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1-08. 感想

 昼食後、少し市場を散歩して、組合に戻った。


 事務員たちは、すでに全員戻り、慌しく仕事を再開している。異世界にも年末進行があるのか知らないが、何かしら忙しい時期なのかもしれない。


 ヒナが声を掛けると、彼らが一斉にこちらを見て、立ち上がった。カラのタッパーが、みるみる受付の机に積まれていく。


 みんな何か話しかけてくるのだが、例によって、何を言っているかは全然分からない。


 いつも通りの半笑いで、頷いているのかいないのか判然としない、曖昧な相槌を打った。


 事務所が静かになったので、ひとまず、返却されたタッパーをカバンに入れた。


 割り箸は誰も使わなかったらしく、丸ごと受付に取り残されていたので、すべて回収。普段はまかないが出されているのだから、食器の類は備えつけがあるのだろう。


 あとは親方の弁当のタッパーと、保温ボトルか。


 百均タッパーは良いとしても、保温ボトルは返してもらわないと困る。親方が戻るまで、ロビーで待たせてもらうことにした。


「ヒナ。さっき、みんななんて言ってたの?」


 受付嬢が出してくれたお茶を飲みながら、暇だったので尋ねてみた。


 話の内容は分からなくとも、好意的な口調ではあった。もしかしたら、料理の感想だったのかもしれないと思ったのだ。


 ヒナは同じく出されたジュースっぽいものをちびちび飲んでいたが、コップを置くと、ひとつ咳払いして周囲の注目を集めた。事務員たちのほうを見て、口を開く。


「にく、おいしい、した、ひと?」


 と言って、高々と自分の手を挙げた。


 つられるように、受付と奥の事務机でぱらぱらと手が上がる。ヒナ含め五人、つまり全員か。


「さかな、おいしい、した、ひと?」


 ヒナは手を下ろす。さっきとは別の手がぼちぼち上がる。


 こっちは、合わなかった人もいたっぽい。


 うーん、油がキツかったのかな? でも、透明のタッパーなんだから、揚げ物だとは分かったはずだけど。


「やさい、おいしい、した、ひと?」


 今度は三人だけだった。


 十人に三人いるということは、食文化としては許容範囲内、しかし好みが分かれる味。


 単純に、異世界人も野菜はあまり好きじゃないのか。ヒナも挙げていない。ひと口食べて、遠い目をしてたもんな。


「たまご、おいしい、した、ひと?」


 今度は全員が挙げた。卵焼きには需要があるとみた。


「しろ、おいしい、した、ひと!」


 ヒナが勢いよく両手を上げた。向こう側も全員、両手を上げた。


「みんな、いう、した。おわり」

「……………………」


 動けなかった。本当なら、感想を言ってくれてありがとうと返すとか、喋れなくても、フレンドリーに手を挙げて微笑みかけるとか、何かしたほうがよかったと思う。


 でも、口や手どころか、表情筋のひとつさえ動かせなかった。息が詰まって、耳が熱くなる。


 ……正直、米が受け入れられたのが、意外だったのだ。


 そりゃ、この秋に収穫したばかりの新米だ、間違いなくうまい。


 炊飯器だって、夏のボーナスで良いものを買った。いつもは水道水だけど、今日はミネラルウォーターで炊いた。自分でも味見した。


 うまかったし、うまくないわけがなかった。


 でも、異世界で。東京の路地裏から入れるこの世界が、近いのか遠いのかよく分からなかったが、言葉も通じない人たちが、俺の弁当の米を認め、うまいと言ってくれるなんて。


「トーヤ?」


 ヒナが、うつむいていた俺の顔を覗き込んだ。


 はっとして顔を上げると、事務員たちはすでにみな手を下ろし、『なんだこいつ』という表情でこちらを見るか、さっさと仕事に戻るかしていた。


 そりゃそうだ。せっかくヒナが主導して、総出で感想を伝えてくれたのに、ノーリアクション。白い目で見られて当然だった。


「あっ……すっ、すみません」


 ヒナが事務員たちのほうを見て何か言うと、ドッと笑い声が上がった。たぶん、俺をイジって笑いを取ったのだと思う。ははは、と乾いた半笑いを浮かべた。


 そこに、騒ぎを聞きつけたのか、上階から親方が下りてきた。その手には、カラになったタッパーと、中身の見えない保温ボトルが握られていた。


