誰が彼女を誤認したか? part1/3
もしあなたがかつての「Seekers」をお読みでいらした場合、あなたの中の世界観に大きな齟齬を生じさせる可能性があります。一度頭をこじ開けて中身を整理するか洗い出すかして、スッキリとした頭でお挑み下さるようお願いいたします。
旧6年A組出欠表(参加……○ 不参加……× 不明……△)
・男子
明石龍 ○
五十嵐嵐 ○
大浜千浪 ○
釘内禊 ○
黒木航 ○
志刀伊織 ×(慶弔事により)
瀬山将星 ○
谷山仟 ○
綱原伸吾 △
寺田荘一郎 ○
未剣治 △
夜木斎 ○
若山大樹 ○
以上13名
・女子
乾塚佳奈 ×(仕事の都合により)
内村彩花 ○
樹功刀芽衣 -
匙端真奈美 ○
銭原茅 ○
輝岡照美 ×(家庭の事情により)
凪玲華 ○
舞袖花実 ○
御影瑠衣 △
桃花愛 ○
矢次利香子 ○
柚繋刹那 ○
四方山麻里 ○
以上13名
☆
すっかり日は西に傾き、嫌に眩しかった西日があと数分で闇を引き寄せそうな空だった。この空を見る度、俺の心は寂寥感のような焦燥感のような、ひょっとしたらどちらでもありどちらでもないような、そんな複雑な感情に駆られる。
そして、普段考えないような事を考えたくなってしまうというのは俺の悪い癖に違いない。
例えば、人生の分岐点というのについて考えた事はあるだろうか。
万人が解するように言えば、高校進学や大学進学、就職、結婚……等々、人生の上で大きな選択を迫られた後、人間は別の選択肢を振り返りたくなってしまうものである。だけど人生ってのは一度きり、セーブポイントが無ければフラグメントも何にもないという酷なものである。
俺にだってそういうものはある。俺は小学五年の時に友達六人を連れて、当時住んでいた所の近くにある、誰も近寄らないような廃寺を探検しに出かけようとしていた事がある。だけどその日は偶然か知らずか、俺と一人の女の子を除いた四人が四人揃って調子が悪いと申し出たため、結局探検ごっこそのものは取りやめになり、結局そのまま有耶無耶になってしまったのである。
今思えば、四人揃って調子を悪くするというのも不思議な話である。当時の俺は純粋無垢だったからそういう奴らを疑ってかかった訳ではないが、四人の元にちゃんとお見舞いに行き、その病気が嘘ではないという事をこの目で確認していた。だから、四人が示し合わせて俺をハブったという線もほぼあり得ない。
となると、その探検そのものに何か問題があったのだろうか? 最近、俺はそう考えるようになっていた。ひょっとしてその探検に行っていたら、俺の人生が百八十度転換するような出来事が起こっていたのではないか、と。しかしその転換の仕方も些か問題ではある。ひょっとしたら一生ついて回るような呪いが掛けられていたのかもしれないし、またひょっとしたら霊感みたいなのに目覚めて翌日から別世界が広がっていたりするのかもしれない。そんな恐ろしい暮らしは真っ平ご免であり、もしそのような世界があるのだとしたら是非とも俺にお教え頂きたい程である。
どちらにせよ、今の普通の暮らし方からは想像もつかない事態である事には変わりないのだが。
「裏木さん、この資料置いておきますね」
俺は十キロはありそうなダンボール箱を、あまり日の差さない事務所の中に運んでは、積み重ねていた。
「おう。前のダンボール、崩れかかってるから気をつけんだぞ」
と、向こうのデスクで男がパソコンと睨めっこしながらそう言った。
彼の名前は裏木樹。自称は名探偵だが、端から見る限りでは仕事をしているフリの上手いオッサンである。俺は今、彼が経営している裏木探偵事務所という所で、大学に行きながら時々働いている。何で探偵事務所かっていうと……話すと長いんだけど、まぁ色々あったのである。決して、俺と同じイツキという名前だからという安直な理由ではないという事だけは強く主張しておくべきであろうが。
「いやぁ、助かっちゃうね。君が来てから、なんつーか事務所全体も綺麗になった感じがするし」
話を聞くに、開設当初から助手の一人も置かずに頑張ってきたそうだ。女子供の一人ぐらい居れば、もっと華やかになっただろうに。
「あ、夜木君! 講義出てないと思ったら、やっぱりここに居た!」
