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「よっしゃ! 成功じゃあ!」
小さなオハコビ竜が、端末の上で拳を上げながら叫んだ。
スズカは衝動をおさえきれず、シートから飛ぶように立ち上がると、
まるで吸いよせられるようにハルトの胸に抱きついた。
ハルトは胸がいっぱいになって、彼女を抱きしめ返した。
『会いたかった』
「うん……ぼくも会いたかった。とっても、とっても――」
二人はお互いの顔をしっかりと見た。
なんだか、もう何日もお互いの顔を見ずにいたような気がする。
スズカは最後に会った時よりも、顔色がよくなったのではないだろうか。
瞳が活き活きとしていて、顔の肌が陽の光のようにきれいに見える。
エッグポッドの副作用なのか。
それとも、白いワンピースに着せ替えられているせいだろうか?
「そのワンピース……似合ってるね」
『あ、ありがと……ねえ、助けに来てくれたの?』
「ひとりでってわけじゃ、ないけどね」
ハルトは、目尻にたまった涙のかけらを指でぬぐった。
「ツアーメンバーみんなで、会いに来たんだよ」
『えっ、みんなで?』
スズカはようやく、この部屋で何が起きているのかを把握した。
あの東京四人組が、鉄扉をおさえて扉のむこうのだれかと格闘している。
「悪ィー、ハルトー!」
「もうムリですぅー!」
バアンッ! 鉄扉が開け放たれ、ケントたちが吹っ飛んだ。
中に入ってきたのは、執事の黒トカゲだった。
出目金のように飛び出た黄色いテニスボールみたいな目に、
ハルトはエントランスで見た時よりもぞっとした。
でも、背丈が自分よりもわずかに低いくらいだと分かると、
それほど恐ろしくはなかった。
そういえばこんなやつもいたな、というぐらいの反応だった。
「ゼェ、ゼェ……やっと観念しましたか」
彼は息せき切っていて、
黄色い大きな目でケントたちの姿をなめ回すようににらみつけた。
「まったく、人間の子どもというのはろくでもないですな。
ガオル様にお仕えするこのギュボンを、ここまで手こずらせるとは。
さて、皆さま大人しく――って、おおぉお!?」
ギュボンは、解放されたポッドの前でハルトとよりそうスズカを見たとたん、
目をパチクリさせて飛び上がった。
「な~んじゃ、たった一匹のトカゲであったか。残念ながら、わしらの勝ちじゃ」
小さなオハコビ竜が、悠然とギュボンの前に進み出た。
「あああぁあ! あなたはー!」
ギュボンはさらに大声を立てて、宙に浮かぶ小さなオハコビ竜を指さした。
「ふふん。おぬしは知っておるようじゃなあ。わしが何者であるか――」
「ももも、もちろんですとも! 言ってしまえば、わ、わたくし――
ガオル様よりも尊敬に値する方であると……」
先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、
ギュボンは小さなオハコビ竜の前ですっかり委縮した様子だった。
「それは嬉しいかぎりじゃ。して、おぬしは何者じゃ?」
「わたくしは、その、ガオルの執事でございます。
ここにいる人間の子たちを安全に保管するカートを、
取り扱っていたのでございますが、ちょっと不覚を取りまして……
このように子どもたちが解放されてしまったのでございます――」
「ふむふむ、それで?」
「それで、ガオル様とフラップめの一騎打ちがはじまったとたん、
わたくし――こ、怖くなりまして、エントランス隣の通路に引き返しました。
子どもたちの世話役を仰せつかったというのに、ああ、なんと不甲斐ない。
しばらくして、扉の間からのぞきますと……
エントランスにいた子どもたちの姿がどこにもなく――
わ、わたくし、気が気ではなくなりました。それで、
この子たちの行き先がこの部屋であると、当たりをつけたわけで――」
「じゃが、わしが飛び入り参加した時点で、おぬしに勝ち目はなかったようじゃな~」
小さなオハコビ竜は、どことなくいたずらっ子な調子になっていた。
「では、黒トカゲの執事よ!
この右手の指一本で、おぬしに素晴らしい秘術をかけてやろうぞ。
今から五分間、城じゅうの廊下をノンストップで飛び回るのじゃ。
どういう意味か、お分かりかの?」
「わ、わたくしのような羽も持たぬただのトカゲが、
宙を飛べるのでございますか!?」
「さよう。途中、ヒトや物にぶつかることもあるかもしれんが、
頑丈な肉体を持つおぬしなら問題あるまい?」
小さなオハコビ竜は、右手の指を銃の形にしてむけた。
指の先から黄色い閃光が飛びだし、ギュボンの胸に命中した。
すると、ギュボンの足がすうっと床を離れた。
「おお、なんという……」
ギュボンは恍惚状態で瞳を閉じた。
「ガオル様は叶えてくださらなかった……なんたる幸イイイイィィイイ~~!?」
まるで黒い稲妻が飛び去るようだった。
ギュボンの姿はもうそこになく、
部屋の外の廊下を右にむかって超高速でぶっ飛んでいった。
さて、この茶番劇をどう受け止めればよいのだろう?
