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誰が彼女を誤認したか? part2/3

死者は出てしまった。衝撃は拡散し、駆け巡る。

 人が死ぬという事を自覚したのは、きっと俺の人生ではこの出来事が最初だっただろう。この時はまだ、爺さんも婆さんも健在だったというのもあるが。

 ――翌日、空っぽの心で学校に着くと、みんなが泣いていた。

 あの彼女を嫌っていた内村も、舞袖も、矢次も。そして、あの桃花も、俺がよく知る男友達も、みんながみんな彼女を思って泣いていた。

「どうして――?」

 誰かの、当時みんなが思っていたはずのその一言が、胸に突き刺さる思いだった。

 警察は、事故か自殺かの両面で捜査しようとしていたが、俺が前日に電話したことを言うと、自殺の点は消されていた。やがて事件は彼女が海に居たときに吹いた強風によりバランスを崩し海に落ちたものと処理され、事件性はないと判断された。

 誰もが、事件の事を必死に忘れようとしていた。

 それを今一度蒸し返そうとするのは、野暮かもしれない。でも、ひょっとしたら。このクラスの中に、犯人が――。

 何を考えているんだ、俺は。と、自分を戒める自分がそこに居た。

 犯人? 友達を殺す同級生なんてテレビの向こうで十分だ。

 だけど、俺は探し求めなければならない。

『もし将来、大きくなって私達が出会って、私がこの夢を忘れていたら――、その時は私を引っ張ってくれると、嬉しいな』

 俺は大きくなった。

 君はそのままで、そこに居る。

 君に夢を問う事は出来ない。

 だけど、出来る事は一つだけある。一つだけ――。





 裏木さんの溜息で、俺は現実に返る。

「多感だね、君たちは。人の死を知るのはもっと遅くてもいいものを」

「そうですね。二十年ぐらい生きてますけど、親族以外の死に出会ったのはそれだけですから」

 ふと後ろを振り向くと、玲華が事務所の扉を閉め、すっかり暗くなった事務所に電気を付けていた。

「で。君たちはそれを、今になって解くのかい?」

「……もう、時効ですし。何かのミスだったのならそうだと言って欲しいんです」

「解くって事は、ひょっとしたらひょっとして、君たちの友人の中に犯人が居ると?」

「そんな事は、まさか。でも――樹功刀が自殺するとも思えないし、あそこで足を滑らせるという事もあり得ないと思ってるんです」

 詰まるところ、両者は同義なわけだが。

「ふぅん。……まぁ僕は、何となくもう怪しそうな人の目星はついてるけど」

 僕も玲華も、思わず目を丸くした。

「だ、誰の事ですか!?」

 いやはや、と言って彼はコーヒーカップを片手に立ち上がる。

「あること無いこと言うのは性分じゃないんで、もっと確証を得てからにしたいな。だから、少し質問させてもらってもいいかな」

「……俺等が知っている限りの事ならば」

 彼はカップを部屋の隅にある流し台に突っ込み、徐に水で洗い始めた。

「夜木君も凪のお嬢さんも、当時は同じ小学校だったんだよね?」

 俺等は黙って頷く。

「じゃあ聞くけど、その引きこもりの女の子――桃花さんとかいったかな――に寄せ書きをしようとしたとき、その紙を自分の家に持ち帰った人って何人居たの?」

 何故その質問? と、俺はクエスチョンマークを浮かべる。

「えっと……確か言い出しっぺの四方山さんと、その後で匙端ちゃんも持ち帰ってたと思います。男子は一人も居なかったわよね?」

「そういうのに時間かけるタイプじゃないからな」

「彼女たちは家で書いたの?」

「どうだったかしら……。あ、確か匙端ちゃんはお母さんがPTAの副会長だったから、お母さんが学校に居るときは本人も学校に居たかも知れないわ……確証はないけど」

