↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の瞳に映る世界  作者: 夏椿
出会いがひらく世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
119/119

第百十九話 帰ってきた街


 アルセインの門を抜けたところで、カイルは上着の襟を緩めた。


 街道では頬が痛くなるほど風が冷たかったのに、街の中へ入ると人いきれに包まれる。荷車を避け、焼き栗を売る屋台の前を通り、肩の荷物を背負い直した。


 六週間ぶりだった。


 出た時にはまだ残っていた街路樹の葉が、すっかり落ちている。


 まずはギルドへ寄り、報告を済ませる。報酬を受け取ると、アリサが次の書類を差し出した。


「こちら、以前お問い合わせのあった護衛です。まだ募集しています」

「ああ、あれか」


 南へ向かう商隊だった。距離は長いが、その分、報酬も悪くない。行った先でも仕事は見つかるだろう。


「出発は?」

「十日後です。返答は三日以内に」

「分かった。考える」


 控えを畳んで懐へ入れ、外へ出る。


 冷えた体に温かいものを入れたくなった。ポルテへ向かいかけてから足を止め、研究施設の方へ曲がった。


     *


 研究室の扉は、少し開いていた。


「その葉はこちらへお願いします」


 中からリシェの声がする。


「こっちも色は同じだけど」

「裏を見ると少し違うんです。あと、ここの厚さも」


 卓を挟んで、若い職員と二人で葉を分けていた。


 カイルは戸口へ寄りかかり、しばらく眺めた。リシェは相手の手元を確かめ、間違いがあると実物を並べて説明する。


「最初は私も分かりませんでした。迷ったものは残しておいて、あとでイネスさんと見ましょう」


 そこでようやく、こちらへ顔を向けた。


「カイルさん!」

「ただいま。仕事中だった?」

「ここで終わりです。いつ戻ったんですか?」

「今さっき」


 近づいてきた姿を見て、少し首を傾ける。


「……伸びた?」

「何がですか?」

「背」

「伸びました。袖が短くなって直してもらったんです」


 差し出された腕を見る。確かに袖口には、布を足した跡があった。


 その足元から、銀白の体が現れる。


「お、フィエルも元気か」


 しゃがんで脇へ手を入れ、持ち上げようとしてやめた。


「お前もか」


 フィエルが鼻を鳴らした。


 以前なら、そのまま抱えて立てた。今も持てなくはないが、気軽に片腕へ収める大きさではない。


「胸とお尻の方を支えてあげてください」

「抱き方を教わる日が来るとはな」


 言われたとおりに抱き上げると、長くなった後ろ脚が腕からはみ出した。フィエルは少しだけ収まっていたが、すぐに地面を見たので下ろしてやる。


 窓辺から赤い鳥が飛んできた。


「君はあまり変わってないね」


 部屋にほかの人がいるので、ロギは黙っていた。


 それでも、妙に得意そうな顔でカイルの肩へ乗る。


「お前は相変わらずだな」


 小さく言うと、耳の横で嘴が鳴った。


     *


 イネスは別の部屋で話し合いをしているらしかった。


 リシェが片づけを済ませるのを待ち、一緒にポルテへ向かうことにした。


 廊下の途中で、年配の研究員に呼び止められる。


「リシェ、来週の鉢を見る日だけど午前でよかったかな」

「はい。水をやる前に見たいです」

「分かった。ではそう伝えておく」


 玄関では、荷物を抱えた職員が片手を上げた。


「この前の記録、分かりやすかったよ」

「ありがとうございます。冬の分も同じ形で書いておきます」


 外へ出ると、今度は門の脇で働いていた庭師が声をかける。


「頼まれてた枝、取っておいたぞ」

「明日取りに来ます!」


 カイルは三人目を見送り、隣を歩くリシェへ目を向けた。


「忙しいな」

「今日はたまたまです」

「そう?」


 以前、一緒に歩いた時も顔見知りはいた。


 ただ、今は挨拶だけで終わらない。次に何をするか、いつ会うか。リシェを待っている仕事が、いくつもある。


 通りへ出てから、その間のことを聞いた。


 育てている薬草が、ほかの場所でも冬を越せるか試していること。採った葉を薬師へ渡し、使い勝手について話を聞いたこと。フェリクスが訪ねてきたこと。


「兄様がラルフの絵を持ってきてくれたんです」

「兄様?」


 リシェの足がわずかに止まる。


「……フェリクス兄様です」

「へえ。呼べるようになったんだ」

「はい」


 照れた顔を見て、カイルはそれ以上からかわなかった。


 代わりに、こちらの旅で会った、ひどく機嫌の悪い荷馬の話をした。持ち主以外が手綱を取ると、ぴたりと動かなくなる馬だった。


「リシェなら分かったりする?」

「普通の馬は分かりません」

