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「わああ……ここが……」
小さなドームの中を思わせるオレンジ色の内壁。
ゆったりと明滅する青や緑のランプ。
そして、温水プールにつかって浮いているような心地よさ。
エッグポッドの中だ。下から天井まで、五メートルと少しくらいかな。
ちゃんと息もできる。まるで宇宙カプセルに乗っている気分だ――。
――ピピピッ。ピコン!
軽快な電子音が聞こえたかと思うと、どこからともなく女性の声が降ってきた。
《――乗客二名の搭乗を確認しました。
搭乗者は、こちらのデバイスを装着してください》
ふたりの顔の前に、
何やらスキーゴーグルのようなものが沈むように下りてきた。
ハルトのは青色に、スズカのはピンクにデザインされた、
光沢も鮮やかなゴーグルだ。
『――あのう、おふたりとも、聞こえますか?』
今度はフラップの声が聞こえてきた。いったいどこから?
『それは、ポッドの外を見ることができる、ゴーグル型の装置なんです。
ぼくのように空を飛ぶ感覚を楽しんでもらうためには、必要なゴーグルかな』
たしかに、このキャビンの中では外の様子が分からない。
このゴーグルで、フラップと同じように空の光景を見られるなら、
いかにも空を飛んでいる気分を味わうことができそうだ。
「だってさ、スズカちゃん。つけてみようよ」
ふたりはゴーグルを装着した。
目の前が遮光レンズのように青黒くくすむだけで、べつに変わったところはない。
そこへ、また女性の案内音声が聞こえてきた。
《――二名のデバイスの装着を、確認しました。
これより、VR・シンクロ・フライトモードへの移行準備に入ります。
フライターは、竜の秘術を行使してください》
『了解! これより、秘術コンビネーションEを、
レベルⅤまで解放いたします。
ハルトくん、スズカさん。ここからがすごいんだよ!』
《――同時に、装着いただいたデバイスを、
外部のライブカメラ映像に接続いたします。
接続直後、一瞬まぶしくなるため、
搭乗者は目を閉じることをおすすめいたします》
言われるまま、ふたりはそっと目を閉じた。
ハルトは、フラップが使ったわけの分からない専門語を頭で反すうしながら、
外の映像が見えるようになるくらいなら、
べつに驚かないぞと自分に言い聞かせていた。
ふたりの体に、大イタチのような空気の流れがするするとまとわりつく――
と同時に、まぶたのむこう側が一瞬、カッと明るくなって、
まぶたの赤みが際立った。
「わああ!」
ふたりが目を開くと、そこには離陸用デッキの光景が広がっていた。
他のオハコビ竜たちやターミナル利用客の姿も見える。
他のペアはもうみんなポッドに入ったようだ。
「こ、れ、すす、すごい……!」
スズカがたまげたように両手で口をふさぎながら、
こちらをチラリ、チラリと助けをもとめるかのように見ている。
ハルトは後ろをふり返ってみた。後ろにはキャビンの明るい内壁が見えている。
そうか、これは、キャビンの前の壁がライブ映像に『接続』されて、
透けているように見えているのか。
その証拠に、フラップが中のふたりにむかってふっている手のひらが、
尋常でないほど大きく見える。
自分たちが小さくなったことを痛感できる。
ためしに、ゴーグルを外したり、またつけたりを繰り返してみた――
やっぱりそうだ。外しているあいだは、外のライブ映像が見えなくなる。
『さあ、楽しいフライトのお時間ですよ!』
フラップの活気ある一言のあとに、
他の十一頭が、イエーイ! と叫ぶ声が聞こえた。
『ぼくたちの秘術で、みなさんにも上空の風や、
風圧の変化をほどよく快適に楽しんでもらえるように、
全身の触覚をシェアさせてもらいました。
上空特有の寒さはありませんが、やや刺激的なフライトになると思うので、
もしも怖く感じたらすぐに言ってくださいね!』
「キミたちって、そんなことまでできるの!?」
と、ハルトは聞いた。
『ええ、オハコビ竜はホントにすごいんですよ~。
――みなさん! 心の準備はよろしいですか?
いち、にの、さん! で飛び立ちますからね。いくよ~!』
ドクン、ドクン、ドクン――興奮で自分の心臓が高鳴る音を、ハルトはかすかに聞いた。
いーち、にーの、さん!!
十二頭の竜は床をけり、いっせいに宙に舞いあがった。




