二十八、神崎という人間
神崎の家は、慎平の家と大して離れていない場所に建っていた。
家といっても、一部屋しかない古いボロアパートだった。
神崎は一人で暮らしていた。
俺は、部屋の隅に置かれた檻に入れられていた。
「クロ~、お前の写真をHPで見つけた時には、驚いたよ」
神崎は独り言を呟いていた。
「お前がこの辺りを散歩している時から、俺はお前を飼いたかったんだ~」
こいつは俺のことを以前から知っとったんか・・
それじゃったら俺が慎平に飼われとったん、知っとろうが・・
飼いたかったて・・なに言よなんら・・
神崎は小太りで背も低く、うだつの上がらなそうな人間だった。
「ああ~、うまいうまい~」
神崎はお菓子を食べながら、ジュースを飲んでいた。
「あっ、クロにも餌をあげないとね~」
神崎は冷蔵庫へ行ってソーセージを取り出し、それを檻の中へ放り投げた
俺は特に腹が減っていたわけではなかったので、餌を無視した。
「あ、キャットフードとかないからね~。贅沢は禁物だよ~」
神崎の頭からは、時折フケのようなものがポロポロ落ち、それが肩に散らばっていた。
「でも今後はクロ次第で、贅沢が出来るかも知れないよ~。あはは~楽しみだな~」
神崎は寝ころびながら、お菓子を食っていた。
俺次第で贅沢が出来るじゃと・・?
ほんま、こいつ・・さっきからなに言よんなら・・
「さあーてと!動画、動画っと!」
神崎は電話を取り出し、俺の方に向けて撮影しだした。
「ほら~、クロ~こっち向いて~」
俺は神崎が気持ちが悪過ぎて、ソッポを向いていた。
「ダメだよ~こっち向いてくれないと~。牙が映らないじゃないかあ~」
神崎が物を言うたびに、口からお菓子のカスが零れ落ちていた。
汚ねぇな・・
部屋の中も掃除などしていないのか、ゴミが散乱していた。
「クロ~、こっち向いてよ~」
神崎は甘ったるい声を出し、俺は寒気がした。
「まあいいや。まだ慣れてないもんね~」
そう言って神崎は、電話を小さなテーブルに置いた。
「お前を撮影してさ~、動画で観てもらうんだ~。再生回数が多いとお金が入るんだよ~。だからね~、ちゃんとこっち向いてくれないと困るんだよね~。じゃないと、お前を引き取った意味がないんだよ~」
こいつ・・俺を利用して金を稼ごうとしとんか・・
なんちゅうやつじゃ・・
それから神崎は、毎日撮影しようと試みたが、俺は絶対に牙と爪を見せなかった。
俺はこの家に連れて来られて、まだ一度も檻から出してもらってなかった。
用を足すのも檻の中だった。
俺はストレスが溜まり始めて、大声で鳴き続け、檻の枠を噛み続けた。
「クロ!いい加減、撮影させろよ!」
神崎もストレスが溜まっていた。
時折、檻をガタガタと揺らし、俺を脅かしていた。
「ほら!怖いだろう!撮影させないと、もっと怖がらせるぞ!」
俺はその時、檻を掴んだ神崎の指を思いっ切り噛んだ。
「痛っっ!なにするんだよ!」
神崎はすぐに檻から手を離し、俺を睨んでいた。
「お前~~!いうことを聞かないと、こうだからな!」
神崎は物差しを枠の間から差し込み、俺の顔を叩いた。
俺は逃げる場所もなく、背中を立てて檻の隅から神崎を睨んた。
「シャア~~~!」
「なんだよ!」
「シャア~~!」
「逆らうんだったら、一生そこから出してやらないからな!」
神崎は持っていた物差しを放り投げ、「あ~~あ」と仰向けになって寝ころんだ。
「まったく!言うことを聞かないんだから」
神崎は顔を俺の方に向け、不満をぶちまけた。
「餌もやらないぞ!」
そう言って神崎は檻を叩いた。
こいつは、一体、なんなら・・
見た目も汚いが、根性も腐っとるの・・
それから神崎は、牙も爪も見せない俺を撮影していた。
こうした日々が続いたある日のこと・・
「はい、はい、そうですが。えっ!本当ですか!はい~!もちろんですよ!えっと~それでギャラなんですけど・・。わあ~そうなんですねっ!はい、わかりました~待ってます~」
誰かから電話がかかってきたようだ。
神崎は、たいそう嬉しそうに応対していた。
「クロ~!すごいよ~。お前、テレビ出演するんだよ~あはは~」
テレビ出演・・?
どういうことなら・・
なんで俺が、テレビにやこ・・
「メール送っておいてよかったあ~!もう動画なんていいや!一度でもテレビに出たら次もあるもんねっ!」
どうやら神崎は、メールというものをテレビ局に送ったらしい。
俺を出演させて、ひと稼ぎするつもりなのだ。
それから二日後、また電話がかかってきた。
「はい~、そうです~。へぇ~そうなんですねぇ~。ええ、大丈夫ですよ。はい、はい、わかりましたあ~!」
神崎はそう言って電話を切った。
「クロ~!共演者もいるんだって~!『ちょっと変わったペットたち』っていう番組なんだってさ~!変わったって失礼だよね~。あはは~!でもいいや。出演料が入るとお前にもいい餌をあげるからね~」
変わったペットたち・・?