「そっか。じゃあ、あれは無理だったか」


 やっと喋れる場所へ来たロギが、肩で首を伸ばす。


「君が気に入らなかっただけじゃない?」

「俺以外にもやってたよ」

「本当?」

「本当だって」


 リシェの笑い声が、横から聞こえた。


     *


 ポルテでは、ハンナに上着を脱ぐよう言われた。


「乾かしておくから。肩濡れてるわよ」

「途中で少し降られた」

「少しじゃないでしょう、その泥」


 上着を取られ、いつもの席へ座る。


 ほどなく、湯気の立つ煮込みとパンが運ばれてきた。


 カイルが最初の一口を食べている間に、リリが奥から飛び出してくる。帰ってきたのかと聞かれ、土産はあるかと続いた。


「あるよ。ただ、まだ荷物の中」

「あとで見せて」

「了解」


 リリはリシェへも用があったらしく、二人で卓の端へ何かを広げた。色のついた紙だった。窓に飾るものを作るらしい。


 ニルスは食器を片づけながら、カイルの皿にパンを一つ足した。


「父さんが、足りないだろうって」

「よく分かってる」


 温かいものを腹へ入れ、ようやく肩の力が抜けた。


 食べ終わる頃にはリリも呼ばれ、紙を持って奥へ戻った。リシェは切りくずを集め、足元へ落ちた一片を拾う。


 その向こうで、フィエルが大きく伸びをした。


「春には出るんだよな」


 カイルが尋ねると、リシェは顔を上げた。


「はい。十三歳になったら、一度家に行って。それから先生たちと」

「ルメリアへ?」

「いずれは行きたいです。でも、その前にも見たいところがあります」


 鞄から小さなノートが出てきた。


 旅の道順かと思ったが、開いた頁には植物の名前と短い文章が並んでいた。


「これ北の湿地にしか生えないそうなんです。乾かすと形が変わってしまうので、生えているところを見たくて」


 次の頁には、山地の草が描かれている。


「こっちは、同じ名前でも土地によって違うものを使うそうです。どうしてなのか、聞いてみたいです」


「寄り道、多そうだな」

「……はい。地図を見るたびに増えます」


 少し困ったように笑った。


 カイルは開かれたノートを眺めた。


 以前なら、行きたい場所を聞いても、本で読んだ街の名前が返ってきた。それが今は、そこで何を見たいのか、誰に何を聞きたいのかまで書いてある。


「ここ、まだ途中なのに出ていいのか?」


 研究室で聞いたやり取りが気になっていた。


 リシェも、すぐには答えなかった。


「終わってからと思うと、ずっと出られないかもしれません」


 ノートの端を指で撫でる。


「旅先から記録を送れないか相談しています。ここで続きを調べてもらって、私も向こうで見つけたことを知らせて」


「忙しそう」

「はい。でもやってみたいです」


 カイルは水を飲んだ。


 その間にも、リシェは思い出したように別の頁を開く。


「カイルさん、この辺りへ行ったことはありますか?」

「ある。夏だけど」

「暑いですか?」

「暑い。あと虫が多い」

「どんな虫ですか?」


 聞き方があまりに真剣だったので、つい笑ってしまった。


「そこ詳しく聞きたいんだ?」

「はい。刺す虫なら、知っておきたいです」


 カイルは椅子へ座り直し、思い出せるだけの話をした。


     *


 リシェを施設まで送ってから、荷物を取りにギルドへ戻った。


 アリサに頼んでいた袋を受け取り、掲示板の前を通る。


 短い依頼。長い護衛。別の街へ人を送る仕事。


 いつもなら、空いている日数と報酬を見て、面白そうなものを選ぶ。街を離れることに、特別な理由はいらなかった。


 カイルは懐から、昼にもらった控えを出した。


 十日後に出発する、南行きの商隊。


 終着地まで行けば、そのまま冬を南で過ごすのも悪くない。寒くないし、まだ通っていない道もある。


 折り目を開き、出発の日付を確かめた。


「そちら、お返事はまだで大丈夫ですよ」


 受付からアリサが声をかける。


「うん。分かってる」


 紙を畳んだ。


 すぐにはしまわず、指先で持ったまま、掲示板をもう一度見る。


 街へ戻ったら会えると思っていた顔が、春にはここにいなくなる。


 次に帰ってきた時、研究室を覗いても、あの窓辺に赤い鳥はいないかもしれない。


 カイルは控えを懐へ戻した。


「先生、今日ギルドに来た?」

「昼過ぎに。何かお伝えしますか?」

「いや、自分で行く」


 外へ出ると、さっきより空気が冷えていた。


 宿へ向かう道と、ゼフィの家へ続く道が、角で分かれる。


 カイルは一度立ち止まり、荷物を肩へ掛け直した。


 まだ夕方だった。


 家にいなければ、明日また来ればいい。


 そう考えて、ゼフィの家の方へ歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。