3(挿絵あり)
「スズカちゃん、それ……」
ハルトはどちらを指して聞いているのか、自分でも分からなかった。
頭につけた機械のことを聞いているのか、
それとも、腹話術でも会得したことを聞いているのか――。
スズカは笑っていた。かぎりなく自然に。
ハルトとフラップが見舞いに来てくれたのが、
自分にとってはホテルのご馳走や楽しいお風呂よりもずっと夢のようだった。
ハルトたちがベッドのそばに来ると、
スズカはちょっともじもじしながら、不思議がるハルトのためにこう伝えた。
『びっくり、しちゃったでしょ? あのね、今わたしね、テレパシーが使えるの』
「テレパシーって、超能力の!?」
信じられない。テレパシーなんてはじめての体験だ。
いったいこの短い時間のなかで、彼女の身に何があったのだろう?
「いやいやいや、ちょっと待って、なんかすごいよ。いつの間にそんな……
どういうことなのか、まず説明してくれると――」
『お、落ちついて、ハルトくん。
わたしもね、最初はびっくりしちゃったんだ……今もドキドキしているんだけどね』
そう言って、スズカは自分の胸にそっと手を当てた。
そんな彼女が頭に装着しているものを見て、フラップはこう聞いた。
「それって……エンジニア部が開発していた、『テレパシー・デバイス』ですよね?
それがあれば、どんな人でも、自分の頭に浮かべた言葉を、
周囲の人の頭に直接伝えることができるという、優れものですよ。
ぼくもびっくりだなあ、もう完成していたなんて」
「どうして、エンジニア部はこれを作ったの?」
と、ハルトは聞いた。
「これがあると、うまく口で言葉を話せないお客様でも、
ぼくたちと円滑にコミュニケーションができるんです。
オハコビ隊では、わりと開発を望まれているツールでして」
そういえば、スズカのつっかえ気味の口調が、テレパシーでは治っている。
「スズカさん、いったいだれからいただいたの?」
『あのね、クロワキさんからいただいたの』
「クロワキ主任からですか? あの人、スズカさんに会いにきていたんだね」
『うん。一時間くらい前かな。危険な目にあわせてしまったおわびだって言って』
「そうなんだ。さすがはクロワキ主任だなあ。
あの人、エンジニア部でもすごく顔が利くから、
さっそくスズカさんに使ってもらおうって言ったんですね。善は急げ、みたいな」
『ふふっ、そうみたい。でもね、あくまでも試作品なんだって。
まだ、精神なんたらかんたらユニットに改良の余地があるとか、どうとか――』
「でも、よかったですね。これで、普通におしゃべりできるじゃないですか」
『うん、よかった!わたしって、言葉が詰まり気味になっちゃうから、
みんなみたいに口をきくの、じつはすごく億劫だったの。
だからスカイランドに来て、
こんな嬉しいことにも出会えるなんて、思わなかったな』
ハルトは、今のスズカがまるきり別人のように見えていた。
あのおどおどとしていて、自分以外の子を邪険にしていた彼女が、
今ではどこにでもいる普通の女の子のように明るく、
流調に言葉を伝えてくる。とても嬉しそうだ。
嬉しそうなのに、こんな広いだけの何もない個室のなかで、
たったひとりさみしそうにしていたなんて。
「――あ、明かりもっとつけたほうが、いいかもよ?」
ハルトは、変に緊張しながらスズカにそう聞いた。
『ううん。このままのほうが、今は落ちつくの。
いろいろ、考えごとしてたから』
「考えごと?」
『うん。このツアーでこれまで経験したこと。
――わたし、フラップやハルトくんと空をいっぱい飛びたくて、
このツアーに参加したのに、あのガオルっていう黒い竜のせいで、
なんだか楽しい気分を台なしにされた気分なの。
エッグポッドで空を飛んだこととか、島で出会ったいろんなこととか』
そう伝えるうち、スズカの顔はまた、
ハルトの知るいつもどこか憂うつそうな表情へと沈んでいった。
それを見たハルトは、スズカのすぐ隣に、
あのおぞましいガオルがスズカの首に爪をかけようとする姿を、
いやでも思い浮かべてしまった。
『あ、でも……本当に楽しかったのは、こっちの世界にくる前までことだけかも。
あのスカイトレイン、フラップがジェットコースターみたいに飛んでくれたり、
座席が、その……くるくるしたりで、ものすごく面白かった。
でも、こっちに来てからは、どこか違う。わたし、ずっとモヤモヤしてるなって』
「モヤモヤって?」
スズカは、答えにくそうにベッドに腰を引いて、
そこでこじんまりと体育座りをした。
『……わたし、こんなに素敵な空の世界に来て、いろいろ見て、思ったの。
――ずっとここにいたいな。できれば、ここで暮らしたい。
そんなふうに願っちゃうから、頭がモヤモヤするの』
するとフラップが、あ、と短く声を上げた。
「それ、ハクリュウ島にいた時にも、言っていましたね」
えっ? ハルトはフラップの顔を見上げた。
「お食事タイムの時。ふたりで話していた時にも言ってたじゃないですか。
ずっとここにいたいって。少々、深刻そうな顔をしながら」
「スズカちゃん、そうなの?」
スズカはやや左下に目をそらしながら、はずかしそうにうなずいた。
ハルトはやっと分かった。あの時、ぼくがケントたちと談話していた時、
スズカはフラップのそばで悲しそうな顔をしていた。
あれは、元の世界に帰りたくないという意思表示だったのだ。
けれど、どうして?
「スズカちゃん、帰りたくない理由があるの?」
『……ある。あるんだ、ハルトくん、わたしにはね。
でも、約束して! わたしが話したこと、他の子には言わないって。
じつはね、自分ではとても……とても辛いお話。
ハルトくんがいてくれるからこそ、話せることだから』
「どうして、ぼくがいると話せるの?」
『だって、キャンプ場でわたしに帽子を貸してくれた時、
他の子とはぜんぜん違う、優しさっていうか……
お父さんみたいな温かさを感じたから』
「キミの、お父さんみたいな……?」
『わたしの気持ちも、秘密も、
みんなまっすぐな目で聞いてくれるって思ったから。
ねえハルトくん。約束、してくれる?』
スズカは、必死に懇願するようなまなざしで、ハルトをじっと見つめた。




