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ハルトは、にわかにプレッシャーをかけられたような気分で、少しうろたえた。


スズカがこれほど切実な表情で自分を見つめてくるとは、予想だにしなかった。


彼女の話には、それほど痛みのある事柄がふくまれているのだ。



(ぼくが、お父さんみたい、か。ちょっと意外、だったかも……)



ハルトは気持ちを落ちつかせると、彼女の隣にゆっくりと座ってこう答えた。



「分かったよ、スズカちゃん。約束する。だから、聞かせてほしいな。


フラップも、そう思うでしょ?」



「ええ。ぼくも聞かせてほしいです」


フラップは、温かい表情になってそう言った。



「まあ、ぼくの場合は、その……内容によっては、


モニカさんやクロワキ主任にお話してしまうかもしれませんけども、


他のだれにも話さないよう、ぼくからお願いしておきます。


お客様の心のケアも、プライバシーの保護も、ぼくたちの仕事のうちですから」



『ふたりとも、ありがとう』


スズカは嬉しそうな顔で答えた。



『――あのね、わたし、地上界での暮らしが、いやになってたの』



スズカは、遠い目で天井を見上げながら語りはじめた。



「いやに、なってた?」



『そう。わたしね、学校でいろいろと辛いことがあったの。


低学年の頃はね、いじめられたこともあった……


ほら、わたしってぼうっとしやすいし、


元もと、たどたどしいしゃべり方だったでしょう?


だから、その……わたしのことを、気味悪がる子が多くて。………』



スズカが急にうつむいて話を止めてしまったので、ハルトはあわてて言った。



「やっぱり辛いなら、無理して話さなくても――」



しかしスズカは、迷いをふりはらうように首を横にふって、



『ううん、話させて。


いつまでも心の中にだけしまっておくなんて、もうできないから』



スズカの瞳から、悲しげな覚悟の気配がただよっていた。



『いじめられはしたけど、三年生の頃には、それはもうなくなってたの。


みんな、わたしをいじめるのがあきたんだと思う。


でも、友達はひとりもいなかったな。


だからわたし、クラスの子たちの気を引きたくて、


勉強とか、スポーツとか、いろいろがんばったの。


どこまでがんばればいいか分からないから、


ただがむしゃらに努力してたのを覚えてる』



「あぁ~、それでスズカさんは頭もよくて、スポーツも得意なんですね。


まだ十才にも満たないうちなのに、偉いなあ」



背中をなで下ろすようなフラップの優しい言葉に、


スズカはただ力なく笑って返した。



『その努力が実ったのかな。


わたし、四年生の一学期の終わりの頃には、学年内でトップの成績になってたの。


びっくりしたな……そんなつもりなかったのに』



学年内でトップなんて、


そんなつもりはない、という程度の意識ではとうてい獲得できない地位だ。


ということは、スズカは生まれつき頭がとてもいいのだと、ハルトは解釈した。



『クラスの子も、みんなわたしのことを認めてくれて、優しくしてくれた。


いつもいっしょに話をしてくれる友達も、何人もできた……わたし……


生まれてはじめて、普通の子になれたんだって、もうひとりじゃないんだって。


幸せだったな。幸せ、だったのに……』



スズカは、どういうわけかポロポロと涙を流しはじめていた。


次々に頬を流れる生温かい雫を隠すように、両手で顔をおおっている。


とうとう、話の核心まできてしまったのだ。



『四年生の三学期のはじまり、つまり今年の一月に、


わたし……わたし、クラスで泥棒にされちゃったの!』



「「泥棒に、された!?」」



意外な話の展開に、ハルトもフラップも目を丸くした。



『朝学校に来たら、クラスのみんながわたしの机のまわりに集まってて。


その中からひとりの女の子が、


わたしの前にネコのストラップを一本突き出して、こういったの』




《わたしのストラップ盗んだの、スズカちゃんでしょ!?》




「ストラップ、ですか?」



『今ね、地上界で有名な空飛ぶネコのキャラクターストラップ……


かわいくて面白いし、テーマパークの中じゃないと手に入らない限定品……


わたしも欲しかったけど、おこづかいが少なかったから、


みんなと遊びに行けなかった……』



でもね! スズカは右腕で勢いよく顔をぬぐった。



『だからってわたし、友達のストラップを盗んだりしないよ、本当! なのに、


身に覚えがないのに、みんながわたしの机の奥にこっそり隠してあったって……。


わけが分からなかったな。わたしがどんなに無実を伝えても、


だれもわたしを信じてくれなかった』



はたして、スズカの成績をねたんだだれかの仕業なのか――。


今となってはもう、だれにも分からない。



そうして、彼女はクラスで嘘つきよばわりされ、友達をみんな失くしてしまった。


満足にしゃべれない口で冤罪をうったえ続けたが、だれも彼女の相手をしなかった。


クラスからの非難の目は、その日からずっと彼女を冷たく責め続けた。



それから、一度はなくなったはずのスズカへのいじめが再発した。


しかもそれは、以前にもましてエスカレートしていた。



机に悪口を書かれもしたし、


下駄箱に鳥や羽虫の死骸を入れられるのはしょっちゅうだった。


トイレの個室で突然上から冷水をぶちまけられたこともあった。



努力のはてに幸せをつかみとったと思ったのに、ひどい仕打ちだった。



いよいよ彼女はその学校に来られなくなり、


遠い学校へ転校せざるを得なくなった。


しかし、クラスから受けた辛らつな非難の経験は、それまでの彼女から、


新しい友人を得たいという気持ちや、他の子と自由に話したいという思いを、


根こそぎ奪い去っていたのだ――このツアーに参加するまでずっと。



『わたし、あんなにがんばったのにな……何がいけなかったんだろう?


わたしね、地上界に帰っても、もう何もがんばれないの。


だからこの世界に残って、いつまでもぼうっと暮らせたらなって。


あんな目にあった地上界で暮らすのは、もういや……』



すっかり語りつくしたスズカは、これ以上苦しみを味わえないというような、


少しやつれた表情で、うす暗い天井を見つめていた。


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