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異変が起きたのは、ハルトたちのスピーダーだけではなかった。
フラップが上空から見渡せるかぎり、
今やサーキットを走行していたすべてのスピーダーが、
コースの真ん中で急に停車していた。
それぞれの機体のそばで、オハコビ隊員たちが右往左往しているのが分かる。
「い、いったい何が……?」
フラップはゴーグルのスイッチを押して、すぐに他の隊員と通信した。
「フレッド、何が起こってるの!?」
『あ、フラップか! 俺にも分からないんだ。
サーキット中に警報が鳴ったと思ったら、
タスクたちやケントたちのスピーダーがいきなり止まってしまって』
スピーカーのむこうで、フレッドが動揺しているのが分かる。
『――フラップぅー!
みんなのスピーダー、止まっちゃったヨォ! どーなってるのぉ!?』
フリッタの通信も入った。フレッドよりもパニックになっているようだ。
「ぼくにもぜんぜん分からないんだ!
でもふたりとも、よく聞いて!
あ、あいつらが、もうすぐサーキットにやってくる! 南の空から!」
『フラップ、あいつらってなんだ!?』
「オ……」
ドォォォ―――ン!
すさまじい爆発音が空をゆるがした。
フラップは、音の聞こえたほうへムチ打つようにふり返った。
見ると、コントロールタワーの中層部から黒煙が立ち昇っている。
爆発はあそこで起きたものだった。
「そ、そんなあ! まさか、全部あいつらのしわざ?」
『なになになに!? なんで爆発したノ?』
『なあフラップ! あいつらってだれなんだ!』
フラップは、南から飛来してくる黒い点々とした群れを見やりながら言った。
「オニ飛竜! オニ飛竜の群れだよ! 三十頭くらいいる!」
『バカな! オニ飛竜だって?
あいつら、ターミナルの空域には現れないはずだろ。 見間違いじゃないのか?』
「ぼくの目に狂いはないよ! あいつらだ! もうすぐそこまで来てる!」
フラップは、仲間の十一頭みんなに一斉通信を入れた。
「アテンション! アテンション! オニ飛竜たちが接近中!
各自、すみやかにツアー参加者たちをエッグポッドに収容し、
サーキットから離脱せよ! 急いで~!」
*
スカイランドのオニ飛竜族は、かなり好戦的だ。
強靭な四肢はもちろん、火を吹くこともできる。
体の大きさは、オハコビ竜と同じくらいだ。
野蛮ではあるが、ハンターたちはしっかりと統率が取れている。
そして、彼らが部隊を組んで行動するのは、
なんらかのお宝(とくに魔石)が関係している時だ。
どう猛で、欲深い者だらけなのだ。
とはいえ、彼らは弱い種族を相手にしない連中だった。
彼らの闘争本能とお宝への意欲は、強い種族が関わっている時に発揮される。
だからこそ、彼らにとって弱い種族と位置づけられていたオハコビ竜たちが、
どこで何をしようと放っておくのが当たり前だった。
しかし彼らは今日、オハコビ竜の領域内にあるサーキットにやってきた。
雷をともなう厚い雲を背にして、血に飢えたような叫び声を上げながら――。
オニ飛竜どもはまず、二手に分かれた。
いっぽうは、メイン施設の正面口を突きやぶって強引に押し入ったり、
観客スタンドに接近して火を吹いたりしてみせた。
突然の襲来で、亜人客たちは大混乱を起こし、てんでんばらばらに逃げまどった。
もういっぽうは、サーキットのあちこちに停車中のスピーダーのところへ、
バラバラに分かれてむかっていった。
*
「まずい! こっちにも来る!」
すばしっこそうなオニ飛竜どもが二頭、ゲラゲラと笑いながら、
ハルトたちの乗っているスピーダーに接近してきた。
まずい! フラップは全速力でハルトたちのもとへ戻ると、
スピーダーの手前でオニ飛竜どもに立ちふさがった。
「あなたたち! いったい何の用ですか!?」
すると、オニ飛竜たちが汚らしい牙をちらつかせながら、こう答えた。
「げへへへ!
お前らオハコビ隊のおかしな活動を見て見ぬふりすんのは、
俺たちゃもう飽き飽きしてたのよ。少しちょっかい出させてもらうぜい!」
「お前ら今、地上人をもてなしてんだろ~?
人間の肉は臭くて食えたもんじゃねえが、
地上人の肉ならどんな味がすんのか、試してみるのもアリだなあ!」
フラップは、温厚な顔にこれ以上ないほど嫌悪の表情を浮かべて、
オニ飛竜どもをにらんだ。
「あなたたちは、ぼくらの領域に近づかないって信じていたのに。
これでも食らえ!」
ふぅ~~~っ! フラップは、口の中から桃色にかがやく息を吐き出した。
キャンプ場でハルトを夢の中へいざなった、あの甘い息だ。
「げげっ! 催眠ブレスだ!」
オニ飛竜どもはぐっと呼吸を止めた。そこに一瞬のスキが生まれた。
(よし、今のうちだ!)
フラップは左腕の端末を指で素早く操作した……
が、何も反応がない。
いくら操作しても、端末の小さな画面には何も映らないのだ。
「えっ? どうして……フライトツールが使えない!」
動揺しているうちに、一頭のオニ飛竜のパンチを右頬に食らって吹っ飛び、
ハルトたちのマシンに背中から激突した。
「ああっ、フラップー!」
マシンの中でハルトは叫んだ。
フラップはのっそりと起き上がりながら、殴られたところをさすっていた。
オニ飛竜どもは、不意を突かれて怒りをあらわにしている。
周囲には雷がたえず鳴り渡っていた。
「うっ、ううう~、痛いなあ。ふたりとも、そこから出たら絶対ダメですよ!」
「出たくても窓が開かないの!」
と、モニカさんが叫んだ。
「だれかにマシンの動作機能を止められているみたい!
