第二十三話 幽閉
「魔王様、お風呂に入りましょう。」
「はい。」
あれから何日もたった。私はトルテさんの人形にでもなったかのように、ただトルテさんのいう事を聞いていた。でも、アクアさんの事が頭から離れなかった。どうしてあんなことをしたのか、聞こうと思っても聞くことができないでいた。
「魔王様。愛しております。私の最愛の人。」
そう言ってほほ笑むトルテさんは、残酷でとてもきれいだった。
でも、トルテさんが私じゃなくて、誰か別の人を見ているような。そんな感じがした。トルテさんは私に向かってまるで異性の様な言葉を使っているけれど、明らかに私に向かって言われた言葉ではなかった。
だって、トルテさんの目は何処か無機質で、紅いはずの目は真っ黒に見えた。
トルテさんがお風呂の準備のために、少し部屋を空けると、ロランさんが現れた。
「元気?ではなさそうだね。」
眠っている姿しか、見たことなかったからなのか。すらすらと話す姿に違和感を感じた。
「知ってると思うけど、この世には時の魔法と言うものがあるんだよ。」
「?」
私の顔を真剣な表情で見つめるロランさんを私もじっと見つめ返した。
「ヒントは上げたよ。これからどうするかは君次第。」
そう言うとロランさんは窓から出ていった。器用に出る瞬間に内側からロックをかけて。ロランさんと入れ替わる様に準備を終えたトルテさんが現れた。
「準備が整いました。」
ロランさんが来たことに気付かなかったのか、そう言うとトルテさんは私を抱き上げ、お風呂に連れて行った。ワシャワシャと体を洗われながら、私はさっきのロランさんの言葉を思い出していた。
時の魔法?
そんな時私はさっき夢で会ったウォルトの言葉を思い出していた。
「其方は我と同じ魔王と言う存在だ。故に其方に力を貸してやろう。この力は一度だけしか使えない。二度目は無い。そのことだけ覚えておけ。」
あの言葉が本当だとしたら、私はもう一度、あの出来事をやり直すことができるのかもしれない。でも、一度だけしか使えないとも言っていた。
そこから考えられる理由は、何か重大な対価を求められているから。
トルテさんが私を洗い終わると、丁寧に体を拭かれて、寝巻用のワンピースを着せられた。
「私は仕事に戻ります。おやすみなさい魔王様。」
私をベッドに運ぶと、トルテさんは部屋から出ていった。ベッドの上で目を瞑り、またウォルトに会って話を聞きたい。そう思いながら私の意識は薄れていった。
「トルテも大概だな。未だに私のことが気がかりでしょうがないらしい。」
夢の中で会うなり、何故か嬉しそうにトルテさんの事を語りだした。
「トルテさんとのご関係は?」
「トルテは私の妹だ。」
道理で似ているはずだ。と納得していた。でも、そうなるとトルテさんも魔王になるんじゃ?
「トルテは、生まれた時の種族が魔王ではなかった。それ故に、私に仕える為に特殊な一族に弟子入りし、能力の習得に至ったのだ。」
「トルテさんに愛されてるんですね。」
何と無く微笑ましくなった。
「そうだな。愛され過ぎて殺されたぐらいだからな。」
「?」
ウォルトの言った言葉が、直ぐには理解できず、私は疑問の声を漏らした。
「殺されたんですか?」
「ああ。」
「トルテさんに?」
「後ろから心臓を一刺しだ。」
そう言ってウォルトは、自分の指でその時の状況を教える様に、自分の心臓部分に指をあてた。
「……。」
その言葉に、嫌な予感しか考えられなくて思わず沈黙した。
「これで分かっただろうが。次は其方の番だ。」
「回避する方法は……」
「無いが、やり直せる機会は与えた。」
「でも、刺されたら痛いですよね。」
殺されたらそこで終わり。と言う展開じゃないだけましなんだろうけど、夢の中で殺人予告を、前の被害者に言われるっていうのも憂鬱だ。
「私も、痛かった。」
「私が殺される事、前提で話さないでください。」
間にも、と言う言葉を入れている時点で、私の死亡フラグがビンビンに立っている。寧ろ、私が目覚めたら殺される展開だ。
「死んだ後の手順だが、殺されて時が戻ったら、また私に会いに来てほしい。そこで情報を提供しよう。」
「今じゃ、ダメなんですか?」
「駄目ではないが、後の方が都合が良い。」
キッパリと言うものだから、私はウォルフの言葉に従い、今は聞かないで時が戻ったら聞くことにした。
「安心しろ、時が戻っても俺は其方の事を覚えている。だが、他の者は基本的に覚えていないのだと思え。」
真剣な表情で語るウォルフに、私も真剣な表情で頷いた。
「だが、ロランは覚えてはいないが、私が情報を教えておく。」
「ロランさん?」
そう言えばロランさんはウォルフの事を知っているような口ぶりだった。何か接点でもあるのだろうか?ロランさんと言えばいつも寝ているイメージしかない。他に親しそうな人なんて、居ないイメージもあった。
「ロランは夢魔なのは知っているか?」
「……はい。」
思い出すのに時間がかかったけど、自己紹介されたときに夢魔だと言っていた。
「よく、私の夢に入り込んでくる。」
「夢にですか?」
「何でも波長が合うとかで、眠っていると、いつの間にか入っているとも言っていた。」
そうウォルフが言うと私の意識が薄れていった。
「そろそろ、目覚める時間のようだな。」
「私は如何殺されるんでしょう?」
夢から覚めたら私は殺される。やり直せると分かっていても気分は沈んだままだ。
「そう、気を落とすな。私はやり直しても無駄だったから今の状態だが、其方はちゃんとやり直せるだろう。」
ウォルフは微笑みながら、私の頭をポンポンと軽くなでた。すると、私の意識は現実に引き戻された。
ハッと目が覚めると、部屋を見渡した。まだトルテさんの姿は見えなかった。思わず自分の心臓の音を確かめた。
「大丈夫、やり直せる。」
脳裏に、アクアやマスターの顔が浮かんだ。