若干立て付けの悪いドアが半開きになっていたところから、女子がこちらを覗き込んでいた。彼女はさっきの話の中で出てきた『休まなかった女の子』、凪玲華である。
「玲華、事務所の掃除上手いじゃないか。裏木さんが褒めてたぜ」
そう言うと、玲華は顔を熟れた林檎みたいに真っ赤にしながら吼えた。
「おっ……女の子に掃除させてんじゃないわよ、ダメ男ども!」
小学校卒業以来出会っていなかったのだが、大学で急に再会する運びとなったのである。同窓会とかでも何度か見かけていたが、まさか一緒の学校とは思わなかった。というか、俺に話しかけてきてくれた事に驚きである。
「その点は裏木さんに訴えな。給料出してくれると思うぜ」
で、四角い部屋を丸く掃くような俺や裏木さんと違って、彼女はやるとなったらキッチリやるタイプらしく、日も差さぬ汚れた事務所が一瞬で借りたばかりのようなそれになったのだから俺等はお手上げである。
「掃除夫を雇う余裕は……あったかなぁ」
「差別的表現ですよ、それ」
渋る裏木さんを、玲華は睨め付けた。
「え、そうなの?」
「知りませんよ。ジャニターとか言っておけばいいんじゃないですか」
返事に窮した裏木さんは、座っていた椅子をくるりと回転してそっぽを向いた。
「……で、玲華は何しに来たんだ?」
そう言うと、彼女は思い出したように携帯電話を取りだして、予定らしきものを確認した。
「小学校の同窓会の話、聞いてるでしょ?」
聞いてる、と俺は返事をする。
「確か、匙橋が幹事なんだろ」
「丁度成人式終わったばっかりだから、それも兼ねるって言ってたわ。あと……」
そう言うと、彼女は言葉をなんとなく濁した。
「……あぁ、樹功刀の命日もそんぐらいだったか。珍しくみんな集まるって言うから、みんなで供養しに行くって話になったのか」
樹功刀芽衣。俺も彼女も、この名前を忘れることは決してないだろう。
当時小学校六年の十二月に、冷たい海の中で亡くなった彼女の事を――。
†
まずは樹功刀芽衣の話をしよう。彼女は当時からよく居た分かり易い真面目ちゃんタイプで、クラスでは級長を自ら買って出て、話し合いも彼女が仕切らなければまともに進まない程度の重要な生徒だったと思う。
当時、クラスにはちょっとした問題が起きていた。イジメによる、引きこもり生徒が発生してしまったのだ。
そういうときは大概クラスの全員が知っている共通の事実が隠蔽されて、所謂『チクる』生徒はクラスで浮き始める。樹功刀も真面目さが災いしてか、若干そういうフシがあったという事は否定できない。
「あなた達がそうやって彼女を苛めたから、こういう事になったんでしょ!?」
「もう、それは関係ない事じゃん! クラスの問題というか、彼女自体の問題じゃないの!?」
恫喝するような勢いで吼える級長に対して若干ふて腐れた調子でそう言ったのは、女子の内村彩花。彼女は同じクラスの舞袖花実、矢次利香子といった生徒と連んでいた。その内、彼女らは桃花愛という一人の生徒をイジめ始めた。というのも最初はおちょくったり、クラスメイトとしてはよくある程度の関わり合いだったのだが……それが段々とエスカレートし、モノを隠されたり絵の具を衣類に付けられたりなどと見た目でも分かる程度に酷くなってきた――というのが、六年生の六月頃の話だった。
これは良くないと考えた先生(と、樹功刀)の処断により、夏休みが始まる直前に内村らはガッツリとお灸を据えられた。しかし、これだけでは問題は解決しなかったのである。
夏休みが明けてもなお、桃花は学校に来なかったのである。夏休み前から何度か休むフシはあったものの、それがこうして大きくなってしまったのは大きな問題であった。
樹功刀との言い争いを終えた内村らは、また教室の隅で何事かを話し始める。
「まったくさー、腹立つよね、樹功刀さんも。いつまでも私達を犯人扱いしてさ」
「だったらさ、私に良い考えがあるんだけど……」
結局、みんなそんな感じなのである。この頃になると、言葉だけで反省して心の中では真逆、という精神構造が出来上がっているのだ。だから当時の俺は彼女らを咎めることもしなかったし、出来なかった。
――だが、このまま桃花も学校に来ないのかと思われていた秋のある日、先生がある提案をしてきた。
「みんなで、桃花さんに寄せ書きをしましょう」
どうやら、樹功刀が頼み込んで実現させた事らしい。当時の先生は割と生徒のことを親身になって考えてくれる良い先生だったから、というのもあるだろうが。