「書いた順番とかは分かる? あと、どんな感じで書いたのかも教えてくれると分かり易い」

 俺は、正方形の紙の中心に円を作るような図を書いて見せた。昔の傘型連判状みたいなものだ、と後に歴史の授業で習ったような気がする。

「確かこんな感じで……当事者の樹功刀、それから席順に釘内、舞袖……みたいな順番で書いてたと思います」

「そうかそうか。ま、なーんとなく、さっきよりは輪郭がハッキリしたかな――だけど」

「だけど……何ですか?」

 しかしそんな野次馬根性を見せつける俺等を蔑むかのように、裏木さんは急にトーンを落としてこう言った。

「恐らくはこれは――解決しない方がいいんじゃないかな、と僕は思うよ」





 ――結局、その日の内に彼から正答を聞くことは出来ず、翌日に俺はアテのある場所へと赴いた。

 真っ昼間のクセに、暗幕で仕切られた部室は漆黒の闇に包まれていた。

「やはり裏木さんは頭の回転が素早いと見える。結局我らで解決に至るしかないというワケか」

 暗闇から聞こえる男の声。それに別の女の声が同調する。

「でもさぁ、当時の事って意外と覚えてなくない? 夜木君の記憶違いとかもあり得るんじゃない?」

「そういうお前もそんな覚えてないだろ」

 急に揉め始める外野を余所に、背後にいた玲華がおずおずと切り出した?

「電気、つけてもいいかしら?」

 四人の声が同時に応えた。

「「「「ああ、どうぞ」」」」

 いいのかよ。

 それを聞いて、彼女は手探りで電灯のスイッチを押した。

 瞬間に部屋が明るくなり、その部屋に居る全員の姿を照らし出す。

「結局、この界隈で彼女とイチャついてるのは君ぐらいだよ、夜木」

 と、右端の男。それに合わせるようにさらにその隣に座っていた茶髪の女の子が口を開く。

 こいつの名前は柚繋刹那(ゆずつなぎせつな)。説明は後で纏めてするとして、今は事態を見守ろう。

「君みたいな非凡な人間がそうして俗っぽいことをするのは性に合わない――と、五十嵐が申しておりますが?」

 すると、今さっきまでクールに決めていたはずの右端の男がいきり立った。

 こいつの名前は五十嵐嵐(いがらしあらし)。名前を書くと嵐が二回続くという、クソ喧しい字面を持つ男である。

「俺が!? いつ何処で!? 何時何分何秒地球が何回転したときだ!?」

 その五十嵐を諭すように、その隣の男――釘内禊(くぎうちみそぎ)が面倒そうな顔で言った。

「そうそう。あとは五十嵐と柚繋がくっつけばカップル全成立で世界は平和なんだがな」

「なっ……!? 釘内てめぇ、いつの間に銭原と!」

 五十嵐が睨んだ先の女は銭原茅(ぜにはらかや)という。柚繋とは対称的に黒髪に眼鏡なのにも関わらず、頬杖をついて事態を至極つまらなそうに眺めていた。

「逆でしょ。君たちが仲よさそうだから、私達は私達で仲良くしたまでだよ」

 すっかり俺たちが居ないかのように振る舞うクズっぷりが板についているというか何というか。

 五十嵐嵐、釘内禊、銭原茅、柚繋刹那。この四人と俺、そして凪玲華は共に同じあの六年A組に在籍していた生徒の内の一人である。そして尚且つ、冒頭の話に出てきた『探検ごっこ』に参加するはずが、原因不明の体調不良により欠席を余儀なくされた四人と、無事だった二人という関係性もある。

 合縁奇縁とはよく言ったものだが、そんな奴らがここにこうして揃っていることが奇跡である事には違いない。

「しかしここに於いてそんな古い話題を振ってくるとは思いもしなかったな、夜木」

 その上悪いことにこの四人は何故か俺と玲華を加えて六人で、事件研究推理同好会なるものを勝手に立ち上げ、主に四人が独断でサークル棟の一室を貸し切ってしまっているのだ。

