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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
始めるために、終わりにしよう。それがどんなに辛くても……ぐすんっ
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 アシェルの腕の中で気を失ったノアは、もう一人の自分である精霊姫と会ったーー夢の中で。



***



 明け方なのか夕方なのかわからない暁と藍が混ざり合う空間で、ノアはてくてくと歩く。


 誰かが泣いているのだ。壊れてしまうんじゃないかと心配するくらい悲痛な声を上げているから役には立たないかもしれないけど「どうしたの?」と声をかけてあげたかった。


 歩を進めるごとに泣き声は大きくなっていく。


 ノアは進む方向が間違っていないことに安堵し歩調を速めた。ふわふわとする地面に悪戦苦闘しながら。


 それからどれくらい歩いただろうか。視界の先にしゃがみ込んでいる少女がいる。ノアは小走りにそこに向かった。




「あの」

「……ごめんなさい……ごめんなさい」

「えっと、もしもし」

「ごめんなさい、ごめんなさい。どうか許して」

「……」


 少女は泣きながら謝罪の言葉を紡いでいる。


 しかしそれはノアに向けてのものじゃない。その証拠に少女はノアが声を掛けてもこちらをチラリとも見ない。完全なるシカトである。


 正直ここまであからさまに無視をされたノアは戻ろっかなと心の隅で思う。でもさすがにここが現実世界では無いことに気付いている。


 だから戻りたくってもどこに行けば良いのかわからないし、やっぱり泣いている少女を見捨てることに後ろ髪を引かれてしまう。


 そんなわけでノアはもう一度少女に声を掛ける。


「あのぉー……どうされ……っ!?」


 また無視をされないよう少女の肩に手を置いた瞬間、ノアは息を呑んだ。


(あ、この人、もう一人の私だ)


 手のひらに静電気に近い衝撃が走って、唐突に理解した。


 しかもそれだけじゃない。少女の身体に触れた途端、もう一人の自分が持つ記憶が怒涛のように流れ込んできたのだ。


 精霊姫は人となり、短い生涯を終えた。


 でもその魂はしばらく人間界に留まり、愛する男の傍にいた。


 だから知ってしまったのだ。二人だけの恋の結末が、愛する男を一つの場所に縛る呪いのはじまりだということを。

 

 娘の死を嘆き悲しんだ精霊王は遣る瀬無い気持ちを人間への憎悪に変えた。


 娘を奪った人間が憎い。人間なんぞがいるから娘は死んでしまった。人間など消えてしまえば良いと怒り狂った。ガチで。


 純愛から一変して、人類滅亡の危機になってしまった事態に精霊姫の恋人だった男は焦った。焦って、困って、頭を抱えてーーでも何とか怒りをおさめてもらおうと必死に説得した。


 しかし男は絶対に謝らなかった。


 男にとって精霊姫との恋は、一生に一度で良いと思える特別なものだった。誰かに頭を下げなければならないものではなかった。


 たとえそれが精霊王の怒りを助長するものであっても、どうしても譲れなかった。それで殺されても曲げる気はなかった。


 その信念が伝わったのかどうかはわからない。結果として精霊王の怒りは全人類から、男一人に向けてのものに縮小した。


『娘が生まれ変わるまで、子々孫々に至るまでこの地で精霊たちに尽くせ。そして娘が約束通り人として生まれ変わったのならーーその時は命ある限り娘に尽くせ』


 精霊王は男にそう告げた。怒りと悲しみを綯い交ぜにした低い声で。


 それから男は一つの国を作った。精霊たちが悪いものに脅かされないように。ここが精霊たちにとって、最後の楽園になるように。





「ーー……私はそんなこと望んでいなかったの」 


 精霊姫は嗚咽交じりに言った。


 えっぐえっぐとしゃっくりをあげて、溢れ続ける涙を手の甲で拭いながら言葉を続ける。


「私は()()()()になって、あの人とまた会いたかっただけなの。同じものを見て感じて、何気ない日常の中で笑い合って、時には喧嘩して、仲直りして、また笑って。そんなことを繰り返して同じ速度で年を重ねていきたかっただけなの」 