「これ、持って帰って家で手直ししてもいい? 綺麗なペンを使いたいの」
「いいですよ。ただし、次の日に忘れたりしないようにしてくださいね」
内村達も特に反発することなく、数日後に寄せ書きは滞りなく桃花愛の元へ届けたという報告があった。
それから、更に一週間後。十一月の半ばぐらいの頃だった。
「……おはよう」
「あ、桃花ちゃんだ!」
桃花愛がついに学校にやってきた事で、6年A組にかつての雰囲気が戻ってきた事を、俺は何となく察していた。
「よくやったじゃん、樹功刀」
「私の力じゃないわ。最後の最後で踏ん張って立ち上がれるかどうかは、本人次第なんだから。――そっれに」
「……それに?」
「先生も、かなり裏側で頑張ってくれてたみたいだから」
その日の午後、学校が終わってからもどうしてもその事だけが気になったので、帰りがけの樹功刀を呼び止めて、改めて話を聞いた。
「あの人は子供が大好きだから、私達を守るために精一杯やってくれたの」
引きこもりの生徒を出したという事は、如何なる原因であれ担任の指導能力という点がやり玉に挙がる。とくにイジメが原因という事が分かっていたため、PTA達は先生に対してかなりきつく当たっていたらしいのだ。
だけど、先生は一歩も引かずに、生徒達の事を一番に考えて行動し続けた。
まず大きな事に、イジメの犯人の名前を親たちに漏らさなかった。所謂内村、舞袖、矢次の三人という、俺から見ても守る価値のない奴らの名前を、隠匿し続けたのだ。
まぁ、当事者でもある三人の親に対しては先生が直接知らせる形になったワケだから、クラスの父母の中で全員が全員知らないという状況には出来なかったのだが。
「そうか……大変なんだな、先生ってのも」
俺が分かったような分からないような言葉を返すと、樹功刀は楽しそうな顔で言った。
「私、大きくなったら先生になろうと思うの」
「へぇ。何でまた」
「今回の事みたいに、大変な責任を背負わないといけない時もある。だけどその代わりに、もの凄くやり甲斐がある仕事だと思うの。だから先生は先生を続けていられるし、私もそうありたいと思うの」
その夕日に照らされた彼女の横顔は、熱を持ったかのように紅潮していた。
「あーあ、こんな事話したの、先生以外じゃ初めてだよ」
風のない帰り道には、オレンジ色の光が差し込めていた。
「もし将来、大きくなって私達が出会って、私がこの夢を忘れていたら――、その時は私を引っ張ってくれると、嬉しいな」
その笑顔を、忘れることなど出来るものか。
――だから、同時に。12月2日のあの日の出来事は、どうしても忘れることが出来ないのだ。
○
桃花愛が学校に来るようになった日から、丁度一週間。
空は珍しく曇天だった。この週は丁度俺が日直当番だった為、少しだけ早めに登校していた。
『昨日、あなたが遅刻したせいで柚繋さんが大変だったみたいよ? 分かったら、明日はちょっと早めに登校することね』
という樹功刀からのお小言を前日に受けていた為、俺は曇り空でやる気のでない中、グダる背中を押して学校まで向かっていたのだ。
数日前のあの樹功刀が嘘みたいな、普段通りのキツい樹功刀。だが、俺はそれで良いと思っていた。
いきなり俺一人に軟化されても困る、というのが当時の本音ではあったが。
「(……そう言えば、今日は算数で何か出すものがあったような)」
――それに気付いたのが、学校に行く道のりの半分以上先であれば。
きっと――、俺はきっとそのまま学校に行っていたに違いない。だけど、この日は違った。
「(近道使って、取りに戻ろう)」
言うが早いか、俺は目の前の坂を下って港に出た。そこから海伝いに歩いて行くと、当時の俺の家の近くに出られたのだ。
もし、神様が居るのならば、問いたい。これは運命だったのだろうか、と。
この日俺が忘れ物をしなければ。
この日、俺が取りに戻ろうとしなければ。
この日の朝に、俺がこの近道を通ろうと思わなければ。
この目の前の海で、赤いランドセルを背負ったままうつ伏せになって浮いている、樹功刀芽衣の亡骸を発見することも無かったのだろうか、と。
「樹功刀……?」
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