「何だ。お前等はお前等でとっくに推理を終えてるもんだとばっかり思ってたんだが」

 そう言うと、銭原が至極つまらなそうな顔をした。

「それはお互いの思いやりじゃない。昔の友達の事疑うなんて、まともな神経持ってるなら無理よ」

「それに、お互いにあのことは忘れるなり何なりで、引きずらないって事でお互いに約束したじゃないか」

 そうだっけ。

 忘れてしまった。

「でも――さ。別に俺は犯人を知って警察に突き出そうとか、そういう事を考えてるわけじゃないんだ。ただ真実を知りたいという欲だけなんだよ」

「それは結局過去の友達を傷つける可能性があるって事でしょ? 単なる言い訳じゃない、そんなの」

「じゃあお前等はあそこで樹功刀芽衣という女生徒が本当に足を滑らせて海に落ちたって言うのか?」

「で、でも……!」

 銭原が詰まりつつも反論しようとする所に、五十嵐が割って入った。

「まぁ待て、ここで何の考えも無しに言い争っても堂々巡り、梨の礫、蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)だ」

「あめい……何?」

 俺がそう言うと、両端の柚繋と銭原が嘆息した。

「でも、私達って大体ここでしか議論繰り広げてないわよね」

「そうね。八割は無意味だけど」

 やっぱ無意味なんじゃねーか、と突っ込もうと思った矢先に、今度は釘内が突っ込んだ。

「じゃぁ前乗りすればいいんじゃねーの? どうせ地元に帰るんだし、一日二日ぐらい余裕持って言ったって何の文句もねぇ。その時間で夜木が納得いくまでゲンバケンショーをすればいいんじゃないか?」





 釘内のその発言から、さらに三日後。今日は金曜日、同窓会は日曜日だ。

 俺の実家は現在町の方にあるため、ここにはホテルを二日間借りて泊まっていた。

 外を出る時、潮臭さに何となく嫌気が差した。すっかり街になれてしまった自分への戒めか何かだろうと思いながら、俺は歩みを進める。

 潮風にさび付いた自転車が転がっているのを尻目に、俺は元は青色だったはずの錆びた防波扉の先にある――例の事件現場にたどり着いた。

 変わってない――というのが単純な印象だった。

 今でも思い出せる。彼女はここで確かに浮いていて、死んでいた。

 誰か他の人であればいいと何度も思った。人間でなく、マネキン人形であればいいと何度も願った。

 でもそれは覆らないこその思いであり、そう思う事こそが彼女の死を肯定する事でもあった。

「何してんだろうな……俺」

 考えるのを止めるのもありだな、とここに来て思ってしまったのだからもう駄目かも知れない。

「現場検証もクソも無えな。何も変わってないけど、だからこそ何も分からない」

 この場に来ているのは俺だけではない。釘内も五十嵐も、そして柚繋も銭原も、何故か玲華も、俺の下らない我が侭に付き合ってくれていたのだ。

 戻ろうかと思った矢先、携帯電話が鳴動した。

 これは五十嵐からだった。

『樹功刀の家行ったけど、居なかった 県外に引っ越したらしい』

 本当ならば一足先に来て他人の死について土足で踏み上がる真似をするのだから、先にお線香でも捧げるのが定石と思っていたのだが、やはり無理だったようだ。

 この点についてはしょうがない。俺は五十嵐に自分の居る場所を伝えてから電話を閉じた。

 そして独りごちてから、もう一度考える。

 どうして彼女は殺されなければならなかったのか? もしクラスメイトの中に彼女を恨む人間が居るとしたら、それは誰だ?

