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この多重宇宙のどこかで  作者: かべちょろ
導き篇
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クムラギ見物2

七.[クムラギ見物]


 竜胆色の着物に着替えて廟堂の入り口で待っていると、リュウ少年が父親を伴って現れた。優しそうな三十代後半の男性だった。落ち着いた松葉色の上等な着物を着ていた。アオイの顔を見ると、にこやかに笑って頭をさげた。


「リュウの父、リケミチモリ(リケ・道守)です。息子がお世話になってます」


 偉ぶった処がない気さくな感じの挨拶に、アオイも思わず笑みが浮かんだ。頭を下げた。


「セナ、ええっと……アオイセナです。はじめまして」

「リュウからお話は窺っております。フィオラパがケイをくれたと」

「はい。でも、……実は、まだ……」


 アオイが説明しようとすると、隣からユタ少年が全部詳しく説明してくれた。記憶が戻らないことから、呪文が失敗したことまで。


 アオイは苦笑したが、ミチモリ氏は一々感心して頷いていた。話を聞き終わるとミチモリ氏は言った。

「どうかこのまま此処に暮らし、我等に力を貸していただきたいものです。奇妙な身なりの旅人が何処からともなく現れ、人々に科学や医術を教えたとか、大きく歴史を動かしたとか、そういった昔話や伝説がこの国には幾つもあります。ひょっとしたら、あなたもそういった人の一人かもしれません」


「いや、俺は……。そんな話があるとは吃驚ですが……。でも、俺はとても……」

 そんな話があるとは吃驚だったが、自分がそんな類いの人間だとは到底思えない。しかもフィオラパがくれた跳躍呪は自分を移動させるだけ。ただそれだけの術。何の役に立つのか。


「さあ。参りましょう。ご記憶が無いのなら、きっと驚くことばかり。先ずは街の大きさに驚かれませぬように」ミチモリ氏はにこやかに言って皆を促した。


 今日、町を見物に出かけるのは、アオイ、ユタ、リュウ少年、そしてリケミチモリ氏。


 門へ向かって歩く後ろ姿を見て、アオイはリケミチモリが左足を少し引き摺っている事に気附いた。義足かも知れないと思った。踝まで隠す丈の長いズボンを履いていたから。けれど気附かないふりをした。


 立派な、屋根のある門。今は閉じている。二人の少年が脇の小さな木戸を開いた。


 リケミチモリに促され木戸をくぐり、そして、目の前に広がった光景に息を飲んだ。


 あれれ、というのが正直な感想だった。


 一体自分が門の外にどんな光景を思い描いていたのか疑問だった。どんな光景を予想していたのかまったく見当もつかないが、多分その何れとも違う光景が広がっていた。お廟がこういう建築様式なのはお廟だから、そう思っていた。しかし目の前に広がっているのは似たような建造物。それがずっと目に見える限り道の両脇に。

 黒い柱に白い土壁、黒い瓦屋根の低層建造物。二階建て、ないし三階建て。


 ここは―、目を丸くした。


 知らない町、―。


 どころではない。


 しかしそもそもどんな街の姿を知っていたのか、今となっては分らない。それは霧の向こう側だった。戸惑い。混乱。


 さらに。広い道を行き交うのは、人と……。


「おい、おい、あれ。牛??」牛が車を牽いていた。


 ユタ少年が笑いながら答えた。

「やだなぁ。アオイさま。牛に吃驚しなくても」


「え? え? でも、牛が通りを歩いている……」


「牛は普通歩きますよ。走りません」

「でも、何で牛が……」

牛車うしぐるまなんだから、牛が牽かなくて何が牽くの」


 人と一緒に牛が歩いていることが何故こんなに違和感あるのか、自分でも不思議だったが納得できなかった。だけでなく。牛そのものにも強い違和感。

「牛って、鼻に角があったっけ?」


 ユタ少年は呆れ顔で首を傾げた。「鼻に角が無ければ一体何処にあるって言うの?」


 問い返されると記憶の袋小路で同々巡りするだけだった。


 しかしほんの数分も歩かないうちに前からやって来たもの。


「あれ、あれ、あれおかしくないか? あの馬」

 皆、不思議そうな顔をした。ユタ少年が言った。

「何処もおかしくありませんけど……」


 それは足の長いスマートな馬だった。毛艶も良く美しかった。記憶にある姿よりも、心なし首がしなやかに感じた。クネッとしていた。


 しかしそれはよいとしても。


「頭の上に羽飾りみたいなのがある。何だあれ。着けてるのか?」

鶏冠とさかが不思議なの?」

「鶏冠? じゃあ生えてるのか? 馬に鶏冠が?」


 素っ頓狂な声をあげるアオイに、ユタ少年は肩をすくめてみせ言った。ちょっと生意気に物知り顔で。


「そりゃあ、鶏冠竜と同じ先祖を持つんだから、鶏冠があって当たり前でしょ?」

「鶏冠、竜? りゅう?」全く耳に馴染みのない動物の名前。竜は穏やかじゃなかった。

「やだなあ。毎日鶏冠竜の毛皮に座ってたじゃないですか」

「え? え? あれ、鹿皮じゃなかったのか?」

「鹿? 鹿も鶏冠竜の仲間ですけど、あれは鶏冠竜の毛皮ですよ」

「へ? へ?」


 鹿、が、竜??


 アオイは頭の中が渦巻いた。


 自分は一体何を常識と思い、何を知っていたのか。牛の鼻の上に角があって、馬の頭の上に鶏冠があったのか。竜ってゴロゴロいるのか。口ぶりから言ったらゴロゴロいそう……。鹿が竜の仲間って変じゃないか……、鹿が竜の仲間……。


 少年は笑って言った。

「犬やネコを見ても驚きそうですね」


 道端に犬が寝そべっていて、白い塀の瓦の上に猫が寝そべっていた。驚かなかった。何の変哲もない普通の犬と猫だった。そこに記憶の齟齬は無かった。


「いや。これが犬で、あれが猫で、それはちっとも変じゃない……。でも、牛と馬は変なんだ……」


 納得いかない様子の彼を見て、皆不思議そうな顔をしていた。


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