 親方は両方を机に置いて、ヒナに何か言った。きっと、容器の返却が遅れたことを詫びたのだろう。


 ヒナは心配無用とばかりに親方に笑いかけ、俺にタッパーとボトルを手渡す。


 保温ボトルは軽かった。マリーは、ちゃんと食べられたのだろうか。


 ヒナと親方は、まだ何か話を続けていた。俺は所在なく突っ立っていたが、やがて親方が受付机の足元から手のひら大の麻袋を取りだして、こちらへ差し出した。


 何だっけ? ……あ、そうだった。弁当の代金だ。


 受け取ると、袋はずっしり重く、それなりの金額が入っていそうだった。ヒナが満足そうにうなずき、得意げに言う。


「みんな、ベントー、おいしい、した。あした、くみあい、ベントー、たのむ、おなじ」


「へ?」


「ベントー、きゅう、ひと。スープ、いち、ひと」


「……え?」


「きょう、ベントー、おかね、いれる、した。あした、ベントー、おかね、いれる、した、おなじ」


 待て待て待て! ヒナのやつ、今の親方との会話で、明日の弁当の注文を取ったのか!? 聞いてないぞ!


「ちょっ、困るよ!」


「なぜ? おかね、おおい、もらう、した。たべもの、かう、する、できる。ベントー、つくる、する、できる」


「そういう問題じゃなくて!」


「マリー、スープ、たべる、した。げんき、すこし、ふえる、した。げんき、すごく、ふえる、ない。ねる、おなじ。トーヤ、あした、マリー、はたらく、する、ほしい?」


 だ~か~ら~! そうやって、別に知り合いでもないマリーを、いちいち人質に取るんじゃない!


 俺がヒナと言いあっていると、親方が声をかけてきた。


 そちらへ顔を向けると、俺に向かって頭を下げた。『どうか頼む』とか言っているのは明白だった。


「いや……でも……別に、俺の弁当じゃなくてもいいでしょう? 市場には、他にも店があるんだし」


 さっき少し散歩しただけだが、市場には、すぐに食べられる飲食物を売る店は複数あった。


 確かに、組合はいま忙しいのかもしれないが、十人前も頼めば、配達してくれる店だってありそうなものだ。


 配達が難しいなら、ヒナが代行して、手数料を取ることもできる。どうして、それじゃいけないんだ?


 なけなしの言語能力を駆使して主張すると、ヒナは『何を言っているんだ』という顔で首をかしげる。


「トーヤ、おまけ、ふやす、した。うる、ひと、おまけ、ふやす、なぜ? うる、する、したい、おなじ。おやかた、かう、する、したい、おなじ」


「うっ……」


「くみあい、たすける、もらう、した。ベントー、おいしい、おもう、した。たのむ、する、ない、りゆう、ある、ない」


 それでも俺が渋っていると、ヒナはひとつ息をつき、続けた。


「いちば、しろ、うる、みせ、しる、した、ない。しろ、くみあい、みんな、ひと、おいしい、した。みんな、ひと、しろ、たべる、する、したい」


 こいつ……今度は米を人質に取る気か!?


 しかし確かにヒナは、さっきアンケートを取った時、ほかの食材は『にく』『さかな』『やさい』『たまご』と呼んでいた。


 つまり、それらには類似の食材があり、市場でも買える。どうしても、俺の弁当でなければいけない理由はない。


 でも、ヒナは米だけは、『しろ』と色で呼んだ。ここには、米に相当する食材はないのだ。


 その米をまた食べたいと、全員が思った。だから俺に弁当を頼みたい、そう言われたら……そんなこと、言われたらさあ……!


「ふふ」


 ヒナは勝ち誇った表情で、親方に向かって手のひらを差しだした。親方が、その手に銅貨を置く。


 昼飯前の俺には、その行為の意味が理解できなかっただろう。だが、今となっては、まざまざと理解させられてしまう。


 ヒナはこう言いたいのだ。


 今、ヒナと親方の間で、仲介契約が成立した。ヒナには信用があるから、仲介料は前払い。


 では、親方は、ヒナがどんな仕事をすると信用して、銅貨を前払いしたのか?


 答えはこうだ――ヒナなら絶対に、俺を言いくるめられる。


「ヒナ、うる、かう、はたらく、ひと、こども。ヒナ、もの、よい、わかる。トーヤ、ベントー、もの、よい。ヒナ、トーヤ、にげる、ゆるす、する、ない」


 それが、ヒナの勝利宣言だった。


 こうして俺はまんまと、翌日からも弁当屋をやることになったのだ。

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