2階層の魔物
「よう、高橋。見ないうちに有名になったな」
「ねぇ、ダンジョンってどんななの?リカにも教えてよー」
全く、人というのはどんだけ面倒で鼻が聞く輩なんだろうか。
ダンジョンから戻ると、スマホに着信があった。どうやらどこからか聞きつけたのか、俺のうちに出来たダンジョンについて詳しく聞かせろと、小学時代の集まりにお呼びがかかった。
俺はこいつらから飲みの誘いなんて今まで一度もなかった。だから今回の返事に渋っていると、母さんから人との繋がりは大事よと、背中を押され参加する事にした。
言われるがまま、指定された居酒屋に入ると、成人式以来全く顔をあわせていなかった面子が揃っていた。
「探索者って会社員より儲かるのか? 」
「モンスターって可愛いのいる? インスタ映えするならリカもなってみようかなー」
早速、質問攻めに合う。この俺の両脇を陣取る大剛 雅和 (たいごう まさかず) と橋場 梨花 (はしば りか) は当俺を毛嫌いしていた2人だ。そんな奴らに今更絡まれるのは辛い。飲んでいる酒もだんだん不味く感じるようになり、右から左に流したい話も、両側から責められ行き場を失う。
「はぁ? 梨花お前いい歳して、まだインスタに凝ってんのかよ」
「べつにいいでしょう。インスタには年齢は関係ありませーん」
2人で勝手にやっててくれと思う。ずっと板挟みになりながら酒を煽る。
二次会も誘われたが流石にそれは断って、そそくさと帰った。
今日は早く寝たい。ついに明日から自宅のダンジョンが一般公開になるからだ。
探索者公式サイトにはすでに『ランク3のダンジョンが誕生! 挑戦者集う』と大々的に取り上げられている
これじゃ挑む猛者どっと押し寄せてくるのは間違いない。近所の人にはなんだか申し訳なくなる。
窓の外を覗くと、ゲートが薄い灯りを照らし立っている。
その横のひらけた空き地は塀が取り除かれ、地面はコンクリートが敷かれている。
ここの着工も始まるし、明日から賑やかになるな。
よし、明日はまた北浅井ダンジョンで頑張ってレベル上げしますか。
灯りを消し眠りにつく。
翌日、思った通り家の前には長蛇の列が出来ていた。近隣に迷惑をかけないようにと、買取センター予定敷地内に列を作っていて、公道を走る車に迷惑をかけていない。マナーがしっかりしている人達でよかったとむねを撫で下ろす。
俺も朝食をパパッとすませて列を素通りし、北浅井へとチャリを飛ばした。列もなく、人気のない雰囲気にホッと心が落ち着いた。あんな集団の中で狩るのはまだ無理無理。なんせ、
「おおー、朝ご飯」
野生児を野放しに出来ないからだ。目を離した隙に獲物を抱えて帰ってきた。
「主人の分」
ラビットを放り投げ、また行ってしまった。
3匹のラビットの猛攻撃を、当たりながらかわし、なんとか全て狩ることができた。
獲物を持ってくる時は事前に言うことと説教しようと向かったが、食事中だったので逃げた。あの匂いはなれない。もしかして、俺を気遣って暇つぶし相手を寄越したのかもしれない。
そう思えば、いい子だなーと和んだ。
しかし、記憶から出てくるルコの映像が全てモザイク修正で、気分が落ち込んだ。
食事が終わったのか、キレイなルコが戻ってきた。前回から学習したのだろう。造られた妖精とはいえ、知能も学習能力も高い。
「主人、ずっとここ? 」
「ううん、今日は下の階へ行こう」
ルコを先頭にダンジョンをどんどん突き進む。遭遇するラビットは片っ端からミンチ肉と化す。この戦闘スタイルを変えることは出来ないのかな。
未だ手加減が分からずオーバーキルを繰り返している。グロに慣れるのが先か手加減が先か。どちらにしろ、他の探索者がいる場所へは連れていけない。悪臭と精神的理由でクレームが入り、最悪出禁だ。
俺の心配に気づかず、ルコはどんどんミンチ肉を量産していく。しばらくして、「階段を見つけたであります」 とどこぞのカエルばりに敬礼で報告してきた。知らないうちに漫画やアニメで要らん情報を吸収したんだろう。共犯は母さんだな。
「お疲れ様。これが階段か。よし、下りてみよう」
十数段下りるとまた拓けた場所に出た。やはり、このダンジョンはどこも同じ造りなのだろう。1階と造りの違いがわからない。
「ルコ、前を頼む」
「了解であります」
壁伝いに進むと、所々凹んだ箇所がある。そういや、ビックラビットって興奮状態に入ると、壁でもなんでもに突撃してくる習性があると本に書かれていたな。この凹みも興奮した1匹が作った傷跡なんだろう。まともに喰らえば、骨を持っていかれるな。
ドコォーン
一際大きな音がした方へ走ってみると、
「なんだこりゃ」
丸々太った? 豚ではなく牛サイズのラビットがいた。これが、最弱ラビットの進化形態、ビックラビットだ。
モンスターは進化する。スタンピートの際、人々を蹂躙したモンスターの一部でその光景が目撃された。進化時は隙ができるようで、とっさの判断で自衛隊が討伐に成功した英断の話もある。
進化によって姿が大きくなる種類と小さくなる種類がいる。ラビットは前者だが、こんなにも差があるのかと愕然とする。聞くと見るのじゃ印象が違いすぎる。本には巨大化したラビットとしか書かれていなかった。もっと詳細に記して欲しかった。
