



「もう、そんなこと言うと、ぼくまた怒っちゃいますよ?」



すると、ガオルが小馬鹿にするような笑みを浮かべた。



「オハコビ竜は気立てがよすぎる……それこそ、まぶしい七色の光のようにな。


だが、そんなお前たちだからこそ――オハコビ隊を立ち上げ、


人間界との共存を目指す活動を続けられる。


こんな……邪気と陰気をはらんだ真っ黒な姿でなければ、


もしかすれば――俺もお前たちの活動に手を貸していたかもしれない……」



そう言って、ガオルは自分の姿を顧みるように、


厚みのある黒い肉球が広がる右手と左手を順番にながめた。



「フラップ、俺がなぜこの島を隠れ家に選んだか、お前に分かるか?」



「いいえ、まったく」フラップがあっさりと答えた。



「ここは人間だけでなく、すべての竜族からも忌み嫌われ、


永らく打ち捨てられてきた場所だ。俺がここに住みはじめたのは、五年前からだ。


だがここは、人や竜から恐怖の対象にされやすい俺にとって、


それまでのどの隠れ家よりも都合がよかった。


人間に発見されることもなく、他の竜族からの探りを受けることもない。


まあ、血気盛んな亜人の冒険者どもがたまに侵入することはあるがな。


強欲な肉食獣系の亜人や、爬虫類系の亜人どもがそれだ。


そいつらを撃退するのに、俺はこれまで強い力をふるってきた」



「ここは人竜戦争のはじまりの地なんですよ?


こんなところに身をよせて、あなたはなんとも……


息が詰まることはないんですか?」



「俺がここを選んだ理由は、もう一つある。より大きな理由が……」



「――それは、なんですか?」



「人竜戦争のはじまり……ゲオルグの王とともに暮らしていた、黒き竜。


人間の策略に利用され、凶悪な竜となり果てて王を殺し、


戦争の引き金を引いてしまった。


その竜は俺の……俺の遠い祖先だ」



「なんですって……!?」


フラップは、驚がくして両手で口をおおった。



「数少ない黒影竜たちの間で、脈々と語り継がれてきた事実だ。


祖先の悲しみは、だれかが少しでもぬぐってらやなくてはならない。


だからこそ俺は、ここに暮らすことに関しては、


むしろ意義のあることだと思っている。


悲惨な結末をたどった祖先へのはなむけとして、


俺がここでガアナとの幸せを築けば、祖先も浮かばれる……そう思っていた」



「ガアナって、あなたが愛していた?」



「そうだ。ともに祖先の鎮魂を願っていた……この城で暮らすことによって。


だが、永遠の約束を交わす前に、ガアナは死んでしまった。


それでも俺は、黒影竜の家族を持つことをあきらめられなかった。


だからあの男を……


クロワキを利用して、人間の少女を手に入れたようとしたんだ。


あいつが運営を一手に担っていた、地上人歓迎プロジェクト――


スカイランド政府の保護下にあるこちら側の人間よりも、


ターミナルからやってくる地上界の人間のほうが、


労せず手中におさめやすいと思ったのでな」



新たな黒影竜を生み出し、とこしえの愛を育むために――ガオルはそう告げた。



すると、今度はフラップが、ふう……と、深く静かにため息をつくと、


やや厳かな表情になって、こう言った。



「ガオル……新しい黒影竜の材料として、


他の何かを選ばずに人間を選んだ理由――ぼくならなんとなく分かります。


自分が選んだ人間と、ずうっといっしょに暮らすなんてロマンがあるし、


それが新しい黒影竜を愛することと同じになるなら、


そうしたいって気持ちも分からなくはないです。



でも、やっぱりいけないことです。竜は竜、人は人。


自分の利益のためだけに、違う何かに作り変えてはいけない。


だれだって、ひとりひとり与えられた体と世界で、


どう生きていくかを考えることが大切。だから、だれかの勝手な都合で、


その大切なことから目を背けさせたら、絶対にダメなんです」



「よくぞ言った、フラップよ!」



藪から棒だった。


フラップの顔の横に、真っ白な小さい生き物が、颯爽と飛んでやってきたのだ。


ハルトたちに尋常ではない力を貸した、あの小さなオハコビ竜だった。



「ああああぁっ! あなたは……!」



フラップは目玉が飛び出そうなほどに仰天した。


彼の赤いしっぽが針金のようにピンッ、と上にのび、


見るからに全身が緊張感で硬直しているようだった。



「そして、よくぞとどめを刺さなかったな。


偉いぞ、フレドリクソンの息子よ」


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