 精霊姫から伝わった記憶を見て、彼女の願いを聞いて、ノアはみんな自分勝手だなと思った。


 大事なことを伝えずに死んでしまった精霊姫も、怒りを押し付けた精霊王も、我を通した初代国王も。


 みんなみんな自分勝手だ。でも、そこに悪意は無かった。誰かを想う気持ちしかなかった。


 ただそのせいでこんなにも拗れてしまったことに対してはどうかと思う。これじゃあこれから先、どんな奇麗なおとぎ話を聞いてもその裏を考えてしまうじゃないか。


 などと心の中でぼやきながらノアは未だメソメソ泣いている精霊姫をぎゅっと抱きしめる。


「泣かないでください」


 務めて優しい口調で囁いた途端、精霊姫はびくりと身を強張らせた。


「え?……あ、あなた……っ……どうしてここに!?」


 どうしてと聞かれたって、こっちが教えて欲しい。


 などとつい憎まれ口を叩きなりそうになる自分をぐっと堪えて、ノアは顔を上げてくれた精霊姫と目を合わせた。


「はじめまして、ノアです」

「……私は、ニヒ」


 もともと一つの魂なのかもしれないが、自己紹介は大事だ。なんせ見た目は全く違うのだから。

  

 精霊姫はその名に恥じることが無いくらい奇麗だった。


 月明かりのような深みのある銀の髪。憂いを帯びた青紫色の瞳。陶器のようなつるりとした肌に、花びらのような小さな唇。


 人間が精霊を描こうと思ったら、お手本にするような容姿だった。とどのつまり自分とは全く違う。


 ノアはそれが嬉しかった。これっぽっちも似ていないのなら、今思っていることが精霊姫が持つ感情ではなく、自分だけの感情だと確信を得ることができるから。


「ニヒさんの記憶を見せてくれてありがとうございます。……あの、えっと……ニヒさんが泣いている理由も良くわかりました」


 と言ってみたけれど、たぶん全部は理解できていないのだろう。


 実際に自分は誰かと死に別れたこともないし、死んだ後望まぬ展開になって、でも自分の力じゃどうすることもできない状況に陥ったことも無い。


 何よりニヒみたいに号泣するほど強く後悔することだってこれまでなかった。そうならないように、後悔しない選択をずっとしてきた。


 だからやっぱりニヒの気持ちを理解できていない。


 そんなノアでも、既に決めていることがある。


 後でどんな事実が出てこようと、これが最善だと思うことが。それは選ばなければ、きっと後悔するもの。


「ニヒさん、あのですね」

「うん」

「私が全部終わりにします」

「……え?」


 きょとんとするニヒと、にんまり笑う自分。


(鏡合わせの表情にならなくて良かった)


 ノアはこの決断が誰の影響も受けていない自分だけのものだと実感する。


「私ですね、今、諸般の事情であなたが愛した人が作ったお城にいるんです。でもってその人の子孫と婚約者の状態にいるんです」

「へ、へぇ」


 ニヒが曖昧に頷いてしまうのは、自分の説明に問題があるのだろう。


 でもこれ以上上手く説明ができないから、ここは無理矢理にでも納得してもらうしかない。というか、重要なのはコレじゃない。この続きだ。

 

「でも私はその人と結ばれません。ニヒさんのお父さんには悪いですけど、私はお城を去ります。だから安心してくださいね。ニヒさんの愛した人の子孫を縛るようなことにはなりませんから」


 一気に言い切った後、ノアは笑った。


 他にもっと良い案があるかもしれない。こんなこと無意味なことかもしれない。


 でもこんなにもニヒが壊れるほど泣いて訴えているというのに父親である精霊王にそれが届かないということは、言葉で説得したって無理だろう。


 ならば、強硬手段に出るしかない。


 ノアは、そう結論を下した。


 鼻の奥がつんとしたけれど、胸を鋭い爪で引っかかれたような痛みが走ったけれど、全部全部、気付かないフリをして。

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