俺の牙のことを話したんじゃな・・
まあ・・テレビに出るいうことは、ここから出られるいうことじゃ。
俺は神崎など嫌いだったが、動機は不純とはいえ、危うく殺されそうになったところを助けられたことに違いはないと思っていたので、ここは神崎の望み通りにしようと考えていた。
そして再び檻に入れられる前に、逃げ出そうと思っていた。
やがてテレビ出演の日が訪れ、俺と神崎はテレビ局へ向かっていた。
大きい建物の中へ入ると、神崎は誰かに話しかけていた。
神崎は若い女性に案内され、ある部屋へ連れて行かれた。
中へ入ると数人の人間が座って待っていた。
神崎は他の人間とは話さず、一人離れて座った。
人間たちは、それぞれ籠に入れたペットを連れていた。
中は見えんが・・きっと猫や犬がおるんじゃろうの・・
「みなさん、お待たせしました」
そう言って一人の男性が入ってきた。
男性は席につき、なにやら説明を始めた。
「籠から出して下さいと言われてから、出してくださいね。それと決して放さないようにしてください。えっと~、とりあえずペットちゃんを見せていただきましょうかね」
男性にそう言われ、人間はそれぞれ籠からペットを取り出した。
すると猫は俺だけで、ヘビ、カメ、ワニ、サルがいた。
そして俺も籠から出された。
「おお、この黒猫ちゃんですか。牙を見せてもらえますかね」
「はい~。クロ~噛まないでね~」
神崎は俺の口を開いて牙を見せた。
俺は抵抗する気は全くなく、神崎の好きにさせた。
「わあ~・・これはすごいですね・・」
男性は俺の牙に見入っていた。
俺は他のペットに話しかけようと思ったが、言葉が通じない気がした。
というか・・そもそも俺に興味を示すものはいなかった。
けれども唯一、サルだけが俺を見ていた。
「こんにちは・・」
サルが俺に話しかけてきた。
「おう・・」
「きみ・・名前はなんていうの?」
「俺はコテツじゃ」
「そっか。僕はピグっていうんだ。ピグミーマーモセットっていうサルなんだ」
「ほうか」
「なんか、嫌だよね・・」
「なにがなら」
「だってさ、見世物みたいでさ・・」
「まあのう・・」
「早く帰りたいよ」
「俺はこれが終わったら、逃げるつもりじゃけに」
「えっ!コテツくんって飼い猫じゃないの?」
「違うけに」
「じゃ、どうしてその人間と来たの?」
「こいつは俺が殺されそうになったのを俺を助けてくれたんじゃが、別に飼われとるわけでやこねぇんじゃ」
「そうなんだあ・・」
「こいつは俺を利用して、金を稼ごうとしとんじゃ。それだけじゃ」
「そっか・・」
それからほどなくして、スタジオという場所へ行き、俺たち「ペット」は大勢の人間たちによって晒し者にされた。
人間たちが計画したにもかかわらず、ヘビやワニなどは、ある種、忌み嫌われる存在になっていた。
彼らは特に威嚇するわけでもなく、大人しくしているのに、人間たちは大袈裟に怖がっていた。
俺は猫ということもあり、人間たちは「かわいい~」などと言っていたが、やはり俺の牙と爪には驚愕していた。
俺は「シャア~~!」と、牙を剥き出し、サービスしてやった。
一体どれくらいのお金が神崎に入るのか知らないが、サービスすることで加算されればいいと思っていた。
これが終わると、俺は逃げるけにの・・
神崎への「恩返し」も、これで十分じゃろ・・
やがて収録も終わり、俺と神崎はテレビ局を後にした。
「クロ~、よく頑張ってくれたね~。放送は明日らしいよ~」
家に到着し、神崎は俺を籠から檻へ移そうとしていた。
俺はここがチャンスだと、待ち構えていた。
「次のオファーもあればいいんだけどな~あはは~」
神崎は俺を全く警戒する素振りもなく、油断しまくっていた。
あまり強う噛むと、かわいそうじゃけに・・ちょっと脅かす程度でええな・・
俺はまず、神崎の手を爪て引っかいた。
「あっ!痛いっ!なにするんだよ~!クロ~」
それでも神崎は俺を離さなかった。
仕方がないのう・・
俺は神崎の手を噛んだ。
「うわああ~~!痛い~~!」
神崎の手から血が流れ、神崎は俺を放り投げた。
その隙に俺は外に飛び出した。
「どこへ行くんだ~~!クロ~~!」
神崎は俺を追ってきたが、俺は造作もなく神崎をまいた。
ここからどこへ行けばええかの・・
縄張りじゃったところへ戻れば、また捕まるかも知れんけにの・・
じゃが・・ジロウたちがおるはずじゃ。
とりあえず、あいつらの無事を確かめた方がええの・・
そして俺は河川敷へ向かった。