ビックラビットがこちらに気づいたのか、助走の形をとる。低くした姿勢から、瞬発力がある後ろ足のバネを使い、巨体にもかかわらずルコに飛びかかる。
「げ、牙がある。ルコよけろぉおお」
いくら硬いと自慢するルコでも、あの巨体と重力が重なった牙を食らったら無傷じゃ済まないはず。
間一髪スレスレで避け、ホッとする。ビックラビットが隙を見せた俺に飛びかかってきた。
「主人」
ギギュギュッ ギュギュッ
驚いて目を瞑った時、締め付けられる音が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、ビックラビットの太い首
を俺の腰程に縮めるルコの手があった。ビックラビットは暴れるも、ボキッと音と共に力が抜けた。
ルコが手を離すと、巨体は抵抗もなく落ちた。
「殲滅完了。首締めを覚えました」
ルコのとっさの行動が、新しい技に繋がったみたいだ。このサイズのグロは正直失神レベルにあたり、勘弁してくれよと思っていたので、このタイミングで身についてくれて良かった。
ドロップに変わる前に、せっせと剥ぎ取り作業を行う。レベルのお陰かスムーズに刃が入る。皮と肉とあと牙が手に入った。肉はラップに包み、パックに入れておく。巨体な分小分けにするが、リュックの容量が先にオーバーし、もったいないが半分以上残してしまった。
少し待つと、ビックラビットの死骸は消え、代わりにドロップ品である500円玉サイズの魔核が残った。
手に取ると、ラビットの倍以上あるサイズと重さに顔が綻ぶ。ビックラビットの魔核400円。素材を含むと数は取れないが、ずっしりとした重みに期待がこもる。
やっと探索者として出発出来た気がした。
「主人、もう帰るのか」
「仕方ないだろう。これ以上素材が持てないし、動きづらいから戦闘は無理だ」
まだ狩り足らないのか、ルコは文句を言う。そう言いつつも、しっかり俺の代わりに先頭に立ち、敵を葬ってくれる。その優しさに心があったまる。
ルコにとってラビットはもはやご飯感覚なのか、戦闘数に入らないようだ。それなら、今日はビックラビット1匹しか相手にしていないので、不満を言うのも仕方ないな。
「明日また行こうな」
「絶対」
地上に戻り、リュックではなくジャージのポケットに身を隠してもらう。手のひらサイズじゃ危ういので中指サイズまで縮まってもらった。
「本日はビックラビットですね。凄いです。初心者ダンジョンとはいえ、ビックラビットはなかなかの大物。討伐おめでとうございます」
「その事なんだけど、あの牛サイズって当たり前なのか? ダンジョン2階層にしてはハードル上げすぎますよ」
ルコがいたからよかったものの、下敷きになれば死ぬ。牙が刺されば、骨まで砕けて肉がえぐられ死ぬ。とても初心者レベルの相手ではない。
「その代わり個体数が少なく、2階層でモンスターに遭遇するのは稀なんです。だから、初心者といえど危険はありますが、無理な階層ではないのです」
なるほどね。通常は3階層を目指し、2階層のモンスターは素通りなのか。下層より危険度が高いが、戦闘を避けるなら問題ない。今回はたまたま危険サインである壁ドンに、自ら向かってしまった俺の判断が悪い。なら、文句は言えない。
「では買取ですが、ビックラビットの魔核が1つ400円。皮がこのサイズですと1枚2.000円。牙は1つ500円。肉がキロ100円になります」
一気に値が跳ね上がった。魔核に関してはどのモンスターも同品質のエネルギーが得られるので、それほど買取価格は高くない。だが、皮や肉は需要があり高くつく。
「ビックラビットの皮は手触りの良さに、扱う数も少ないため値が落ちにくいですからね。肉もラビットと名が付きますのに、牛肉に似た食感と味わい、脂身感がありますから、こちらも人気商品なんですよ」
本日の買取額は、肉25キロ分と皮と牙と魔核を合わせて5.400円となった。もうちょいいくかと思ったが、肉の重みに負けこの程度になった。まだ素材残ってたのに……
「肉の買い戻しはよろしいですか? 」
「買い戻し? 」
「はい、気に入ったアイテムや素材は買い戻し可能なのです。同金額で買えるため、他店で買うよりもお得ですよ。特に肉など食材関係は買い戻しされるケースが多いです。それ目当てで潜っている方もいる程ですから」
肉か…ルコが来てからなるべく避けてきたけど、父さんと母さんは喜ぶだろうなぁ。
「それじゃあ、パック1つ分買い戻しでお願いします」
「かしこまりました。それでは、こちらにサインをお願い致します」
パック1つ分を買い戻した後の金額が振り込まれ、肉を自宅に持ち帰った。
「まぁ、これがお昼のニュースで観るダンジョン食材ね」
ダンジョン産の食材はどれも地上で育った食材より美味しく、栄養も豊富だとよく宣伝されている。なので、母さんはとてもご機嫌だ。
そういえば、ダンジョンの素材を持ち帰ったのってこれが初めてだもんな。
ルコの場合? あぁ、それは例外。ダンジョン特典だし、苦労して手に入れたモノでもない。それに、ルコを素材と同じモノで一括りしたくないからだ。
夕飯はビックラビットのすき焼きだった。肉は避けてたが、甘く香ばしい匂いに食欲を刺激され、食べてしまった。結論、肉は美味い。