 考え無しに言うならば、内村彩花、舞袖花実、矢次利香子の三人には動機がある。桃花愛のイジメの主犯格であり、それを担任並びに樹功刀によって徹底的に追求されたからだ。

 しかし、彼女らがそれなりの怒りを覚えていたからといって、彼女を殺すまでに至るものだろうか? 彼女らはそれなりに聡いはずだ、殺人などという安直な手段でストレスを解消しようなどとは考えにくい。

 もしくは、内村らと付き合っていた人間が居るとしたら、ひょっとしたら彼女らの愚痴を真に受けたそいつが――。いや、流石にこれはキリがないか。それに恋人が殺人を犯そうというのならば、止めてあげるのがガールフレンドの定めだろう。

 そもそも樹功刀芽衣の死体発見当時の状況を鑑みるに、溺れて死んだのではなく何か強いショックを与えて気絶乃至致命傷を与えた後に海に投げ込んだんだろうが、果たして小学生の体力でそれが出来るのだろうか?

 彼女の身体は華奢とは言え、流石に小学六年生では海に投げ込むまでいくだろうか。

 となると、大人の犯行というセンも当然ながら浮かぶのであるが――。

 しかし大人を入れると容疑者は倍以上になる。樹功刀は地元でもそれなりに有名人だったし、知っているという人だけ集めれば大変なことになっていただろう。

 ええい、妙案が浮かばない。そう思っていたとき、遠くから声が聞こえてきた。

「おーい、夜木。何か分かったか?」

 さっき呼びつけた五十嵐だった。ガラにもなくサングラスを着けているのは、センスを疑わざるを得ない。今日は曇天なのに。

 俺は黙って首を横に振ると、五十嵐は笑みを浮かべていた。

「まぁ、そうだろうな。あまりにも時間が経ちすぎてるから、ってのもあるだろうけどさ」

「違う」

「え?」

「何となく、だけど。この事件は解決しちゃいけないっていう言葉の意味は、分かった気がする」

 それは裏木さんの発言だったけど。

 その意味は、犯人が身近にいるということの暗示にもとれたけど、そうじゃない。彼女の事を今更捜査するということそのものが、クラスへの背徳行為。恐らく、だが。犯人を知っている人間は絶対にあの中に居る。だけど当時の俺たちは、それらを全てひっくるめて封じ込めた。

 俺はその玉手箱の蓋を開けて、針に塗れた箱の中から真実を取り出さなければならないんだ。

 箱の中身や鍵の在処を知りながらも、黙っている人間が必ず居る。そいつらを解放する意味でも、やはり俺は前に進まなければならない。

「――それが、お前の事件に対する決意か」

「言い訳だけどな」

 久々に、嘯いた。そして同時に、別の人間からメールが来た。

 それは真実を告げる、一通の――。

『やっと証言っぽいの聞けたよ 

 桃花さんの家の近くに住んでた人だったんだけど、当時内村ちゃんみたいな人が桃花さん家のポストに何かを投函するのを見たって 手紙?かもしれない」

 手紙?

 そう言えば、あの時――。

『まったくさー、腹立つよね、樹功刀さんも。いつまでも私達を犯人扱いしてさ』

『だったらさ、私に良い考えがあるんだけど……』

 その良い考えって、まさか――。

 その時、背後から女二人の声がした。

「いやぁ、時間が経つと人も変わってるね-。あんまり昔のこと知ってる人も居ないみたいだね」

「柚繋、銭原。あのイジメがあったとき、関係無い親には犯人の名前は明かされなかったんだよな?」

「そう。でも、子供が知ってるんだから子供に聞けば早い話」

 だけど、子供が話したがらなかったらどうだろうか。

「あ、いや、でも。あの人も、犯人――内村ちゃん達の名前は聞いてないんじゃないかな」

「分かった」

 俺はそれだけ言って、踵を返した。

「わ、分かったって、何が!?」

 やっぱりこれは、犯人を捜し求める事件などではなかった。

「鍵の在処、かな」

 これは、君をここから解き放つ物語。

次回、解決編です。

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