ハルトたちは全員、開いた口がふさがらなかった。
「これでもう、邪魔者はいなくなったぞ」
小さなオハコビ竜は、平然と両手を広げながらそう言った。
「スズカよ、大丈夫か? どこもおかしなところはないか?」
『わあ、ちっちゃい……あなたはだあれ?』
スズカは、そばによってきた小さなオハコビ竜に手をのばし、
その頭を指先で軽くなでた。
「わしか? むふふ、わしのことなど気にするな」
小さなオハコビ竜は、スズカに触られたのが嬉しいのか、
細いしっぽを犬みたいに横にふっていた。
「それより、頭は痛まないか? どこも大事ないか?
お前さんの精神と記憶を元に戻すのに、
秘術をちと強めに運用したものじゃから、わしは心配で、心配でのう……」
『うん、なんだかよく知らないけど、大丈夫みたい。
ハルトくんたら、かわいいお友達を作ってたんだね』
「いやあー、スズカちゃん、そいつはハルトの友達っつーか……」
「ぼくたちみんな、出会ったばかりでさ……」
「正体不明なんだよねえ……」
東京四人組が微妙な表情を浮かべながら、ハルトたちのそばによってきた。
スズカは少しだけ体がこわばったものの、
今はハルトの裏に隠れるような真似はしなかった。
「それはそうと、スズカさん。元気そうで何よりです。
ぼくたちも、とっても心配してましたから」
と、トキオが朗らかな声で言った。
『えっ、本当に?』
「でなかったら俺ら、こんなとこまで来ないって。
大変だったんだぜー、ツアーは中止になりかけるわ、
ここに来るまでポッドごとめちゃくちゃに振り回されるわ……」
と、ケントが疲れきったような口調で言った。
「スズカちゃん。散々な目にあったね。
でも、ぼくたちが守ってあげるから、もう大丈夫」
そう言ったのは、タスクだった。
「ケントちゃんにタスクくんもついてるんだから、ホント安心だよね~。
おチビなトキオちゃんは別としてさ」
と、アカネが悠々と言った。
「あっ、ぼくもそれなりにがんばりますって~!」
トキオがむくれた。
「スズカちゃん。みんなキミの味方だよ」
ハルトの嘘いつわりのない言葉に、スズカの目から熱い涙があふれ出した。
満ちていく喜びが、ケントたちにたいして抱いていた暗く冷たい思いを、
胸の中から追い出していくようだった。
「さあさ! こんなところに留まっていても仕方あるまい」
小さなオハコビ竜が、みんなの頭上をぐるぐる回りながら言った。
「早いところ外へ出るぞ。フラップにスズカの顔を見せてやらねば!
そうすればガオルも観念するじゃろ。それ今一度、駆け足!」
小さなオハコビ竜が部屋を飛び出していった。
「スズカちゃん、走れる?」
『大丈夫……走れるよ』
スズカは涙をぬぐいながら答えた。
ハルトたちは、東京四人組に続いて部屋を出ようとした。
その時、何かがスズカの後ろからついてくる気配を感じて、
ハルトはバッとふり返った――
スズカのすぐ後ろに、青い雫型の装置が浮かんでいた。
空と海が溶けあったような色の機械は、まるで宝石みたいに美しい。
「これは何?」
ハルトはスズカに聞いた。
『あっ、これ……ガオルが言ってたんだけど――なんとかゾーン発生器で、
わたしが酸欠とか凍傷とかにならないようにしてくれるって。
ずっとそばにいてくれたんだ』
エッグポッドの裏にでも隠れていたのかな……スズカはそう思った。
「おみやげにしちゃえば? きれいだし」
と、ハルトはニヤッとしながら言った。
『あ、ガアナのレプリカ……』
スズカは今頃になって、エッグポッドの隣にいたガアナのレプリカを再び見た。
真紅のたてがみを生やした、黒い影の色をまとった竜。
自分の意識は、あのメスの竜の器に取りこまれようとしていた。
しかも、記憶をなくした状態で――。
「もう行こう。スズカちゃんはスズカちゃんだよ」
ハルトのその一言がなければ、
スズカはあと何分もそこに棒立ちでいたに違いない。
悲しい顛末をたどった、もう一人の自分とも言える黒い竜に、
最後の言葉をかけるために……。
無数の管につながれたガアナのレプリカは、
静かに瞳を閉じたまま、ハルトたちの背中を見送っていた。