でも、わたしにかかれば、このマシンの機能を取りもどすことぐらい――」
モニカさんは、操縦レバーの下にあるグローブボックスから、
自分のタブレット端末を取りだした。
それから、何やら怪しい顔つきで難しそうな操作をおこなった。
「ふふふっ、こんなこともあろうかと、
スピーダーの動作権限を掌握するシステムを作っていたの……
もちろん、サーキット側には許可を取ってるから。
さあ、これでどう、だ!」
モニカさんは、最後にひときわ強く画面をタップした。
ブブブ……、ブィーーーン!
マシンにエンジンが灯り、車内が打ちふるえた。
あらゆる機能が目を覚ますように、いろんな機械音も聞こえてくる。
「やった!」
ハルトはガッツポーズで叫んだ。
『――ドラゴンスピーダー七号機、始動。現在、当車はマニュアルモードです』
「緊急避難モードは復活しなかったかあ。でも十分! わたしが運転するね」
モニカさんは、操縦席の前にあったよく分からないボタンたちを、
風のような素早い手つきで押していった。
「スピーダー七号機、スーパーPROパイロットに切り替え!」
すると、操縦レバーがミニロボットのようにたちまち変形し、
数秒後には、トリガーボタンやらスティックやらがごてごてと取りつけられた
本格的な操縦レバーに変化していた。
外では、フラップが壁となってオニ飛竜どもの攻撃を防いでいた。
2対1なので、フラップも分が悪いのか、
頭といわず胴体といわず、たこ殴りにされている。
けれど、絶対にマシンから離れることはしなかった。
「フラップ! やり返してよ!」
オニ飛竜どもが同時にパンチ攻撃をしかけてきた。
フラップはそれを、がっと全身で受け止めると、
二頭の体を両腕でがっしりとつかまえた。
「い、行ってください!」
フラップが息を切らしながら叫んだ。
「ターミナルにむかってください!
こ、こいつらは、オハコビ竜がなんとかします!」
ハルトは反発した。
「何言ってるんだよ! みんなを置いていけるわけないって――」
「分かった。わたしはひとまず、ハルトくんをターミナルに連れていくね。
フラップくん、みんなをお願い!」
モニカさんはハルトの反応にもかまわず、
操縦席に備わっていたよく分からないボタンを次々入力しはじめた。
「ちょっと、モニカさん! ぼくたちだけで逃げるの!?」
「今はあなたひとりでも守りたいの。
薄情かもしれないけど、他の子たちは、竜さんたちに任せるのが一番。
いい? 発進するよ!」
モニカさんは操縦レバーを倒して、マシンを動かしはじめた。
マシンが路上を走行することはなかった。
かわりに、路上を離れてどんどん浮上していく。
「えっ!? えっ!? これ、空も飛べるの?」
「非常用のフライトモードに切り替えたの。全速力で行くよ!」
マシンはエンジン音をさらにうならせ、弾丸のように前進しはじめた。
「みんなが! フラップぅーーー!!」
ハルトは涙ぐみながら叫んだ。
マシンはフラップのそばからまたたく間に離れて、空のかなたに消えていった。
フラップはオニ飛竜どもにふりはらわれ、サーキットの路面に激突した。
「ったく、この野郎! なんて力だ!」
「おかげで地上人を逃がしちまったぜ!」
サーキットは少しずつ暗雲に包まれようとしていた。
フラップはぐったりしながら起き上がり、頭をふった。
そして、体じゅうの痛みを我慢しながらゆっくりと立ち上がる。
ゴーグルレンズにおおわれた目には、すでに鋭い眼光が灯っている。
フラップは怒りに満ちていた。
彼は、それまでとはまったく違う重たく冷めきった声で、
オニ飛竜どもにこう言った。
「――ぼくたちにこんな仕打ちをしておいて、
覚悟ができていないとは言わせないぞ。
まだ知らないなら教えてやる……
オハコビ隊のエキスパート部隊を、本気で怒らせたらどうなるか。
ぼくの仲間たちも、同じように腸が煮えくり返っている頃合いだ」
オニ飛竜どもは、最初フラップが何を言っているのかちっとも分からず、
下品な声でたちまち大笑いした。
「ワンちゃんが急に怒りはじめたぞ~!」
「俺らに殴られっぱなしで、頭イカレちまったかあ!?」
フッ……フラップは白い歯をこぼして冷笑した。
「違うさ。ぼくはハルトくんに、
もう一つの姿を見られなくて安心しているだけ……」
するとフラップは、出しぬけにオニ飛竜どもに飛びかかり、
その頬を力いっぱいぶん殴った。
驚くような速さだった。
オニ飛竜どもは反応できずにぶっ飛ばされて、路面をゴロゴロと転がった。
起き上がっても、殴られた痛みの感覚が追いつかず、あぜんとしていた。
フラップはゴーグルをはずして路面に投げ捨てると、
空からオニ飛竜どもを鋭く見下ろしながら、
本物の竜さながらの気迫を全身にたぎらせ、啖呵を切った。
「来い! いくらでも相手になってやる!」
風は強まり、徐々に吹き荒れようとしていた。




